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117話 覚悟

 ーー苦しい。


 何が苦しいのか分からない。

 どこが苦しいのか分からない。

 痛い? 違う……分からない。分からないけど……ただただ、苦しい。


 ーー暗い。


 何も……自分の体も見えない。

 真っ暗で、音も、空気の流れも、何も感じない。

 分からない……何も、分からないよ。


 ここは何処? 僕はどうしてこんな所に?

 出たい。こんなに寂しくて悲しい場所、もういたくない。

 怖い、怖い、……怖い。


 ……何が怖い? ……分からない。

 何も分からない。


 僕は、


 ーーだれ?





 そこには何もなかった。

 見渡す限り白い空間。大地もなければ、空も存在しない。

 どっちが上でどっちが下なのか。東西は? 南北は? ……太陽も月も星も存在しないこの場所では、それらを知る術はない。

 だが、そんな空間に二つの人影があった。

 片や成人したとは思えない年齢の少年。片や人の域を超えた美貌を持つ女性。前者は唯斗、後者は天照だ。

 普段の天照であれば、優しい笑みを浮かべて唯斗に近づきそうなものだが、その表情は打って変わって厳しい。

 その理由は言わずもがな。原因は球体状の結界の中に閉じ込めた、一向に目覚めない唯斗にある。


「……唯斗」


 そう名前を呼んだところで唯斗は戻ってこない。それはもう何度も何度も試したことで理解しているはずだった。

 だが、それでも。……それでも、天照は唯斗の名前を口に出してしまう。もしかしたら、次に呼べば目を覚ますのではないか。そう考えると、呼ばずにはいられなかった。


 ……もうどれだけの時間が経ったか。

 こんな殺風景では、時間は自身の感覚だけが頼りだ。常人であれば、気が狂ったとしてもおかしくはない。


「天照」


 そんな二人しかいない筈の空間に、第三者の声が響く。


「……建御雷神(タケミカヅチ)

「お前らしくもない。この空間はあんまりではないか?」


 そう言って建御雷神が腕を一振りすれば、空間が病室の一室へと変貌した。

 白を基調とした清潔感のある部屋。その窓際に位置するベットの上には、未だ目覚めない唯斗の姿がある。


「……まぁ座れ。話はそれからだ」

「……」


 ベットの隣、唯斗の顔がよく見える位置に、パイプ椅子が出現する。

 天照は誘導されるがままにその椅子に腰かけると、唯斗の周囲を囲む結界にそっと手を触れた。


「……建御雷神。私は間違っていたのでしょうか」

「何をだ?」

「決まっています。唯斗をトラベラーにしてしまったことです。私がトラベラーを勧めなければ、こんなことにはならなかった。こんなに辛い思いをさせることもなかった」


 邪神と戦っていた時の唯斗の顔が浮かぶ。

 リンが殺されたと知った時の唯斗の顔が、あの悲痛な顔が天照の脳裏から離れない。


「……唯斗は悲しんでいました」

「そうだろうな。もし、あいつが親友の死で悲しまないような奴なら、俺はあいつを鍛えたりしない」

「ですが、その原因は私にあります」

「なら聞くが、あの精霊はこの世に生まれてこなかった方がよかったのか?」

「そんなわけない!!」


 天照が勢いよく立ち上がったことにより、椅子ががしゃんと音を立てて後ろに倒れた。

「あの子は私の娘です! 生まれてこなければよかったなどーー」

「では、唯斗に出会っていなければ、あの子を創ったか?」

「それは……」


 即座にそれを否定することは、天照にはできなかった。

 リンのことは心から自分の娘だと思っている。それに嘘偽りは一切ない。

 しかし、唯斗の旅のお供として考えていたのもまた事実。


「言ってはなんだが、唯斗と出会う前のお前は、他人から一線を引くような奴だった。誰にも肩入れせず、家族でも何処かよそよそしい。友人と呼べる相手にしてもそうだ。親しくしている様に見えて、どこか距離をとっている様に感じた」

「……そうでしょうか」


 僅かに間を開けて答えてしまった。それが何よりの答えだというのに。


「隠さなくていい。気がついているのは俺だけじゃない。おそらくお前が今頭の中に浮かんだ奴は全員知っている」

「……」

「沈黙は肯定と取る。で、だ。お前は唯斗に出会ってから変わった。まるで別人かと思うくらいにな」

「私は別に変わってなんて」

「いいや、変わった。お前の妹なんて、何か病気にかかったんじゃないかって騒まくっていたぞ? 俺らで押さえ込んだが」


 天照の妹ーー月夜見と呼ばれる神は、姉である天照に、過剰なまでに心酔している。

 何かあれば、『お姉様!』。何かなくても、『お姉様〜!』。天照が困っていれば、『お姉様ッ!』。天照の悪口を聞けば、『……殺す』。と、姉にべったり過ぎると、いろいろな意味で恐れられている。

 そして無駄に力のある神だからこそ厄介さが増す。一度暴走を始めれば、止められる者はそう多くない。


 閑話休題。


 そんな姉大好きっ子でさえ、姉が変わったというのだ。信憑性は非常に高い。


「何というか、距離が縮まった……いや、お前が歩み寄ったと言えばいいのか。とにかく、周りから見て好ましい方向へ変わった。愛想笑いも少なくなったしな。それもこれも、全て唯斗とお前が出会ってからだ」

「そう、ですね。……確かに、そうかもしれません」

「なら、もう分かるだろう」


 以前の天照ならば、精霊を創ることなどしなかっただろう。

 だが、唯斗に出会った。

 唯斗に出会い、自身が変わったのだ。その結果、リンが生まれた。


「唯斗にトラベラーを勧めないというのは、唯斗を見殺しにしたのも同然だ。今の唯斗を否定するのなら、お前の子であるリンをも否定することになる」

 

 唯斗が今生きているからこそ、リンが生まれたのだ。

 トラベラーにはならず、いずれ自身を否定して、誰にも知られずこの世から消え去っているような未来なら、リンは生まれていない。

『唯斗にトラベラーを勧めなければよかった』なんて言葉は、『リンが生まれてこなければ良かった』と言っているようなものだった。


「……そうですね。先ほどの発言は撤回させていただきます」

「少しは落ち着いたか?」

「ええ。私がこんな調子じゃ、あの子にも顔向けできませんから」

「そうか……なら早速で悪いが、こいつの話をしよう」


 落ち着いた風を装ってはいるが、建御雷神も内心焦っているのだろう。

 しかし、それも無理はない。

 今の唯斗は世界を壊し得る爆弾のようなもの。それも導火線に火のついた状態だ。

 唯斗が世界の破壊を願えば、その望み通りになる可能性がある。神として……いや、家族として、それだけは止めなくてはならない。


「今はどんな状況だ?」

「……正直に言うと、分かりません。ですが、自身を否定した神は苦しんでいたと聞きますから、おそらく唯斗も苦しんでいるのでしょう」

「どうにか出来ないのか? 俺は大雑把にしか力を使えんが、お前なら」

「色々と試してはいます。でも、どれも効果が薄い……。外部からの力では消されてしまうの。このままでは唯斗が消えるのが先か、力が暴走するのが先か……」

「暴走すると、世界が危ういか」

「こうして別世界を創り、結界で閉じ込めている以上、私達の世界やあちらの世界に被害が出ることは、直ぐには無いでしょう」

「直ぐにはってことは、いずれはあり得るんだな」

「ええ。この世界が壊されれば、その可能性もあるでしょう。ですが、そのような事態になれば私が止めます」

「……やれるんだな?」

「……」


 暴走を始めた神を止める方法はたった一つ。その者を殺すしかない。

 つまり、唯斗が暴走を始め、他の世界を危険に晒そうとしたのなら……天照は唯斗を殺さなくてはならない。

 例えそれが、弟と慕っている者であったとしても。


 天照と唯斗が共に共有した時間など、天照の生きている時間と比べれば瞬きにも等しい時間だ。

 だが、たったそれだけでも、唯斗と一緒にいた時間は楽しかった。()()()ともう一度出会えたみたいで、嬉しかった。

 だからこそ、誰かにその命を取られたくはない。……もう、()()()


「ええ。私がこの手で」


 故に、覚悟を目に宿し、天照ははっきりとそう答えた。


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