表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/161

閑話 リバーの復讐⑧

 自分を押さえつける兵らを強引に吹き飛ばし拘束を解き、リバーはルーティリスの元へ駆け寄った。


「その手を離せッ!」


 あっという間にルーティリスを取り囲む者共を蹴散らすと、リバーはその震える小さな手を取って、街の外へと駆け出した。

 背後から兵らの怒号が聞こえてくる。声を聞くにその数は数十。戦うという選択肢もあるが、ルーティリスを守りながらとなると、リバーは逃げるという手段を取らざるを得なかった。


 加えて、あの証明書の存在だ。

 ジルクスが下した命とはいえ、それを王に許可されればそれは王命と同じ。であるなら、それに背いた時点で国を裏切ったということになる。


 もはや、二人の取れる選択肢は二つに一つ。再びあの場に戻り、潔く死を受け入れるか。亡命して生き長らえるか。そのどちらしか無い。

 リバーとしては、自分の命だけで済むのなら。……と、そう思っていたのだが、ジルクスはリバーだけでなくルーティリスをも処刑するという。


 リバーは手を引く少女の顔を見る。


(……まだ幼い。まだまだこれからの人生じゃないか)


 そんな時、ふとリバーの頭に恩人からのとある言葉が浮かび上がる。


『お前はまだガキなんだ。そうやって絶望するにはまだ早ぇ。とりあえず明日を生きてみろ。話はそっからだ』


 両親を亡くし、絶望し、未来を失ったとばかり思い込んでいたあの日。リバーはその養父の言葉を受けて生きることを選んだ。

 そしてその選択は正しかったのか。そう問われればリバーは間違いなくこう即答するだろう。


 “間違いだとは微塵も思っていない。生きたいと思っているからこそ、今日も生きている”、と。


 そう思えるリバーだからこそ、ルーティリスには生きることを諦めて欲しくなかった。


(……絶対に、守ってみせる)


 静かに涙をこぼしながら走り続けるルーティリスを見て、リバーは改めて決意する。


 その意思が少しでも伝われば。それで少しでも不安が取り除けたら。そう願ってリバーは握る手に優しく、それでいて力強く手に力を込めた。





「追っては……来ていません。ここで少し休憩しましょう」

「……はい」


 どれほど走ったのか。だが、リバーの感じ取れる範囲に人の気配は無かった。


「これを」

「ありがとうございます」


 再度周囲の安全を確認し、リバーは腰に下げた水筒をルーティリスに渡す。

 捕まれば死。そんな命がけの逃亡に相当喉が渇いていたのだろう。受け取るや否や、ルーティリスはこくりこくりと可愛らしい音を立てながら、勢い良く飲み込んでいた。


 そんな彼女を見ながらリバーは思考を巡らせる。


(……水も食料もごく僅か。他国に亡命しようにも、その両方が無ければ道半ばで死ぬのは必至。なら……)


 どの国も月単位の移動になる。しかも、移動方法は歩きだ。路銀もほとんど持っていないために馬などを買うこともできない。

 故に方法は一つ。村々を経由し、水と食料を調達する。と同時に魔物を狩り、その毛皮などを売って少しずつ路銀を貯め、馬を買って他国を目指す。それがリバーが考えた生き延びる唯一の方法だった。


 しかし、その前にやるべきことがある。そう考えたリバーはルーティリスと正面から向き合った。


「ルーティリス様」

「……はい」

「今後に関して、貴女様が取れる選択肢は二つです。これから他国に亡命するか、戻って死ぬか。そのどちらかになります」

「……」


 国を捨てて生きるか、国に殺されるか。その二択を突きつけられたルーティリスは、ぎゅっとスカートの裾を握りしめる。

 聡いとはいえまだ子供だ。喚き散らしてもおかしくないだろう。恐怖も人一倍に感じているに違いない。

 しかしルーティリスは黙ってリバーの言葉を……、現実を受け止めているようだった。


「和解はおそらく不可能でしょう。前々からこの計画を企てていたようですし、反旗を翻そうにも仲間がおりません」

「……」

「王直筆のあの書類がある以上、こちらにはどうすることも――」

「ごめん、なさい……」

「……ルーティリス様?」

「ごめん、なさい……」


 そう言って大粒の涙をポロポロと溢れさせるルーティリス。しかし、リバーには何のことだかさっぱり分からず、ルーティリスが落ち着くのを待つことしかできなかった。


 数分後、ルーティリスはぽつりぽつりと溢すように言葉を紡ぎ始める。


「私が……、私がリバーさんを専属近衛に任命しなければ。……私がお父様にリバーさんのことを話さなければ。……私が……私がリバーさんと一緒にいたいなんて言わなければ、リバーさんを巻き込んだりしなかった。……私が、……私のせいで」

「それは違います」

「えっ……」


 リバーはそっとルーティリスの手を取ると、しっかりと自信の意思が伝わるように目と目を合わせる。


「この一月。たった一月ですが、私はとても楽しいと感じておりました。……今までも楽しいとは感じていました。ですが、どこか生きるためにという考えがあったのでしょう。しかし貴女と共に過ごしてからというもの、今まで以上に時間の流れが早く感じたのです。それはつまり、今まで以上に楽しかったということなのだと思います」

「で、ですが……そのせいでこんなことに巻き込んで――」

「いえ。どちらかといえば巻き込んでしまったのは私の方でしょう。……自慢するようであまり言いたくないのですが、私は自分が強いと思っています。まぁ、これまでの人生の大半を使って強さを追い求めてきたのですから、そうであって欲しいのですが」

「いえ! リバーさんは強いです! さっきもあっという間に他の兵士を蹴散らしていましたし……」

「ありがとうございます。……で、ですね。何を言いたいかと言いますと、いずれ貴女の兄、ジルクスには目をつけられていたでしょう。ですから、どちらかと言えば私が貴女を巻き込んでしまったのです。本当に申し訳ありません」

「そんなことは――」

「ですから、ルーティリス様。私に償わせてほしいのです。……あの時誓った言葉に嘘はありません。私と共に亡命してはいただけませんか?」


 これでルーティリスが死を選ぶというのであれば、リバーは共に死ぬつもりだった。それが、リバーにできる唯一の罪滅ぼしだと、そう思ったから。

 して、ルーティリスの答えは、


「……はい。よろしく、お願いします」


 涙を流しながらも、いっぱいの笑顔でそう答えたのだった。






 その後二人は森を突き進み、とある村へと向かった。それはリバーの故郷。リバーが生まれ、そして両親が死んだ村だ。

 ひとまずそこで水と食料を確保し、早々に次の村へと向かう。遅々としていては兵を差し向けられる可能性がある。故に、リバー達はその足を急がせた。


 リバーも村に戻るのは両親が死んで以来だ。あれ以来一度も顔を出していない。

 しかしその村が見えてくるとどこか懐かしく感じ、と同時にほとんど変わっていないことに安堵した。


「ここが、リバーさんの住んでいた……」

「ええ。念のためフードを深くかぶっておいてください。まだ王都で起きたことが伝わってはいないと思いますが、第二王女殿下だとバレる可能性がないとは言えないので」

「はい」


 リバーはルーティリスの手を引き、村の中に入る。


「……おや? もしや、リバーかい?」

「リバー!? 帰ってきたのか!」

「リバー! お前リバーか! 久しぶりだな!」


 幾人もの人が集まり、リバー達の周囲に集まる。


「久しぶり、悪いがちょっと急いでるんだ。また後で――」


 あれこれと質問を投げ掛ける村人達に対して適当に返事を返していると、村の中央から歩いてくる一人の屈強な男の姿が視界に入る。

 なにやら見覚えのあるような顔。そして背中に背負っているのは、成人の男でさえ持ち上げるのに苦労しそうなほどに大きな斧。

 もしやと思ったリバーだったが、その男が近づくにつれてそれは確信へと変わった。


「ようリバー。元気そうじゃねぇか」

「お前……、ラウナーか!?」


 その男はリバーの幼馴染。共にドラゴンを討伐した、ラウナーという男だった。






「ようやく帰ってきやがったか」

「お前、ラウナーか? 随分とデカくなったな。昔から他よりもデカイとは思っていたが……」

「そうか? んなことより、テメェの方は変わんねぇな。ちゃんと飯食ってんのか?」

「筋肉を付けすぎても動きにくいだろ」

「バカ。力こそすべてだ」


 身軽な動きを主とするリバーに対し、ラウナーは動きよりも力を主とし、一撃で全てを叩き潰す。そんな戦い方に差のある二人故に、互いに競うことは少なくなかった。いわゆるライバルというものに当たる存在だろう。

 そんな昔馴染みと久し振りに再会したためか。こんな状況だというのにも関わらず、心が躍るのを感じるリバーだった。


「テメェがいなくなってから張り合いがなかったぜ」

「そうかい。でも、お前が元気そうで何よりだ」

「はっ、俺がそう簡単にくたばるかって」

「だな。筋肉バカのお前が病にかかるとも思えないしな」

「言うじゃねぇか、このもやし野郎が。そう言うテメェの方は病でコロッと逝っちまいそうじゃねぇか」

「……くっ」

「……はっ」


 互いに笑い合う。

 リバーは王都に行ってからというもの、こうして誰かと軽口を叩き合う者はいなかった。

 訓練は共にする。尊敬されることもあった。だが、対等に接する者は生まれてからこれまで、ラウナーしかいない。


「で、どうしたんだ? 何かあったか?」

「まぁ……、いや。なんでもない」


 王都で起きたこと。そしてジルクスの本当の姿を伝えるか一瞬戸惑うも、リバー話さなかった。

 それはラウナーの身を案じると共に、このまま知らないままでいた方がこの村にとっても良い。下手に話してジルクスの逆鱗触れようものなら、村の人々が危険に陥るかもしれない。

 それ故にリバーは話さなかった。 話さなければ巻き込まれることはない。そう信じていた。


 だが、


「国にたてついた犯罪者二人が逃亡中、とかか?」

「……は? ッ!?」


 ラウナーのその言葉に一瞬思考が停止する。

 その隙を突かれ、ラウナーに地面に叩きつけられる。と同時に、左肩から骨の折れる音が響き、鼓膜を打った。


「がぁあッ!?」

「リバーさん!」


 大慌てでリバーの元へ駆けつけようとするルーティリスを、村の人々が取り囲む。……周囲は完全に包囲されていた。小動物一匹入り込む隙もない。


「ラ、ウナー……?」

「はっ。随分と平和ボケしてやがるな。昔のテメェならこれくらい避けられただろ」

「何、を」

「まだ気がつかねぇのか? テメェらは王子殿下の手の内なんだよ。この村、そして王都を襲ったのはテメェだ。魔物をけしかけ、多くの竜人を殺した大罪人。それがテメェだよ」


 全て読まれていた。そう言われた瞬間に、一つの可能性に気がつく。


(……まさか、誘導されていた?)


 逃げる際、兵らは囲うようにリバー達を追いかけてきていた。しかし、追いつくことはなく、どちらかといえば一歩方向に逃げるように誘導して……。


「……はっ。そういう、ことか」


 ジルクスはこの村を味方につけていたのだろう。そしてそこに追い込めば、油断したリバーを容易に捕まえられるだろうと。そしてその罠にリバーはまんまと引っかかった。


 だが一つ、リバーには気になることがあった。


「……どうして、お前はジルクスの、法螺話を知っている? なぜお前は、あいつの裏の顔を知って協力したッ!」

「そりゃ決まってるだろ。……テメェが気にくわねぇからだよ」


 ラウナーが他の者に聞かれないよう声を抑えて、そう答える。


「なん……だと?」

「……あの時、俺もドラゴンを倒した。確かにトドメを刺したのはテメェだが、俺の一撃も確かに効いていた。……だがな、テメェは王都で副隊長。俺は小さな村の、小さな部隊の隊長だ。この差はねぇだろ 」

「そんなことで――」

「そんなことなんかじゃねぇッ! ……しかもだ。今度は王女と結婚して王になるなんて言いやがる。……そんなの許せるわけがねぇだろ」


 王女と結婚して王になる。そんな話はリバーは知らないし、聞いたこともない。完全にジルクスの嘘だろう。


「ちょっと、待てッ! それはお前が騙されて――」

「テメェはもう終わりだ。……じゃあな」


 話を聞くこともなく、ラウナーはリバーを気絶させた。

 リバーが気絶する寸前に目にしたのは、涙を流しながら必死に近づこうとする少女の姿。

 リバーはルーティリスに必死に手を伸ばすも、その手が届くことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ