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121話 対敵

「……ぅ」


 フィリアは小さく呻き声を上げた。

 真っ暗な視界。目を閉じているから当たり前ではあるのだが、光を直視したせいか、もうしばらくは開けられそうにない。

 耳も同様、爆発の音で耳鳴りが止まない。五感のうち二つを完全に潰されていた。


「……いっ」


 状況は? 一体どうなって……。

 いても立ってもいられず、体を動かそうと身をよじれば、その細技のように細い足に痛みが走った。

 植物独特の青臭い匂いが近い。それに、手に触れているのは感覚からして植物の葉だろう。

 焦らず物事を整理していけば、自ずと自身の状況が分かってくる。ーー落馬したのだ。

 しかし、それにしては足の痛みしかない。爆発に巻き込まれ、落馬したとなれば、下手をすれば命を落としていてもおかしくはない状況だ。足の痛みだけで済むはずがない。


「……ああ、そうでした」


 呟くように声を漏らす。

 視界が奪われる寸前。神剣から神力が広がったと思えば、兵達を守るように結界が張られたのだ。

 フィリアがそう願ったからなのか、元々そのような力があったのかは不明だ。しかし、これで一つ賭けに勝ったことになる。

 大国の一つとなり得たこのエルムス国の守護神、アルミルスが創った神剣が、国を豊かにし、街を守る結界を張るだけで終わるはずがない、と。その考えは正しかったわけだ。

 ならば、フィリアと同様に兵達も生きている可能性は高い。


 まだ負けていない。

 逸る気持ちがフィリアの体を動かそうとする。が、平衡感覚が狂い、足の痛みも相まって、ふらりと体が後ろへ傾いていった。


「あっ……、えっ?」


 あわや、と思ったその瞬間。何者かに背中を支えられるのを感じた。おかげで痛みはなく、そのままゆっくりと足を曲げて地面とお尻をくっつける。

 結界の中心、敵兵から最も離れたフィリアでさえこの有様なのだ。この状況で動いていられる人間は、まず居ない。

 なら、自分を支えていくれているこの手は……、と考えたところで、フィリアはその手がかなり小さいことに気がつく。


「もしかして……、いっちゃん?」


 正解だ、と言わんばかりに、その手がフィリアの頬をペチペチと叩いた。

 確かに。人間では動けないこんな状況も、人形ならば動けてもおかしくはない。目や耳は付いてはいるが、それを頼りに動いてはいないのだろう。


「ありがとう。もしかして、落馬した時も?」


 その通り、と言わんばかりに手の動きが激しくなる。

 どうやらこの小さな友人に命を救われたらしい。


「ありがとう」


 素直に感謝を口にすれば、頬を叩く手が止まった。その代わりに、お腹の辺りに何かが抱きつく感覚がする。

 誰かなんて考えるまでもない。状況から、そしてこの抱きつき方からして、いっちゃん以外にはいない。

 普段から和気藹々と触れ合ってるフィリアが、間違えるはずもなかった。


 と、そうこうしているうちに、ボワついていた音がだんだんとはっきり聞こえるようになってくる。

 なら視界も……、としぱしぱ目を瞬かせながら、いっちゃんの補助を受け立ち上がり、


「……ッ!」


 息を飲んだ。


 味方の兵らのほとんどは蹲ってはいるものの、爆発による直接的な被害はなさそうだ。

 街の結界と同様に、ドーム状の内側には一切の被害が見られない。

 問題はドームの外側だ。

 地表だけでは飽き足らず、地面を根こそぎ吹き飛ばすほどの威力。当然、直接爆発に巻き込まれた者が生きているはずもなく、遺骨すら残っていない。跡形もなく消し飛んでいた。


 神剣による結界がなければ、フィリアもあの奴隷達と同じ運命を辿っていたかもしれない。少なくとも、多くの兵を死なせていたことには違いない。

 あの魔道具への恐怖心はある。だがそれ以上に、フィリアは邪神ムトを、そしてその神を信仰するウェステリアの民に畏怖していた。

 こうも簡単に奴隷達を道具として使い捨て、顔色一つ変えようとしない彼らに。そんな彼らに仕立てあげた邪神という存在に。


 しかし、それと同時に、


「……何で……どうしてあなた達は簡単に命を切り捨てられるのですかッ!」


 内に燻る“怒り”の感情に勢いがついた。

 これまで蝶よ花よと育てられたフィリア。そんな彼女が“怒り”という感情をあらわにすることなど稀にしかなかった。

 わんぱくではなく、大人しく大人の言うことを聞くタイプの子供だったということも、その理由の一つだろう。


 そんな彼女が生まれて初めて、本気で怒っていた。


 フィリアはこの戦場で共に戦っている兵達だけでなく、その家族のことまで考えて行動している。

 一人でも多くの犠牲をなくし、家族のもとへ生きて帰したい。

 そう願い行動するフィリアからすれば、敵の行動は理解の範疇を超えていた。

 増して、今回の奴隷の死に関しては、こちらの攻撃ではなく、敵側の攻撃に巻き込まれた死だ。しかも狙ってやっているのだから、オウンゴールよりもたちが悪い。


 フィリアは怒りを露わにしたまま、敵の本陣へと目を向ける。

 敵も、兵全員の立ち直りを待ってはくれないだろう。現に生き残った奴隷達は結界を破ろうと剣を振るい、魔道具を持っているであろう敵兵が数名がこちらへと向かってきている。


 一つ大きな息を吐き、


「……いっちゃん、ついて来てくれる?」


 そう、友人に問いかける。

 それは賭けだった。下手をすれば国が滅ぶかもしれない。ウォルスがもしこの場にいたのなら、必ず止めに入るであろう、危険な賭けだ。


 そもそも、危険だと分かっていながら進軍したのも、全ては敵の持つ神剣を破壊、もしくは奪うため。

 しかし、現状ではそれを達成するのは困難だ。一刻も早く目的をなさねばならない以上、悠長に兵の回復を待つわけにはいかない。

 ならば、とフィリアが出した結論がその賭けだ。それには市松人形こと、いっちゃんの参加が必須だった。


 して、その答えは……聞くまでもなかったようだ。

 変わらないはずの表情が、この時ばかりは誰にでも分かるほどに、やる気に満ち溢れているようだった。


「……ありがとう」


 フィリアはいっちゃんを伴い、ブルブルと顔を左右に振っていた馬に再び乗る。


「貴方もごめんなさい、私に力を貸して」


 そっと立髪を撫でれば、やってやんよと言わんばかりに大きく嘶いた。

 聴力が回復したのだろう。複数の兵士が目を向けてくるが、フィリアは構わず馬を走らせる。


「女王様ッ!?」


 後方で何やら呼ぶ声が聞こえたが、待機を命じ、駆ける。

 向かうは敵本陣。爆発の跡により直進はできないため、迂回して向かう。


「助けてれぇッ!」

「死にたくねぇよぉッ!」


 前線に近づくにつれ、そんな声がより大きく聞こえてくる。

 結界を出れば、飢えた獣の前に血肉を差し出すが如く、奴らに襲われるだろう。そんなことは、箱入り娘とて百も承知。

 義憤に駆られ、わざわざ死ににいくほど冷静さを欠いているわけではない。もちろん策あってのこと。

 お守りのように、大事に握りしめていた豊穣の短剣に意識を集中させる。


(……アルミルス様、どうか私に力をお貸しくださいッ!)


 結界とは仲間を守る力。街を守り、先ほどは兵らを守った。

 しかし、そのいずれも発動の中心となっているのは、この短剣、もしくは使用者本人だ。

 で、あるなら。

 突貫を仕掛けることも可能ではなかろうか。


 ーー結界を抜ける。


 奴隷達の少ない場所へ出たものの、少なからずこちらへと向かって来ている。

 恐怖はある。が、歩みを止めてはいけない。歩みを止めればそれだけ相手に集まる時間を与え、不利になってしまう。

 それに、あのギルドのマスターは言っていたではないか。“勢いさえあれば、何もかもブチ破れる”、と。

 先日、フィリアはそれをギルマスから教わった。

 他の者はそれを否定していたが、……なるほど。こうして勢いに身を任せてみるというのも悪くない。

 フィリアは馬上でクスリと笑みを溢した。


 ーー駆ける、駆ける、駆けるッ!


 矢のように真っ直ぐ、敵陣へと駆ける。

 もう、そこに無力な少女はいない。いるのは戦場を駆ける、一人の戦乙女だ。


「助けて、助けてくれぇッ!」

「もう、嫌だぁあッ!」


 と、その時。

 数十人の奴隷達が、前方から真っ直ぐとこちらに向かってくるのが見えた。

 考えられる選択肢は二つ。

 戦うか、迂回して避けるか。

 フィリアは即座に、戦うという選択肢を頭の中から消した。その選択は時間がかかりすぎるうえ、囲まれればそれで足は止まってしまう。

 あれから一度も黒い炎は使用されていない。再発動までに時間がかかるのか、他に何か使えない理由でもあるのか。

 どちらにせよ、使われる前にどうにかしたいところだ。ならば、戦うという選択肢は有り得ない。

 ならば迂回するしかないのだが、真っ直ぐ向かうのが一番であることに変わりはない。


「……仕方ありませんか」


 手綱を操り、迂回させようとするが、


「どうしたのですか?」


 馬が全くいうことを聞かない。

 場の空気に流され、暴走しているのかとも考えられたが、フィリアはその馬の目を見てそうではないと感じ取った。


「……任せていいのですか?」


 その問いかけに答えるように、馬が一度嘶く。

 ロンドが用意した馬の中でも、最も賢いと言われた名馬だ。人の言葉は全て理解していると思っていいらしい。

 動物は時に、人以上に鋭い感覚を見せる。人には感じ取れない地震を事前に察知するなどが、そのいい例だ。

 この馬も、何かを感じ取ったのかもしれない。


 だが、誰かに命を預けるというのは、そう簡単に判断できるものではない。それが、人以外であるのなら尚更。

 しかし、フィリアは全てをこの馬に任せていいように思えた。これといって根拠があるわけではないが、強いて言うなら、“今なら何でもできるような気がした”からだろう。

 こうして戦場へ駆け出してからというもの、力が湧き出てくるような感覚がフィリアを包んで止まないのだ。

 もしかすると、この感覚はフィリアだけが感じているのではないのかもしれない。


「では、お願いします。……頼みますね」


 そう告げた瞬間ーー世界が変わった。

 いや、実際には何も変わってはいないのだが、そうフィリアが感じるほどに馬の足が速くなったのだ。ただでさえ速いと思われていた速度の倍は出ているだろうか。

 それに伴い、奴隷達の距離もあっという間になくなってしまう。このままでは衝突間違いなしだ。


 馬を信じたものの、さすがにこの状況には恐怖を覚えるフィリア。身を縮こませ、来るであろう衝撃に備えた。……のだが、衝撃はいつまで経ってもこなかった。

 代わりにフィリアを襲ったのは、生涯で一度も味わったこともないほどの浮遊感だった

 。


「……ふぇ」


 ーー馬が空を飛んでいた。


 正確には跳び越えたというのが正しいが、人の頭上を、加えて数十メートルもの距離を跳んだ馬を、飛んだと言わずして何と言おう。

 フィリアが思わず情けない声を漏らしてしまったのも無理はない。誰が羽の生えていない馬が空を飛ぶなどと思うか。いや、誰も思うまい。

 少なくとも、フィリアは馬が飛ぶということを、この時初めて知った。


 タカタッ、と騎手の負担のかからない、素晴らしい着地を決めると、馬はまたもや矢の如く駆け出した。

 その速さは全く衰えていない。むしろ、徐々に上がっているようにすら思える。


 しばしの間、心そこにあらずと言った状態のフィリアだったが、敵陣を間近にして心を引き締め直す。

 目的は敵の持つ神剣の無力化。それさえ済ませれば、また時間を稼ぐことができる。

 ……唯斗が神々を救い出す、その時まで。


「神剣は……」


 神剣はどこに?

 視線を右へ左へと移し、それらしき人物を探すが見つからない。

 流石にそう簡単に弱点を晒す筈はないか……とそう思っていた矢先。中央から歩み出る人影が一つあった。

 外套を深く被り、男か女かさえも分からない。身長からして男の可能性が高いが、細身なために断言はできない。


「貴方が、この兵を統率している者ですか?」


 馬上から、フィリアがそう問いかけるが、返事はない。が、その返事というように、禍々しく黒ずんだ長剣を腰から抜き、見せつけるように目の前へと掲げた。

 フィリアは稀な神眼の持ち主だ。故に、その剣から発する異様なまでに異質な神力を見抜いていた。


「そうですか。……どうして出てきたのかは知りませんが、それを渡していただきます」


 馬から飛び降り、腰から細身の剣を引き抜き。そして、切っ先を不敵な笑みを浮かべる敵へ向け飛びかかった。

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