111話 切磋琢磨
エルムス王国、王都のとある一角。
そこでは昼夜問わず金属のぶつかる音が響き、加えて至るところで怒号が飛び交っていた。
「テメェら! ちんたら動いてんじゃねぇ! 死ぬ気で動け! 死んでも動け!!」
「す、すいませんッ!」
この建物――鍛冶屋の工房もそのひとつ。そこに耳がおかしくなりそうなほどの声量で指示を出す男がいた。
鉄の棒などあっさりと曲げてしまいそうな程の逞しい腕に、胸板の厚い体。子供が一眼見ようものなら泣き出すこと間違いなしであろうその厳つい顔は、眉間に皺が寄ることによってさらに強烈さを増している。
そんな男の額からは、汗が滝のように流れ落ちていた。目の下が黒ずんでいることから、かなり疲労していることも伺える。
それもそのはず。何せ男は、灼熱と輝きを放つ炉の前で、ほぼ丸一日以上ずっと剣を打ち続けているのだから。
休息をとったのは先日のこと。食事は携帯食で簡易に済ませ、次の瞬間には剣を作るために炉の前へと座り込んでいた。
おかげで周りは死屍累々だ。
体力のある彼ならともかく、その周囲の人間には耐えられなかったようで。部屋の中を見渡せば、半数以上が硬い床と熱烈な口づけをしている状態だった。
だが、それはこの鍛冶屋だけではない。おそらくここら周囲一帯の鍛冶屋も似たような有様だろう。
その理由が、
「すみません! 武器の方回収に参りましたッ!」
「……あと、どれくらいだ? あと、どれくらいで……俺らは休めるんだ?」
「すみません、この非常事態ですのではっきりとは……。ですが、防具の方も足りていないので次は防具をーー」
「もうたくさんだッ! どうしてウェステリアが攻めてくるんだッ!? どうしてこんなに武具がいるんだッ!? この国なら勝てるんじゃないのかッ!?」
……そう。それというのも、全てはウェステリアの進軍が原因だった。
エルムス国国王であるウォルスは、国民に此度の戦争に関する情報を開示した上で、王都の封鎖を決断した。
それが5日前のこと。ただし、王都から逃げ出したい者は早々に逃げ出すようにという伝令も出している。
そのおかげで王都中は大パニックだ。そして逃げ出さなかった鍛冶屋の職人達に国王が与えた命令が、武器武具をありったけ作るというものだった。
国の存命がかかった戦いだ。鍛治師達もそれは重々承知している。そして、この国が落ちた時が、己の命さえも終わる時であるということも。
しかし、武具を作り始めてから5日間。一日たりとも休むことなく作り続けているのだ。不安をぶつけたくなるのも無理はない。
増してや、当り散らすこの男は鍛治師の中ではまだ若い部類だ。これまで周りの先輩達についていけたのも、本人の努力とやる気が人一倍あったからに違いない。
だが、それももう限界のようだ。
「なぁ……勝てるんだよな? 負けることなんてないんだよな」
「それは……」
「俺には妻もいるんだ。この国にまだいるんだよ。……負けるなんてことがあったらーー」
「いい加減にしやがれッ!」
兵に縋り付くように近寄る男を殴り飛ばす者がいた。先ほどまで指示を出しつつ、剣を打ち続けていた男だ。
男の拳はその疲労を感じさせられないほどに力強く、容易く大人の男一人の体が宙を舞った。
吹き飛んだ若い男は、頬を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。
「……師匠」
「見苦しい真似すんじゃねぇ」
「でも師匠……」
「不安なのはテメェだけじゃねぇ。ここにいる奴らだって同じこと考えてんだ。やる気がねぇんなら、もう来るな」
「……」
「それにな、本当に命張んのは俺ら鍛治師じゃねぇ。そこにいる兵士共だ。一番不安なのはそいつらなんだよ。俺らがどうしてここに残ってると思ってんだ? 俺らの作ったものが、そいつらを一人でも救う可能性があるからここにいんだ。兵が一人でも多く助かれば、この国の連中もそれだけ助かるだろうが」
「ッ!」
若い男はその言葉を聞き、はっと気がついたように目を見開くと、
「すいませんでしたッ!!」
武具を回収しにきた兵達に深々と頭を下げた。
突然のことに、兵達はポカンと口を開けたまま固まっていると、彼が師匠と呼んだ男と再度向き合い、
「師匠、すいませんでしたッ!!」
「口を動かす余裕があるんなら手をうごかしやがれ」
「はいッ!」
そう言って、若い男は再び自分の作業へと戻っていった。
その様子を、男は父が子を見るような目で見送る。
「悪りぃな」
「いえ、ありがとうございました。こちらも、全力を尽くしますので」
「おう、無理はすんなよ」
「ははっ、今無理をしないでいつするんです? それに、貴方も随分と無理をされているようですけど」
「俺は頑丈だからいいんだよ。それより、もう武器はいいのか?」
「はい。先ほど大量に剣を納入して下さった鍛治師の方がいたので」
「ほう? 誰だそりゃ」
その人物の絞り込みでもしているのだろう。男は楽しそうに、しかし職人としてのプライド故か、眉が寄り、少し悔しさの混じったような笑みを浮かべる。
しかし次の瞬間、兵士の出した名前を聞いた途端に、その表情を驚愕へと変えた。
「お隣さんですよ。名前は確か……レイラ、と」
「なんだと?」
レイラといえば、鍛治師の間では人間とドワーフのハーフということで有名だ。中にはハーフドワーフということで蔑み、技術を全く認めない者もいる。二束三文で買い叩くように、商人に圧力をかける根性の腐った者もいるようだ。
男はその者の中には入らないが、特別助けたりもしなかった。ただ近所に住む、同じ職につく者。関わりは一切ない。それが今までの二人の関係だ。
しかし、今の状況ではそうとも言っていられない。
というのも、男は文字通り命を削って常に最高の物を作り続けている。剣であればそう簡単には折れないように。防具であれば使い手を守り、そう簡単には命を落とさないように。
道具が他人の命を握っているために、一つ一つ手を抜くことなく、その素材ででき得る最高の物を作っている。
数だけ揃えるために質の悪いものをいくら作っても無駄にしかならない。むしろ足を引っ張り危険だ。
それが男が武具を作る上で最も大切にしていることだった。
普段であれば、軟弱な武具を作れば不評が広まり、職を追われるだけで話は済む。
だが、国の存命がかかったこの戦いではそうも言っていられない。負ければ民の命が危ういのだから。
「そいつの剣を見せてくれ」
「えっ、あ、はい。構いませんが」
そう言って、男は兵士に剣を持ってこさせる。
もしこの剣が手を抜いて作られたものなのであれば、男は直接レイラの作業場へと乗り込むことも辞さない覚悟だった。
もし打つことを辞めないのであれば、どれだけの怪我を負わせてでも、辞めさせるつもりだった。
そう、つもりだった。
「……」
しかし、その剣を見た瞬間に分かってしまったのだ。
ーーこれは自分が打ったものを超えている、と。
「これはあいつが打ったものに間違いはないのか?」
「はい。他にもお持ちしましょうか?」
「……いや、いい」
無作為に持ってきた剣が、たまたま高品質だったなどとまでは言わない。そこまで疑ってしまえば、鍛治師として失格だ。
そう思った男は剣を兵に返すと、休憩も取らずに仕事を再開した。
先ほどまでのように周囲に指示を出さず、ただ黙々と。
時折子供のような、ワクワクとした笑みを見せながら。