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101話 神としての力

 バイクを運転しながら、僕は一つ考えていたことがあった。

 それはムトの戦力が過剰すぎるんじゃないか、っていうこと。

 神々が、守護神がいなければ、この戦いの勝者はムトだ。この世界には様々な種族の“人”がいるけれど、神という存在に敵うとは到底思えない。


 いつか、師匠が言っていた。

 神というのは世界によって創造された、管理者なのだと。

 だから何事にも対処できるように、他種族にはない“神力”という強大な力が与えられている。決して神以外の種族に負けるようなことはない、って。

 ……リチェルさんは別みたいだけど。

 師匠の話の通りなら、守護神のいなくなった人々が勝てるはずがない。


 現状、ムトの持つ戦力は人間だけじゃない。魔道具、ダンジョンコア、ムト本人……戦力としては明らかに過剰すぎる。

 ムトの目的が“人”という種族への復讐なら、ムト本人で事足りるはずだ。守護神は全員捕らえられているんだから。

 それに憎しみの対象であるはずの人間の手を借りているというのも分からない。

 ……まだ、元メイドさんの知らない、ムトが隠している何かがあるような気がする。

 そんなことばかり考えながら、僕はバイクを走らせ続けた。


 休憩を挟みつつ、移動を続けて半日ほど。ふと僕の鼻が磯の香りをとらえた。

 どうやら海が近いらしい。


「元メイドさん! ほら、そろそろ海だよ」

「……」

「元メイドさん?」


 あれ、返事がない。

 まさか気絶してる? ……なわけないか。つい数分前に生存確認をしたばかりだし。

 どこかで落としてきたなんてことも……ないよね。だったら、僕のこのあばらを砕こうとする腕は何だ、っていう話になっちゃうから。


「元メイドさん?」


 とりあえずスピードを落として止まる。

 そして振り返り確認してみるとそこにはーー、


「……」


 完全に顔を青くした元メイドさんの姿が。

 しかももうすでに少し吐いちゃっているのか、口をわずかに膨らませている。……ほんのりと涙を浮かべながら。


「大丈夫!?」

「……」


 ゆっくりと首を左右に振る、元メイドさん。

 ……うん、どこからどう見ても大丈夫じゃないね。

 顔色は最悪だし、唇は震えている。座っている今も、まるで酔っ払っているかのようにふらふらだ。

 顔を見ただけで、気持ち悪そうなのが伝わってくる。というか、僕まで気分が悪くなってきそうだ。


「……」


 っと、見ている場合じゃなかった。

 すぐさま元メイドさんをバイクから降ろし、岩の影へと誘導する。


「大丈夫?」

「……はい……なんとか」


 ……これはダメそうかな。

 前回の休憩の時も吐いていたみたいだし、だんだん休憩をとる間隔も短くなってきている。

 元メイドさんも、そろそろ体力の限界だろう。

 一刻を争う事態ではあるけど、急いだせいで元メイドさんが倒れてしまっては元も子もない。


「少し休憩して、そのあとは歩いて海岸まで行こうか。ここからならそう遠くないと思うし」

「ですが……」

「僕もバイクに乗りっぱなしで疲れちゃったから。それに……」


 何か厄介そうなものが近づいてきているみたいだしね 。


「グゥゥ……」


 大きな岩陰の向こうから、何か大きなモノが姿を見せる。

 あれは……熊?

 いや、熊にしては爪がでかいね。一本一本が僕の腕くらいありそうだ。

 それにあの頭に生えているの、角だよね? しかも伝承に出てくる、鬼みたいな角。しかも立派な一本角だ。

 たぶん魔物だね。にしても、向こうの世界に無い生き物を見るとやっぱりワクワクするなぁ。

 なんて思ってると、元メイドさんが必死の形相で、


「ッ! あれはいけません、今すぐ逃げましょう」

「どうして?」

「あれはべルーズという名の魔物なのですが、非常に危険です。その毛皮は鉄よりも数倍硬く、爪と牙は剣すら容易に砕きます」


 へぇ、頑丈そうだね。

 確かに、よく見れば毛皮っていうよりも針に近いかもしれない。

 普通の毛皮みたいに、しなやかさが無いって言ったらいいのかな。どちらかといえば、ハリネズミみたいな感じだろうか。

 でもそれくらいなら別にーー、


「……そして何より一番恐ろしいのは、魔術が一切効かないという点です」

「えっ、それって本当?」

「はい、間違いありません。それ以来ベルーズに出会えば逃げろ、それが出来なけば死を覚悟しろと伝えられております。ですからすぐにーー」

「それは無理っぽいね」

「何故ですか?」

「だって、向こうはやる気みたいだよ?」


 大岩の上に二足で立ちながら大きく腕を広げる、熊もどきことベルーズ。

 口から流れ出るよだれが、まるで滝みたいだ。

 威嚇か、それともお腹が空いているのかな?

 まぁどちらにせよ、見逃してはくれなさそうだ。


「ユート様、ゴルタル王の魔道具で逃げましょう」

「それもいいけど、海岸はあいつのいる方向でしょ? これで戻ったらまた戻ってこなきゃいけない。回り道をするにしてもかなり時間がかかりそうだよ?」

「ですが、相手は最強と謳われたドラゴンにも匹敵し得る魔物です。あまりに危険すぎます」

「あれが? それにしては随分と小さい気がするけど」


 あのサイズだったら、この前倒したワームっぽいの……アムラスだっけ? あれの方が全然大きいし、強そうに見えるけど。


「あれはまだ子供です。大人になれば五倍は大きくなります」


 ……今でさえ三,四メートルはあるんだけど。


「驚かさなければ、すぐには追ってこないはずです」

「本当に?」

「……はずです」


 僕には『餌だ! 餌だ! 逃すもんか』って言っているようにしか見えないけど。


「グァアアアアア!」


 なんて考えていたら、突然熊もどきが大岩を飛び降りて襲ってきた。

 えっ、なに、アテレコが気にいらなかった?


「ユート様、魔道具を!」

「いや、それよりも倒した方が早そうかも」

「いけませーー」


 最近よく使うおかげで組み上げるのが早くなった魔術を、熊もどきに炸裂させる。


「【爆ぜろ】」


 今回組み上げたのは極めて単純な、ただ爆発するだけの魔術だ。

 ただ師匠から教わった型通りのものじゃなくて、僕なりにアレンジを加えている。

 主に弄ったのは爆発の威力と方向性。

 型通りよりも少し強い目に、かつ、方向を熊もどきの頭上から真下へ押しつぶすようにかけた。

 さてさて、これでどれくらい効いたかーー、


「グゥゥゥッ!!」


 ……本当だ。全然効いてない。

 いや、多少毛が焦げついたかな……でもそれだけだ。燃え上がるようなこともないし、抜けた様子もない。

 同時に目も狙ってたんだけど、どうやら爆発の直前に閉じたみたいだ。


「ユート様、逃げましょう!」


 元メイドさんに手を引かれる。その手は震えていて、怖がっているというのが痛い程に伝わってきた。

 それはそうだよね。相手は針を身体中に巻いているようなもの。

 牙や爪を避けられたとしても、当たるだけで身体中が串刺しになるんだから。

 でもごめんね、引き返すのだけはしたくない。

 ここで引き返すと、なんだかリンからも離れていってしまうような気がするから。


 再び力を込める。

 それも魔素じゃない、質自体が桁違いの神力をだ。


「【爆ぜろ】」


 さっきとは比べ物にならないほどの爆炎が上がる。

 もう爆炎と言うよりも、炎の柱と言った方がいいかもしれない。

 近くに僕たちがいたから力を抑えたとはいえ、これなら倒したはず。

 なんて思っていたんだけど、


「グゥ……」

「嘘でしょ……」


 針のような毛が焼け落ち、皮膚には大きな火傷の跡。でも、爪も牙も、僕らを食い殺すというやる気さえ健在みたいだ。

 ……こんな生物、向こうの世界にいたら大問題になるね。今のを防ぐのなら、きっとミサイルだって効かないよ。

 しかも、それだけじゃない。


「……再生してる」


 焼け落ちた毛が、みるみるうちに生え変わっていく。

 まるでビデオの逆再生を見ているみたいに、元の艶のある茶色の毛並みへと戻っていった。


「元メイドさん」


 見れば、元メイドさんは信じられないと言わんばかりに目を見開き、驚いているようだった。

 声をかけると、はっと意識を取り戻したように頭を振り、


「私もこんなの知りません。今までベルーズに傷をつけた人自体居ないでしょうから」


 そっか。

 流石、ドラゴンに匹敵するなんて言われるだけの事はある。僕にとって、ドラゴンは空想上の生物なんだけどね。

 実際に見たことはないからなんとも言えないけど、どっちも強いって事はよく分かったよ。

 生半可な攻撃じゃ意味がないってことも。


「グゥゥアアア!!」


 体格に似合わず、飛ぶように襲いかかってくる熊もどき。

 そのまま流すように投げ飛ばすのも一つの手だけど、あのトゲのような毛は手が痛そうだ。

 それに元メイドさんを巻き込むわけにはいかない。

 ということで、逃げる避けるに最適な転移を使う。本当、便利すぎて仕方ないよ。

 相手が神じゃなければ、効果は絶大だ。


「ユート様、逃げましょう。ユート様の転移であれば容易に逃げられるはずです」

「ごめんね、それは出来ないよ」

「どうしてですか!?」


 リンからも離れてしまいそう、なんて言ったら、流石の僕でも恥ずかしいな……。


「ん……、ほら、さっきも言ったけど、時間がかかっちゃうでしょ? 遠回りなんてしたら」

「ですがこんなところで死ぬよりかはーー」

「大丈夫」

「どうして……って前を見てください、まえ!」


 まさに鬼の形相で突進してくる、推測数百キロの巨体。

 おそらく時間をかけるなり、もっと威力を上げるなりすれば、容易に勝てるかもしれない。

 でもこの戦いでは、その方法は止めておこうと思う。

 どうしてかは僕自身もよく分からない。

 分からないけど、今までのままじゃいけないって思ったんだ。

 このままの僕だとリンには手が届かない……そんな気がする。

 そのためにすべきことはーー、


「……自身の力と向き合うこと」


 僕はこの“自由”という神としての力があまり好きじゃない。いや、正確に言うと、誰かに対してこの力を使いたくない、と言うべきだね。

 戦いにおいては特に。

 好き勝手をするということは、少なからず相手の自由を奪っていることになる。

 僕は好んで誰かの自由を奪いたいわけじゃない。


「ユート様ッ!?」


 ムトとの戦いでは……神との戦いでは、司るものが弱点だ。

 でもそれと同時に戦局を分ける武器でもある。

 いや、むしろこれこそが勝敗を分けると言っても過言じゃない。

 だから、僕はいつまでもこの力を嫌っていちゃダメなんだ。

 だから僕は……こいつの“再生”と“耐性”という二つの力の“自由”を奪う。


「【爆ぜろ】」


 今回は魔術だ。

 組み上げたのは一番最初に放ったものと同じ、小規模なもの。

 普通なら、これじゃ焦げ跡を作る程度のものだ。

 でも、


「グ……ガ…………」


 大きく後方へと吹き飛んだ、熊もどき。

 違うのは、神術ではなったものと同様に毛は燃え落ち、広範囲に火傷を負っているという点だ。


「ユート様、いくら攻撃したところで再生がーー」

「いや……これで終わりだよ」


 元メイドさんは不安げに言葉をこぼす。

 でも僕が熊もどきを指させば、その表情を驚愕へと変えた。

 まぁ、そんな反応になるよね。さっきまで僕の魔術、神術の両方を受けても再生した熊もどきが、小さな爆発一つで生き絶えていたんだから。


「どうして?」


 僕はその疑問には答えない。

 たとえ元メイドさんと言えど、僕の神としての性質を教えるわけにはいかないんだ。

 僕個人としては言ってもいいんだけど、口酸っぱく師匠に言われているから。

『もし誰かに話したら、俺が殺しに行く』何て脅しまでされてね。

 師匠なら本当にやりかねないんだ……本当に。

 言ったら、僕の命が危うい。


「それじゃ、歩いて行こうか。バイクは僕が押していくよ」

「……あ、はい。……ありがとうございます」


 なんだか、元メイドさんの意識が何処かに行っているような気がするけど……まぁいっか。

 熊もどきを埋めて簡易的な墓を作った後、僕らは再び歩を進めた。






 しばらく歩くと、ようやく海岸へと辿り着いた。

 太陽の光に照らされ、キラキラと輝く水面。浅瀬では小魚たちが悠々と泳ぎ、時々跳ね水しぶきが立つ。

 平和になったら、知り合いを連れてここに泳ぎに来るのもいいかもしれない。なんて思えるほど、とてもいい場所。

 まさに平和な海そのものだった。

 ……うん、だったんだ。


「元メイドさん」

「何でしょう」

「……どうして海が突然凍ったのかな?」


 突如、海が白く変わっていったと思えば、見える範囲の大半がアイススケートのスケート場みたいに凍りついてしまった。

 スケート場と違って、波がそのまま凍りついているから滑るのは少々危険だと思うけど。


「私に聞かないでください」

「うん、ごめん」


 おっと、ちょっと現実逃避してた。

 で、一体何が原因なのやら。


「……ん?」


 この現象が自然現象じゃない限り、誰かがこの海を凍らせたに違いない。

 と思って、それらしい人物がいないか探していると、氷の上に誰かが降り立った。

 結構距離が離れているから、顔までは分からない。

 でも、その人は黒のとんがり帽子を被り、黒のマントを羽織って、箒を手に持っているみたいだ。


「まるで魔女みたい……って、あれ?」


 魔女みたいな人って、この世界にきてからは一人しか見てないんだけど、もしかして……。

 名前も知らない人だけど、凄腕の魔術師だっていうことは分かってる。

 もしあの人なら、こんなことができてもおかしくはないだろうね。僕の魔術の師匠だってできるだろうし。

 でも何でこんなことを……なんて思った次の瞬間、


「ギャギャギャギャギャ!!」


 海の中から蛇みたいな生き物が、氷を割って飛び出してきた。

 少し光沢のある黒い鱗に、なんでも砕きそうな細かく鋭い牙。蛇や海蛇のように見えるけど、その体長はゆうに二十メートルを超える。

 ……いや、ここからじゃ遠目だから分かりにくいけど、もっとあるかもしれない。


「……ユート様、なんだか近づいてきてませんか?」

「……確かに」


 悠長に見ていたけど、だんだんこっちに近づいてきてる。

 取り敢えず、元メイドさんを安全そうな場所に避難させて、と思っていると何かがこっちに飛来してきた。

 その飛来した何かは僕らの背後にある崖に激突し、岩を散らすと、崖の中からモゾモゾと這い出てきて、


「イタタタ……厄介ですねぇ」


 と、のんびりとそう呟いた。


「あら?あなたは少年さんでは? お久しぶりですねぇ」


 ……うん、こののんびりとした感じ。

 やっぱりこの人、あの時の魔女っぽい人だ。


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