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92話 消えた親友

 ここは……何処だろう?

 真っ暗で何も見えない。まるで街灯も月明かりも無い夜道だ。……でも、僕はこの感覚を知っている。


 まだ神眼がうまく使えなかった頃、夜になるとほとんど何も見えなくなった。しかもその時は森の中だったから、星の光も無い。完全な闇だ。

 懐中電灯の電池も切れて、方向も分からない。どっちに行けば街があるのかも分からない。


 ……初めて夜が怖いと思った、あの時の感覚だ。


 確かあの時――、


『ッうぐ……ヒグッ……』


 ……そう、僕は泣いてしまったんだ。武の師匠――タケミカヅチさんに鍛えられて強くなった筈だったのに、泣いてしまった。

 後から思えば、何でそんなことで泣いたんだって思うけど、あの時は夜が怖かった。……ううん、光の無い闇という空間に閉じ込められたような感覚がしたんだ。


 虫の音もなく、ただただ自分の歩く音だけが響いて。方向も、音も、何もかもが分からなくなった。


 だから僕は泣いたんだ。


 でもそんな時、


『どうしたの?』

『……グズッ。……リン?』


 リンがいた。リンだけがそばにいてくれた。


『あれ? まっくらだよ? 明かりは?』

『……消えた』

『それでないてたの〜? ユートってば、なきむし〜』

『……泣いてない』

『そうなの〜? でも……、ほらっ!』

『ッ! 眩しッ!?』

『あ、ごめんね? でもほらッ! ユートないてる〜』

『……リンのせいだし。今の光で目をやられただけだし』

『ふ〜ん。じゃあ、いらない?』

『ッ! 消さないで――ッ!?」

『ふふ〜、いいよ〜。リンがユートの行くばしょを照らしてあげる』

『……ふん。…………ありがとう』


 それからもずっと、リンは僕と一緒にいてくれた。

 道に迷った時も。飽きてくるほど同じ景色が続く道中も。魔術の師匠の修行で疲れた時も。


 いつだって一緒にいた。……一緒にいてくれた。


 僕の旅なんて、ただのわがままだ。縛られることが嫌だから、自由が好きだから始めた、僕の身勝手な行動に過ぎない。

 そんな僕の行く道に、僕はリンを付き合わせている。リンは自分の意思だと言ってくれるけど、本当にそうなんだろうか?


 仮にそうであったとしても、僕と一緒にいることでリンは傷ついた。あの時別れなければ、リンと一緒に行動していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。

 ……いや、それはもう仮定の話か。リンが傷ついたことが、無かったことにはならない。


「僕はどうすれば……」

「愚かだな」

「……キミか。最近よく話をするね。どういう風の吹き回し?」


 真っ暗だった空間から一転。真っ白な空間へと移り変わった。

 そして僕の正面には僕が。いや、正確には僕の姿をしたもう一人の僕なんだろうね。


「お前は非常に愚かだ」

「前からそればっかり。そんなの分かってるよ。僕のせいでリンが傷ついた。僕の判断ミスだ」

「……はぁ。だからお前は愚かだと言っているのだ。いい加減に気がついたらどうだ?」


 僕の姿でため息を吐かれると、非常に腹が立つということが分かった。


「いったい何を――」

「“自由”とは何だ?」

「何? 突然」

「いいから答えろ。“自由”とは何だ?」


 もう一人の僕を自称する割には言ってることが分からないし、いつも唐突すぎる。……まぁ、唐突なところはある意味僕も同じかもしれないけど。


「んー、自らが決めたことかな。誰かに縛られないっていうのもある」

「他には?」

「他に? ……曖昧なイメージがあるかな」

「“曖昧”、か。……なら次だ。お前は“曖昧”な存在なのか?」

「どういう意味? 質問がよく分からないんだけど」


 常々理解できないとは思っていたけど、今回はいつもに増して酷い。

 でも、いつも一方的に言って去っていくようなやつだから、こうして会話らしい会話をするのは初めてかもしれない。


「お前は自分のことが自由だと思っているんだろ? そして、自由には“曖昧”というイメージがあると。だったら、お前は“曖昧”な存在か?」

「それは種族的な意味合いで?」

「いや、お前自身のことだ」

「だったら、僕は“曖昧”じゃないよ。僕は自分の意思で決めて、自分の意思でここまで来た。自分の意思で会話をしているし、自分の意思で物事を判断している。だから、僕は曖昧じゃない」

「なら、どうしてお前はそんなに悩んでいる?」

「えっ?」

「己の意思で決めたことだろう? 悩む必要などない」

「でも、リンが傷ついて……」

「今はそれに関して話していない。……いいか? “自由”というのは曖昧のようで、曖昧ではない」

「いや、意味が分からないんだけど」

「……はぁ。少し説明してやる」


 だからため息はやめて。顔面を殴りたくなる。


「確かに自由は曖昧だろう。だがな、それは他者から見た場合だ。本人からすれば、自分の“自由”というものは定まっている。故に、“自由”は曖昧ではない」

「……つまり、僕の自由は、僕からすれば曖昧じゃないってこと?」

「そうだ。そうでなければ、お前の言動の全てが曖昧なものになる。曖昧な者は存在自体が曖昧だ。当然環境というものに容易く流される。他者の意見に、他者の言動に流される者が、果たして“自由”と言えるか?」

「それは……、言えないと思う」

「そうだ。自由というのは己の意思そのものだ。己の中で決まっている、一本の真っ直ぐな道だ。己の意思で道を変えたのならそれでいい。だがな、今のお前は、己の意思がブレていないと言えるか? 道が歪んで曲がったりしてないか?」


 ……内心問答してみる。


 僕は誰かに流されてはいない。それは確かだ。誰かの意見に流されているわけでもないし、誰かに強いられているわけでもない。自分で考え、自分の意思で行動している。


 でも、意思がブレてないかと問われれば、……僕はそれを否定できない。


 リンのことを考えて行動する。それはもう一人の僕が言うところの、己の意思に入るだろう。リンを大切に思う僕の気持ちに、偽りなんてない。リンのために何かしたいというのも嘘じゃない。

 だけど、僕がしていることは一貫性がないんだ。


 今回もそうだ。

 僕は大切な人が傷ついたときの痛みを知った。知ったはずなのに、復讐に駆られて自らを危険に晒したんだ。


 それだけじゃない。リンを信じているはずなのに、リンの意思を疑ったり。リンに心配をさせたくないと思いつつも、心配させるような行動を取ったり。


 もう一人の僕に対してもそうだ。体を預けたくないと言いながら、預けるから守って欲しいと言う。


 ……考えちゃいけない。考えたら、僕が僕じゃなくなる。そんな気がするのに、僕の思考が止まらない。


「こんなの、自由なんて言えな――」

「落ち着け」


 もう一人の僕に小突かれてモヤが晴れるように頭の中がスッキリする。


「あれ? 僕は、いったい……?」


 スッキリはしたんだけど……何か重要なことを忘れているような気がする。思い出さないといけないような、でも思い出すのが怖いような。


「……やはりダメか」

「確か、さっきまで……」

「お前が覚えておくことは一つだ。ブレるな、真っすぐな意思を持て」

「何のこと? それにそれって二つ――」

「いいか。ここから出ればお前は大きな苦難に直面する」

「……少しくらい話を聞いてよ。って、苦難?」


 いきなり未来予知されても。しかも苦難って嫌なやつ。

 それにそれはリンの専売特許じゃ……、いや天照さんもそういうのには鋭いんだっけ?


「これでお前の行く道が決まるだろう。どうなるかは……我にも分からん」

「えぇ……」


 予知するならもう少しはっきりしてほしい。


「せめてどんな苦難か――」

「それだけだ。……忘れるなよ」


 あ、目が覚める。っていう感覚がしたと思ったら、もう一人の僕の姿がぼやけ始めた。

 っていうか、僕の質問に何一つ答えないなんて。やっぱりもう一人の僕とは全然会話にならないな。


「……リンを頼むぞ」

「えっ?」


 消える間際、そんな言葉を言い残したもう一人の僕。

 その意味を問いただす間も無く、僕の意識は浮上してーー。






「……ここは?」


 目を開けると、そこは見知らぬ天井で……。まぁ知らない天井なら、もちろんここは知らない部屋なんだけど。


 わざわざ確認しなくてもここが知らない部屋だというのは確定なんだけど、とりあえず体を起こして周囲を確認する。……うん、やっぱり知らないや。


「ベットだ。しかもかなり良さそうな。っていうことは……、何処なんだろう?」


 まぁ、ベットを見ただけで場所が分かるはずがないよね。少なくとも、この世界に来てから寝たことのなるベットの中に、こんなベットはなかった。


「……寝ている間に誘拐でもされた?」


 誘拐犯がこんなにいいベットを用意してくれるはずもないか。それにその誘拐犯が悪意を持ってるなら、リンが許すはずがない。


「あ、そうだ。こんな時こそリンに……、リン?」


 あれ? リンの気配がない。部屋の中にも、部屋の外にも……。

 な、なら神力で探索範囲を広げて、


「……いない? どうしてッ!?」


 僕が気を失っている間に何かあった? まさかあいつがリバーを倒し損ねたなんてことは……、いやそれは無いか。もし倒し損ねていたのなら、僕が生きているはずがない。

 ムトが出てきたとか? ……いや、それも同じか。


 ならどうして?


「……失礼します」


 僕が混乱に陥っていると、扉のノックが部屋に響く。

 返事をすると、扉の向こうから予想通りの人物が顔を出した。完璧にメイド服を着こなす、色々と謎の多い人。元メイドさんだ。


「お目覚めになられたようですね」

「うん。それで、聞きたいことが――」

「リン様のことですね」

「そうだけど。……何かあったの?」

「……落ち着いてお聞きください。リン様は、……邪神ムトに連れ去られました」


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