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閑話 リバーの復讐②

 エスカトスの王都を一言で表すなら“強固”だろう。

 危険な魔物がいつ襲ってくるかも分からないため、街の防衛には他国よりも力を入れている。

 それは軍の練度だけではない。街を守る外壁も、その辺に出没する魔物ごときでは傷一つつけられないほどに頑丈だ。


 危険な魔物が出る国にも関わらず、住民の笑顔が絶えないのがそれらの強固さを証明している。


 しかし、そんな笑顔が絶えないはずの街中で、物々しい喧騒が聞こえてきた。

 リバーは内心、またかとため息を吐く。

 魔物に関して心配している者はいない。しかしこうして個の集合である以上、やはり意見の食い違いがあったり、俗に言う“悪人”と呼ばれる者は少なからず居てしまうものなのだ。


「おい、そこの」

「ああん? なんだテメェ」


 今回は後者。悪人というものが起こした騒動だ。

 悪人は二人。その二人の前にはフードを被った小柄な人がいた。おそらく体格からして少女だろう。


「その子が何かしたのか?」

「何かしたのかって? ハッ、こいつはな、俺様の服に飲み物をこぼしやがったんだ! この服は金貨五十枚はする高級品だぜ? こうなったらもちろん弁償しないとなぁ? ああ、払えなかったら払えなかったでいいんだぜ? 体で払って貰えりゃいいだけだからな」


 そう言って悪人の一人が下衆な笑みを浮かべた。

 リバーはそれを聞いて内心で再度ため息を吐く。……ああ、またか、と。

 おそらくどこかの町や村から来た不良だろう。少なくとも、この街に住んでいるものでこんな馬鹿みたいな行動はしない。もっと頭を使った悪事を働くのだ。


「あ、あの。あとで必ず弁償しますから」

「ああん? 今すぐに払わねぇと逃げるかもしれねぇだろ?」

「そんなことはしません! 必ず、払いますのでどうか……」

「ダメだ! 今すぐに払え! 無理ならその体で――」


 悪人のゴツゴツとした手が少女へと向かう。

 それを見たリバーは、瞬時に少女と悪人の間に入り、悪人の手を捻り上げた。


「イデデデデデッ!?」

「アニキ!? テメェ!」


 もう一人の悪人がリバーに殴りかかる。


(――遅い)


 リバーはもう一人の腕も捻り上げ、地面に倒して上から押さえ込んだ。


「テメェ! 離しやがれ!!」

「ああ、離してやるよ。……あいつらに引き渡したらな」


 誰かが兵士を呼びに行ったのだろう。兵士である証明の、竜の紋章を胸につけた二人組が武器を持ってやってきた。


「お前ら! 何を……、リバー副隊長!?」


 二人は瞬時に敬礼をする。


「ご苦労さん。こいつらを任せてもいいか?」

「ハッ! ご協力、誠に感謝致します! ……おら、行くぞ!」


 二人を引き渡し、兵士達を見送ったリバーは、振り返って少女と向き合う。


(……怪しいなぁ)


 リバーは少女の姿を見て、改めてそう思った。

 目立ちにくいフード付きの外套で身を隠しているのだ。リバーがそう思ってしまうのも仕方がないことだった。加えてよほど顔が見られたくないのか、今はフードをその小さな細指でめいいっぱいに引っ張り、顔を隠している。


(……どっかの貴族の令嬢か?)


 フードを掴む手。

 その小枝のように細い指には一切の傷はなかった。陶器のように真っ白な手。自分の手のように、何度も剣を振るったためにできるタコや厚い皮もない。

 十中八九貴族だ。


(……こいつは面倒だな)


 ただの貴族であれば何の問題もなかった。おそらく逸れたであろう護衛に引き渡せばそれで全てが解決するのだから。


 しかし、目の前の少女は完全にお忍びだった。それも護衛を付けず、こっそりと抜け出してきたのだろう。そうでなければこんなにも怪しい格好をする必要などない。

 もうひとつの可能性としては、実家が嫌になって逃げてきたという可能性もないこともない。が、それはないとリバーは感じた。


 少女の動きを見るに、今はそれなりに落ち着いているように見える。もし仮に逃げ出すような環境にいたのであれば、今すぐにでも走り去っていくだろう。

 その様子がないということは、


(……まぁ、分からないこともないがな)


 貴族というのは、はっきり言って不自由だ。それは養子に入って貴族となったリバーにはよく分かっていた。

 竜人の国は実力主義。故に、防衛軍の隊長ともなればそれなりの地位に立つことになる。そんな人物の養子も同様に。


 とは言っても、リバーの養父の家は貴族に名を連ねど、それほど堅苦しい家ではなかった。理由は単純。養父はそういった堅苦しい作法や環境を好ましく思っていなかったというだけのこと。

 それ故に、リバーは案外と自由に暮らすことができた。本来であれば、こうして街に下りる際も護衛を付けなくてはいけないところだが、そこは実力を示すことによって免除されていた。


 養父曰く、『自分よりも弱い者に守ってもらう必要などあるまい?』らしい。


 しかし、それは養父が特殊なだけで、他の貴族はそうではない。特に男よりも力で劣ることの多い女や、少年少女等には必ずといっていいほど護衛が付く。

 例外はその人達の住む安全な家の中くらいだろう。外出すれば、必ず誰かしら護衛がつきまとう。


 常に誰かに見張られているというのは非常に鬱陶しい。それ故にこうして貴族の子供達は親の目を盗んでこっそりと抜け出すことがある。

 実際、リバーは何度かこういった場面には何度か出くわしたことがある。

 その時の対処は二つ。同行の許可をもらいなるべく気を負わせないようにして護衛するか、断られた後こっそりと護衛するか。


 前者は皆無だ。そもそも護衛が嫌で一人で抜け出しているのに、わざわざ護衛を付ける理由がない。そのため今回も後者だろう。


(……はぁ。休みは終わりだな)


 これではまた養父から小言を言われる。そう、リバーは内心溜息を吐きつつ、少女に声をかけた。


「……申し訳ありません。貴族の令嬢とお見受けしますが、間違いありませんか?」

「ッ!」


 すると少女はびくりと体を震わせ、さらにそのフードを握る手に力を入れて後ろに後ずさった。


「ーーああ。貴女を連れ戻しに来たわけでも、すぐに連れ戻すつもりもありません。ただ、先ほどのようにこの街にも悪漢は居ります。ですので、私もご一緒させてもらえませんか? それが嫌でしたら、私はすぐにこの場から姿を消しますが」


 姿を消すと言ったが、付いて行かないとは言ってない。


「……連れ戻さないのですか?」

「ええ。貴女はそれを望んではいないのでしょう?」


 そうリバーが答えると、少女の顔は見えずとも、どこか動揺しているようにリバーは感じた。

 ここですぐに連れ帰っても不満が残るだけで何も解決しない。なら、いっそのこと思いっきり発散してもらえば、少なくともしばらくはこんな事もしなくなるだろう。というのが、リバーの考えだった。


「……貴方、副隊長と呼ばれていましたね」

「ええ。ですのでご安心ください。少なくとも先ほどのような輩とは違い、ちゃんとした身分と実力を持っておりますので」

「では、私とともに来てください。……ちゃんと守ってくださいね?」

「分かりました。では今すぐにここを――。……え?」


 今度はリバーが動揺する番だった。

 断られるとばかり思っていた。護衛が嫌で抜け出してきたはずなのに、護衛が付いていては何の意味もない。

 だというのに、目の前の少女はリバーと共に行く事を選んだ。今までなかった例外に、リバーは動揺せざるを得なかった。


「さぁ、行きましょう?」


 フードから手を離した少女。しかし、未だにその顔は隠れて確認できない。

 そんな謎の少女は手を伸ばし、リバーの手を取ると、楽しそうに街道を駆け出した






(不思議……)


 少女はリバーの手を引きながらそう思う。

 今までにこんな感情を抱いたことはなかった。


 同年代の少年達は自分を褒め称えるような言葉ばかり吐き、あまりにも軽いその言葉達は何一つとして自分には響かなかった。

 同年代の少女達は常に互いの腹を探り合い、気の抜ける人など誰一人いない。

 大人達は自分を道具のようにしか見ていなかった。


 そんな環境にいたからだろう。少女はついにその場から逃げ出した。護衛も付けず、誰にも知らせず。


 逃げたところでいつかは見つかってしまう。仮に見つからなかったとしても、何の計画もなく一人で生きて行くのは不可能だ。危険もたくさんあるだろう。そんなことは重々承知していた。

 しかしそれでも少女は逃げ出したかった。あんなところにいるくらいなら、いっそ死んだほうがマシなんじゃないか。そうとさえ思っていたのだ。


 実際悪漢に襲われた。体格のいい二人組だったからだろう、非情にも騒ぎになっているのに助けてくれる人はいなかった。――リバーただ一人を除いて。


 兵士達を呼んだ人はいただろう。しかし実際に助けてくれたのはリバーだった。


 もちろん少女が彼に惹かれたのはそれだけじゃない。一番の理由はあの言葉だ。


 ――『貴女はそれを望んではいないのでしょう?』


 誰が今までに自分のことを考えて行動してくれた? 誰が今までに自分のことを理解しようとしてくれた?


 “そんな人、誰も居なかった”


 それが少女の答えだ。


 しかし、リバーは違った。自分のことを尊重してくれた。普通ならすぐにでも連れ戻されるはずなのに、自分のことを優先してくれた。


 それが少女には新鮮で、そして何より――嬉しかった。


 少女はちらりとリバーの顔を見る。どこか困惑しているような、そんな顔だ。

 でも嫌がっている様子はないし、そして何より、その手を離さないでくれている。振り払わないでくれている。


「……手」

「えっ?」

「手、嫌でしたか?」


 もしや貴族の令嬢だから気を使っていたのだろうか。そんなことを考えると、少女は思わずそう尋ねていた。


「……いえ。構いませんよ。ですが男の私が手を引いてもらうなど、少し情けなく思いまして。なので――」

「……ん」


 次の瞬間には、少女は手を引く側ではなく、手を引かれる側になっていた。


「ここから先は私がエスコートさせていただきますね」

「……はい。……お願いします」


 自然に立ち位置を変えられ、少女はただただそう返すことしかできなかった。


「どこか行きたい場所は決まっていますか?」

「……いいえ」

「では、私がおすすめの場所を回りましょうか。何か興味があるものがあればいつでもおっしゃってください」

「……はい」


 竜人の男は我が強いものが多い。そのため、女に対しては「黙って言う通りにしろ」という態度を取るものがほとんどだ。


 そのため、少女にとって、リバーのその態度はとても好感が持てた。


(……ああ、いつまでもこうしていられたらいいのに)


 少女の身分を考えれば、すぐにでも追っ手が来るだろう。

 それ故、少女はリバーの手の温かさを感じながら、心の中でそう静かに祈る。

 そしてその手に少し力を込めるのだった。


 “離れたくない”。……そう願いを込めて。

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