12話 ピー音にご注意
「すまない」
「別にかまわないよ」
しばらくして、レンが家の中から出てきた。
リーシェちゃんは家の中に置いてきたようだ。
まだ歩き回らないほうがいいから置いてきて正解だね。
「本当に感謝する」
「その代り約束は守ってよ」
「ああ、約束通りこの街を案内しよう。いつがいい?」
「今からお願いしようかな。それにまだキミには伝えないといけないことがあるし」
「なんだ?」
「このままではリーシェちゃんはまた病気にかかる。今はとりあえず治したけど、ちゃんと食事をとらないと意味がない。それくらいは理解しているよね?」
病気は治った。でも栄養が足りていないことには変わりがない。
「……分かっている。だが、俺を雇ってくれるところなんてどこにもない」
「そうだね。だから、キミに提案がある。治癒魔術を覚えてみない?」
「治癒魔術を? だが、魔術を覚えるには学校に通わないといけないぞ。だが俺にそんな金はない」
よかった。これで「治癒魔術って何?」とか、「治癒魔術なんて失われた魔法を!?」なんて妙な話にならなくて。
そんなことになったらまた痛い視線を向けられるところだったよ。
最初に出会った二人みたいに。
「別に学校に行かなくてもいいよ。僕が教えるから」
「本当か! それはありがたい。だが金は……」
「いいよ。別に」
「それでは俺の気が済まない」
「そうだね……。なら、友達になってくれない?」
「友達に?」
「うん。この街にはきたばかりで友達っていないからさ。レンがよければだけど」
「ああ、俺でよければ喜んで」
やった。異世界で初めての友達だね。
僕らは互いに握手して笑いあった。
ちょっと恥ずかしいけれど、これがまたいいんだ。
「それじゃ、案内してもらおうかな」
「分かった。なら、まずはあそこだな」
レンの後ろ姿を見ながら僕は思った。
こうして誰かと笑いながら過ごす時間はかけがえのないものだ。でもいつかは別れが来てしまう。
それは事故だったり、寿命だったり、病気だったり、……異世界転移だったり。
もう二度と会えないということは悲しいけれど、それがトラベラーになった者の宿命だ。
トラベラーは未知を求め新たな地を旅する者。
出会いと別れをその命が尽きるまで繰り返す、そんな馬鹿な奴だ。
でも、僕はそれを選んだ。
孤独になってもまた出会いがあると信じて僕は旅を続ける。
旅して旅して旅して、最後に何が得られるのかはまだわからない。
でもそれでいい。
僕は変わらず自由を愛し、自由に生きる。
それが僕という人間だから。
「これはいい眺めだね」
「だろ?」
レンに連れられてきたのは街を一望できる展望台だ。
普通なら入れないらしいが、レンの知り合いがそこにいたので特別に入れてもらった。
「俺ら庶民が住むのは城から一番離れたこのあたり一帯だ」
「木造建築ばかりだね」
「ああ、石造建築なのは貴族と王族の家くらいだ。石造建築には金がかかるからな。それに貴族と王族以外は木造建築しか認められてないんだ」
「庶民は建てられないの?」
「ああ、区別するためだって貴族連中は言うが、どちらかといえば差別だな」
なるほどね。それで住む場所もこんなに綺麗に別れているわけだ。
王城を中心に、その周囲に貴族の屋敷。そしてその外側に庶民の家。さらにそれらを数十メートルを超える巨大な壁が取り囲んでいる。
この世界は魔物が多く生息するようだから、それらから身を守るためにこの頑丈な石の壁が作られたのだろう。
そして、庶民と貴族の住む場所の境界には鉄格子で分けられていた。
レンが差別というのにも納得がいくね。
ちなみにロンドさんの店は一番貴族が住む場所に近い。
庶民が住む場所の中でもだけど。
「でも、貴族が住む場所にも木造建築があるみたいだけど」
「あれは商人の店だな。貴族に目をかけられている商人が貴族相手に商売をしている。わざわざ貴族は庶民の住むところまで物を買いに足を運ぶなんてことしないからな」
庶民と貴族の格差が激しいね。
これは貴族と会った場合には気を付けないといけないかな。
「そしてあれが言わなくてもわかるだろうが、国王様の住む城だな。まぁ、庶民には縁のない場所だ」
昨日行ったんだけどね。
「国王様には一人娘がいる。人前に出てきたことはないが、噂ではものすごくかわいいらしい」
昨日会ったんだけどね。
「そういえば知ってるか? 昨日王城の庭に恐竜が現れたって」
僕のせいだけどね。
「本来王城には召喚魔術や転移魔術が使えないように結界が張ってあるらしいんだけど」
神力のせいだね。たぶん。
「だから王城は大騒ぎだったらしい。さらに、これは噂の噂でしかないが、さっき話した姫が昨日の夜暗殺されかけたらしい。何者かによって助かったらしいが」
僕なんだけどね。
「まぁ、どれも俺らには関係ないことだがな」
関係大有りだね。全部僕が関わってるよ。
「へぇ、そんなことがあったんだね」
とりあえず、昨日のことは全てなかったことにしておこう。そうしよう。
「にしても、レンはずいぶんと物知りだね」
「ああ、兵士とかに知り合いがいるからな。それに街のことを知っておかないと生きていけなかったから」
「確かに、知っていれば対処できるからね。物知りなことはいいことじゃないかな」
僕は家を出てすぐの頃、サバイバル知識がなかったからずいぶんと苦労したものだ。
火を起こすのも一苦労だったな。
あの頃が懐かしい。
「それじゃあ、今度は下りて街の中を案内しようか」
「よろしく頼むよ」
展望台を降り街中を歩いていて一つ気がついたことがあった。
「ねぇ、レン。そういえば、庶民の住むこのあたりは、道は石でかなりしっかりしてるんだけど」
「ああ、貴族たちもこの街から出るときは必ずこの大通りを通るからな。馬車を使うから道が舗装されてないと困るっていうから大通りだけは舗装されてるんだ」
それだからか。ロンドさんと食事に行ったときは道が舗装されていなかった。
何か違和感があると思っていたんだよね。
「それに、他国の要人が来た時に道が舗装されていなかったら下に見られるだろ?」
確かにね。「この国はこの程度か、ふん」って上から目線になる様子が鮮明に頭に浮かんだ。
「そうだ、冒険者の集う冒険者ギルドってところにも行ってみたいんだけど」
「冒険者ギルドね。興味あるのか?」
「どんなところかと思って」
「そうだな、一言でいえば……」
「一言でいえば?」
「物騒だな」
なにそれ、ちょっと行く気が失せたんだけど。
でも、危険だから行かないなんてトラベラー魂に反する。
「とりあえずいってみようかな」
「まぁ構わないが」
レンに付いて冒険者ギルドというところまでやってきた。
やってきたのはいいんだけど。
「あれ何?」
「そりゃ、斧だろ?」
なんで扉に斧が突き刺さってるの?
っていうか、扉ボロボロじゃない?
「あれは?」
「そりゃ、血だろ?」
血? ああ、魔物を狩るって言ってたし、その血が偶然ついたんだね。
「魔物の――」
「いや、人間の」
……。
馬鹿じゃないの?
何ここ。世紀末?
と思っていると何か嫌な予感がしたからレンを連れてその場から飛びのいた。
すると僕の隣を、僕の身の丈はありそうなほど大きな大剣が通り過ぎていく。
あぶな!? 気がつかなかったら死んでたよ!?
その大剣が飛んできた冒険者ギルドの入り口に視線を向けると、入り口の前に筋肉質の大男が倒れ伏せ、中からシスター服を着た女性が出てきた。
「あー、****で******てめぇには来世で****になるのがお似合いだ。この****野郎」
……この世界のシスターに救いはないのか?