10話 わけありの青年
「これで終わりですな」
「お疲れ様、ロンドさん」
あれほどあった書類の山がすべて片付いたのは昼ちょっとすぎだった。
僕としては今日一日で終わるのかと思うくらいあったのだけれど、ロンドさんは次から次へと書類に目を通して終わらしてしまった。
隣で見ていたけど、僕が書類の半分に目を通す間にロンドさんは二、三枚、目を通していた。
ホントにどんな頭をしてるの?
けど確認は怠っていないようで、いくつか没になった案件があったようだ。
ちなみにリンはつまらないと言って僕のフードの中に入って眠ってしまった。
地球にいたころからそうだったけど、リンは一日の半分くらい寝ている。
でもとある文献に、精霊は一日の大半を寝て過ごしていると書かれていたから、むしろリンはよく起きている方なのかもしれない。
「これからどうするの?」
「昼食をとった後、私の店に商品を卸してくださっている方々に顔を見せに行きます。一緒に行きますか?」
ロンドさんの店に置いてあった商品の制作者か……。ちょっと気になるな。
「一緒に行って大丈夫なの?」
「もちろんです。では遅くなってしまって申し訳ありませんが、昼食を食べに行きましょうか。おすすめの店があるのですよ」
「へぇ、ロンドさんのおすすめなら楽しみだよ」
「ええ。期待してください」
ずいぶん自信があるみたい。それほどおいしいのかな?
子供のようにうれしそうに出かける準備をするロンドさんを見ていると、思わずくすりと笑ってしまった。
ロンドさんについて街中を歩く。
昨日は街を回る余裕なんてなかったけど、またゆっくりと散策してみたいものだね。
「ユート様。この街は初めてですかな?」
「うん、昨日この街に着いたばかりでね。ロンドさんはずっとこの王都に住んでいるの?」
「私は小さいころは父と共にさまざまな国を渡り商売をしてきましたな。今はこの国を拠点に商売をしておりますが」
「何か理由があったの?」
「ええ、お恥ずかしい話ですが私はこのような体型でしょう? 歩き回るのはもうこりごりでして」
「昔からそうだったの?」
「ええ、私食事が大好きで。ついつい食べ過ぎてしまうのですよ」
「まぁ、いいんじゃない? それが好きだというのなら」
すると、ロンドさんは少し意外そうな顔をした。
何か変なことを言っただろうか?
「いえ、いつも食事を控えろとばかり言われているので、ユート様のように肯定されるとは思わず……」
「そうかな? 僕は好きなことはしていいと思うけどね。……人生っていうのは限りあるものなんだよ? だったら好きなだけ楽しんだほうがいいと思わない? もちろん他人への迷惑はやめたほうがいいと思うけど」
「なるほど。確かにそのような考え方もありですな」
「僕の故郷にこんな言葉があるよ。『時は金なり』ってね」
「……なるほど、時間というのはお金と同じように貴重なものであるということですか」
「すごいね、それだけでわかるなんて」
「これでも商人ですからな。お金の重要さは知っているつもりです。それも命あってこそですが」
「そうだね、命は大切にした方がいいよ。……馬鹿な奴らはそれが分からないみたいだけど」
地球には簡単に命を捨てようとするやつらもいた。そこには僕の友人もいたね。本当に馬鹿な奴らだったよ。
僕が地球いる友人を思い出していると、ロンドさんと前から歩いてくる男がぶつかった。
「おっと、気を付けろ」
「これは、申し訳ございません」
……この世界にも当然いるか。こういう輩は。
「ちょっと待ってくれるかな?」
「なんだぁ? ガキ」
「返してもらえるかな? それはロンドさんのものだからね」
僕が男の腕を引くと、男の手にはロンドさんの財布が握られていた。
「それは私の財布!」
「チッ!」
男は僕の手を振り払って逃げ出そうとしたので、合気の要領で男を倒して、動けないように拘束した。
「ちくしょう! 放しやがれ!!」
「ロンドさん、この国での窃盗はどういう処罰になるの?」
「程度によりますが、この国では、一度目は一日牢屋に拘束されます。二度目は罰金が生じ、三度目は奴隷になりますな」
「へぇ、この国には奴隷制度があるんだ……」
でも僕、奴隷制度って大っ嫌いなんだよね。でも、自業自得っていう言葉もあるし……。
「ねぇ、キミって何度目?」
「……三度目だ」
抵抗しても無駄だと悟ったのか、男は抵抗するのを止めた。
「僕の条件が飲めるのであれば、見逃してもいいんだけど」
「――本当か! 頼む、見逃してくれ」
さっきまでのチンピラのような態度は演技だったようで、真剣に頼み込んでくる。
あまり悪い奴には見えない。この窃盗も何か理由があってのことのようだね。
「まずは逃げないことを約束してくれる?」
「ああ、分かった」
僕が拘束を解くと、男はゆっくりと立ち上がり服に付いて土を払い落とした。
話をしたいのだけど、僕が取り押さえちゃったから騒がしい。
場所を変えようかな。
「今から僕たちは食事に行くんだけど、キミもついてきて。そこで話をしよう」
「……分かった」
「ごめんね、ロンドさん。勝手に決めちゃって」
「いえいえ、こちらこそ財布を取り返していただきありがとうございます」
「構わないよ。ロンドさんにはお世話になってるからね」
さて、全ては男から話を聞いてからだね。
ロンドさんに付いて店に向かうと、そこは少し古い建物で、立地が悪いのかほとんど人はいなかった。
中に入ると、外見からは想像もつかないほどにお洒落で、隅々まで掃除が行き届いているようだった。
「いらっしゃいま――あら、ロンドさん。昨日ぶりですね」
「ええ、リフィさん。また食べに来てしまいました」
「ふふっ、そんなに気に入ってくださっているのはうれしいですけど、そんなに食べたらもっと太っちゃいますよ?」
「ははっ、これは耳が痛い」
ずいぶんと親しげに二人は話しているようだ。
「あら? 今日はお一人ではないのですね」
「初めまして、僕は唯斗、呼びにくかったらユートでいいよ」
「初めまして、ボク。ロンドさんと知り合いなのね」
やっぱりそんなに低年齢に見られるんだね……。
地球ではまだましだったよ。
「一応言っておくけど僕はこれでも20歳だからね?」
「「えっ!?」」
もういいよ。そういう反応は慣れたから……。
少し意外だったのは、ロンドさんが驚かなかったことかな。
もしかしたら神の眷属だって言ったから見た目と年齢が違ってもおかしくないと思われているのかも。
僕はリフィさんに謝られた後、席に案内してもらった。
「リフィさん、私はいつもので」
「僕もそれで」
「よろしいのですか?」
「いいよ、ロンドさんがいつも食べているのなら間違いはないだろうし。あ、この人にも同じものを」
「……いいのか?」
「キミだけ食べないのもおかしいでしょ」
「……感謝する」
僕とロンドさんだけ食べて、一人食べていなかったらおかしいでしょ。
それに投げたときに分かったけど、この人かなり痩せているみたいだった。
でも、まぁ、その辺の話を聞くのも昼食を食べてからだね。