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110話 静かな怒り

「ああああああアアアアアアッ!?」


 唯斗は叫ぶ。

 その表情は苦悶に満ち、両の手で頭を掻き乱す姿はもはや常人には到底見えない。血走り、限界まで見開かれた両目が、それをさらに際立たせる。


 そんな唯斗を、邪神ムトは嬉しそうな笑みを浮かべながら見下ろしていた。

 ムトは唯斗がこうなると分かっていて、真実を突きつけたのだ。むしろ、これを望んでいたと言っていい。

 何せこの状態の唯斗であれば、ムトの願いが簡単に叶ってしまうのだから。


「神としての……司るものを否定すれば消えるのは、神の間じゃ一般常識だ。でもね、消えるとは言っても、そう簡単には消えない。自分自身を消すんだから、それ相応の苦しみが伴うんだ」


 それが、今の唯斗の状態ということだろう。その苦しみは、見ているだけでその壮絶さが伝わってくる程のものだ。

 地獄で数多の拷問を受けるが如く、唯斗の表情は物語っている。

 ムトは誰に聞かせるでもなく、言葉を続ける。


「そしてその苦しみの際に、無意識のうちに周囲に力を発動してしまう。怪我をした人間が周囲に当たり散らすようなものなんだろうけど、君がそれをしたらどうなるかな? “自由”っていう、反則的な力で周囲に当り散らせば、どうなるかな?」


 そう言って嬉しそうに、楽しそうに高笑いするムト。

 唯斗の力は“自由“だ。ならば、もし唯斗が無意識のうちに周囲を破壊すると望めば? 無意識のうちに誰かを殺したいと望めば?


 ーー世界なんて、世界の意思なんて、世界のルールなんて無くなって仕舞えばいいと思えば?


 ……その“自由”の力は唯斗の願いを叶えるために、発動するだろう。


「ねぇ唯斗。僕の願いはね、人という種族を殺すことだけじゃないんだ。僕はね、この世界のルールをーー世界の意思を殺したいんだよ。でもそう簡単にはいかない」


 姿のない世界の意思を相手にするのは非常に困難だ。かと言って、世界そのものを壊そうとすれば、間違いなくムトは消されるだろう。

 他でもない、世界の意思そのものに。


 故に、ムトは唯斗の”自由“という力を見つけた時、これを使わない手はないと考えた。

 唯斗の”自由“という神をも超えた力であれば、世界の意思を消し去ることも可能だと。戦力を集めずとも、己の目的を達成できると、そうムトは考えた。


 しかし、見知らぬ誰かを救う唯斗と、他者を傷つけてでも目的を達成しようとするムトは、相容れなかった。

 それを理解したからこそ、ムトはこうして強引な手段に出たのだ。


 唯斗の精神を壊す前に話をしたのも、全てはこの計画のため。

 ”自由“というのは世界が決めたのだ。そんな”自由“に縛られているのは世界のせいだ。と、そう思わせることによって、自身への恨みを世界へと向けさせた。

 そしてあわよくば、唯斗の背後にいる神を消そうとも。


「君も運が悪い。こんな僕と出会ってしまうなんてね。でも、僕は目的さえ達成すればそれでいいんだ。君がどうなろうと、君の背後にいる神がどうなろうとね」


 ムトはゆっくりと唯斗に近づき、頭を抱える唯斗に触れようと手を伸ばす。


「さぁ、願うんだ。この世界なんて消えてしまえと、世界の意思なんて死んでしまえと願うんだ。そうすれば僕はーー」


 しかし、ムトが唯斗に触れようとした瞬間、唯斗の姿が掻き消える。


(なにッ!?)


 ムトは内心驚愕しつつ、咄嗟にその場から飛び退く。

 油断をしていなかったとは言えないものの、完全に警戒を解いていたわけでもない。だというのに、目の前の人ひとりが一瞬で消えたのだ。

 気配も力の痕跡も何もない。まさに、神隠しにでもあったかのように、唯斗は姿を消した。


「……だれ?」


 少なくとも人の仕業ではない。もちろん、目の前で唯斗本人に逃げられたという可能性も皆無だ。

 ムトとて上級神。唯斗程度の力の練度であれば、見逃すはずがない。

 では他にどんな可能性があるかと問われれば、やはり同じ神くらいしか思い浮かばないのも事実。だが、他の神々は今も封印の中だ。

 世界の意思が介入してきたという可能性もあるが、ムトはそれをあっさりと切り捨てた。世界の意思がこのような雑事には介入してくるはずがない、と。


 ではやはり考えられるのは神だけだ。

 そう考えて周囲を警戒していると、


「随分と、お世話になりましたね」

「ッ!?」


 気配は感じられなかった。だというのに、元からそこに立っていたかのように、そこに一人の女性の姿があった。

 艶のある黒髪に、黄金に輝く瞳。重ね着した着物はまるでその者の一部であるかのように、本人の動きを阻害している様子はない。

 腕の動き、その所作ひとつ取ってみても、あまりの自然さに違和感を全く感じない。いつの間にかそうしていた、そうなっていたと感じるほどである。

 その存在の異様さにムトは警戒を強めるも、相手はどこ吹く風といった様子で口を開いた。


「初めまして。私、地球という世界で日本という国の守護神をしております、天照大御神と申します」


 そう言って、天照はゆっくりと腰を曲げる。


「……あ、ああ。僕はーー」

「邪神ムト、ですよね。ええ、もちろん知っておりますとも」

「へ、へぇ、いったい何処でーー」

「私の愛する娘を手にかけ、弟である唯斗をこんな目に合わせた愚か者です。知らないわけがないでしょう?」

「ッ!?」


 焼けつくような神力の奔流に、ムトは耐えきれずその場に膝をつく。

 天照は何の表情も浮かべていない。完全な無表情だ。だが、膝ほどまで伸びる長い髪が、その怒りを代弁するかのように揺れ動いていた。

 加えてムトは悟る。

 この神が唯斗の背後にいた神であり、そして、


(……この神、上級神って次元を超えてる)


 その力はムトの力を大きく上回っていた。

 例えムトが万全の状態であっても勝てるかどうかは運次第となる。そう思わせられるくらいの力の差があったのだ。

 とんでもない相手を敵に回してしまったのだと、今更ながらにムトは理解した。


「……僕を殺しにきたの?」

「いいえ、神のルールは絶対。それは貴方も理解しているでしょう。私も神という種族の枠組みにいますので、それをするには神をやめないといけませんから。私情でそんなことはさすがに出来ません」


 そう言って、天照は残念そうに首を左右に振る。

 しかし、言い換えれば神を止めればお前を殺せると言っているのだ。上級神としてほぼ敵なしと言われたムトでさえ、背筋が冷たくなるのを感じた。


「じゃあ、何しにきたっていうのさ?」

「ご覧の通り、唯斗を助けに。あの人に任せておきましたが、流石にもう見ていられなかったので」

「あの人?」

「貴方が知る必要はありません」


 これ以上踏み入ってくるな、そう言われたのだとムトは察する。


「そう、分かったよ」


 唯斗は連れて行かれたものの、戦力を失ったわけではない。それに、ムトの手にはまだ、リンを素材にして造ったダンジョンコアがある。

 これ以上唯斗に執着するような真似をすれば、天照によって鎮圧されかねない。そうなればムトの目的が果たせなくなってしまう。

 となれば、ここで引くのが最善だろう。そう、ムトは判断した。


「では。……ああ、それと一つ」

「……なに?」


 このダンジョンコアは手放せないと、警戒するも、それは徒労に終わった。


「……本当にすべきことなのか、よく考えることですね」

「何のこと?」

「それでは」


 言いたいことだけ言われて、さっさと姿を消してしまった天照大御神。


(本当にすべきことなのか? ……何のことだろう)


 残されたムトは最後の言葉の意味を考えるも、理解できず。早々にその場から姿を消した。


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