105話 再厄
「ッ危な!」
何やら嫌な気配が飛んでくるのを感じ、咄嗟に避ける。それを避ければまた、前方から迫ってくる何かから逃れるように身を捩る、の繰り返しだ。
当然、その何かが飛んでくる方にはフィリーがいるわけで。
どうやら、僕が魔女さんに言った余計な一言のせいで、非常にお怒りなモードらしい。
魔女さんの方には目もくれず、さっきから見えない“何か”を、僕にばかり飛ばしてきていた。
しかも、厄介なことにその何かが僕には見えないんだ。
本来の神眼としての機能を最大限に使っているのに、何を飛ばしてきているのか、どこから飛んでくるのかが殆ど分からない。
僅かに見える魔素の残痕のようなもの、そしてその力に込められた殺気のような気配を頼りに、ギリギリで避けているのが現状だ。
一歩でも間違えれば直撃は必死。
直感ではあるけれど、当たらない方がいいということだけははっきりしている。
「ッ! うわっ!」
なんて、その何かの正体を探りつつ、打開策を考えていたらこのザマだ。
オスカさんの所で買った服の裾が吹き飛んだ。
……結構気に入っていたのに。
「ほらほら、ちゃんと避けないと危ないですよぉ」
「そんなこと…言ってる、くらいならッ! …手を……貸してよッ!」
箒の上にうつ伏せで寝転び、まったりと観戦を決め込む人でなしに、一言もの申してやる。
こんな一方的な状況でも、魔女さんは全く手を貸してくれない。
これだけフィリーの敵意がこっちに向いているんだから、あれだけの技術と技量を持っている魔術師ならいくらでもやりようがあるだろうに。
いったい魔女さんは何を考えているんだ?
「手は貸したいのは山々ですけどねぇ。今はその手がありませんので。ひじ先からごっそりと」
そう言って、魔女さんは無い手をひらひらと振る。
……いや、それは分かってるし、僕としても申し訳ないとは思っているけど。
「それと、これとは話が…別じゃ、ない!?」
守ってもらった命が再び危機だよ!
「……これも一つの代償というわけですか」
「何のことッ!」
「いいえ、何でもないですよぉ」
珍しく、一瞬だけ真剣な顔を見せる魔女さん。
でも次の瞬間にはいつも通り、にっこりと微笑んでいた。
まさか何もしてくれないんじゃなくて、本当に何か出来ない理由があるとか?
……いや、それはないか。
あの大蛇を凍らせたのは凄い魔術だけど、それだけで動けなくなるほどのものじゃない。
原因らしい原因はあの腕くらいだろうけど、あれで魔術が使えなくなるとは思えないし。
あ、そもそも箒で宙を浮いている時点で魔術は使ってるか。
だったらどうしてーー、
「ひっ!」
また掠った!
……今は高みの見物を決めてる人のことなんて考えている場合じゃない。
問題は目の前の暴れん坊だ。
この子を何とかしないと、僕の命は精神的なものと一緒にすり減り続ける一方だ。
「フィリー! 正気に戻ってくれないかな?」
「……」
ダメ元で声をかけてみるも、攻撃の手は一向に止まない。
「やっぱり、そう簡単にはいかないか……」
だけど、この不可視の攻撃の兆候、気配。そして力の大きさを考えるに、大体の予想はついた。
おそらくこの攻撃は、圧縮した空気を高速で飛ばしたものだ。
フィリー自身は神力を持ってはいないはずだから、間違いなく魔素によるもの。魔素の残痕がそれを裏付けている。
とは言え、ただ魔術で飛んできた空気であれば、この眼で見えない筈がない。
その空気だけ魔素によって可視化するし、ゆっくりにも見えるだろう。
でも、そうはならなかった。
なら何が原因なんだろうって考えた時、真っ先に思い浮かんだのがリンの姿だ。
……いや、別にリンのせいだっていう訳じゃないけど、何故かぷんぷんと頬を膨らませて怒るリンの姿が頭に浮かんだから弁解しておこう。
リンのせいじゃないよ〜、と。
「あ、」
なんて、変なことをしてるからまた服が破れた。
「ユートくん、そんなに私に肌を見せて……誘ってるんですかぁ?」
「そんな訳ないッ!」
「そうですかぁ。残念ですねぇ」
まったく、こっちはギリギリで気の抜けない戦いをしてるっていうのに。
手伝ってくれないのなら、せめて邪魔はしないで欲しい。
……と、こんなことしている場合じゃない。
「【貫け】」
魔術で氷柱を作り、フィリーにギリギリ当たらない角度で発射する。
けど、見えない何かによってあっさりと粉砕され、粉々になって飛び散った。
「うーん、これじゃ足りない」
もっと、フィリーの注意を引くようにしなきゃいけないな。
とは言っても、避けながら、かつあの子に当たらないようにしなきゃいけないわけだからね。
対人戦闘ーー魔術師対魔術師の戦いであれば、相手の魔素切れを狙うという方法もあるんだけど、おそらく精霊に魔素量の上限は無い。
となると、この不可視の攻撃は永遠と続くわけか。
まるで魔眼持ちの魔術師を相手にしているみたいだ。
なら、
「これはどうかな? 【吹き荒れろ】」
フィリーの周囲に複数の風の流れを作る。
攻撃性は全くない。これは相手を傷つける術じゃないからね。
でも、これで体勢を崩すことができれば、攻撃の手数が減るはず。
……なんて考えていたんだけど、
「……」
「……えぇ。って、なぁああああッ!?」
風に翻弄される様子もなければ、攻撃の手数が減ることもない。
まるで魚が海流に乗って泳いでいるが如く、スイスイと風の流れに沿って飛び始めた。
むしろ、この環境こそ自分が求めていたと言わんばかりに、様々な角度から不可視の攻撃を放ってくる。
そのせいで、余計避けるのが難しくなってしまった。
……自分の首を絞めることになるとは。
「知らなかったのですかぁ? 精霊は自然環境に強いですから、この程度の風なんてへっちゃらなんですよぉ」
それはもっと早く言って欲しかった。
僕が陣を組み上げた時点で、どんな魔術か予想はついていただろうに。
というか、リンはそんなことなかったんだけど。
台風の日とか、普通に飛ばされてたから。
「……はぁ」
とりあえず風は消そう。
「……」
……いや、そんな残念そうな顔しないでよ。
隙を作ることができればそれでいいんだけど、傷つけないで、っていうのが中々難しいなぁ。
向こうの世界で隙を作るもの言えば……あ、そうか。
「精霊にも目がある。なら、これが効くかもね。【輝け】」
咄嗟に転移して不可視の攻撃を避けつつ、同時に目を閉じたまま、魔術を放つ。
簡単な術だ。この世界に来て初めて使った、【ライト】をより強化したもの。
これなら本人を傷つけることなく、かつ簡単に隙を作ることができる。
「……ッ!」
今度は成功したみたいだね。
光を直視したフィリーは、目を押さえながら悶えていた。
ーー今がチャンスだ!
そこら中に魔術を乱射される前に、フィリーの背後に転移する。
「ッ!?」
すぐさまフィリーがこっちを振り向くけど、もう遅い。
頭に手を置いて、神としての力ーー“自由”の力を使う。
「これで、どうだッ!?」
念のため、転移でもう一度距離を取る。
流石に至近距離で不可視のあれを撃たれたんじゃ、僕でも避けようがないからね。
「ッ! ッ!」
もう見えるようになったんだろう。転移先の僕を視界に入れた途端、魔術を使ったフィリー。
すると立て続けに二つ、拳大の風の塊が僕の方に飛んできた。
うん。風の塊が二つ、僕の方に飛んできたんだ。
見える。それにどこから、どれくらいの速さで飛んできているのかも、はっきりとね。
これなら簡単に避けられる。
「はー、凄いですねぇ。いったい何をしたんですぅ?」
いつの間にか、僕の隣で魔女さんが悠々と空を飛んでいた。
ようやくやる気になったのかと思って、一言言ってやろうと視線を向けた瞬間ーー、
「……えっ?」
「どうかしましたかぁ?」
「その手の上のは?」
魔女さんの手に乗っかっている何か。
僕の目には、人と同じ容姿と二対の羽を持つ生き物に見える。
しかもその少し透明感のある黒の羽に、黒を混ぜたような肌。
僕にはさっきまで命をやり取りをしていた相手に見えるんだけど……違ったかな?
「ああ、フィリーですか? 見ての通り、眠らせておきました。可愛いでしょう?」
ああ、うん。可愛いか可愛くないかと言われれば、確実に可愛い部類には入るだろうね。
それでも、やっぱりリンには劣るね。
リンは天照さんの子供なだけあって、ちょっと天照さんに似てるから。
……って、いやいや。そうじゃなくて、
「どうやって?」
「そんなに難しい話じゃないですよぉ? ただ、ユートくんがこの子の相手をしている間に私が眠りの魔術を完成させて、それをさっき使っただけですから」
「眠りの魔術?」
「そうですよぉ。洗脳状態のこの子を眠らせないといけませんでしたから、かなり緻密かつ入念に完成させた、とっても強力なものですけど」
そんなことしてたのか。
確かに、洗脳状態となるとそう簡単に眠るとは思えない。
当然、ムトも眠りや洗脳の上書きの対策は取っていただろうからね。
それに何より、フィリーは精霊だ。
精霊っていうのは本来自由な存在。誰かに従ったりすることはないし、洗脳や眠りといった外部からの力には強い耐性がある筈だ。
そんなフィリーが持つ精霊としての耐性と、ムトのおそらく仕掛けたであろう対策。その二つを、魔女さんは魔術で破ったことになる。
……はっきり言って異常だ。
でも魔術でーー魔素みたいな神力に劣る力でできるとは到底思えないけど、事実、魔女さんはそれを行なっている。
フィリーに集中していたとはいえ、そんな大魔術を僕に悟らせることもなく組み上げるなんて。
いったい、この人の力はどれほど……。
「ユートくんの方はいったい何を? 後学のために教えてくれると助かりますぅ」
「うーん……参考になるかは分からないけど」
「構いませんよぉ。言うだけ言ってみてください」
「言えないこともあるんだけど、やったことは単純だよ。ただ、フィリーの使っていた幻惑の力を使えなくしただけ」
「ほうほう、封じたってことですかぁ?」
「そうだね」
そう。
僕がしたのは、フィリーの“幻惑”の力自体を使えなくしただけ。
あの不可視の攻撃を避けながら気が付いたんだけど、そもそも神眼で見えないこと自体がおかしかったんだ。
神眼で見えないものなんてない。だから、あの攻撃には裏があると思った。
とはいえ、神力をもたないフィリーに出来ることなんて、限られてくる。
そこで思いついたのが、リンの得意とする幻惑だ。
リンの幻惑は僕の神眼でも、あのムトにだって見破ることができなかった。
とすれば、同じ精霊のフィリーが幻惑を使えてもおかしくはないかな、って。
そして、そんな僕の予想は正しかった。
“自由”の力を使って、幻惑の力を使えなくしたら、ほらあの通り。
はっきりと魔術が見えるようになった、っていうわけだ。
ちなみに、魔素自体を封じることも考えた。
だって、魔素を封じれば魔術が使えなくなって、簡単に無力化できるんだから。幻惑の力を封じるよりも、ずっと分かりやすい。
でもそれはしなかった。
というのも、精霊は魔素で生きているようなものだからね。
人と同じように食べ物を食べることはできても、結局は魔素がなければ死んでしまう。
魔素を封じてしまえば、フィリーがどうなるか分からなかった。
死ぬかもしれないし、もしかしたら死なないかもしれない。
だから僕は、選択肢からそれを外した。
まぁ、考えようによっては、あの時ダンジョンで見逃してくれたという意味では、フィリーは僕の命の恩人だ。
それに、フィリーは魔女さんの友達らしいから。
だからリスクは避けたかった。
ただそれだけ。
「ありがとうございますぅ」
「何のこと?」
魔女さんとて、精霊がどうやって生きているかくらいは分かってるんだろうね。
僕の考えなんてお見通しらしい。
見透かされたこちらとしては、恥ずかしさでいっぱいだけどね。
「では、この子を治してもらってもいいですかねぇ?」
「あ、うん。でも……」
ミル達を助けてからじゃないと、僕の意識が眠りについてしまう。
そう思った瞬間、
『心配はいらん』
と、いつものあいつの声が頭の中に響いてきた。
『心配がいらないって、どういうこと?』
『わざわざ我が出なくとも、お前にも治せると言っている』
『いや、無理だよ。流石に神力が足りない』
この洗脳を、そしてこの子の体に染み付いているムトの神力を消すためには、それ相応の神力が必要だ。
“自由”の力は燃費が悪い。
その対象が強力な力であればあるほど、それを上回るために“自由”の力は強くなり、必然的に必要な神力も増える。
もう一人の僕は簡単に言うけど、ムトの力を超えるとなると、いったいどれだけの神力が必要になるやら。
まさか、天照さんに借りるとか?
いや、リンを助けなきゃいけないのに、体に大きな負荷をかけるわけにはいかないよ。
以前みたいに、神力がほとんど使えない状態になるのは困る。
あ、そういえば、目を覚ましてから天照さんと一度も話してない。
リンが拐われたことも言わなきゃいけないのに……。
と、僕の思考が少しズレたところで、もう一人の僕が呆れたような口調で、
『……あいつに報告する必要も、力を借りる必要もない。あいつはもう知っているからな』
『そうなの?』
『今、あいつに声をかけても返事はこないだろう。それよりも、そいつの治療だ』
天照さん……向こうでも何か対策を考えているのかな。
いや、天照さんをあてにしちゃいけない。
今回の件は僕の未熟さが招いたことだ。
自分で何とかしないと。
『それで、どうするの?』
『お前が“自由”の力を使う要領でやればいい。そいつは邪神ムトでも染めきれなかった奴だ。洗脳も半分解けかかっている』
『そうなの?』
『精霊の生来持つ性質が、邪神ムトの力を打ち消していたんだろう。この状態ならお前の力でも十分にやれる』
そういえば、戦っている最中にだんだんと感情が出てきていた気もする。
僕が転移で背後に回った時なんかも、驚いていたように見えたし。
それに攻撃の威力はかなりのものだったけど、終始単純かつ単調なものだった。
あれは元の人格が戻りつつあったからなのかもしれないね。
『分かった。ありがとう』
『……礼はいらん。お前は我だ』
照れるのかな? ……まぁ、いいや。
さて、僕の力だけで済むのならそれに越したことはない。
でも、力の大半が持っていかれるようであれば、ミル達を助けた後にしよう。
神力無しじゃ、あのムトとは渡り合えないからね。
リチェルさんの力と神剣があればミル達は助けられるとは思うけど、僕の神力は出来る限り温存したい。
「魔女さん、一応治療してみるけど、予想以上に力を使いそうな場合は、もう少し待って欲しいんだ」
「構いませんよぉ。少なくとも一月は目を覚まさないでしょうから」
……いったいどれだけ強力な魔術をかけたのかな?
「それじゃ、いくよ」
フィリーに手をかざして、頭に思い描く。
この子が元の姿に戻って、“自由”を取り戻すところを。
誰にも縛られない、“自由”な精霊に。
ーーこの子が元に戻るのは、僕の自由だ、と。
海が凍ったせいで肌寒く感じる中、僕らは飛びながら元メイドさんの元へと向かっていた。
隣に視線を向ければ魔女さんがいる。
箒の柄に横向きに座るその横顔はどこか嬉しそうで。
そんな彼女の手には、真っ白な透き通る肌と、虹色に輝く羽を持ったフィリーの姿があった。
「魔女さんはこれからどうするの?」
「そうですねぇ。腕を直したら、ユートくんのお手伝いでもしましょうか? 私の友人も助けてもらったことですし」
「本当に? ありがとう、助かるよ。魔女さんがいてくれると心強い」
「ふふっ。褒めても何も出ませんよぉ」
いや、心から出た嘘偽りのない事実だよ。
僕よりも強い魔女さんが味方なら、ミル達もすぐに助けられそうだ。
にしても、魔女さんってこんなにすごい魔術師なのに、自分の腕って治せないのかな?
「その腕、僕が治そうか?」
腕を治すくらい、神術なら直ぐだ。それに力もそんなに必要ない。
「いえいえ、これは魔術では直せませんからねぇ」
「魔術では治せない?」
「おや? もしかして知らないのですかぁ? 私たちのような長生きをした魔術師は、もう人間という枠組みから外れているのです。それは文字通り、人間ではないということですよぉ」
「人間じゃないの?」
「そうですよぉ。この体は作り物ですから」
「そうなの!?」
……全然知らなかった。
でも考えたら確かにそうかもしれない。
どれだけ優れた魔術師でも、人間の寿命であるたかだか百年程度で、師匠や魔女さんの域まで辿りつけるとは思えない。
師匠はそんなこと、一言も言ってなかったんだけどなぁ。
あ、でも、前に喧嘩した時、「この人でなし!」って言ったら、「よく分かってるじゃないかい」って返されたっけ。
あれってそのままの意味だったんだ。
「まったく、ルーちゃんは、そういうことは教えてなかったようですねぇ」
「そうだね……って、ルーちゃんって誰? 前にも出てきた気がするけど」
「はい? ルーちゃんはルーちゃんですよぉ。あなたの師匠の」
「ああ、僕の師匠の…………僕の師匠?」
「ルーちゃんから教わったんでしょう? 人間でありながら神の力を持つ、半人半神の唯斗くん?」
「………………えっ?」
師匠のこと、それに僕のことも知っている? なんで?
……ダメだ。言っている意味は分かるんだけど、頭が理解してくれない。
魔女さんの言ったことが頭の中をぐるぐると回っては、理解できずにトライアンドエラーを繰り返して。
そして、
「……さぁ、元メイドさんはどこら辺にいるのかなぁ」
考えることを、止めた。
もうなんでもいいやぁ。
「現実から逃げても、事実は変わりませんけどねぇ」
魔女さんと師匠が知り合いだという、驚きの事実を知った後。
何とか現実を受け入れた頃には、元メイドさんの待っている海岸へと到着していた。
師匠のことは驚きでしかなかったけど、まったく想像できないわけじゃない。
あの雑な性格の師匠なら異世界の一つや二つや三つや四つ、旅してたっておかしくはないからね。
聞けば、魔女さんは昔の師匠も知っているらしい。
一度話はしてみたいけど、今は状況が状況だ。今度またゆっくりと話そうと、約束だけ取り付けておいた。
そんなわけで二人でーー正確にはフィリーも入れて三人で海岸へと降り立ったわけなんだけど、突如魔女さんが動きを止めた。
「どうしたの?」
「……何か嫌な予感がしますねぇ。非常に嫌な感じです」
「それってーー」
「それって僕のことかなぁ?」
僕の言葉に被せるようにその声は聞こえてきた。
……確かに、非常に嫌な感じだ。
聞き覚えのある、あまり聞きたくなかった声。滲み出るように周囲に漂い始めた、重苦しい気配。
そして、
「やぁ、ユート。久しぶりだねぇ」
「……邪神、ムト」
僕の視線の先には、気味の悪い笑みを浮かべる邪神の姿が。
そしてその隣に、悔しそうに唇を噛み、血を滴らせる元メイドさんの姿があった。