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107話 鈴の音は聴こえない

「元メイドさんに何をしたの?」

「え〜、僕がやったことは前提なの? まだ何もしてないのに」


 まだ、ね。

 確かに何もしてないのかもしれないけど、何かがあったことには違いない。でなければ、人はそう簡単に自分の唇を噛み切るようなことなんてしないよ。

 でも、元メイドさんが無事でよかった。もう少し遅かったらどうなっていたことか。


「それで、何のようかな?」


 とは言っても、理由なんて分かりきってる。ミル達を解放して困るのはムトしかいない。

 現状、ムトは国一つという戦力に加え、人が神にも匹敵する力を得られる道具を持っている。でも、それでも守護神と呼ばれたミル達には勝てないんだろう。

 だからこそ、ムトはああやって一時的に封印するしかなかったんだ。

 もし僕がムトと同じ立場だったとしてもそうする。力のある複数の神が相手なんて、考えただけでもゾッとするくらいだからね。

 でも、だからこうしてムトは僕の前に姿を現した。……うん、想定通りだ。

 リンを拐った本人が出てきてくれたんだ。このチャンスを逃しちゃいけない。


「そんなの君には分かりきってるでしょ? にしても、やっぱりそいつじゃダメだったね」

「そいつ……フィリーのこと?」

「そうそう。せっかく色々と強化もしてあげたのに、こんなにあっさり倒されちゃうんだもん。しかも僕の力も解かれちゃったみたいだし。まぁ、もともと力が染まり難かったから仕方ないんだけどね」

「で、無理矢理従わせたんだ。……最低だね」

「ははっ、褒め言葉をありがとう」


 こんなにも素直に認めるなんてね。

 改めて確信したよ。ムトは絶対に止めないといけない。リンのことを抜きにしたとしても、こんな危険な神を野放しになんてできない。

 この世界でできた友達だっているんだから。僕は彼らを死なせたくない。

 なんて考えていると、隣にいた魔女さんが一歩踏み出して、


「初めまして、ですねぇ。唐突ですが、貴方に一つ聞きたいことがあるのですよぉ」

「……なに?」


 どこかで見たことのあるような光景だった。

 ……そうだ、これは初めてムトに会った時とよく似てるんだ。ベルがムトが言ったことに対して怒って、不機嫌そうに顔を歪ませたムトに転移させられたあの時に。

 これじゃ、またあの時と同じことを繰り返してしまう。

 そう思って、魔女さんを庇おうとした瞬間、


「僕は今ユートと話してーー」


 いつの間に術を組み上げたのか。

 でも、魔女さんの作り出した氷の塊が弾丸のように飛んで、ムトの頬を掠めて遠くにある岸壁を砕いたことは分かった。


「いいから、答えてくださいねぇ?」


 ……僕の心配なんて必要なかったね。

 あの時とは違って僕の隣にいるのはおそらく、この世界では最強の魔術師なんだから。

 ムトは頬の血を指で拭い取ると、僅かに微笑みながら、


「……ああ、もしかしてそいつの言ってた魔術師って君か。その魔術師なら僕のことをコテンパンにやっつけられるとか言って、法螺話だと思ってたけど。……ふぅん、確かにそこらの有象無象とは違うらしいね」

「それはどうもぉ。貴方に褒められてもちっとも嬉しくないですけどねぇ。……それで、私の質問に答える気にはなりましたかぁ?」


 すると、何やら考え込んでいた様子のムトは、突然ころっとその顔を笑顔に変えた。


「いいよ。君との会話なら面白そうだし」

「私は面白くも何ともないですけど。……貴方、この子に何を言って契約させたのです?」


 契約……神との契約のことだね。

 確か元メイドさんから聞いた話では、相手に対価を要求する契約があるのだとか。

 リバーはこの対価のある契約で洗脳されたらしいから、おそらくフィリーも同じなんだろう。


「何って、そいつ精霊のくせにそこそこ賢かったからさ。他の精霊には手を出さないのを約束に、僕の手駒になったんだよ。おかげでとある道具の開発が随分と進んだ」


 とある道具……まさか、


「それってダンジョンコアのこと?」

「その通り! いやぁ、ユートはこの世界にきて間もないっていうのに、随分と物知りだね」

「……こっちの世界にきて早々、あれに巻き込まれたからね。でも、神の加護を受けているにしては、神力の量があまりにも多すぎる。あれじゃまるでーー」

「神みたい?」

「ッ!」


 ムトの浮かべる邪悪な笑みに、そして何か途轍もない真実を知ってしまいそうな自分自身に、寒気がする。

 改めて考えてみればそのとおりだ。人の身であれば、神の加護を受けたとしても扱える神力には制限がかかるはず。

 なのに、あの黒い人型に関しては何の制限もかかっていないように見えた。

 元は伯爵だった黒い人型。そしてリバーだった黒い人型。どちらも、神と言っても差し支えのない神力の量だった。

 でも、


「でも、あれは神じゃない。もし神なら、神力を身体強化以外に使っていたはずだから」

「そう! そこが問題だったんだよ。知性はほとんどないし、下級神程度の力しか得られない。しかも神力を自由に扱えないとなれば、確かに神とは言えないね。……でも、もし自由にその力を使えたとしたら?」

「それは……」


 神と同等の力を使い、自由にその力を使いこなすこともできる。そうなったら、確かにそれは神と言えるだろうね。

 だけどそれはありえない。現に今だって神力を自由に扱えてないんだ。例え上級神のムトでも、そう簡単にそんなことが出来るはずがない。

 僕みたいな半人半神ですら例がないんだ。だから、人が神になるなんてありえない。


「ありえないって顔をしてるね」

「ッ!」

「ははっ、図星だね。でも、君にとっては残念かもしれないけど、もう既にその原因は分かってるんだ」

「……えっ?」


 原因が、分かってる?


「そもそも、このダンジョンコアって何でできてるか知ってる…筈もないか。情報が漏れないようにしたのは僕だし。実はこれってねーー」

「精霊……なのでしょう?」


 ずっと黙って聞いていた魔女さんが、口を開く。

 いつもののんびりとした口調はそこにはなく、気配だけで人を殺せそうなほどの殺気を放っていた。

 えっ、っていうか精霊って……。


「……へぇ、どうして分かったの?」

「私はこの子の友人ですよ? 貴方の話、この子の置かれた状況、そしてこの子の国から殆ど姿を消してしまった精霊達を考えれば、誰でも分かるでしょう」

「それもそっか。やっぱり情報の完全な隠蔽は難しいね。それなら、僕がさっき話していた原因についても何となく察してるのかな?」

「……」


 魔女さんは黙り込んで、一瞬だけ僕の方へ視線を向けてきた。

 その瞳はどこか心配そうにしていて。でも、だからこそ、僕も察してしまった。

 知りたくなかった。分かりたくなんてなかった。嘘だと言って欲しかった。

 だけど、あの愉しそうに笑うあのムトの顔が、何も言わずに黙り込んだ魔女さんの態度が。その全てが僕の行き着いた答えの信憑性を高める要因にしかならなかった。

 そしてそれは、


「分かってるみたいだけど、ちゃんと教えてあげるよ。ダンジョンコアを取り込んだ人にはほとんど知性がない。でも、それはある意味正しい。だって原料となっている精霊自体に知性がないんだからね。……なら、知性のある精霊を原料にしたら、全てが解決すると思わない?」


 ーーリンがもう既に生きていないことにも繋がる。



 ……繋がってしまうんだ。






「リンは……リンはどうしたッ!」


 それを聞いちゃいけない。聞いたら後悔する。

 それが頭では分かってはいたのに、僕の意に反して口は既に動いていた。

 心臓が破裂しそうなくらいに脈打ち、足元がおぼつかない。

 手足が震えて、立っているのも辛いくらいだ。それでも、僕は必死に耐えた。

 耐えて、耐えて、最後の一筋の可能性を信じた。

 リンはまだ生きていて、僕の名前を呼んでくれる。きっと、あの鈴に音のように澄んだ綺麗な声が聴こえてくるはずだ。

 リンは死んでなんかいない。……絶対に。


「それを僕に聞くの? 僕がこうして説明をしてあげた時点で、もう分かりきってるだろうに」

「ムトッ!!」


 力一杯叫んだせいで、喉に痛みが走る。

 でも、今はそんなことどうでもいい。


「はいはい。……これが、君の知ってる“リン”だったものだよ」


 そう言って、ムトはどこからか見覚えのある玉を取り出した。

 黒い光沢のある、指先ほどの小さな玉。間違いない、前に見た時と同じダンジョンコアだ。

 でもその時よりもずっと色が濃い。まるで宝石みたいだけれど、見た目に反してその気配は強烈だ。

 現に僕の感があれは危険だと、警鐘を鳴らしている。


「……そんなの、リンじゃない」


 何処にいても、リンが何処にいるかが僕には分かるんだ。リンの気配は僕がよく知ってるから。

 だから、こんなのリンじゃない。

 リンなわけがないッ!


「どうしてそんなことが分かるかなぁ。……()()()()()()()()

「リンは死んでなんかないッ!」

「そう、なら教えてあげるよ。現実ってものをね」


 そう言ってムトが取り出したもの。それにはとても見覚えがあった。


 毎日のように見ていて。

 以前触ったら、デリカシーがないと怒られて。

 僕が心の底から綺麗だと思っていたもの。


 ーーリンの羽だった。

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