14
「いらっしゃいませ! ようこそ! 天使喫茶へ!」
教室中に響く可愛らしい声。二人の男性客はドラゴンのメイドに連れられ、席に案内された。他のテーブルでは、ライオンの執事が女性客に対して接客している。ケーキやコーヒーを運ぶ妖精の執事は、笑みを振りまきながら歩いている。教室内はとても賑わっていた。
今日は文化祭当日だ。国中から様々な客が来ているが、やはり「天使喫茶」というインパクトからか、俺達のクラスは特に客が多かった。席もあっという間に埋まり、外で待っている人もいる。
「ナギサくん、大丈夫?」
ファイリアが心配そうな顔を向けてきた。若干目を逸らしながら、大丈夫だと返す。
いい加減彼女の姿には慣れてきた。まだ直視は出来ないけど―――胸を手で押さえ、うるさい心臓を落ち着かせる。
「よし、落ち着け……俺……」
「よく分からないけど、ちゃんと働いてね。まだまだお客さんいっぱいいるんだから」
写真と同じメイド姿のファイリアがにこりと笑い、テーブルへと接客に行ってしまう。歩くたびに揺れるスカートと天使の羽が可愛い。この姿が見られるだけでも、このゲームにはやる価値があると思う。
だが、しかし―――自身の背中に視線を移した。俺もファイリアと同じ羽をつけているが、これが意外と重い。それに皆器用に、邪魔にならないよう自在に動かしている。不器用だからか、俺は結局出来ず仕舞いだった。
どうやってるんだよ。「背中に力を入れるんだよ」ってアバウトすぎなんだよ。もっと詳しく教えてくれよ。俺、ただの人間だぞ。
不親切なクラスメイトにぶつぶつと心の中で文句を言っていると、イオーシェがゆらゆらと近付いてきた。
「ナギサくん。これ持って一時間くらい歩いてきて」
差し出されたそれは、プラカードだった。そこには、『あなたも天界へ連れていきましょう……天使喫茶、やってます』と書かれている。この謳い文句のセンスは如何なものか。
それに襲撃事件もあったし、なるべくなら単独行動は避けたい―――ちらりとファイリアを見るが、彼女は接客で忙しく動いていた。
「まあ……一時間くらいなら大丈夫か……よし、分かった。行ってくるよ」
「ついでに帰ってくる時、何人か連れてきて」
「………努力する」
プラカード受け取り教室から出た。廊下は多くの人で賑わっていた。歩くのも一苦労だ。プラカードを掲げながら高等部をひと通り回り、中等部へと向かった。
「あっ! おにーさん! しけた顔しとるなあ!」
キャンキャンと、子犬が俺に向けて鳴いてきた。前方から手を振って歩いてくるのは、赤い着物を着た犬の少女―――。
「ホクピ?」
「そや! どお? 似合っとるか?」
にやりと笑うホクピ。髪もかんざしでまとめ、化粧もしているのか、いつもより格段に綺麗になっていた。思わず驚嘆の声を上げてしまう。
「びっくりした。似合ってるよ。そっちは何やってるんだ?」
「甘味処! おいしいで~! 執事服の似合わないおにーさんもおいでや!」
「え、いや俺は……ていうか今、似合わないって言った? 俺、似合ってないの?」
「ええからええから!」
腕を引かれ、俺はホクピの教室へと押し込まれた。中は座敷になっており、店員はみんな着物姿だった。空いていたテーブルに座らされ、待てと命じられる。
まさか犬に命令される日が来るとは思ってもみなかった。驚きつつも、言われた通りその場で待ってみる。周りの客から好奇な目で見られて、少し恥ずかしい。せめて羽だけでも取っていたいな……。
「ナギサさん」
何とか羽をもごうと足掻いていると、透き通る声がかけられた。背後には、淡い青の着物を着た少女がいた。黒い髪は白い花飾りで結われ、手には小さなお盆を持っている。そこには抹茶と団子が乗っており、それをテーブルに置いてくれた。
「どうぞ。これ、わたしからのプレゼントです」
「イオリ……?」
「はい」
穏やかな笑みを浮かべるイオリ。あまりに綺麗な姿に、俺は次の言葉が出なかった。呆然とする俺の隣に座るイオリ。
「? どうしました?」
「い、いや……すごく綺麗だなって思って……」
「ありがとうございます。ナギサさんもカッコいいです」
「あ、ありがとう」
くすりと笑ったイオリを見ると、あの写真のことを思い出し、気になり始めてしまう。
―――彼女の姿も写真と同じだ。笑顔も同じ雰囲気を感じる。
やはりあれは、魔法か何かで未来を写した写真だろうか? ここはゲームの世界なのだから、そういう力があってもおかしくはない。
問題は、誰がそんなことをしたのか、ってところだが―――団子を一つ食べ、抹茶の器を口元に近付けた。
「あの………ナギサさんって、ファイリアさんと付き合ってるんですよね?」
ゴフッと抹茶を吹き出した。器に口をつけていたために誰かに吹きかけることにはならなかったが、数回咳き込み、イオリに勢いよく振り向いた。
「なっ、そっ、そんなわけないだろ⁉」
「え、そうなんですか?」
純粋に驚いたようなイオリは、少し残念そうにしょぼくれた。
「なんだ……違ったんですね……」
「ていうか、なんでみんなそんなこと訊くんだ⁉」
「そう見えるから……じゃないですか?」
「えっ……ほ、本当に?」
「わたしにはそう見えましたけど……」
待ってくれ―――すごい嬉しい。周りからそんな風に見えるなんて………可能性があるってこと……だよな?
「えへへ……」
「ナギサさん?」
「あっ………ごめん……」
まずい、落ち着こう。一人で笑ってたら気持ち悪いぞ。
「あの……お付き合いしていないのに相談するのもお門違いとは思うんですが……」
「何? 相談?」
「はい。あの………じ、実は……」
イオリは顔を近づけ、声を落とした。
「ユウキに告白したくて……」
「えっ⁉ 告白⁉」
直後、イオリに素早く口を押さえつけられた。周囲はチラチラと俺達を見るが、すぐに興味が失せたように視線を逸らす。イオリがそっと手を離すと、キッと俺を睨んだ。
「大きな声出さないでくださいよ!」
「ごめん。驚いて咄嗟に……」
「もう……」
「ていうか、あのさ………そもそもイオリとユウキって、両思いじゃないのか?」
「えっ………?」
唖然とするイオリの頬は、みるみるうちに赤くなった。
「ユ、ユウキが……わたしのこと………好き……?」
「え? まあそれこそ、誰が見てもそうだと思うけど……」
「えっ……? そ、そうなの……?」
むしろどうして気付かないのか。ユウキはあんなにイオリのことを大切にしているのに―――疑問に思ったが、ふと、ある答えを思い付いた。
――――――ああ、今までは自分のことで精一杯だったからか。
「で、でも………そうだとしても、ちゃんと気持ちを伝えたい」
イオリはぎゅっと両手を握り、ちらりと俺を見た。
「だから、ファイリアさんと付き合ってるナギサさんに、アドバイスをもらえたらって思ったんですけど……」
「ああ……ごめん」
「いえ、大丈夫です。頑張ります」
にこりと笑ったイオリを、俺は応援した。団子を食べ、ところで、と話し始めるイオリに横目をやった。
「ユウキのこと、見ませんでした?」
「ユウキ? いないのか?」
「はい。実は最近会えなくて……」
「会えない?」
部屋にはいるみたいなんだけど、とイオリは不安そうに呟いた。
写真はユウキが借りていた本に挟まっていた。あれ以来俺もユウキに会えていないし、写真のことを訊いてみようと思っていたのに。
「少し心配だな……」
「はい……」
ユウキがイオリの傍にいないなんて、ちょっと不自然だ。風邪ならそうだと正直に言えばいいし―――そこではたりと、思考と手が止まった。
―――もしあの写真がユウキのものでなかったら?
犯人は俺を撃ってまで持ち去ったんだ。ユウキがあの写真に気付かなかったわけないし、犯人はユウキの口を封じようと襲っていても不思議ではない。
「まさか……」
――――――ユウキは今、危機的状況なのか? だから、イオリの前に姿を現さないのか?
「ナギサさん?」
「……ユウキが危ないかもしれない!」
「え……?」
事情を説明しようとしたその瞬間―――。
――――――爆発音が、耳を貫いた。




