9話 男は狩るもの
「ユート! 起きてー!」
「なに〜。リン、何かあった〜?」
「リンお腹すいたー! くだものー!」
うるさいなー。耳元でそんなに騒がないでほしい。
そもそもリンは精霊だから食事なんてしなくてもいいだろうに。
時々思い出したように果物が食べたい果物が食べたいって騒ぐんだから。
「ねー! ユートー!」
「分かった分かったから。髪を引っ張らないでっ」
もう少し寝ていたいのに……。
ひとつ大きなあくびをした後、服を着替えて一階へと向かう。
「く、だもの! く、だもの!」
「リン、あまりはしゃがないでよ」
僕の頭の上に座りながら変な歌を歌うリンに注意する。
何故かすれ違う人たちが驚いたように固まるのだけど、気のせいだろうか?
一階に降りて受付の人に会釈をして食堂へと向かった。
何故か受付の人も驚いたように目を見開いていた。
なんなの? 流行りなの?
「おばちゃん、今日のオススメは?」
「今日は大根の……」
「大根の?」
大根のなんだと言うのか。
まさか大根だけなんて言わないよね?
っていうか何でおばちゃんもそんな驚いた顔をするの?
昨日の夕飯の時に仲良くなったというのに。
「おばちゃん?」
「あ、あんた、その頭の上の……」
「ああ、精霊のリンっていうんだ。それがどうかした?」
「どうかした、って精霊様が何でこんなところにいるのさ!」
そういえば姫が言ってたな。精霊は遠い地で国を作ったんだったか。
「そんなに珍しいの?」
「珍しいもなにも、もう何百年も姿を見た人はいないよ。どうしてこんなところにいるんだい?」
「リンはユートの親友なのだー!」
「親友!?」
大人しく話を聞いていたリンが喋り出した。
まあ、親友であることを否定はしない。
「精霊様と親友なんて、あんたって凄いやつだったんだね」
「その精霊様っていうのはどういうこと?」
「そりゃ、精霊様は神様の使いとも言われてるからねぇ。誰だって敬うさ」
「神様の使い、ね」
リンが神の使いだったら重要なことを言い忘れそうだな。
あとはサボって遊んでいそう。
……うん、神の使いには向いてないね。
「おばちゃん、僕の朝ごはんのついでに果物を剥いてくれる? リンが食べたいんだって」
「そうなのかい? だったら、朝取れたばっかりの桃があるから剥いてあげるよ」
「うん、お願い」
「ももー!」
あんまり頭の上で暴れないでくれないかな。将来ハゲたらどうするんだ。
リンが動き回っている頭の頂点だけ禿げるのを想像して恐ろしくなった。
フ◯ンシスコ・ザ◯エルはごめんだね。
僕にヒゲはないけど。
今日はどうしようか。
昨日ダンジョンで出会った二人が言っていた、冒険者とやらが集まる冒険者ギルドってところを見て見るのは面白そうなんだけど……。
「うん、今日はロンドさんのところにでも行こうか」
「だねー」
地球の商人は見てきたけど、異世界の商人の様子も見てみたい。
というわけでロンドさんの店に向かう。
といっても隣なんだけどね。
「お邪魔するね」
「おじゃまー!」
客がリンを見て驚いている。でも、リンをずっとフードの中に入れておくわけにはいかないし、自由にさせておく。
昨日はあまり見なかったけど、じっくりと店の隅から隅まで商品を見て回った。
よく分からないものも多かったけど、ロンドさんは雑貨から食料品まで様々なものを扱っているようだ。
例えば、
「これ、何に使うんだろう?」
「それは魔物を捕獲するために使います」
いつのまにか店員さんが僕の後ろに立っていた。
ほとんど気配を感じなかったんだけど、何者? ジャパニーズニンジャ?
「どうやって使うの?」
「これに魔力を込めれば、数秒後に強力な粘着性の物質に変わります。中型程度の魔物なら数十秒ほど動きを止められるでしょう」
「へぇ。そんなに強力なんだね」
「ついでに行き遅れの女性にも人気があります」
「そうなんだ。行き遅れのーー」
……いま、なんっていった?
「行き遅れの女性にも人気があります」
「……ちなみに、使い方は?」
「魔力を込めた後、対象の男性に向かって投げつけます」
男性って書いてエモノって読むんだね。初めて知ったよ。
「そして動けなくなった男性の服を--」
「あー、あー、それから先は聞きたくないな」
「そうですか……」
そっから先はまずい。色々と……。
「この鞭みたいなのは?」
「こちらは魔力を流すと電気が流れる仕組みになっておりまして、対象を痺れさせることができます。こちらも行き遅れの女性に大人気の商品ですね」
この世界の女性はなんなの? 狩猟者なの? 狩るの?
とりあえずこの世界の女性は恐ろしいということがわかった。
それっぽい人には近づかないでおこう。
「ところで、ロンドさんに会うことってできる?」
「ロンドいるー?」
「ロンド様ですね、聞いてまいりますので少々お待ちください」
と言って消えたんだけど。やっぱりあの人ジャパニーズニンジャじゃない?
身のこなしとか普通じゃないし。
絶対普通の店員じゃないよ。
「お待たせしました。お会いするとのことです」
「そう、じゃあ案内してくれる?」
「承知しました。ではこちらへ」
「レッツゴー!」
だから髪を引っ張らないでって、リン。
「失礼致します、ロンド様。ユート様が参りました」
「入っていただきなさい」
他の扉よりも高級そうな扉の先でロンドさんは待っていた。
僕が入ると同時に席を立とうとしたので、構わないよと合図を送る。
「申し訳ございません、ユート様。大したおもてなしもできず……」
「いや、そんなにかしこまらないで。僕はただの旅人だから」
「ですが……いえ、これ以上は失礼ですな。して、今日はどのようなご用件で?」
「ロンドさんの仕事を見たくて。でも、嫌だったら断ってくれてもいいからね?」
「構いませんが、つまらないものですよ?」
「大丈夫、僕にとってつまらないことは一つしかないから」
僕にとってつまらないこと。
それは束縛、ただ一つだ。
「分かりました。ではこちらへどうぞ。午前中は書類の整理をするつもりでしたので」
「ありがとう、ロンドさん」
「ところで、ユート様の頭の上にいらっしゃるのは精霊様ですか?」
「そうだよー! リンはね、リンってゆうの! よろしくねー!」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。私、ロンドと申します。よろしくお願いします」
リンはお辞儀をするロンドさんを見てニカッと笑うと、僕の頭の上から飛び去って、ロンドさんの頭の上に乗った。
ロンドさんは少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んだ。
精霊という生き物は感情に敏感だ。
善意を好み、悪意を嫌う。
ロンドさんはどうやら悪意がほとんどないらしい。
地球でもリンがこれほどまでに懐いた人はいなかった。ちょっと驚きだ。
「リンが邪魔だったら言ってね」
「いえいえ、とんでもない。それよりも私の頭は臭ったりしてませんか? 最近加齢臭に悩んでおりまして」
「んー、臭くないよ! お花の香り!」
「精霊は魂の匂いを嗅ぎとるからね」
「そうなのですね、いやはや、初めて知りましたぞ」
まぁ、ロンドさんがいいならいいか。でもリン、ロンドさんの頭の上ではしゃぐのだけはやめてあげて。
もうすでに少し薄くなってきてるんだから。