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95話 偽りの伝承

「……全ては一人の女性の死から始まりました。ゴルタル王、メゾリアに古くから伝わる伝承をご存知ですか?」

「む? そうじゃな、確か……初代国王が会談中に嘔吐したという話か?」

「……違います」

「ならあれじゃ! 初代国王が演説中に気絶したという――」

「違います」

「何と! では初代国王がーー」

「初代国王は関係ありません。そもそもそれを知っているのは、おそらくゴルタル王家だけだと思いますが」

「なんじゃと? ……そういえばこれは国家機密じゃった。忘れてくれい」


 僕としてはそんな事が後世まで伝わっていること自体が驚きだよ。後世までそんなことを語り継がれた国王が可哀想で仕方ない。

 それに国家機密をそう簡単にもらさないで欲しい。その初代国王の尊厳を守るためにも。……こんな気まずい空気にならないためにも。


「……あれか? かつてあの地にあった国の守神の話か?」


 そんな空気を断ち切ってくれたのがロウウェだった。


「はい、そのお話です」

「だがあれは作り話だろう? 子供に神という存在を教えるために作られたと聞いているが」

「いや、あれは作り話などではないの」

「レンゼン?」

「それを事実と知るのはおそらくゴルタル国の王家だけじゃろう。もしや元メイド、お主……」

「……」

「ワシの孫じゃったか」

「ボケるのにはまだ早いですよ、ゴルタル王。私の祖父はとうの昔に死にました」

「む? そうか。愚息の隠し子かと思ったのじゃが」


 ……こんな国王でこの国は大丈夫なんだろうか。改めて心配になってきたよ。


「みんなは知ってるみたいだけど、それってどんな話なの?」

「全ては少し長いので省略しますが、かつてメゾリアがあるあの場所には豊かな国があり、人という人種が大好きな神様がその国を守護しておりました。ですがある時、その神様がとある怖い神様に殺されてしまったのです。その守護神の仇をとるために人々は立ち上がるも、破れ、怒った怖い神様によってその地を砂漠へと変えられてしまった。……というお話です」


 聞いたことはない、か。エルムスの図書館にもそんな話が書かれた本はなかったし。まぁ、僕がただ単に見逃していただけかもしれないけど。


「……なるほどね」


 でもよく分かった。いや、繋がったといえばいいのかな?

 僕はちっとも元メイドさんの話を疑ってなんかいない。だって僕は証人を、そして砂漠化した元凶を知っているからね。大体のことは察したよ。


「そしてこの話に出てくる、とある怖い神様。それが邪神ムトなのです」

「なにっ!?」

「……そうじゃったか」


 二人が驚きの声を上げる。

 そんな中、僕の考えることはひとつ。あの刀身の白い神剣の持ち主である、リチェルさんのことだ。怖い神様がムトのことなら、国の守護神であり、殺されたというのはおそらくリチェルさんだろう。

 でもそれなら矛盾している事がある。リチェルさんの話を聞く限りじゃ、ムトとの仲が悪かったとは到底思えない。

 となればムトに殺される理由がないわけだ。

 だとすれば、


「ねぇ、ムトは本当にその神様を手にかけたの?」

「何を言っている。こうして戦争まで仕掛けてくるムトだぞ? 神殺しくらいしてもおかしくはないだろう?」

「……いえ。ユート様の言う通りです。この話には一部間違いがあります」

「なに?」

「守護神を手にかけたのはムトではありません。それを行なったのは、……人です」

「なっ!?」

「……むぅ」


 やっぱりムトではないか。でもリチェルさんが人の手で殺された? そんなこと人の身でできるものなのかな?

 下級神なら油断もあり得る。でも、あれだけ強力な力を持つ上級神が負けるなんてことは……、いや普通ならあり得ない。神の力を持つ僕だって、天照さんに勝てる自信はない。あいつなら――もう一人の僕なら分からないけど。


「神殺しだと? そんなことできるはずが」

「いや、できないことはないのぅ。事実、歴史を遡ればそういった事件はある」

「だがどうやって……」

「神剣なら可能じゃろう。神剣は神が創りし、最高にして最強の武具じゃ。神の力そのものと言っても過言ではない。流石の神であろうと、己の分身のような存在に負けない可能性がないとも言い切れないじゃろう」

「そうか……。いや、だが使用者は所詮人だろう? たとえ剣が強く使い手の技量があったとしても、力で圧倒されないか?」

「いえ。守護神はとても……とても優しいお方でしたから」

「……まるで見てきたような言い方だな?」

「守護神は……、リチェルティア様は私の本当の主ですから」

「なんだと?」


 えっ? リチェルさんが元メイドさんの?

 いや、リチェルさんの名前が出てくるのは分かる。それは予想していたから。

 でも、主って? それってつまり、


「元メイドさん、キミはいったい?」


 何者なの?

 そう訊こうとした瞬間。元メイドさんは少し無理をしたように、僅かに微笑みながら、


「私は“元”メイドです。……リチェルティア様にお仕えしている、いち人間に過ぎません」


 そう言った。






 元メイドさんの発言に驚いていたのは僕だけじゃない。レンゼンさんも、ロウウェも言葉を出せないほどに驚いていたみたいだ。


 そりゃそうだろう。昔っていうのがどれほど前なのかは知らないけど、間違いなく数十年前の話じゃない。数百年、もしかするとそれ以上前の話かもしれない。


 僕みたいに、神剣に宿るリチェルさんに会ったという可能性もなくはないけど、それならリチェルさんの話と合致しない。

 僕以外には、リチェルさんの姿が見えていなかったらしいし。

 なら、リチェルさんが生きていた時代からずっと、元メイドさんは生きていたことになる。


 国が一つ滅んで、新たにゴルタルという国が出来上がるほどの時間は経っているんだ。普通の人間であればそんなに長く生きられる筈がない。

 でも、それは僕も同じだ。僕も自分のことを人間だと思っている。なら僕の答えは……。


「お前、本当に人間か?」

「はい」

「そんなこと誰が信じられる? もし仮にお前が言っている事が事実だとしたら、お前は人間じゃない。ムトの手先だと思われてもおかしくはないぞ?」

「……そうでしょうね」

「もしそうであればここで――」

「ロウウェ、止めるのじゃ」

「なぜ止める、レンゼン。あいつは自身のことを人間じゃないと言っているんだぞ? そんな怪しい奴を放置するわけにはいかない。まして今は戦時だ。それも邪神ムトが仕掛けてきたであろうな。お前を殺しに来た刺客かもしれないぞ?」

「……もう一度言う。少し黙れ」

「ッ!?」


 好々爺だったレンゼンさんが一転する。

 それは歴戦の戦士に勝るとも劣らない気迫。被っていたドラゴンの兜の迫力なんて霞んで見える程だった。


「すまなかったのう」

「いえ。ですが私は――」

「分かっておる。お主はムトの手下ではないじゃろう。でなければリバーとやり合うこともなかったじゃろうし」

「……私が騙しているとは思わないのですか?」

「味方と思わせておいて、かのぅ? そんなまどろっこしいことをすると思えんよ。それに、これでもワシは人を見る目はあるつもりじゃ。ワシにはお主が嘘をついているようには見えん」

「 ……ありがとうございます」

「礼を言われるものでもあるまいて」


 ……ふぅ。どうなるかと思ったけど、大丈夫そうだね。

 僕としては元メイドさんにはお世話になってるし、それに信頼できる人だと思うから力になりたい。


「待て、レンゼン。考え直せ」

「お主は黙っておれとーー」

「この国の運命がかかってるんだ。黙っていられる筈がないだろう」


 ロウウェも悪い人じゃないんだろうけどな。国のことを想っているのが十分伝わってくる。

 でも、 今ここでレンゼンさん達と敵対はしたくない。ムトという敵がいるというのに、そんな無駄なことをしている暇なんてないんだから。


「そいつは自身のことを人間じゃないと言ってるんだ。そんな奴を放っておくわけにはいかない」

「ロウウェ、元メイドさんは自分のことを人間だと言ったんだよ?」

「信じられるか? それほど長い間生きている者など、人間ではない」

「へぇ、おかしなことを言うね」

「なんだと?」

「元メイドさんが長い間生きているというのは信じて、人間だっていうのは信じない。これのどこがおかしくないとでも?」

「ッ! ……だとしてもだ。怪しいことに変わりはない」


 頑固だねぇ。

 敵が神だから警戒しているのも分かるけど、ちゃんと見極めるところは見極めて欲しいな。敵か味方か。どちらでもないっていう選択肢もあることにはあるけど、現状では一応味方のつもりだ。


「……分かったよ。キミがそれほど疑うのなら、僕が対処しよう」

「どういう意味だ?」

「もし万が一、元メイドさんがムトの仲間だった場合、全てを投げ出してでも元メイドさんを止めるよ」

「……そいつが連れてきたお前を信用しろと?」

「んー、なら契約書でも書こうか?」

「紙に書いたところで、すべてが終われば何の意味もない」


 疑い過ぎでしょ。……面倒くさいな。いっそのこと眠らせて、ってそれは流石にまずいか。それに、それじゃ根本的な解決にはならない。

 なんて考えてると、レンゼンさんが、


「いい加減にせい。メイドが――」

「“元”メイドです」

「……元メイドがその気なら、今までにいくらでも機会はあったはずじゃ。仮に邪神ムトの手先だとしても、今は話を聞くのが先決じゃ」


 ……こんな状況でもこだわるんだね、元メイドさん。


「それが嘘だとしたら?」

「わざわざ伝承なんぞ出してまで欺むくとは思えんがのぅ。そんな面倒なことをせんでも、やり方などいくらでもあろう」

「だが……」

「話を聞かんと真偽を見極めることすらできん。……気が立っているのは分かるが、冷静さを欠きすぎじゃ」

「……」

「これ以上は譲歩せん。お主をこの場から叩き出しても良いのだぞ?」

「……分かった、話を聞こう。悪かったな、続けてくれ」

「はい」


 今すぐに戦闘、ってわけじゃなくなったけど、後で揉める可能性もあるかもしれない。

 僕としてはロウウェが出て行くのを少し期待なんてしちゃったんだけど……まぁ、レンゼンさんを一人になんてする筈がないか。


 はぁ……何か方法を考えとこう。

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