109話 矛盾した存在
「…………ッ」
あまりの痛みと、焼ける様な熱さで目が覚める。
……あれ、僕って一体どうしてこんな地面に寝転んでるんだ?
ぼんやりとした頭で考えていると、周囲の惨状が目に入ってようやく何が起きたのか……いや、僕が一体何をしたのかを思い出してきた。
「……そうだ。あの時」
擬似太陽をムトへと落下させた時、僕は咄嗟に後ろに飛んだんだった。直撃しなければ生き残る可能性があるかもしれないと思ってね。
でも、それだけじゃどう足掻いたところで焼け死ぬだけだ。この体は人間であることに変わりはないのだから。
だから、僕は飛ぶと同時に、天照さんに力を貸してほしいと願った。
天照さんの司るものは“太陽”。太陽神として有名な天照さんの力なら、この熱を受けても生き残れるかもしれないと思った。
……本当に賭けだった。
天照さんから力を貸してもらえなかったら、僕は塵も残さずに燃え尽きていただろう。
でも、こうして生きている。無事とは言い難いけど、なんとかしぶとく生き残ってる。
「……いッ」
うわぁ、腕がひどいことになってる。
咄嗟に目を庇ったからこんなに焼け爛れたんだろうね。治すのに少し時間がかかりそうだ。
「っと、そうだ、ムトはッ!? 」
何をのんびりしてるんだ僕はッ!
自分を叱咤しつつ、周囲を見回す。
随分と地形が変わってしまった。地面は熱で溶けて今も赤く燃えているし、爆発の中心なんて、球の形に抉れて大きな穴が空いてしまっている。僕が想像していたよりも、随分と高火力だったみたいだ。でも、どこにもムトの姿はない。
あのムトが存在ごと消えた? ……本人は焼き尽くせるとか言っていたけど、本当にそんなことあるのかな。
確かに自分でも驚くような神術にはなった。きっと、上級神を倒せるだけの力はあったんだろう。
けど、ムトがあの状況で何もしなかったとは思えない。
「……姿はない。影も形も残っていない」
逃げた可能性がないこともないけど……、ああもう分からない。もしムトがもうこの場にいないのなら、こうしている時間が無駄だ。
転移で避難させた二人が心配だし、ここは一度合流してーー、
「ッ!?」
突然現れた殺気に当てられ、反射的に腕で庇う。
すると次の瞬間、トラックに生身の状態で跳ねられた様な衝撃が僕を襲い、大きく吹き飛ばされた。
バキッ、という音が身体に響く。……まずい、確実に腕が折れた。
「ゲホッ、ゲホッ!」
岩場に叩きつけられた衝撃で、呼吸がままならない。それに、どこかにぶつけて額を切ったんだろう。目に血が入って前が見えにくい。
ただ、無事だったもう片方の目に写っているあの人影。……間違いない、あれは邪神ムトだ。
「やぁやぁ、よくもやってくれたね。おかげで腕がこんな有様だよ」
そう言って、ムトは肩から先を無くした片腕を強調する。
……ははっ。僕自身の命までかけて、ようやく届いたのが腕一本か。
「どうして爆発の中心近くにいた君がその程度で済んでいるのかな? ……って、ああ、そっか。君ってどこぞの神から支援を受けてるんだったね。今回もあの時みたいに守ってもらったのかな?」
「どうして…それを」
「そりゃ分かるさ。僕の領域であるダンジョン内に、感じたこともない神力が紛れ込めばね」
……あの時か。
ダンジョン内でフィリー殺されそうになった時、確かに誰かに守ってもらったけど。……そうか、あれは天照さんだったんだな。いつもとは違う感じがしたから分からなかった。
天照さんに救われたのはこれで二回目……いや、三回目か。
初めて天照さんに会った時、僕に旅人の道を教えてくれたあの時に僕は救われていた。だから、これで三回目。
天照さんには心から感謝している。他にも師匠たち、それに今まで友達になれた人にも。
でも、僕はもうここまでみたいだ。
力も入らないし、逃げることもできない。そして何より、僕の進む道が真っ暗なんだ。
……もう、道を照らしてくれるリンが居なくなっちゃったから。
「……殺しなよ。僕はもう、動けない」
「あれ、もう諦めちゃうの? 随分と情けないね。そんなにあれを殺したのが堪えたの?」
「ッ! ……ムトには分からないよ」
「そうだね。君がどう思ってるかなんて知らないし、興味がない。ま、ある程度は愉しめたからよしとしようかな」
これでもう死ぬのか。
思い返せば長い人生だったけど、随分と物足りないように感じる。ということは、僕の本心では短かったっていうことなのかもしれないね。
そんな僕の人生最大の後悔は、リンの仇を取れなかったこと。
リンを守りたかった。リンと、もっとずっと旅をしていたかった。
ふざけあって、笑い合って。もっと……もっと一緒にいたかった。
……死んだら、リンに会えるといいなぁ。
視界がぼやけてくる。
けど、それすらも拭う気力も残っていない僕は、ただ自分の死を待っていた。
だというのに、ムトは僕を殺すことはなく。楽しそうに笑みを浮かべたその口から、
「それじゃ、本題に入ろうか」
そんな、想像もしていなかった言葉が飛び出してきた。
「……本題?」
「そう。僕はね、君の力にずっと目をつけていたんだよ。君の持つ、“自由”という力にね」
なんだ、バレてたのか。
僕なりに隠してはいたんだけど。師匠に怒られちゃうなぁ。
そんな僕の心中なんてどうでもいいかのように、ムトは続ける。
「正直言うとね、君は歩く爆弾なんだ。いつ暴発するかも分からない、危険極まりない存在。それが君だ。もし僕が世界平和を望む者だったなら、真っ先に君を消しにいったくらいにね」
「危険? …どうして」
「“自由”なんて、その本人の思い通りになる力と言ってもいいんだよ? 君がああしたい、こうしたいって思うだけで、世界がその通りに変わってしまう。そんな、神を超えた力を怖がらない者がいないはずないじゃないか」
神を超えた……危険な力?
確かにこの力は危ういって言われたことはあるけれど、神を超えた力だなんて誰も……。
「君に付き纏っている神もそう思っているさ。何せ、そいつだって君に消されかねないんだ。慎重に、嫌われないように接して、君を裏でコントロールしようとしているんだろう。今もね」
「そ、そんな……」
違うッ! 天照さんはそんなことする神じゃない。
天照さんはいつも僕を見守ってくれて、困った時には助けてくれて。
僕のことを弟だって言ってくれた天照さんの、あの言葉が、あの笑顔が、あの想いが嘘だったなんてあり得ない。
だからそんなことは絶対にーー、
「なら、どうして今君を助けにこないんだい?」
「ッ!?」
「あの時みたいに、守ってもらえるはずだろう? なのになんで助けがこない?」
「そ、れは…」
「それは僕みたいに危険を冒してまで殺してくれる奴を、待っていたからだよ。こそこそと君を助けるのは嫌われないようにするのと、中途半端に死にかけないようにするため。死の間際、逆恨みで消されたんじゃ全てが無駄になるからね」
「違う! 天照さんは、そんなんじゃ……」
「なら、どうして一番重要なことを君に伝えていないのかな?」
「重要な、こと?」
「そう。君は“自由”そのものに縛られているっていう事実だよ」
「……どういうこと?」
自由そのものに縛られている? 僕が?
「自由っていうのは全て君の感覚に依存する。君がその生き方に息苦しさを感じれば、それは自由とは言えない。誰かに無理やり強制させられることを不自由と感じるので有れば、それは自由ではないっていうことだ」
「それが、自由だからね。でもそれがどうして、自由に縛られるってことに…なるのさ」
「君は神が司るものに反した時にどうなるか知ってるかい?」
「知らない。一体、どうなるってーー」
「死ぬんだ」
……えっ?
「神が自身の司るものを否定すれば、それは自身の否定に繋がりーーそして死ぬ。それが神という存在の、世界が決めた絶対的なルールだよ」
「なら、僕は……」
「そう。君は“自由”でなければ死んでしまう。“自由”でありながら“自由”そのものに縛られた、矛盾した存在なんだよ」
ムトのその言葉を聞いて、理解した瞬間。
「ああああああアアアアアアッ!?」
僕の意識は何か暗く重苦しいものに巻き取られ、現実から切り離された。