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120話 交戦

 ――実力の無い者は足手纏いだ。


 今回の戦いにおいては、フィリアはそう判断した。

 確かに、数が多ければ戦において優位に立てるだろう。数が多いという事は、それだけ攻撃の手が増えるということであり、相手の体力を削るということにも繋がる。真正面から戦えば、勝つのはまず間違いなく数の多い方だ。

 しかし、勝利というものはそれだけでは決まらない。魔道具の数、個々の実力、その場の環境、指揮官の能力の有無など、それら全てが混じり合って勝敗が決するのだ。


 数で勝敗が決まる事はない。が、数が勝利のための要因の一つであることには変わりない。数もまた力だ。

 故に、わざわざ兵の数を減らして戦いに挑むような事は、まずあり得ない。一国の王がそんな判断を下した際には、本当に勝つ気はあるのかと、正気を疑われても無理はない。どこの世界に、兵の数を減らして戦いに挑む王がいる? ……普通ならそんな事はしない。普通なら。


 しかし、今回の戦はそもそも普通じゃない。

 人と人の争いではなく、人と神の争いなのだ。こうして人と人が争っているように見えはするが、ウェステリア軍の背後には見えざる神がいる。

 今はまだ姿を現してはいないが、黒い人型も何処かにいるだろう。あれは人じゃない。化け物だ。選りすぐりの兵達を一瞬にして瀕死へと追い込んだ、文字通りの化け物だ。あれの恐ろしさは、対峙したフィリアがよく知っている。

 だからこそ分かる。あれを相手にしたとき、実力のない者は何もできずにただ死ぬだけだと。

 いや、それだけならまだマシだ。下手をすれば、パニックを起こして味方の邪魔をしかねない。

 そうなれば敗北は必死。小国と同じ運命を辿ることになるだろう。それだけは避けねばならない。

 故に、フィリアはあらかじめ、戦いに参加する者を制限した。

 条件は、“実力のある者”だ。


 今回の進軍は、あらかじめフィリアが考案した作戦の一つだった。

 もし結界が破られかねない何かが起きた際には、実力のある者達の力でもってそれを排除する、と。

 そう言うのは簡単だが、実際にそれを行うのは赤子が大人に力で勝つこと以上に難しい。端的に言って不可能だ。邪神もしくはあの化け物が出張ってきた時点で負けは確定する。

 だが逆にそれらが出てこないのであれば、フィリア達にも勝機はある。

 幸いにも、邪神本人とあの化け物の姿はこの戦場にはない。

 邪神は今もこの状況をどこかで見ているのか……。少なくとも化け物の方は何処かに隠れているのだろうが、ひとまずは心に留めておくしかあるまい。

 ただ、こうして結界の外へと出ても、邪神や化け物が姿を現すことはない。フィリアが死ねばこの結界が解かれると言うのを、神たるムトが知らないはずはないだろう。


 となると、考え得る可能性は二つ。

 邪神ムトは今のこの状況を知らない。もしくは、自身が直接手を下せない状況に陥っている。

 そうでなければ、この戦争を直ぐに終わらせる気が、ムトにはないのかもしれない。

 フィリアとしては前者であって欲しいのだが、残虐と言わざるを得ない邪神の性格からすれば、後者を捨てきれない。邪神ムトの目的が復讐で間違いなければ、そう捉えるのが自然だろう。

 どちらにせよこれはチャンスだ。最悪を取って後者だと考えても、相手は油断している。時間稼ぎとしては最高の状況だ。


 馬上、フィリアは震える手に力を込め、手綱をしっかりと握りしめる。

 エルムス軍で馬に乗っているのはただ一人、フィリアだけ。それも最近学び始めたばかりで、ようやく乗っていられるレベルだ。そんな状態で戦場に出たせいで、感じる恐怖はとうに限界を振り切っていた。

 そんな状況でも、頭は澄んだ湖のように冴えていた。冷静な自分がまた一つ呟く。これでは遅すぎると。


「もう少し速く走れますかッ!」


 指示が広がり、皆の走るペースが一段階上がる。

 直接本陣を叩くためには、もちろん接近しなければならない。しかし、近づけば反撃も苛烈になることくらい、誰だって容易に想像できる。

 故に出来るだけ距離を縮めて置きたかったのだが……、どうにもおかしい。

 敵の姿がどんどん大きくなってきていると言うのに、何の攻撃も飛んでこないのだ。


(魔道具を持っていない? ……いえ、そんな事はないはずです。お父様が入手した情報を読んだだけでも、相当な数があったはず)


 ならば、と罠の可能性を疑うが、地面に何か仕掛けられている様子もなく、空を警戒するも、ただ青空と薄くかかった雲があるだけで何の違和感も覚えない。

 ならなぜ? そう思って再び視線を前へと向け……フィリアの思考は止まった。

 少し目を離した隙に、敵との距離が大きく縮まっていたのだ。


「……ッ! そういう事ですか」


 その理由は直ぐに分かった。近づいていたのは自分達だけではなかったという事だ

 。

 敵側としては、遠方からあの黒い炎を放った方が有利なはず。しかし、そのアドバンテージを捨てて敵全軍が近づいてきた。


(どうしてわざわざ近づいて……、やはり何かの罠? 直接戦うことが向こう側の目的だったのでしょうか。しかし、それに何の利が?)


 他方向からの敵軍の乱入、魔道具の使用、地面へ罠……と、様々な可能性を探るが、どれもしっくりくると感じる理由はなかった。

 こちらの思惑以上に、良い方向に事が進んでいる。単純に考えればそういうことだ。しかし、あまりにも都合の良すぎる展開に、フィリアはどうしても罠などの可能性を否定する事はできなかった。

 と、そうあれこれ考えているうちに、敵兵はもう目前だ。あと数百メートルで前線が衝突する……そんな時だった。


「ーーッ!?」


 敵側の本陣の動きがピタリと止まったのだ。しかし、その前に布陣していた奴隷らしき兵達は武器を片手に走り続けている。


「助けてくれッ!」

「死にたくねぇッ!」

「殺さないでッ!」


 ……そんな叫び声と共に。


「武器を捨ててくださいッ! 抵抗しないのであれば、私達は危害を加えませんッ!」


 歩みを止め、そう投げかけるも、聞こえているのかいないのか。止まる様子も、武器を捨てる様子も見せない。

 もし本当にあの者達に戦う意志が無いのであれば、武器を持ち続けるはずがない。

 それでもこうして突貫してきているのは、それは本人に戦う意志がある。または、そうさせられて、自らの意思で止めることができないのか。

 ……いや、そんなもの考えるまでもない。彼らの表情を見れば、それが本人の意思でないことくらい誰だって分かる。

 とは言え、それが分かったからと言って助けられるわけではない。一人一人取り押さえられる筈もなく、加えて敵の本陣がまだ残っているのだ。

 ここで無理をして戦力を減らすわけにはいかない。


「……戦いましょう」


 フィリアの言葉に、周囲の兵らが振り返る。

 その者達の表情を見て、フィリアは敵の狙いが何なのか、ようやく理解した。


(……敵の狙いは、私達の士気を下げること)


 士気の低下は兵の戦力を大いに削ぐ。

 誰だって、死にたくないと言っている相手を殺したくはない。それはこの戦争に参加している兵士達も同じ。それを嬉々として行うのは殺人鬼のような類の者だけだ。

 そんな相手を殺すとなると、当然隙が生まれる。その隙が死を招くこととなる。……それはダメだ。

 誰一人として死なせたくはない。例えそれが不可能だとしても、心構えだけはそうでありたい。


「手にかけた者だけの罪ではありません。その判断を下した、私の罪でもあります」


 今、フィリアにできること。それは諦めるでもなく、敵を助けるでもなく。

 ただ共に罪を背負い、敵を手にかけた者達の心を少しでも軽くすること。


「剣を取ってくださいッ! 守るべき人達を思い出してくださいッ!」


 ……言葉はそれだけで十分だった。


「おおォォォォォッ!!」


 雄叫びを上げる兵士達。

 最初はフィリアの周囲だけだったが、次第に広がり、遂には進軍した兵ら全てへと伝染した。


「女王様に余計なもん背負わせちゃいけませんからな」


 そう言って、フィリアの近くに控えていた兵の一人はニカっと笑った。

 力不十分と判断された兵は後方で待機している筈だ。そのため、ここにいるのは必然的に技と経験を積んだ者が多いのだが、その兵は中でも若い部類だった。実力を見込まれて、ここに立っているのだろう。


(……ありがとうございます)


 そう、フィリアは心の中で感謝する。

 言葉に出したいところではあったが、この場を指揮する者として不用意な発言は避けなければならない。

 彼から視線を外し、再び敵へと向ける。……時間だ。


「出撃ッ!」


 戦いの時間だ。





 澄んだ空気が徐々に鉄の臭いで汚染されていく。

 青々とした草原というキャンパスには、血という赤が塗りたくられ、酷く調和が乱れていた。

 幾多もの死体が転がる中、フィリアは目を背けずにその光景を目に焼き付けていた。

 これが自ら選択した結果なのだ、と。


「ッ……」


 催した吐き気を噛み潰す。


 苦戦は全くしていない。現状、こちらの圧倒的有利と言っていいだろう。

 そもそも武器の質が違うのだ。あちらは奴隷だということもあってか、ロクな武器が持たされていない。奴隷のことなど、ただの消耗品だとしか思っていないような扱いだ。実際そうなのだろうが。


(相手の思惑は潰れた。となると、本陣が出てくるでしょうか)


 次の一手を、その先の一手を。まるで未来を予知するが如く、あらゆる可能性を見出していく。

 もしフィリアが相手の立場であれば、本陣を動かして左右から挟撃し、奴隷と共に共闘するだろう。奴隷に気を取られている今ならそれも容易い。

 しかし、相手は邪神ムト。そうでなくとも邪神ムトの配下の者達だ。常識的な行動する確証など、どこにもない。


 奴隷の数も減り、約半数といったところか。

 何か行動を起こしてこなければ、このまま制圧できるだろう。だが、それで終わるとは思えない。

 奴隷とは言え、戦力であることに違いないのだ。必ず次に繋げてくる、そうフィリアは読んでいた。


「えッ!?」


 その読みは正しかった。……正しかったが、敵側の行動は予想の範疇を超えていた。

 敵本陣から十数人が走ってきたかと思えば、その内の一人が荒れ狂う戦場へ近づき、何かを空へと投げ上げたのだ。


 これまで幾多もの街を滅ぼしてきた邪神の配下達。降伏を聞き入れず、女子供も関係なく瓦礫の下敷きにしてきた、人の命を何とも思っていないような集団。

 ふと、騎士長の言っていた、自殺した暗殺者の話が頭をよぎる。

 そんな彼らがこの状況でするとすれば、


「まさか自爆ッーー」


 その瞬間、フィリアの視界は白で埋め尽くされた。


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