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100話 家族のために

 場所は変わって、ゴルタル国の端に位置する村ーーホガ村。

 無事にホガ村へと転移してきた僕達は、ひとまずハク達に会いに行くことにした。

 すぐにでもミル達を助けに行きたいところではある。でもその前に、今の現状を知らせておきたかったんだ。

 ハク達には死んで欲しくない。短い間だったけど、一緒に旅をしたくらいだからね。

 もちろんこの村の人達も死んで欲しくはない。でも、この戦いに避難できるような場所なんてないんだ。

 ゴルタルの王都の方がウェステリアに近いから、あそこに逃げ込んでもすぐに戦場になってしまう。

 戦力が揃っているとは言え、黒い人型が出てくれば落とされるのは時間の問題。

 それなら、たぶんここにいた方が安全だ。

 でも、ハク達は王都に向かう途中だったはず。なら伝えておかないと。


 もしかしたら、ハクなら戦うっていう選択肢をとるかもしれない。元近衛隊の隊長らしいし。ハクの性格を考えれば、むしろそっちの方があり得るかな。

 たとえそうだとしても、何も知らないよりかはマシだと思う。知っていたから助かった、なんてことがあるかもしれないからね。

 だから、ハク達にだけ伝えようと村長の家へと向かったんだけど、


「えっ? いないの?」

「おう。爺ちゃんはいないぞ?」


 ベルはいた。

 今は村長の家で寝泊まりをしているのだとか。だけど、ハクは数日前に村を出たらしい。


「どこに行くか言ってなかったの?」

「俺も聞いたんだけどな? やけに真剣な顔をして、『お前はここで待っておれ』だってよ」


 真剣な顔……。

 もしかして、もうすでにハクは知っているのかな。


「何かあったの?」

「いや、俺は何も知らねぇな。……ああ、そう言えば何か手紙を読んでたな。それからだ、爺ちゃんの様子がおかしくなったのは」

「手紙?」

「ああ、俺には見せてくれなかったけどな。そっちこそ、何かあったのか? お前、王都に向かったんじゃなかったのか?」


 ……ああ、そういうことか。

 たぶん、ハクは現状を知っている。

 どこまで知っているかは分からないけど、少なくとも戦争が起きていることは知っているんじゃないかな。

 その手紙がどうやって届いたのかは知らないけど、ハクは戦争のことを知った。だから、ベルを置いて村を出たんだ。

 向かった先はおそらく……ゴルタル王都。

 そっか。ハクは戦うことを選んだんだね。

 他でもない、家族のために。


「おいユート、どうしたんだ? やっぱり何かあったのか?」

「ううん、たいしたことじゃないよ」


 ここでベルに現状を伝えるわけにはいかない。きっとベルはハクを追いかけてしまうだろうから。

 そうなれば、ハクの決意も、想いも無駄になる。


「この村の元村長がいたでしょ? あの人が捕まったんだ。だからそれを伝えにね」

「おおッ! そうか、そいつはよかったな。なんだ? もしかしておまえ、あいつのことを捕まえに行ってたのか?」

「実を言うとね。でも捕まえたのは僕じゃないよ。この国の兵士。僕はベットの上でぐーすか寝ていたから」

「そいつは笑いもんだな! でもま、捕まえようとしてくれてたんだろ? ありがとな」

「いや、お礼を言われることなんてしてないよ。このこと、今の村長ーーオルンにも伝えておいてくれる? 僕もこれから行かなきゃいけないところがあるから」

「なんだ? もう行くのか?」

「ちょっと急いでるから。じゃあね」

「おう、またな!」


 片手を上げて別れを告げて、村のはずれ、元メイドさんの待つ場所へと転移する。


「いかがでしたか? ハク様には伝えられましたか」

「……いや、いなかったよ。ベルはいたけどね。ハクは数日前にこの村を出たって」

「それはもしや……」

「うん、僕も同じ考えだよ」


 余計負けられなくなっちゃった。


「まるで今のユート様ですね」

「何が?」

「ハク様です。お孫様のために一人で戦いにいったのでしょう?」


 ……確かに。

 リンは親友だけど、もう家族と同等。いや、それ以上に大切な存在だから。

 リンがいるから今の僕がいる。もう、リンがいないなんて考えられないくらいだ。


「家族、か」

「どうかされましたか?」

「いや、ね。もう一人、家族のためなら全てをかけるような人がいるなぁ、って」

「素晴らしい方ですね。それはあちらの世界ですか?」

「いや、こっちにきてから出会った、三人目の友達だよ」

「では、その方も心配ですね。この戦争に巻き込まれるかもしれませんし」

「まぁ、避けられはしないかな。でも、それよりも無茶をしないか心配だよ」

「無茶ですか?」


 バイクに跨り、魔力を送り込んで起動させる。

 すると元メイドさんが後ろに座って、僕の体にしがみついた。


「あの人、娘のためなら国自体を変えるほどだからね。その子があの人を抑えてくれていたらいいんだけど」

「娘に手綱を握られるというのも可笑しな話ですけど」

「確かにね。でも、それくらいがちょうどいいっていうことだよ」

「ではその方々を助けるためにも、アルミルス様達をお救いしないといけませんね」

「だね。じゃあ、行くよ?」

「……出来るだけ、ゆっくりでお願いします」

「善処するよ」


 ミル達を解放すれば、僕らにも勝機はある。

 勝てばハク達も、ウォル達も、そして……リンも救うことができるんだ。

 なら、僕はその道を進めばいい。

 もうすべきことは、全て決まっているんだから。






 エルムス国王都、王城にある執務室。

 ウォルスは目の前に積りに積もった書類に目を通しながら、兵士の報告を聞いていた。


「近隣の村の避難は終わったか?」

「はっ。七割ほど完了いたしました。私財を置いてはいけないとごねる者もおりましたが、国王様の指示通り、別の金品と交換すると伝え、なんとか避難させました」

「うむ。全ての荷物を運ぶ時間も労力も無駄だからな。変えられるのなら、変えさせる。それでも聞かないようであれば、力ずくでも避難させろ。もうそれほど時間は残されていない」

「はっ。それと、小国の避難民が来ておりますが、どうなされますか?」

「何人だ?」

「十数名です。子供が九名、残りが若い大人の男女になります」

「そうか……」


 ウォルスは手に持っていた書類を手放すと、目頭を抑えた。


(……少なすぎる)


 言葉には出さず、心の中でそっと呟く。

 小国とは言え、国は国。何千何万人という人の集合体だ。

 しかし、生き残ったのはたった十数名だという。

 エルムスに逃げ込んだ人数が少ないだけかもしれない。他の国に逃げる者が多いのかもしれない。

 だが、それを考慮しても十数名というのはあまりにも少なすぎた。

 エルムス北部にある小国から逃げるとすれば、距離からして間違いなくエルムスへと逃げ込むだろう。

 わざわざ離れたガルバントラや、ゴルタルに逃げ込むはずもない。

 とするなら、未だに何処かを彷徨っているか、あるいは既に命を落としているか。可能性としてはそのくらいだろう。

 しかし後者であれば、ウェステリアはそれを成すだけの戦力を備えていることになる。


「その者達から話を聞いたか?」

「はっ。……皆、異様なまでに怯えておりました。錯乱状態の者もおり、その者達は今も救護の者が診ております。そして、話のできる者に聞いてはみたのですが……」


 兵士は言い淀み、苦虫でも噛み潰したように顔を歪めた。


「どうした、話を聞けたのだろう?」

「非常に信じがたいことですが、ウェステリアの連中は捕虜をとる様子もなく、ただただ殺戮と破壊行為を続けているのだと」

「……そこまでか」


 もし避難民のいうことが正しいのであれば、もはやウェステリアは国ではない。狂った殺人者の集団だ。

 ウォルスだけではなく、他の国々も制圧すべきだと考えるだろう。

 だがそれに対抗するだけの戦力を持ち、背後には邪神の影がちらつくとなると、人の身でできることなど限られてくる。

 降伏は最悪の手だ。捕虜をとることさえしない相手が、命の保証をするとは到底思えない。

 次に考えられるとすれば、こちらから攻撃を仕掛けるという方法。準備の整った敵を叩くよりも、不意を突いた方が確実性が高いのはどの世界でも同じだ。

 確かにそれなら人間は倒せるだろう。だがウォルスの持つ情報の一つ、ダンジョンコアと黒い人型という存在によって、その一歩を踏み込めずにいた。


「ほかに何か見たものはなかったのか?」

「いえ。ただ錯乱状態の者達が、うわ言のように呟いておりました。化物が、黒い化物が……と」

「……そうか」


 ウォルスはその一言で確信した。

 もう既にダンジョンコアは使用され、絶望を体現した化物が生まれている、と。

 その力を、恐怖を、絶望を、ウォルスは身をもって知っている。もし唯斗がいなければ、エルムス国は滅んでいた可能性まであったくらいだ。

 それも、たった一体で。

 そんな黒い人型に、果たして奇襲や暗殺が効くだろうか。

 ……人間が、化物に勝てるのだろうか。


(……無理だな)


 となれば、考えられる手は一つしか残らない。


「……ここを防衛地点とし、守りに徹する。他国との連絡は取れたか?」

「ガルバントラは未だ取れておりません。ですが、ゴルタルからは使いの者がこれを持ってきました」

「なんだこれは?」


 ウォルスが手渡された物は、水晶玉のように澄んだ球体だった。

 質感は石そのもの。掌に収まるサイズだが、持った瞬間にズッシリとした重みが手に伝わる。

 色は水晶玉とは違い、アクアマリンのように青と緑の中間のような色合いだ。

 一種の宝石のようにも見えるが、中で幾つもの線が飛び交っている。現状も考慮して、これがただの宝石であるはずがない。


「魔道具のようです。『国王が魔力を流せ』と、言付かったらしいですが、少々危険かと」

「ふむ……」


 そう兵士に進言されるものの、ウォルスは自分の命を狙ったものではないだろうと結論づけた。

 もしこれが罠だとすれば、ウェステリアとゴルタルが繋がっている可能性を疑わなくてはならない。……のだが、


(……だとしても、絶望的な状況に、絶望が多少加わる程度だろう)


 もう絶望感は十分に味わっている。

 と、何の気負いもなくそっとその球体に触れ、魔力を込めた。

 すると、


『む、ようやく繋がったかのぅ』

「誰だッ!?」


 兵士が即座に剣を抜くが、声の主は姿を現さない。


『何やらうるさいのぅ。耳に響くんじゃが』

「どこだッ!? 姿を現せ!」

『そんなに声を上げんでも聞こえとるわ。ウォルス王、そこにおるのじゃろう? 少し黙らしてくれんかの』


 と、そこでウォルスは自分の持つ球体から声が出ていることに気がついた。

 そして大体のことを察すると、兵士に黙っているよう命令を出す。


「ゴルタル王で違いないか?」

『そうじゃ。ワシがゴルタル王、レンゼンじゃ。ワシのプレゼントが届いたようで何より』

「これは素晴らしいな。今、こうして会話できているということは、言葉を運ぶ魔道具ということだろう。流石、“天才”の二つ名は伊達ではない」

『“奇人”の方も有名じゃがの。して、早急に話を済ませるとしよう。この魔道具はなかなかに魔力を使うのでな』

「確かに、かなりの勢いで吸われているな。もって、後五分くらいか」

『ワシも似たようなもんじゃ。早速じゃが、お主の国の守護神は不在じゃな?』

「……さて、そのような報告は受けていないが?」


 訝しみながら、ウォルスはいつもの抑揚で話す。

 神の不在に確信を持っている様子のレンゼンに対し、警戒度を数段上げた。

 先程考えた、ウェステリアとゴルタルが繋がっているかもしれないという可能性が高まったためだ。

 しかし、それを察していたかのように、


『なに、隠さんでもいい。ワシの国も不在じゃ。お主ならこの意味が分かるじゃろう?』

「……」


 ゴルタル国の守護神が不在。

 もしそれを信じるのであれば、アルミルスと同じ状況にあると考えるのが自然だろう。

 ゴルタルの守護神も、邪神ムトによって何らかの妨害を受けている、と。

 だが、


「その話に確証はない」

『そうじゃな。じゃが、ワシとしては信じろとしか言えんの。こうしている時間も、無駄になっているのじゃから』

「ならどうやって知ったのだ? 間者でも紛れ込ませていたか」

『ユートという者から聞いたのじゃよ』

「ユートだと?」

『知っておるのか?』

「……私の友だ。命も、娘も、国も救われた」

『ほぅ、奇遇じゃのう。ワシも村を救われておる』


 作り話の可能性もあり得る。が、そこまでしてエルムスを陥れることはしないだろう。

 そう、ウォルスは判断した。


「分かった。レンゼン王の話を信じよう」

『良いのか?』

「あいつなら信じられる」

『ほぅ、ならやはり信じて正解じゃったか』

「何をだ?」

『あやつ、神々を救いに行くとか言っての。最初は胡散臭いと思ったのじゃが、“賢者”と名高いお主が言うのなら間違いないじゃろう』

「……そうか、あいつが」


 救いに行く。ということは、アルミルス達は生きているということだ。

 となれば、神々を救うことさえできれば勝てる可能性が出てくる。

 アルミルスが戻ってくるかもしれないという可能性に賭けることに変わりはない。だが、唯斗が上手くやれば戻ってくるのだ。

 それは、零の可能性を信じて待つよりもずっと心が軽い。


「分かった。報告感謝する。私はここを死守するつもりだが」

『なら、ワシもそうしようかの。それが一番生き残れそうじゃ』

「そうか」

『また時間を開けて連絡してくれい。こちらの掴んだ情報を話しておきたいのでの』

「ありがたい。私の方でも纏めておこう。……お互い死なないようにな」

『もちろんじゃ。まだまだやりたいことが残っておるのでの』

「うむ」


 が、魔力を止めようとしたところで、ウォルスはふと思う。


「どうして最初、私がウォルスだと?」


 あの時最初に言葉を発したのは兵士だ。

 だというのに、レンゼンはその声がウォルスだとは言わず、その場にいると当てて見せた。


 まだ繋がっていたのだろう。陽気そうな、レンゼンの声が聞こえてきた。


『そんなの簡単じゃ。“賢者”がそんなにも慌てふためくはずなかろう』

「……そうか」

『じゃあの』


 通信を切り、ウォルスはそっと布の上に置いた。

 そしてふと顔を上げると、そこには真っ赤に顔を赤くした兵士の姿が。


「……すまない」

「……いいえ」


 恥ずかしそうに俯きながら、そう小さく呟く兵士に、ウォルスは深く同情の念を抱いた。


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