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91話 戦の始まり

登場人物紹介3と、この91話 戦の始まりを連続投稿しております。

 人間という種だけをヒトとみなし、それ以外の種は獣と断ずるウェステリア国。

 獣は敵であり道具であるというのが、この国での一般常識だ。そして、そのような獣と友好を結ぶ者もまた敵である。


 親から子へ、子から子へと受け継がれてきたその思想は根深く、大国の一つとなった今でも変わることなく残り続けている。

 当然、そのような思想から他国との交流は殆どない。獣人の住むガルバントラ、竜人の住むスカトス、ドワーフの住むゴルタルはもちろんのこと、それ以外の小国も関わろうとはしない。

 国だけでなく人もそうだ。人間であろうと、ウェステリアだけには近づかない。ウェステリアにだけは関わるなというのが、世間一般の共通認識である。


 そんな他国から忌避されるウェステリアはまさに未知。知られていることが非常に少ない。

 人口は? 戦力は? 技術力は? 生活は? ……何一つとして分かっていない。


 唯一分かっていることといえば、先の通り“ウェステリアには関わるな”ということだけ。

 その信憑性は非常に高い。何せ、それが広まったのは神託によるもの。

 つまり、それを伝えたのは神々なのだから。


 人々の生活には殆ど介入しない神々がーー助言はしても強制はしない神々が、みな口をそろえてこう言った。


『ウェステリアには関わるな』と。


 それ故に世間一般の共通認識になるのも早かった。もともとその過激な思想から避けられていたというのも大きいだろう。


 幸いにも、ウェステリアの民は滅多に国から出てくることはなかった。

 故に接触することはなく、人々のウェステリアに対する警戒も、少しずつ薄れていった。……否、薄れてしまった。





 ……人という生き物は罪を犯す。その罪が、どれほど重いものなのかも知らずに。






 ウェステリアの中心に位置する最大の街、ステリア。

 その街に今、ウェステリア国の全戦力が集結していた。

 女、子供も関係ない。戦える者は誰もが武器を持ち、中央にそびえ建つ漆黒の城へと掲げている。

 その瞳に恐怖など微塵も映っていない。あるのは嬉々とした、勝利を確信したような笑みのみだ。


 そんなウェステリアの住民とは対照に、地面に跪かされている獣人、竜人、ドワーフの瞳は暗く濁っていた。

 生気が薄れ、まるで人形のようにピクリとも動かない。生きているのか死んでいるのかと問われれば、浅く呼吸をしていることから生きてはいるのだろう。しかし、精神は――心はその限りではない。


 そんな中、城からとある少年が姿を見せると、民は勢い良く腰を折った。子供や年寄りも関係なく、そして一秒の狂いもない。その統率の取れた動きは美を通り越して、狂気すら感じる。


 少年はゆっくりと空を歩くように近づくと、何の気負いもなく、まるで友人と話すように言った。


「やぁ、今日は晴天。絶好の国落とし日和だね」


 その返事をするかのように、民は武器を石畳に打ち付ける。またもやその動きに寸分の狂いもない。

 金属独特の甲高い音が響き、地震が起きたかのように大地が震えた。


「さて、これだけ待ったんだ。もう長い話はやめておくよ。僕が君達に求めているのはただひとつ。……この大陸にある国を潰すことだけだ」


 三度甲高い音が響く。


「歯向かう者は殺す、歯向かわない者も殺す。慈悲なんていらない。全て切り捨てて仕舞えばいい」


 一度の甲高い音、そして、


「さぁ、僕という名の災厄の始まりだ!」


 その宣言を聞いた人々は、みな口を合わせてこう返した。


「全てはムト様の御心のままにッ!!」






 ムトの宣言があった数時間後。エルムス国王都にある城の一室で、いつも通り執務を行なっていた国王ウォルスの元へ、一人の男が駆け込んできた。


「失礼します! 伝令にございますッ!」


 扉をノックすることもなく突然飛び込んできた男に警戒するウォルスだったが、男の必死の表情から大体のことを察する。


「何事だ?」

「はっ! 各国にウェステリアが進軍。我が国もその対象に入っております」


 その伝令を聞いた瞬間ウォルスは眉を顰め、組んだ手に力を込めた。


(最も当たって欲しくない予想が当たったな……)


 まだ猶予があると思っていただけに、このタイミングでの進軍は非常に手痛かった。

 準備をしなかったわけではない。これでもウォルスは最速で動いていた。だが、ウォルスの勘がまだ足りないと、このままでは危険だと言っているのだ。


 そして何より一番大きいのは、守護神の不在。未だアルミルスが帰ってきたという知らせがない。


(……これも相手の戦略だと考えるべきか? だが、そうなると――)


 考えうる可能性は非常に限られてくる。すると、以前頭を過った最悪な状況が再び頭に浮かんだ。


「ッまさか!?」

「……お父様?」


 隣で不安な顔をするフィリアを見て、ウォルスは鍛え上げた精神で必死に自分を抑え込む。


「……すまない。大丈夫だ」

「……なら、いいのですが」


 王が不安を見せれば、民も不安にする。そんな姿を、次期女王であるフィリアに見せるわけにはいかなかった。

 だが、必死に精神を抑えた状態でも、ウォルスの動揺は治らない。


(……もし、かの国の信仰する神が実在して、さらにそれが邪神ムトだった場合。……全て筋が通る)


 ウェステリアは邪神ムトを信仰する国。だからこそ、ガトナー伯爵はダンジョンコアを手に入れ、黒い人型となってあの力を手に入れることができた。

 そう考えると、話としておかしいところは何も無い。


(加えて、アルミルス様の不在……。神である邪神ムトならば、アルミルス様を何らかの方法で拘束するなり、……殺すなりできるかもしれない)


 しかし、神が人の戦争に関与するのは御法度なのだと、ウォルスはアルミルスから聞かされていた。そして何より、邪神ムトの動機が分からない。


(……いや、それは考えても分かるわけがない。今出来ることはーー)


 ウォルスは即座に考えを切りかえ、どうしてこうなったのかではなく、どうすればこの状況を突破できるのかに要点を置いた。

 最初に考えられるのは戦力の増強だが、あいにくと兵士は限界まで集め終わっている。となれば、兵士以外の戦力に頼るしかない。


(戦力と言えば、……やはり冒険者ギルドか)


 冒険者ギルドでは日々魔物と戦う者も多く、兵士でさえ勝てない者も多く在中している。王都のギルドとなればなおさらだ。


 ただひとつ問題があるとすれば、人相手に戦ってくれるかということ。だが、それを本人ではないウォルスが考えたところでどうにもならない。

 今は、一分一秒でも時間が惜しかった。


 故に、ウォルスは即断する。


「あいつを……、冒険者ギルドのマスターを呼んでくれ。大至急だ。もし来るのを渋ったら、借金を軽くしてやる話だと言っておけ」

「りょ、了解しましたッ!」


 男が退出後、ウォルスは隣からの視線を受けて恐る恐る目を向ければ、そこには目を細めて疑惑の目を向けるフィリアの姿が。


「お父様?」

「……仕方ない、緊急事態だ。……私の嘘でこの事態が少しでも良くなるのであれば、いくらでも」

「……そんなに悪いのですか?」

「ああ。お前には現状をしっかりと伝える。……もし私が死ねば、次はお前が民を救ってくれ」

「……嘘、ですよね?」

「こんな時に嘘はつかん。そう簡単に死ぬつもりはないが、心構えだけはしておいてくれ」

「…………はい」


 アルミルス神は当てにならない。そして、相手は神に加えて神に匹敵するような戦力を持っている。

 そんな絶望的な戦力差がある中でも、ウォルスの頭に諦めるという選択肢は浮かばなかった。


 諦めたら最後、エルムス国に住む民達は命を落としてしまう。ウォルスの采配一つに、民達の命がかかっているのだ。


 それに何より、


(……お前達を死なせたくないからな)


 ウォルスとて人間だ。妻を、子を持つ一人の父だ。

 だからこそ、ウォルスは逃げ出さない。


 諦めるなどという選択肢は、あるはずがなかったのだ。



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