99話 痛みと優しさ
レンゼンさん達との話し合いから二日後。
僕と元メイドさんの二人でゴルタルを離れ、ゴルタルの南に位置する、とある島へと向かっていた。
というのも、リチェルさん曰く、そこに神々が封印されているらしい。
それが判明したのが昨日のこと。すぐにでも出発しようとしたんだけど、レンゼンさん達が一日待てと言う。
結局、僕が言ったことはあまり信じている様子じゃなかったからね。引き止められたんじゃないか、そう思ってた。
でもその翌日、今朝早くだね。日も昇らない内に呼ばれたと思えば、
『これを使えい。この国で最も速い乗り物じゃ』
そう言って、何やらバイクのようなものを貸してくれた。なんだかんだで、少しくらいは信じてくれているみたいだ。
確かに、歩いていたら何週間とかかってしまう。無駄に時間を使うわけにはいかない。
レンゼンさん達が集めた情報によると、ウェステリアが攻めてくるまでに残された時間は、約十日。
それまでにミル達を解放しないと、大国さえも滅びてしまう。
さらに言えば、ウェステリアの進軍先にあった小国は、既にいくつか滅んでしまっているらしい。
つまり、僕が少しでも早くミル達を助けることができれば、それだけ助かる人が増えるということだ。
だからこうして急いでいるわけなんだけど……まぁ、問題がないわけでもない。
「元メイドさん、大丈夫?」
バイクに男女で二人乗り。まさかそれを実際に経験することになるとは思っていなかった。
でもね、映画のワンシーンみたいに夢のあるようなものじゃない。
後ろの女性がそっとしがみ付いて、とか、ギュッとしがみ付いて、とか。
僕はそう言うのを想像していたんだけど、現実はそう甘いものじゃない。
簡潔に言って、僕のあばらが悲鳴を上げている。ギュッ、なんて生温い。これに擬音をつけるのならミシミシッ、かな。
……ああ、これは実際の音だから擬音じゃないね。バレないように身体強化の魔術かけておこう。
「……大丈夫に、見えますか!? もう少し、ゆっくり」
「ダメだよ。急いで行かないと間に合わなくなっちゃうから」
「ですが、ひっ!?」
おっと、車体が浮いちゃった。
「……もう耐えられません、ここで降ろしてください」
時速九十キロくらい出てるからね。
まぁ、馬車でのんびりと〜、馬に乗って風を切り〜、っていうのがこの世界の基準らしいから。
確か馬が……時速何キロくらい出るんだっけ? 五、六十? くらいだと思うから、それよりも速いものに乗ることなんてないわけだ。
このバイクっぽいのも、最新の技術をふんだんに使った過去最速のものらしいし。
僕は地球にいた頃にバイクの免許も取って乗ったこともあるから、別に何とも思わないけど。
ただ欠点がいくつかあって、まず一つ。
「ひっ!?」
ここゴルタルでは、非常に乗りにくい。
元メイドさんが怖がっているのは速さだけじゃない。その悪路もだ。
その辺に石や岩がたくさん転がっているわけだから、まぁ飛ぶわ跳ねるわ。
僕が神力で上手い具合に操作してなかったら、もう何回事故ってたか分からない。
そして二つ。
「本当に大丈夫ですか!?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
「本当の本当にですか!?」
「心配しなくても問題ないって」
馬鹿みたいに魔素を食う。
それはもう、普通の人なら三十分くらい走らせただけで気絶するほどに。
レンゼンさんも、初めは走れる分走ってそのあとは歩き。魔素が回復したら、また走るっていう方法を考えていたみたい。
でも、それに関しては問題ない。僕は神眼持ちだからね。
魔素に関しては上限無しで使い放題だから。
神眼だと伝わらないから魔眼持ちだって言ったら、レンゼンさんにとても羨ましがられた。
聞けばこのバイクはレンゼンさんの私物らしく、スカッとしたい時にこれに乗って走るのだとか。
レンゼンさんは特に魔素を豊富に持っている方でもないから、どうしても乗る時間には限りがある、というわけだ。
『戦争が終わったら、後ろに乗せて走ってくれ』と言われたけど、もちろん即座に断った。
いつまでも走らされそうだし、何より絵面が酷い。
あの兜を外すなら、少しくらい考えないでも無いけど……多分外さないと思うな。
それはさておき。
そんなわけで、元メイドさんにも魔素に関しては問題ないって言ってあるんだけど、やっぱり不安ではあるらしい。
今この状況で、僕の魔素が尽きて気絶するようなことがあれば、時速九十キロで体が投げ出されることになるからね。
確かにそれは怖い。でもそれは、もしもの話だから。
はっきり言って、そんなことは天地がひっくり返っても起こり得ない。
だから安心して、大人しく乗っていて欲しいんだけど、
「ユート様! 生きてますか!?」
「大丈夫だって。生きてるよ〜」
それでもこうして聞いてくるんだよね。
二つ目の欠点は、元メイドさんが少しうるさい、だね。
「どうして、私を連れて行くとおっしゃったんですか。私に出来ることなど、もう……」
「……」
そう。
僕としてもこれから行く場所はかなり危険だから、元メイドさんを連れて行きたくはなかった。
何が起こるか分からないし、僕が守れるという保証もない。
リバーとの戦いで死にかけたんだ。もう無理はさせたくなかった。
でも、僕は元メイドさんを連れてきた。……それがリチェルさんの願いだったから。
リチェルさんの意識が僕の中にある事は、まだ元メイドさんには伝えていない。リチェルさんがそれを望んでいないからね。
二人の間で何があったのかは知らない。
でも幽霊のような存在になってしまったリチェルさんが、元メイドさんと話す事はもうできないんだろう。
だったら、僕が出来る事くらいはしたいと思う。
「ここら辺で一回休憩しようか」
「……はい。是非ともそうさせてーーッう」
口元を押さえながら岩陰へと消えていった、元メイドさん。
ここは紳士として耳を塞いでおこう。
ただ、あれが僕の背中に出されなくてよかった。
……本当に良かった。
「……はぁ」
干し肉を取り出しながら、チラリとバイクもどきに視線を向ける。
「やっぱりダサすぎるよ」
三つ目の欠点。
バイクもどきの前部分が、口を開いたドラゴンの顔をしている。そう、レンゼンさんの被っていた兜と同じものだ。
しかも無駄に顔がでかい。
でも、言った通り前部分だけ。後ろ部分は少し構造が違いはするけれど、大方バイクと同じかな。
はっきり言って、非常にダサい。
バイクに顔だけくっついているとか、こんな状況じゃ無ければ絶対に乗らないよ。
何て思っているうちに、光るキラキラを吐いてきたであろう元メイドさんが戻ってきた。
「干し肉、食べる?」
「……いいえ……遠慮しておきます」
だよね。
「はぁ……」
目的地に着くまでに、僕の背中は無事だろうか。
「どれくらい進んだんだろう?」
干し肉をハムハムと噛みながら、元メイドさんに聞いてみる。
うーん、……この干し肉、あまり美味しくない。
ゴルタルの王都で買ったやつだけど、固いし、塩味きついし、臭いし。
もう一切れ食べたい、とは思わないな。
ゴルタルの王都でまとめ買いしたのは間違いだった。まだ五百グラムくらいリュックの中に残ってるんだけど……。
「……あり得ない速さで進んでおりますから。この調子で行けば二日後の朝には海岸に着くでしょう」
「確か、海岸から島まではさらに離れてるんだよね?」
「ええ、ゴルタル王都から海岸までと、同じくらい離れているでしょう。ですが、どうするのですか? 海を渡るには船が必要ですが」
「ああ、大丈夫。これ、海も走れるらしいから」
「海の上を? ……本当ですか?」
そうだよね。僕も初めてレンゼンさんから聞いた時は、同じように疑ったよ。
一応説明を聞いたけど、詳しい理論は分からなかった。
何か熱く語っていたみたいだったけど、専門用語らしき言葉がぽんぽん飛び出してきたせいで、理解が全然追いつかなかったんだよね。
でも、水と反発する何とかっていう鉱石を混ぜたその効力を、魔道具を作る技術で増幅させた……みたいなことは言ってたかな。
ただ、一つ心配なことがあって、
「この海を走れる機能、レンゼンさんがたった一日で作ったみたいなんだよね」
「……それは本当ですか?」
「レンゼンさんが影でポツリと呟いてたんだ。僕には自信満々に『ワシを信じろッ』って言ってたけど」
「確かに、ゴルタル王の技術力の高さは有名ですが」
「本当に? ならーー」
「ですが、同時にガラクタを作るということでも有名です」
「ガラクタ?」
「その効果が高すぎるために、使用者には耐えられない。というようなものです。例えば、空を飛ぶ魔道具を使った使用者が、ドラゴンの数倍の速さで飛ばされた……とか」
「……ちなみにその人は?」
「全治一ヶ月の大怪我だったそうです」
……急にこのバイクに乗るのが嫌になってきたよ。
暴走とかしないよね? 製作者本人が乗るくらいだろうし。
でも、ひとつ分かったことがある。
このバイクで海を渡るのなら、しっかり試運転してからじゃないとダメだ。
神力頼りにすれば最悪の事態にはならないだろうけど、走っていて突然沈むのは勘弁してほしい。
いや、そもそもレンゼンさんは、どうやって海の上を走れる魔道具を作ったのかな?
王都近郊に海なんて無かったし。
まさか試運転すらしてないとか?
ははっ、それはないか。ないよね? ……ないと思いたい。
「ユート様? 本当に大丈夫なのですか?」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ。レンゼンサンヲ、シンジヨウヨ」
「……」
そんな、疑うような目で見ないで!?
僕が作ったわけじゃないし。それに、信じろって言われたから。
人を疑いすぎるのは良くないと思う、うん。
「いざという時は僕が何とかするから、ね?」
「……本当ですね?」
「大丈夫だよ。いざとなったら空くらい飛べるし、転移だってできるから」
「空をですか? ……っと、それも気になりますが、転移とは?」
「転移は転移だよ? 行ったことのある場所になら一瞬で移動できるけど」
「それは知っています。ですが、転移が使えるのであれば、ホガ村に転移すればかなり短縮できると思いますが」
「えっ……」
そういえば、ホガ村は王都よりずっと南のほうだ。正確には南南東だけど。
目的地である島は王都からほぼ南。
ということは、一度ホガ村に行ってから南西に向かった方が、明らかに近い。
……うん、確かにかなりの短縮になるね。
「……ユート様?」
何やら不穏な雰囲気を漂わせながら近づいてくる、元メイドさん。
その背後には、般若のようなものが見える気がする。
「この一刻、無駄になったのですか?」
「無駄では……ないかな」
「本当ですか? 私の体調不良は無駄では無かった。そう、私の目を見て言えますか?」
「……あっ、ほら! このバイクの試運転ができたと思えばーー」
「ほぅ?」
より一層、元メイドさんの笑顔が深くなった。
ダメだ。何を言っても言い逃れできるような状態じゃない。
むしろ言い訳を言えば言うほど、地獄を見る羽目になる。
……そんな気がする。
「そういえば、ユート様? 運転で疲れていらっしゃるでしょうから、マッサージをして差し上げましょう」
「えっ? いや、別にいいかな……。遠慮しておくよ」
明らかに怪しいし。
この状況で、喜んでそんなものに飛びつくほど、僕は馬鹿じゃない。
だからね? 元メイドさん。ちょっと近づくのをやめようか。
「いえいえ。これも、以前メイドとして培った技術ですから。こういう時に生かさないと行けません」
「えっ、ちょ、やめッーーあ゛ッいだッ!?」
……うん、言い訳をしなくても地獄だったみたい。
その十数後。
僕の肩は、重さが無くなったかのように感じるくらい、軽くなっていた。
確かに、マッサージだったかもしれない。……効果だけを見ればね。
だけど、非常に痛かった。
拳銃で撃たれた時、ミルに心臓を貫かれた時、黒い人型に殴られた時。今回のは、それらの痛みを越える激痛だった。
こんなのマッサージじゃないよ。一種の攻撃だ。絞め技とか、そういう部類の何かだ。
もう二度と味わいたくない。