閑話 リバーの復讐⑩
恐怖を覚えるような怖さは微塵も感じられないというのに、何故か他者を圧倒する。
纏う空気の違い。そして何よりも際立つのは、覚悟を感じる深青色の瞳。より深く染まったその瞳を覗き込んだが最後、深海に沈むかの如く、囚われて逃げ出すことができなくなる。
その雰囲気に呑まれたのだろう。周囲の喧騒は凪の如く止み、観客席一杯に人が集まっているのに、蚊の音一つ立たないほどに静まり返っていた。
それはジルクスとて例外ではない。ルーティリスが拘束具を引きずって舞台の中央に向かっているのに、何も指示を出さなかった。
闘技場に鎖の引きずる音が響き渡る。そしてルーティリスは台座の中央に立つと大きく息を吸い込み、
「皆さん。もう既にご存知とは思いますが、私はルーティリス・エスカトス。この国の第二王女です」
語り始めたルーティリスの声量はそれほど大きくはない。しかし、その言葉は民衆全員に届いているようで、みな食い入るように舞台の中央を凝視していた。
「色々とお伝えしたいことはありますが、大罪人をこれ以上見るのも嫌でしょうから単刀直入に申し上げます。……今回の件、全て私がやったことです。リバーには何の罪もありません」
その突拍子もない言葉に、民衆はざわめき始める。と同時に、時間が動き始めたかのように、リバーやジルクス達も動き始めた。
「何をッ!?」
「ルーティリス!?」
「お二人は黙っていてください」
その一言だけで、リバー達は口を閉じる。否、閉じさせられたというべきか。
ルーティリスの話は続く。
「……私は常日頃から思っておりました。この国は強者ばかりが優遇され、弱者には厳しいと。しかしそれはあなた方にも問題があります」
一呼吸おき、
「平和になることはいいでしょう。ですが、それ故にあなた方は力を付けることを止めた。その結果がこれです。守ってくれる兵がいなければ、貴方達はこれほどまでに簡単に死んでしまう。弱者が死に、強者が生き残る。まさにこの国の体系そのものではありませんか」
ルーティリスの言葉に誰も文句を言わない。ただ黙ってその言葉を受け入れているようだ。
反論せず受け入れる。つまりそれは、ルーティリスの話が間違っていないということに他ならない。
「もちろん武力だけが力ではありません。ですが、己を磨くことを止めてしまった人も少なくないでしょう。そんなあなた方が、強者と弱者の間に深い溝を作っているのです。……だからこそ、私は民を手にかけるような真似をしました。その罪は私の命をもって償いましょう」
ルーティリスはその場に膝をつき、祈るように手を組むと、
「守り、守られる。そんな誇り高い竜人に戻ってください。……あなた方に未来がありますように」
そう締め括った。
すると、どこからとなく拍手が鳴り始める。一つ、また一つと増えていったそれは、やがて闘技場のみならず、街中へ響くほどのものへと変わっていった。
拍手をせず黙り込む者もいる。それは魔物で家族を亡くしたり、被害を受けた者達だろう。しかし、大多数の者はルーティリスを称賛した。
(……凄い)
リバーは純粋にそう思う。
みなから恨まれていた者が、拍手を受け称賛されるような真逆の待遇へと変わったのだ。
しかし、何よりも一番着眼すべき点は、その話術と人を惹きつける存在感。その魅力に多くの者が魅了された。その結果があの拍手と言える。
竜人は強さに惹かれる。しかし多種族の文化が混じり、“強さ”を追い求めることの忘れた民衆にとって、その言葉はまさに天啓だったというわけだ。
弱くなったという現実を突きつけられ、奮い立たない竜人などいない。しかもそれが一国の姫であり、己の心を魅了した相手ならなおのこと。
やがて拍手が静まる頃、ジルクスが鬼の形相でルーティリスを睨みつけながら、ふらりふらりと近づく。
「やられた。お前のせいで俺は八方塞がりだ」
「……お兄様」
「これでお前を処刑すれば、俺の信用は地に落ちる。しかしお前を殺さなければ、次期王はお前だ。ルーティリス」
「……」
「ははっ、これを狙っていたのか? どうしてこんなハッタリを信じる? くそがッ!。なんだってこんなことに。……俺が悪かったのか? いや、お前さえいなければこんなことには。ああアアアアッ!!」
髪を毟り、狂ったように叫ぶジルクスを、部下の男が止めようとする。だが、「触れるな!」という命令に、男は伸ばす手を止めた。
その姿はまるで“狂人”。文字通り、狂ったように支離滅裂なことを喚き散らす。今まで被っていた仮面は影も形も無い。
「お前の、お前のせいだッ! あの時、力も何もないあの時に殺しておけば!!」
「あの時?」
「はっ、お前が昔、俺の部屋に隠れてこそこそやってた時さ。あの時に殺しておけばこんなことにはならなかった!」
「そんな……。ご存知だったのですね」
「知らないはずがないだろッ! まだ子供だからと見逃してやったものを……。お前がッ……お前がいなければッ!」
突如ジルクスが部下の男の腰から剣を抜くと、ルーティリスに斬りかかる。
「ルーティリスッ!!」
唯一反応できたリバーが、ルーティリスの前に飛び出ようとするも、体が後ろに引っ張られる。否、鎖の一部を台座に杭で打ち付けられているせいで、それ以上前に動けなかったのだ。
手を伸ばすが、その手は届かない。その間にも剣の切っ先はルーティリスの胸へと伸び、そして……、
「……リバーさん、ごめんなさい」
そんな言葉と同時に、刃がルーティリスの体を貫いた。
「ルーティリスッ! ルーティリスッ!」
肩の痛みなど二の次。鎖を強引に外したリバーは、すぐさまルーティリスの元へと駆けつけた。
心臓からわずかに外れてはいるものの、その傷は致命傷だ。どれだけ腕の良い医者がいても、助からないと分かる程の出血だった。
それでも止血しようと必死で抑えるのだが、溢れ出る血は止まらない。
「誰かッ! 救護隊をッ! 救護隊を連れてきてくれッ!!」
「は、ははっ。……助からない。もう助からない。は、ははっ」
焦点の合わない目で空を見ながらそう壊れたように呟くジルクスに対し、リバーは拳を握りしめて殴りかかろうとするも、動く前にルーティリスの手によって止められる。
「ルーティリスッ!?」
「も、う。ダメ……です、よ」
「そんなことより待ってろ。絶対に助けて――」
「ふふっ……。リバー、さん……は、ウソ、が……下手、ですね」
「もうしゃべるなッ!」
「リバー、さん。聞いて……ください」
ルーティリスの手に力が篭るのを感じ、それ以上何も言えなくなる。するとそれを了承と取ったのか、ルーティリスは息も絶え絶えに、
「私、は……楽しかった、です。短い……間、でしたが……本当に」
「……俺も。俺もだ」
「……ずっ、と……いえなかった、ですけど、……今なら、言え……ます」
「……」
「私は、……あなたが、好き……です。……愛して、いま、す。だか、ら……ま、た――」
「……ルーティリス? ルーティリスッ!?」
最後までルーティリスの言葉が紡がれることはなかった。
閉じた目蓋の隙間から、輝く雫が一つこぼれ落ちる。リバーはルーティリスの手に力を込めるが、もう握り返してくることはない。
その後、何度揺すっても、何度呼びかけても、……ルーティリスがその目を開くことはなかった。
「ハッ、ハハハハハッ!」
静まり返った闘技場に、殺意を覚えそうな気色の悪い笑い声が響く。
声の主など確認するまでもない。その者は、リバーがこの世で最も憎んでいる相手なのだから、聞き違えるはずがない。
リバーはそっとルーティリスを地面に寝かせると、その声がする方へと振り返った。
「死んだぁ、死んだぁ! お前が、お前らが悪いんだ。俺を差し置いて王になろうとするからッ! だから、だから仕方ないんだぁ!」
「……屑が」
リバーは考える。
何が悪かった?
何がいけなかった?
どうすればよかった?
どうすればルーティリスが死ななかった?
そして一つの回答を導き出す。
(……ああ、そうか。俺なんかがルーティリスと出会わなければ、ルーティリスが死ぬことはなかった。全ては未熟な俺が招いたことだ。……それに)
ジルクスがいなければ、ルーティリスが死ぬことはなかった。
民衆が騙されなければ、ルーティリスが死ぬことはなかった。
親友が裏切らなければ、ルーティリスが死ぬことはなかった。
王が手を貸していれば、ルーティリスが死ぬことはなかった。
(ジルクスが、民衆が、ラウナーが、王が、……俺が、居なければ)
リバーは地面に落ちた血濡れの剣を手に取ると、未だにぶつぶつと呟いているジルクスに剣を向ける。すると、当然の如く部下の男が間に割って入った。
男の忠義は厚いようで、リバーの鋭い殺気を前にしても退く気配はない。
「……どけ」
「無理だ。俺は主を守るためにここに居る」
「そうか。なら――死ね」
負傷しているとは思えないほどの鋭い突きを放つリバーに対し、男は咄嗟に短刀で受け止めるも、ジルクスと共に後方へ吹き飛んだ。
……確かにリバーは強い。しかし部下の男を、ジルクスを、兵を、民衆を、王をーー国を相手にたった一人で勝てるほど、この国は脆くはない。
「……ああ、足りない。もっと力が。……この国を潰せるほどの力が欲しい」
故にリバーは力を欲した。国を滅ぼすほどの力を。自分には無い、より強大な力を。
しかし、そう簡単に力が手に入れば苦労はしない。ここでリバーの欲する力は、復讐を成す力。言わば敵を殺すための力だ。
そんなものが、そう易々と手に入る筈もない。……普通であれば。
幸か不幸か、……否。どちらかといえば不幸の部類に入るのだろうが、この瞬間においてはリバーにとっては途轍もない幸運だった。
リバーの願いを聞いていた者がいたのだ。
そしてその願いは――聞き届けられた。
「いい。いいねぇ、その要求は素晴らしい」
「ッ!……誰だ?」
警戒を怠ったわけではない。ここを戦場と決めたリバーに、油断のカケラもなかった。
だというのに、気づいた時には隣に見知らぬ少年が一人。黒目に黒髪、腕などに鱗がみられないことから、竜人ではないだろう。もちろん、リバーに今までに出会ったような記憶もなし。
ただ一つ言えるのは、その存在感の違い。その身から放つ気配は、同じ生物であるとは思えないほどに禍々しいものだった。
「初めまして、僕はムト。邪神ムトなんて呼ばれてる、ただの神だよ」
「邪神ムト……。そうか、お前が」
「おや? 随分と簡単に信じるんだね」
「納得しただけだ。お前は根本的に何かが違う」
リバーから見たムトの印象は、まるで……闇。全てを飲み込み堕ちていくような、そんな存在だった。
「だろうね。まぁ、神なんて理解しようと思っても無駄なことさ。で、リバーくんだよね? 君、力が欲しいかい?」
「ああ。くれるのか?」
「へぇ? 邪神に力を求めるとどうなるか。それくらい知ってるよね?」
「知っているさ。だが、断って死ぬくらいなら、力を貰った方がマシだ。……復讐できるからな」
「いいね、いいねぇ! じゃ、契約はここに成立したよ。僕は君に力を与える変わり、君の全てを貰う」
「ああ、それでいい」
「じゃあ、はい! これくらいあればあれくらい余裕でしょ」
黒いモヤのようなものが、リバーの体を薄らと覆う。
「……凄まじいな」
試しにリバーが剣を振るってみれば、その剣筋の通りに地面が抉れる。左肩の痛みも和らぎ、体も軽い。
地の力も相まって、リバーを止められる竜人はおそらく、……この場には誰もいない。
その力を証明するように、一息のうちにジルクスの部下へと斬りかかる。
「がはッ!?」
先ほどまで男がなんとか受け止めることのできていた一撃も、即死級へと変貌する。
その衝撃を真っ向から受けた男は水切りのように地面を跳ね、観客席下の壁に激突した。仮に生きていたとしても、その命はもう長くはないだろう。
そしてリバーは次の狙いをジルクスへと向ける。護衛のいなくなったジルクスだが、ジルクス自身も弱くはない。はずなのだが……、
「ご、ごめ……ごめんなさい。ごめんなさいッ!」
そう言ってズボンを湿らせ、土下座をするジルクス。そこには覚悟も、強さも、何も感じ取れない。
そこにいるのは、ただの臆病な男だった。別人かと疑ったリバーだったが、気配からも本人であることが分かる。
「お前……」
「ヒッ!? ごめん、ごめんなさいッ! 許してッ!」
もはや呆れを通りこし、怒りが芽生えてくる。
こんな男に、ルーティリスは殺された。
リバーが剣を下げると、ジルクスは喜色の笑みを浮かべる。が、
「……お前は剣で殺す価値もない」
「――えっ」
身体的に大幅に強化されたリバーの蹴りは岩すらも砕くだろう。
その蹴りの力でジルクスの頭を踏み抜けばどうなるかなど、言うまでもない。
「……次は」
「あー、そこまでみたいだね」
民衆達の悲鳴が響く中、ターゲットを決めようとしたところで、ムトからストップの声がかかる。
「どうしてだ? まだ契約は終わってないぞ」
「ちょっと厄介なのが来ちゃった。あれは君がどうあがいても勝てっこないよ?」
「それは誰――ッ!?」
ムトの指差す方に視線を向ければそこには男が一人、闘技場の北側の方から歩いてきた。
そしてその男と目が合った瞬間ーーリバーはすぐさま後方へ飛んだ。
別に何かをされたわけではない。だが、死が具現化したようなものが己を食い尽くす。そんな幻覚を見たのだ。
「あ、あれは」
「あれは龍神。君らが讃える神だね」
またもや、いつのまにか隣に立つムトだったが、そんなことに気を使うほど余裕のあるリバーではなかった。
竜人という種族の本能に、勝てないと刻み込まれているような感覚……。思わず平伏しそうになるほどだった。実際、先ほどまで観客席で騒いでいた民衆達はみな、静かにその場で平伏している。
「……うん、これは面倒だね。まだあいつと戦うわけにはいかない。……というわけで、ほい」
ムトがパチリと指を鳴らせば、リバーの視界はテレビの画面が切り替わるように別の場所へと切り替わっていた。
「ここは……?」
「僕の住居みたいなものかな」
「住居って……城だろ?」
視線の先に見えるは王の座る玉座。立ち並ぶは鎧の数々。誰がどう見ようと、そこは城にある玉座の間だった。
「さて、さっき結んだ契約の話をしようか。早速で悪いけどこっちも忙しくてね。あまり君に時間をかける余裕はないんだ」
「そうだ。俺との契約はどうなった? 俺はあいつらを……国を潰すまではーー」
「そう急がない。って、僕は急いでるんだけど……。まぁ、簡潔に言わせてもらうと、君の復讐に関しては心配する必要はないよ」
「必要がない……?」
「そう。で、契約では君の全てを貰うっていうことだったんだけど、まだ達成はしてないから……。よし、間を取って、君の精神は一部残すということにしようか」
「……あれだけしか達成できなかったのにか?」
「別に僕としては今すぐ君を消しとばしても構わないんだけど? 契約なんて僕の気分次第だし」
「……分かった。それでいい」
受け入れるか、死ぬか。そう言われれば、復讐を最優先するリバーは受け入れるほかにない。そういう部分は、邪神としての性格がにじみ出ていると言える。
「だが、俺はあいつらを許せない。たとえお前が邪神だろうと、俺の復讐が達成できないのであれば、その時は……」
「ああ、それに関しては問題ないよ。心配はいらないって言ったでしょ? 僕の計画で結局はあいつらも死ぬから」
「計画……? 一体何を企てているんだ?」
「そうだね。君には言っておこうかな」
ムトは玉座に座り、ふんぞり返ると、自信満々にこう言った。
「あらゆる人種の滅亡、だよ」
リバーという竜人の意識が薄れて幾年が過ぎたか……。
ムトの言葉通り、邪神と契約したリバーは、肉体や魂、血の一滴から髪一本に至るまで、全てリバーの所有物と化した。……もちろんそこには、リバーの精神も含まれる。
所有物と化したリバーは肉体や精神を改造された。だが、残された精神が未だにリバーという人物を生きながらえさせていた。もし全てがムトの所有物になったのなら、そこにいるのはリバーではない。リバーの姿をした、受け答えのする人形のような何かだ。
しかし、残された精神はあまりにも残酷だった。
口に出すのも憚れるほど残虐な行為をさせられる日々。体の制御は出来ず、意識が浮上した際にはそれまでに自分ではない自分が行った行為が思い起こされ、日に日に心が荒んでいく。まさに生き地獄だ。あの時、死ぬという選択肢を取らなかったことを酷く後悔するほどに、酷な環境だった。
だがそれでも、心が壊れなかったのは、復讐という目標があったため。それが無くなった時、リバーはおそらく……。
今のリバーは、リバーの精神を元にムトが作り出した人格が主体だ。リバーの意識が浮上するのは稀。されど、その瞬間こそリバーが最も苦しむ瞬間だった。
……そしてリバーが苦しむ瞬間がまた今日も訪れる。
その際目にしたのは、とある傷ついた精霊を前に憤怒の表情を浮かべる一人の少年。
(……ああ、また傷つけたのか)
もう何度抱いたのか分からない感情を抱く。と同時に、少年と精霊の姿がリバーとルーティリスの姿と被った。
少年にとって精霊は大切な者なのだろう。その気持ちが、リバーには痛いほどに理解できた。
(……誰か、殺してくれ。)
少年を見てリバーは理解した。
復讐の気持ちはある。だからこそ自分というものを保てているのだから。
だがそれ以上に、もう関係のない人々を傷つけたくなどない。もう、殺したくはない。と。
そしてもう一つ。……今となっては、その胸に抱く復讐の心が、自分の作り出した偽りのものだということ。
リバーは、ジルクスを手にかけた時点で復讐の大半を終えていたのだ。
あの国の者に憎しみを覚えなかったわけではない。だが、それは一時的なものにすぎなかった。
しかしそれでも復讐の心を消していないのは、少しでも己の心が壊れない可能性を上げるため。
己の心が壊れてしまえば、復讐の残りである自分を殺すことはできなくなる。
だからこそ自分を騙し、心を偽り、生き続けていた。……だがそれももう限界だった。
故にリバーは心の底から乞い願う。
――どうか俺を殺してくれ、と。
しかし、ムトから力を与えられたリバーを殺せる者などそうそう居ない。さらに今はムトの創ったダンジョンコアによって大幅に肉体を強化されている。
となれば、もうリバーを解放できるのはムトと同じ神くらいだろう。
対峙する少年は確かに強い。だが、まだ一歩届かない。
(逃げてくれ。死なないでくれ……)
腕を切り落とされたところまでは良かった。だが、その後の少年は劣勢。いつリバーの手が少年の命を奪うか……。
(……これが俺の罪であり、罰か。……一体どれだけ続くんだろうな)
少年の捌く速度が落ちる。あと数手でまた一つ命を奪うことになってしまうだろう。
絶望のあまりリバーの残された心にヒビが入る。
だが、次の瞬間、
(ッ!?)
少年の気配が変わった。それはムトとどこか似た、しかしそれでいて邪悪さなど欠片もない。龍神に似た気配を漂わせている。
それを間近で見て、感じ取ったリバーはすぐさまに理解した。
少年も神なのだと。
それからの戦いは一方的だった。これまでの苦戦が一体なんだったのか。圧倒的な力でことごとくをねじ伏せられた。
……そしてリバーが待ち望んだその時が、遂に訪れる。
「我とていたぶる趣味はない、これで終わりだ」
動きを止め、座り込むリバーの体にゆっくりと近づく少年。その他者を圧倒する雰囲気は、あの時のルーティリスのようで……。
(……ああ、そうだ。ルーティリスの最期の言葉)
憎しみに囚われ、大切な人の最期の言葉さえ忘れていたリバーは、あまりの自分の愚かさに出るはずのない涙をこぼす。
(気付くのが遅くなって悪かった。もう喋ることもできないが、……俺も好きだ。愛してる。だからーー)
少年の一線がリバーの首を刎ねると体が砂のように崩れ、そして散る。
リバーという男は死んだ。……否、ようやくムトの呪縛から解放されたというべきだろう。
現世に縛り付けられた男の魂はその解放とともに、自由になったのだ。
(ーー来世もまた一緒に)