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103話 師匠クラスの実力

 僕が今までに出会った精霊はたくさんいる。それこそ、僕が生まれてから今まで出会った人と同じくらいはね。

 それでも、リンとその名前の知らない精霊以外、一人も知らないんだ。人と会話ができるほどの知性を持った精霊なんて。


 精霊は、元来知性を持たない。

 こっちの世界にきてから、“神の使い”だとか“世界に力を分け与える存在”だとか聞いたけど、その真偽は僕にも分からない。

 向こうの世界で散々文献を読み漁ったこともあった。

 “導く者”、“癒しを与える者”、“人とは別の進化を遂げた者”なんていう説もあったかな。でも、そのどれも根拠が曖昧で信憑性が薄い。

 結局、何も分からないっていうことが分かったよ。


 一度師匠に聞いたことあったけど、何も教えてくれなかった。『真理は自分で探求するもんだよ』とか何とか言ってね。

 あの感じだと、師匠は何か知っていたのかもしれない。

 どのみち教えてはくれないだろうけど。


 と、まぁそんなこともあって、リン以外で会話ができる精霊に出会ったのは、あれが初めてだったんだ。

 他に会話ができる精霊がいるとは、僕には思えない。

 となると、魔女さんの友達は僕の知っている精霊と同じってことになる。


 ……正直同じだとは思いたくない。僕が知っている精霊は邪神ムトの手下だからね。

 争いを避けられない。間違いなく、戦いになってしまう。

 それも、命を取り合うような…ね。


「……魔女さん、その子ってもしかして薄黒い肌と羽の子?」


 緊張で心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、魔女さんに尋ねた。

 すると、魔女さんは頭に疑問符を浮かべたように首を傾げながら、


「いいえ? 肌は綺麗な白ですし、羽は虹みたいに輝いてましたけど」


 そう、言った。

 ……僕が知っている精霊と違う?

 ということは、僕が知っている精霊とは別に居たっていうことかな。

 にしては命を感じないあの巨大な蛇といい、状況があの時とあまりにも似過ぎているような気がするけど……。

 でもまぁどちらにしても、あの巨大な蛇は倒しておいた方が良さそうだね。

 島までしつこく追いかけられても面倒だし。

 無力化して、中に居るらしい“フィリー”っていう精霊だけ助けよう。


「魔女さん、僕も手伝うよ。僕等この先の島に用があるんだけど、付いてこられると困るから」

「本当ですかぁ? なら、お願いしますね。少年さん……えーと、ユートさんでしたかね」

「ああ、まだ名乗ってなかったね。僕は唯斗、呼びにくかったら、ユートでいいよ」

「唯斗? ……ああ、なるほど」


 ……ん?

 今、はっきりと唯斗って言ったような……。

 それに、笑顔がより深くなった気も。


「どうかしたの?」

「いえいえ、何でもありませんよぉ。では、まずはあれの無力化からしましょうか。私があれの動きを止めるので、あれの顔二つ分くらい下の部分を、切るなり消しとばすなりしてもらえますか?」

「いいけど、中の精霊が危なくない?」

「大丈夫ですよぉ。そこよりも上に居るみたいなので」

「えっ?」


 ……どうやって居場所が分かったんだろう。

 僕がさっき神術を使っても、中にいるのかすら分からなかったのに。

 それも魔女さんのオリジナルの魔術で見つけたのかな?

 是非とも、どんな魔術なのか聞いてみたい……と思ったんだけど、そんな暇はなさそうだ。


「……ユート、様」

「分かってるよ」


 ちゃんと見えてるし、分かってる。

 元メイドさんがずっと、僕の顔を海の方へ固定してくれていたおかげでね。

 巨大な蛇が、口から何か途轍もないものを発射しようとしているのも、それが僕らのいる方へ向けられているのも、バッチリ確認済みだよ。

 でもね、僕としては元メイドさんに頭を固定されているせいで、あの蛇の攻撃の的になっているようにしか思えないんだ。

 僕は元メイドさんのことを信じているから言わないけど、普通の人なら『裏切ったな、この野郎ッ!』とか言ってもおかしくない状況だからね。

 なんて、僕の頭の中で元メイドさんが裏切っている間に大蛇の準備は整ったみたいで、巨大な光が僕たちを襲う。


「【転移】」


 元メイドさんと共に、転移で避ける。

 というか、神術の転移じゃないと確実に避けられない光線だった。

 魔女さんは僕なんかよりも早いうちに準備していたみたいで、僕が転移させるまでもなかったけど、普通の人なら今頃跡形もなく消えている。

 非常に危険な攻撃だ。

 でもこの光線……僕には見覚えがある。それも、さっき思い返した記憶に出てきたばかりだ。


 これはもう、ムトの妨害だと考えた方がいいだろうね。

 やっぱり、相手はあの時の精霊かな。そして、この大蛇はあの時の巨大な亀と同じ、命を持たない兵器。

 ……僕の手はムトに読まれてるって考えた方がいい。


「元メイドさんここに居て。とりあえずあれをどうにかするから」

「はい……。あの、ユート様」

「なに?」

「いざというときは、私を見捨ててください」


 ……なにを言い出すのかと思えば。


「そんなことーー」

「どうしてッ!」


 否定しようとしたところを、元メイドさんの力のこもった声に断ち切られる。

 真剣な元メイドさんの両目が、僕に選択肢なんて無いと言っているようだった。


「……どうして、私を連れてきたのかは今でも良くわかりません。ですが、ユート様が背負っているのは、リン様の命、そしてこの世界の多くの人々の命です。私如きの命のために、それらを疎かにしてはなりません」


 ……確かに、僕の一番の目的はリンを助けることだ。

 でも、だからといって、知り合いを目の前で見殺しにするなんてことはできない。


「如きなんて、そんなことはないよ。元メイドさんには助けてもらった」

「私がしたことなんて、大したことではありません。……私には力が無いのです。だから、誰かを頼り、助けを求めることくらいしかできません。ですが、ユート様は違います。貴方様は、神の御力を持っています。助ける力を持っているのです」

「……」

「だから、こんなところで死んでいい人ではありません。……迷わず、私を切り捨ててください。お願いします」


 そう言って、元メイドさんは深く頭を下げた。

 ……元メイドさんの想いは十分に伝わってきた。自信の無力感を味わう気持ちも、僕には分かる。

 でも、それは違う。


「元メイドさん」

「……はい」

「キミは自分が無力だと、何もできないと思ってる。違う?」

「はい。事実、その通りですから」

「それは違うね」

「ッ! では、私に何ができるというのですか?」

「キミは、神々に助けを求めた。倒れていた僕を運んで助けてくれた。ゴルタルの王都に連れてってくれた」

「そんなことッ!……誰にだってできるようなことでしかありません」

「キミがそう思うのなら、そうなのかもしれない。でも、実際にそれをしたのはキミだ。行動したのはキミだ。キミは逃げ出さなかった」

「そんな……こと……」


 見て見ぬ振りもできた。

 ムトの復讐を知った時、一人だけ逃げることもできたはずだ。

 でも、元メイドさんは立ち向かった。

 そして少しでも死者を減らそうと、今も立ち向かい続けている。


「僕はね、誰かを助けた時にいつも思うんだ。自分は無力だ、ってね」

「……そんな力を持っているのに、ですか?」

「力を持っていたとしても、必ず誰かを救えるとは限らないよ。“こうすれば良かった”、“ああしていればあの人は死ななかった”なんていつも考える。考えて考えて、自分を責めるんだ。“自分は無力だ”……ってね」

「……」

「常に最高の結果を考える。だから、その結果に届かなかった時、自分を責めてしまうんだ。それが分かっているのに、自分を責めるのをやめられない。……本当に厄介なものだよ」

「……ユート様は凄いお人です。既に、幾人もの人を救っているではありませんか」

「ありがとう。なら、キミも凄い人だよ」

「私は誰かを救ったことなんて……」

「そうかな?」


 元メイドさんに背をむけ、大蛇へと視線を向ける。

 大蛇が大暴れするたびに海面が大きく波立ち、光のブレスを放つたびに海水が気化して地形が変わる。

 あまり長引かせるわけには行かなそうだ。

 元メイドさんと話すのは、悪いけど後回しかな。

 でも最後にこれだけ。


「キミが救った人はちゃんといるよ。少なくとも、僕は救われた。本当にありがとう」


 そう言い残してから、僕は荒れ狂う戦場へと転移した。






「随分と時間がかかりましたねぇ。いちゃついていたんですか?」


 転移して早々、魔女さんに揶揄われる。

 どうしてこう、すぐ恋愛の方へ持っていこうとするのかな? この人は。


「違うよ。でもごめんね、遅くなって」

「いえいえ。とは言っても、この巨体ですからねぇ。少々骨が折れますよ」


 そんなこと言って。

 僕の感が、この人はまだまだ力を隠してる、って言ってる気がする。

 というか、間違いなく隠してるよ。この人がこの程度で終わるはずがない。


「何ですかぁ? その疑いのような眼差しは」

「いやぁ? 別に〜」

「隠し事なんて悪い子ですねぇ。ルーちゃんに言いつけてしまいますよ?」

「……いや、誰?」


 ルーちゃんじゃ、誰が誰だか分からないよ。

 そもそも、魔女さんの知り合いが本当に僕の知り合いなのかな?

 僕の知らない第三者に言う意味なんてないだろうし……いや、このちょっと抜けてそうな魔女さんなら、そんなことをしてもおかしくはないのかも。


「って、そんなことよりあれ止めてくれる? あんまり長引かせると、この辺り一帯が穴だらけになっちゃうよ」

「……ま、いいですけどぉ。では、少し下がっていてくださいね? 少々本気でやりますから」


 ……非常に嫌な予感がする。

 このくらいなら大丈夫だろう、なんて高を括ってたら巻き込まれるパターンだ。


 ーー想像の五割り増しくらい離れておこう。


 そう思って離れてたんだけど、僕の予想は正しかった。


「【凍って、凍えて、固まって。時間が止まるほどの寒さを。冬さえも凍らせるほどの凍てつきを。全て止まって仕舞えばいいですねぇ。……永久に】」







 ……魔術の詠唱は無くても発動する。

 魔術の発動に必要なものは三つ。

 術の源である“魔素”と、術の器となる“魔術陣”、そして、それらを現実へと出現させるための“想像力”。

 どれが欠けてもうまく発動しないけれど、その中でも最も重要かつ難しいと言われているのが、“想像力”だ。

 頭で思い描いたものを、現実で表現するというのはなかなかに難しい。


 僕は以前、アムラスを凍らせる際に範囲を間違えてしまったことがあった。

 その範囲を間違えたというのが、魔術の“想像力”の部分に当たるわけだ。

 あのときは神術だったけど、神術も基本的には魔術と変わらない。

 ただ単に、術の源と器が違うだけ。


 ちなみに、想像力さえあれば世界を凍らせられるのか、と問われれば、それは無理だ。

 三つのバランスが重要だからね。

 例えば、少ない魔素で広範囲を凍らせる想像をした場合、威力は下がって気温を下げる程度にしかならない。

 逆に、大量の魔素で狭い範囲を凍らせる想像をした場合、威力は上がって対象はカチコチに凍るだろう。


 魔術陣は器、つまり魔素を入れられる容器みたいなものかな。

 少量の魔素を大きな器に入れても発動はする。でも、小さな器で済むのに大きな器を作るのは無駄だ。

 逆に、大量の魔素を小さな器に無理やり入れても、溢れ出してしまうだけ。

 それは魔素の無駄になってしまう。


 適した器に、適した魔素を注いで、適した規模の想像をする。

 それが一番無駄のない、綺麗な魔術っていうことだね。


 そんなわけで、術の構築には器も重要な要素の一つだけど、今回注目したいのは詠唱と“想像力”だ。


 極論を言うと、詠唱が無くても魔術は発動する。

 でもほとんどの魔術師は、想像力を補うために詠唱を行うんだ。

 より正確な術を発動させるためにね。

 だから詠唱の内容は、本人が想像しやすい言葉を並べる。

 炎だったら【燃えろ】、氷だったら【凍れ】……とかね。


 上級の魔術師ほど詠唱は短くなりがちだ。

 師匠のような人でも詠唱はする。それが難しい魔術であればあるほど長くなる。

 だから、上級の魔術師が長い詠唱をし出したら危険だと思わなきゃいけないんだ。


 ……なら、師匠クラスの魔女さんが、長い詠唱をし出したら?


「【凍って、凍えて、固まって。時間が止まるほどの寒さを。冬さえも凍らせるほどの凍てつきを。全て止まって仕舞えばいいですねぇ。……永久に】」


 非常にまずいとしか言いようがないよね。


「ッ!」


 変化は一瞬だった。

 息さえも凍るほどに周囲が寒くなって、海が真っ白に凍った。

 初め見た、あの海の表面を凍らせる程度の魔術じゃない。もう海の底まで凍らせてしまったんじゃないかと思うほどに、凍てついている。

 その証拠に、大蛇が完全に身動きを止めてピクリともしていない。

 大蛇が海から飛び出てきたところを狙ったんだろう。下半身が海の分厚い氷に捕らえられていた。

 あれじゃあもう、動けないだろうね。


 離れている僕のところにまで冷気が襲いかかってくるほどだ。

 ここは魔術の効果範囲外なはずなのに、震えるほどに寒い。

 元メイドさんの方まで冷気が行ってないといいんだけど。


「では、ユートくん。あとはよろしくお願いしますねぇ」


 疲れた様子もなく、にこやかに笑顔を向けてくる、魔女さん。

 ……笑顔って、こんなに怖いものなんだね。


「魔女さんなら切るのもできるんじゃない?」

「お年寄りは労わるべきですよぉ」


 お年寄りって……一体何歳なーー、


「それ以上は」

「ッ!?」


 いつの間にか僕の隣に移動したと思えば、その目が全然笑ってなかった。


「考えない方が、身の為ですよぉ?」

「……ごめんなさい」


 ……笑顔の方が、まだ怖くなかった。


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