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113話 狂い散る

 翌朝早朝。

 まだ朝日も昇らぬ時間、街は暗闇に包まれている。ランタンの火などがなければ、出歩くことも難しい。多くの人々は未だ、深い眠りについていることだろう。

 にも関わらず、耳をすませば聴こえてくる金属音。街の門下にて警備を務める兵の一人は、その音を聞きながらお疲れ様と一言呟く。


「……ん?」


 と、そんな兵士の目に、一つの明かりが飛び込んできた。こんな時間に出歩く者など殆どいない。しかも、それが街の外であったなら尚更だ。

 夜の郊外は闇に包まれている。星明かりはあれど、一寸先も分からないほどの暗闇だ。だがそんな中を、魔物達は関係ないと言わんばかりに、四方八方から襲いかかってくる。

 故に旅商人でさえ夜の間は明かりをつけ、その場に拠点を作る。もちろん冒険者などを雇い、朝になるまで警戒は怠らない。

 もし、夜の間も移動する者が居るのだとすれば、それは自殺志願者だと自ら主張しているようなものだ。


 さて。人にせよ魔物にせよ、危険な可能性がある以上無視もできない。

 兵士はもう一人の見張りに声をかけ、注意を促す。ゆらゆらと揺れながら、確実にその明かりは街の方へと近づいてきていた。

 もしや魔物かと身構えていると、ぼんやりと人の形が浮き上がってきた。


「止まれ! 何者だ?」

「……あ、ああ……ここは、……街でしょうか」

「エルムス国王都だ。こんな時間にーーッ!」


 ゆっくりと姿を見せた女性。その姿はあまりにも痛ましいものだった。


「大丈夫か!?」


 崩れ落ちる女性を支え、兵士はその傷の程度を確認する。

 刃物と思しき殺傷による出血多数。打撲が数ヶ所、青く痣になっている。

 ただ、顔に付いている一番インパクトのある血の跡は、幸いにも既に出血は止まっており、命に直結するものではなかった。


「……すみません。私……他の町から逃げてきて……」

「喋るな。今すぐ手当てをしてやるからな」

「……申し訳ございません」

「何、この程度のこと。……立てるか? 」

「はい」


 兵士は女性を、普段兵士達が使用している、休憩室の簡易ベットへと連れていく。


「悪いな、こんな小汚いところで」

「いえ」


 ベットに座らせ、兵士は棚から治療箱を取り出す。

 兵士は女性の意識がはっきりとしていることを確認し、怪我の治療をしながら、簡易ながらに事情を聞く。


「……そうか、ウェステリアの軍に街を」

「はい。夫も、子供も皆……」


 ポタポタと涙を零す女性に、兵士は暖かい飲み物を差し出す。


「悪い。辛いことを思い出させたな」

「……いえ」

「よく頑張ったな。今はゆっくりと休むといい。この街に誰か知り合いはいるか?」

「いないと思います。ですが、宿に泊まるようなお金が……」

「あー、……だったら教会がいいだろうな。同じ理由で他の街から逃げてきた人達もそこで世話になっているみたいだし」

「……分かりました。ありがとうございます」

「おう。もう少し休んでから連れていってやる。まだ暗くて道が見えないからな」

「すみません、こんなにご迷惑をおかけして」

「気にするな。んじゃ、少しの間待っててくれ。すぐ戻る」


 兵士は休憩室からでると、そっと扉を閉じた。と同時に、部屋の中からすすり泣くような声が聞こえて来る。


「……」


 兵士は腰に下げた剣の鞘を強く握り締め、そっとその場を後にした。






 夜明け。

 太陽が少しずつ顔を見せ、人の目でも道が見えるようになった頃。兵士と女性は教会に向けてゆっくりと向かっていた。

 兵士は途切れることなく女性に喋りかけ続けたものの、女性の反応はいまいちの一言だ。

 何を話そうが、「はい」や「いいえ」、「そうですね」といった当たり障りない返事しか返ってこない。


 それでも兵士は会話を続けていると、ようやく教会が姿を見せた。


「っと、あそこが教会だ。ある程度のものは揃えてくれるだろう」

「分かりました。……ありがとうございました」

「いやいや、いいんだ。これも俺の仕事だからな。それに……」


 と、途中で言葉を切った兵士に対し、女性は何も追求しない。


「おっ、お疲れ様」


 朝早くというのに、教会の前には複数の人影があった。兵士の挨拶と同時に、皆が一様に振り返る。

 一人は鎧を着た兵士。修道服を着ている人物は、おそらくこの教会の者だろう。だが、そんな教会には似つかわない者が二人。


「これは、朝早くからお勤めご苦労様です」

「そっちの人達は?」

「少し訳ありでして。それよりも、そちらの方は?」


 そう言って、シスターは黒いローブで全身を隠した二人を流し見する。

 シスターの言葉にわずかに反応する女性。その様子を兵士は横目で見ながら、


「こっちも訳ありでね。他の街から逃げてきたらしい」

「それはそれは。……大変お辛かったでしょう。もう大丈夫ですよ」


 シスターは察したように目を伏せる。そして安心させるように微笑むと、教会の案内を申し出た。

 ここで案内役である兵士の仕事も終わりだ。しかし、兵士が踵を返そうとしたその瞬間、


「……」


 女性が獣のように走り出し、ローブを被った二人へと……いや、正確には身長の低い、子供のような容姿の人物へと肉薄する。

 いつ何処から取り出したのか、女性の手には細身の短刀が。だが、恐ろしいのは短刀の方ではない。

 女性の表情だ。刃物の恐怖がそんなものと言い捨てられるほどに、彼女の表情は見るものを畏怖させる。

 その顔には何も写っていなかった。まるで呪いの人形のようだ。人ではなく、意志を持たない道具のよう。


「ーーッ!」


 短刀が心臓を捉えるその瞬間、女性は大きく横へと吹き飛ばされた。横入りを警戒した女性はすぐさま体制を立て直し、再び短刀を構え、……そして僅かに目を見開いた。

 第三者の横入りなどではなかったのだ。振り切った蹴りの状態で静止する背の低いローブ姿の人物を見て、女性はそれをすぐに悟った。


「……どうして」


 思わず、女性はそんな疑問を口からこぼす。

 女性にとって、それは信じられないことだった。何せ、至上たる我が神の言葉によれば、その()()の戦闘力など、無いにも等しい筈なのだから。


「ようやく尻尾見せやがったな?」

「……気づいていたか」

「そりゃな? あんな時間に来た奴なんて怪しくないわけがないだろ」

「……」


 女性は押し黙る。それは図星云々の話ではなく、少しでも情報を相手に与えないようにするためだ。

 対する兵士はそんなことも気にせず、教会へ来るまでと同じように口を動かし続けた。


「しかし、国王様の予想がこうも的中するとはね。未来予知ができるって言われても驚きはしねぇな」

「……予想?」

「ああ。お前らの崇める神が、お前らに入れ知恵する可能性があるってな。まさかと俺も疑ったが、こうして実際に起きたんじゃ信じねぇわけにはいかねぇ」

「……我らが秘密裏に入手したとは?」

「思えねぇな」


 兵士はそう即断する。


「何故だ?」

「そりゃ、城の警備に関しちゃ厳重だからな。いつかのあのガキンチョには苔にされたが、俺らが守る城にそう容易く入れるもんじゃねぇ」

「ガキンチョ?」

「チッ、あいつがいればこの状況も楽になるんだろうが、どうして必要な時にいねぇんだか。そもそもあいつがいりゃ――」

「だぁー! もうどうでもいいよ! ねぇ、もうやっちゃっていい?」


 その場の空気をぶった切るように少女の声が響く。

 女性が声の方に視線向ければ、そこにはフードを脱ぎ捨てた少女の姿があった。だが、女性の想像していた少女の容姿とは大きく異なる。

 髪の色も違えば、顔の形も違う。長い間城の中に閉じこもっており、体は細いと聞いていたが、日焼けのした肌に、程よく引き締まった筋肉。明らかに別人だろう。


「……全て読まれていたか」

「そうだな。今頃お姫さんは安全な場所で神剣の力を使ってるだろうよ。……っと、噂をすればだな」


 直後、肌で感じ取れるほどの強力な力が広がったと思えば、街を覆うように結界がドーム状に広がる。

 その時点で女性は自らの失敗を悟った。今回受けていた命令は、ムト本人が下した失敗の許されないものだ。内容はエルムス国国王の娘、フィリアの抹殺。

 神剣の力を使われる前にフィリアを暗殺するのが、女性()に任されていた任務だった。


 そう、この任務を任されていたのは一人じゃない。この女性以外にも複数いたのだ。

 しかし、それでも結界を止められなかった。それが意味するのは、


「残念だったな。お前()の目論見はここで終わりだ」


 その言葉で、女性は全てを察する。他の者も既に対処されていたのだと。


 女性は再度周囲を探る。 

 未知数の力を持つ敵が五人。こうなってしまえば、女性にはこの状況を打破することはできない。

 邪神ムトの役に立てなかった。ならば、女性が取る行動は一つしかない。


「……」

「なっ!」


 女性は手に持ったナイフを自らの喉へと突きつけると、


「……ムト様に勝利をーー」


 そう言って、その命をあっさりと捨てた。

 兵士が止める間も無い。……いや、止めることはできただろう。だが、兵士達は止められなかった。

 単に動けなかったのだ。死ぬ瞬間浮かべた、狂ったようなあの笑みに、兵士たちは足を止めさせられた。

 死んだ今も浮かべる、その洗脳でもされたかのような表情に。

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