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98話 蹂躙

 ウェステリアに存在する最大の街、ステリア。

 その中央には、この国の象徴とも言える城が聳え立っている。

 しかし、ただの城というにはいささか常軌を逸していた。

 漂う雰囲気、放つ威圧感は共に、ただの物である建造物の出すそれではない。

 まるで意思を持つ生き物だ。

 そして、そのような城の中から漂ってくる気配もまた、同様だった。


「ふーん……。まぁまぁかな」


 城内最奥にある玉座の間に、邪神ムトの姿はあった。

 何やらモニターのようなものを複数眼前に浮かべ、あちらそちらへと視線を向けては少し不満げに文句を言う。が、その表情は笑顔だった。それも薄気味の悪い、不気味な笑みだ。

 しかし、そこに映っているものは、アニメや映画なんてほんわかしたものじゃない。

 人の死、それも現実に今実際に起きていることだ。

 刃物で切り裂かれ、魔術で肉を焼かれ、魔道具で体が吹き飛ぶ。

 まさに地獄絵図と呼ぶべき光景だった。

 しかし、それだけではない。それだけでは終わらない。

 街や村は焼かれ、壊され。隠れていた者も、逃げようとした者も、誰一人として生きてはいない。文字通り皆殺しだ。

 彼らのーーウェステリアの住人が進軍した後に残されたのは、瓦礫の山と死屍累々。

 これが戦争……いや、圧倒的な戦力を前に、小国は手も足も出ていない。これを戦争などと呼ぶ事はできないだろう。


 ーー蹂躙だ。


 戦いにすらなっていない。一方的な破壊、蹂躙と呼ぶべきだろう。

 戦争であれば捕虜や降伏が通じる可能性がある。だが、ウェステリアの住人にその気は一切無いようだ。

 もちろん、ムトにも。

 もしその気が少しでもあるのなら、このような凄惨な光景が広がってなどいまい。


「……悪趣味」


 玉座に座るムトの隣から、この場には似つかわない、澄んだ鈴のような声が聞こえてきた。

 声の主はーーリンだ。

 鳥籠に入れられ、逃げられないようにされてはいるものの、怪我らしい怪我は見当たらない。

 ムトがモニターから視線を外し、その黒い両眼をリンに向ける。光さえも飲み込みそうな、闇のように深い黒だ。

 対するリンは、屈しないと言わんばかりに睨みつけて返した。


「ようやく大人しくなったと思えば、一言目がそれかい? まぁ、僕としては黙っていられるよりも、話し相手がいた方がいいけど」

「あなたと話すことなんてない」

「素っ気ないねぇ。そんなのだと、君の大好きなユート君に嫌われちゃうよ?」

「あなたとユートは違うもん」

「そうかな? 喋り方とか一人称とか、共通する部分は多いと思うよ。……それに存在自体も、ね」

「なんのこと?」

「それは……いや。これはまだ言わないでおこうかな。そっちの方が面白いし」


 ムトは笑う。心底可笑しいように、無邪気な子供のように。


「……どうしてこんなことするの?」

「どうして? そんなの楽しいからに決まってるでしょ?」

「楽しい?」

「そうさ。誰だって楽しい事は好きでしょ? つまらない事が好きな人なんていない。君だってそうだろう?」

「あなたはそんなことをして楽しいの?」

「僕の質問にも答えて欲しいね。でも、ま、いっか。そうだよ。僕は今、心の底から楽しい。楽しくて、楽しくて、楽しくて、楽しくて、楽しくて――楽しくて仕方ないんだ」


 ーー狂っている。


 誰もがそう感じるほどに、ムトは“楽しい”と繰り返す。その黒く染まった両目に狂気が宿っていた。

 理性? そんなもの本当にあるのだろうか。今この瞬間にもリンを手にかけるのではないか?

 そう思えるほどに、ムトは狂っていた。

 それは捕まってから一度も弱音を吐くことなく、ずっと強気でいたリンが、後ずさるほどに。


「……おっと、危ない危ない。もうちょっとで台無しにしちゃうところだったよ」


 そう言ってムトは再びモニターに目を向けると、子供がおもちゃを貰った時のようにニコニコと微笑んだ。

 その表情に不気味さは無い。無いが、先の豹変ぶりを目の当たりにした後では、誰もその笑みを信じることなどできやしないだろう。


「あいつらの悲鳴を聴けないのは残念だけど、まだメインディッシュが残ってるからね」

「……まだ何か、するつもり?」


 恐る恐るといった様子で、リンは尋ねる。


「もちろん。これよりも楽しそうだ。君も楽しみに待っているといいよ」

「……もうやめて。復讐なんて」

「……へぇ、知ってるんだ。誰から聞いたの? って、僕のことを知ってる奴なんて数える程度しかいないか」


 ムトはクイズ当てゲームでもするかのように、楽しげにうんうんと唸ると、


「じゃあ、アルミルス? あいつの方が口が軽そうだし」

「……」

「違うか……。だったら、あっちか。実質二択だったんだけどなぁ。なら、ティアリスだよね? 君達と接触した奴で、僕のことを知っているのなんてあいつしかいないし」

「ティアリス?」

「えっ? 違うの?」

「そんな人知らない」

「だってあいつしか……ああ。今は名前を名乗ってないんだったね」

「名乗ってない? ……元メイドさん?」

「今そんな風に名乗ってるの? 変なの。あいつって昔からズレてるところがあったからなぁ」

「昔から? あなたと一体どういうーー」

「ああ、もういいや。僕、昔からあいつのことは好きじゃなかったし。話もしたくないね」


 先ほどまでの上機嫌は何処へ行ったのか……。

 ムトは不機嫌そうに口を尖らせると、再びモニターへと視線を戻した。


「あ、そうだ君にクイズを出して貰ったんだから、今度は僕が出さないとね」


 相手のことなど微塵も考えず、自分の好きなようにやりたい放題。

 まさに子供だ。ムトの行動は幼い子供のそれと非常に酷似していた。

 やがて何か思いついたように、ぽんっと手を打つと、


「今僕の駒が順調に進軍を続けて、もはや止められない状況にある。君の愛しいユート君もじきに現状を知るか、もう動き出している頃だろう。さて、ユート君はどんな行動に出るかな?」

「……」

「別に答えなくてもいいけど、当てられたら少しくらい手加減してあげるかもね」

「……ユートなら止められるもん」

「無理だね。君もダンジョンコアの力を見ただろう? あれは僕の開発した、人という限界を超えて擬似的な神になれるっていう優れものなんだ。一人や二人なら大丈夫だろうけど、数十、数百あればどうなるのかな〜?」

「ッ!」

「ほらほら、もう一回だけチャンスをあげるよ? 何か考えてみれば?」


 リンが親の敵でも見るような目をムトへと向けるが、ムトは全く動じることはなかった。

 ただ、へらへらと薄ら笑みを浮かべているだけだ。

 両手に力を込め、ギュッと目を瞑って耐えるように、リンは俯く。

 やがてゆっくりと目を開けると、覇気のない弱々しい声で答えた。


「……ユートと、ミル達なら」

「残念だったね。アルミルス達はもう僕が捕まえちゃってるんだ」

「なッ!?」

「いや〜、長年苦労した甲斐があったよ。まさかこうも思い通りに引っかかってくれるとはね」

「何をしたのッ!?」

「ちょっととある場所に閉じ込めているだけだよ。今はまだ、ね」


 その含みのある答えに、リンは絶望したように膝を折った。

 それも無理はない。

 リンだって分かっているのだろう。もし他の神々が手を出せないとなれば、唯斗はたった一人でムトと戦わなくてはならない。

 しかも、場合によってはダンジョンコアによって強化された人間も、だ。

 ムト一人でさえ勝利できるかは五分五分……いや、それ以下の戦いになるというのに、勝てる道理はあるまい。


 圧倒的だ。圧倒的に戦力が足りていない。


「そんなわけで答えは、“ユートがアルミルス達を助けに行く”でした〜。残念だったね。答えられなかったから、予定通り刺客を送っちゃおうか」


 パチリ、とムトが指を鳴らす。

 すると突如、玉座の正面ーー玉座までの長い道のど真ん中に、精霊が現れた。

 ブツブツと何かを呟き続け、正気を失ったように目の焦点が合っていない。明らかに異常だ。


「もう、やめて。ユートだけでも、見逃して……」


 それを見てぽろぽろと涙をこぼしながら懇願する、リン。

 だが、


「ダメだよ。……そんなの僕が楽しくないでしょ?」


 耳元まで裂けるような、邪悪な笑みを見せたムトは、再びパチリと指を鳴らす。

 すると、正気を失った精霊は姿を消した。何処に消えたのかは、ムトのみぞ知る。

 だが、そんなこと考えるまでもないだろう。

 先ほどの会話から察するに、精霊の消えた先はおそらく……。


「……ユート」


 心配と不安、悲しみが入り混じった声で唯斗の名を呼ぶと、リンは両手で顔を覆い俯いた。

 抜け出すことのできないリンには、どうすることもできない。

 リンはただただ、涙を流し続けた。

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