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93話 契約と対価

「……連れ去られた? ムトに? いつ? どこで? どうしてッ!?」

「落ち着いてください。全てお話ししますから――」

「落ち着けるわけないッ! リンが……親友が誘拐されたんだよ!?」


 ベットから急に出たせいで立ちくらみがするけど、どうってことない。今すぐに助けに行かないと……、あれ? 何処に?

 神力で探索した範囲にはいない。なら少なくとも近くにはいないはず。でもそれだけだ。相手は転移も使える。ならその行動範囲はおそらくこの世界全体。でも、そんなの探しようがーー、


「……何も分からないでしょう?」

「ッ! ……うん」


 元メイドさんの言う通りだ。僕は何も知らない。眠っていたから、あいつに代わっていたから何も分からないんだ。


「話を聞いてもらえますか?」

「……分かったよ」


 元メイドさんに促されるままに、ベットの縁に腰掛ける。……正直助かる。いつものことながら、起きたばかりは体調の方があまり良いとは言えないから。


「まずですが、ユート様が眠られてから十日が経っております」

「十日!? そんなに経ってたの? いつもならもっと早く目が覚めるはずなんだけど」

「何やらもう一人のユート様が、こちらで少し調整させてもらうとおっしゃってましたが」

「調整? 一体何の……って、もう一人の僕ってまさか」

「はい。ご自身のことを神だと名乗っておりました」


 うわぁ、あいつと話したんだ。何だかよく分からないけど、無性に恥ずかしい。例えるなら、授業参観にきた親が僕の友達と話をするような。って、それならあいつが僕の親になるか。……それは無いな。


「リバーとの戦いで気絶していた私が目を覚ました時、リン様はまだあの場におりました。ですがその後すぐにユート様を追いかけて出て行ったので、私もその後を追ったのです」

「……僕がリバーを連れて転移した後かな。それで?」

「はい。街を出てしばらくするとユート様のお姿が見えました。ですがその直後、前方を飛んでいたリン様が、突如現れた邪神ムトによって拐われたのです」

「僕の……あいつの姿が?」


 ならあいつはリンが拐われるのを見ていたということになる。つまり、あいつはそのことを知っていた? ……そういえば、


「……苦難」

「はい?」

「いや、何でもないよ」


 あいつは確か大きな苦難に直面するとか言っていた。あれは夢なんかじゃないし、そもそも僕の意識に入り込んでくるのはあいつの常套手段だ。となると、やっぱりあいつはリンが拐われたのを知っていたということになる。

 でも、あいつがリンの誘拐を防げなかったというのが気になる。ムトの方が一枚上手だったということなのかな……?


「よろしいですか?」

「えっ、あ、……うん。続けて」

「まだ調子が戻らないのでしたら、もう少し休まれては」

「ううん。ちょっと気になったことがあっただけだから」

「……そうですか。お話の続きですが、その後もう一人のユート様からいくつか伺った後、ユート様の意識が無くなりました。ですので、近場の宿まで運んだのですが、少々ごたつきまして」

「ごたついたって?」

「ユート様は街の建物がどうなったかご存知ですか?」

「いや? あ、でもずいぶんと建物が壊れていたのだけは覚えてるなぁ。……もう人が住めないくらいに」


 リン達の戦っていたあの建物なんて酷いもんだった。柱は偶然無事で、奇跡的に崩壊していないような状態。壁も扉も窓も殆ど無くなって、おそらくあったであろう家具も吹き飛んでいたからね。

 ある意味スッキリはしていた。うん。……でも僕がしたんじゃないよ?


「おっしゃる通りです。そちらの家の持ち主は、ロンド様に一方的に恨みを抱いているお人でして。その報復に、私共が泊まっている宿に襲撃を仕掛けてきたのです。それも宿を変えるたびに毎晩」

「はぁ」

「非常に面倒な――目の前を飛び回る蚊のような存在でして」

「いや、そっちの方が辛辣だから」


 何で言い直したの? まだ言おうとした奴の方が優しかったよ?


「挙げ句の果て、『本店だけでなく、倉庫まで壊しやがって』などと言いがかりまで付けてきまして」

「倉庫? もしかしてその店の隣にあった奴?」

「いえ、そこまでは知りませんが、何か?」

「その建物にリバーを蹴り飛ばしたんだけど、……まさかね」

「ええ。何やら『最近大量に入荷した高級ワインが台無しだ』とか言ってましたけど、まさかですよ」

「はっはっは! リバーが突っ込んでいった直後、その建物から赤い液体が大量に溢れ出してきてたけど、まさかだよね!」

「ええ、ええ。『俺も飲もうと楽しみにしていた赤ワインだったのにッ』とかほざいておりましたが、まさかですよ」

「……」

「……」


 ……僕は、何もしていない。してないったらしてない。


「まぁ、構わないでしょう。どうせあのような輩の持ち物ですし」

「……いいんだ」

「そのため、私共はあの街を出てここにきたのです」

「そういえば、ここってどこなの? 随分と良さそうなところだけど」

「ゴルタル国王都、その王城です」

「えっ?」

「王城です」

「いや、それは分かったけど、王都? 何で? っていうかそんなに近いところにあったの?」

「いえ、本来であればこのような速さでは到着できません。十日前、直ぐにその場を出立したとしても、もう数日はかかるでしょう」

「だったらどうやって……」

「ゴルタル国最新の魔道具を盗んで――お借りしまして。馬に引かせるのでなく自動で動くもので、とても速く、乗り心地も良いという非常に素晴らしい乗り物でした」


 うん、絶対に盗んだよね。


「ちなみにそれって誰から盗――、……借りたの?」


 ……危ない、危ない。盗んだって言おうとした瞬間、元メイドさんから鋭い視線が飛んできた。

 まるでその先を言えば命は無いとでも言いたげな、怖い視線だったよ。


「先程お話しした者です。快く貸してくださいました」


 恨んでいる相手に貸すはずがないよね。

 きっと僕の知ってる“快く”とは別物なんだろう。そうに違いない。


「そんなことよりリン様のことですが」


 そうだ。そんな知りもしない人より、今はリンのことを考えないと。


「これは推測ではありますが、おそらく殺されてはいないはずです」

「そうだね。それは僕も考えた」


 そもそも、ムトの目的がリンの命ならその場で奪っているはず。拐うのと殺すのなら、当然拐う方が難しい。

 と考えると、ムトの目的はおそらく、


「僕を誘ってる、かな」

「ええ。間違いなくそうでしょう。もうひとつ、人体改造して戦力に充てるという可能性もあったのですが、それはありえません」

「人体改造ッ!? ムトってそんなことしてるの?」

「はい。とある知り合いから聞いた話ですが、確かでしょう。そしてその人体改造の被害者の一人がリバーです。意識が残っていたのかは知りませんが、彼は体だけでなく精神も作り替えられていたようです」

「じゃあリンもッ!」

「いえ。それをするには相手の同意がなければできません。いわゆる、神との契約ですね」

「神との契約?」


 そんなの天照さんからも、師匠からも聞いてないんだけど。


「神にお祈りをするのは知っておりますよね?」

「うん。願いを叶えてもらうとか、願掛けとか、そういうことだよね?」

「はい。それが一般的な対価のない契約です。ですが、それとは反対に対価の必要な契約もあります。そしてリバーの場合、その対価というのが」

「肉体と精神、その存在の全てっていうことか」

「その通りです」


 やっぱりそんなのは聞いたことがない。でも、元メイドさんが嘘をついている様には見えないし、そもそも嘘をつく理由もない。

 となると、思いつく理由は……あ、一つだけあった。


「……過保護だなぁ」

「どうかされましたか?」

「いや、僕の保護者がずいぶんと僕のことを大切にしてくれてたんだなと思ってね」


 天照さん達のことだから、こういう黒い部分は見せたくないと思ってたんだろう。対価を求めた契約なんて、まるで悪魔みたいだからね。

 それに半人半神といえど、僕は神。契約を結ぼうと思えば、多分結ぶことができてしまう。

 この神の力を悪用するような人になる可能性もあった。だから僕には契約のことを教えてくれなかったんだろう。


 信頼されていないととれるかもしれないけど、僕はそうは思わない。どっちの意味合いが強いかなんて、天照さん達の態度を見れば一目瞭然だから。


「……では本題に入りましょう。リン様の居場所ですが、見当はついております」

「どこッ!?」

「それはお教えします。ですがその前に、どうか私たちに力を貸してもらえませんか?」


 そう言って元メイドさんは深々と腰を折る。そのまま土下座までしそうな勢いだ。


「力を? どういうこと?」

「それに関しては皆の集まる場所でお話しします。……ユート様もリン様が連れ去られて気が気でないことは重々承知しております。ですがどうか、どうか、私達を、……私の本当の主をお救いください」

「本当の主?」

「はい。……事態は非常に深刻です。ユート様、お体の方は大丈夫ですか?」


 軽く体を動かしてみるけど……。うん、問題ない。少し体のだるさがあるけど、動けないほどじゃない。


「大丈夫だよ」

「でしたら、皆が集まっている執務室へーーここゴルタルの国王の元まで参りましょう。……そこで、私の知っている全てをお話します」

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