第7話
部室棟、最高立地、最上階角部屋。
移動してきた僕達がその扉を開けると、部室には一人というか一機というか、とにかく女子生徒が鎮座していた。
音沙と会うため僕が部屋から飛び出たせいで放置された、学生御用達のパイプ椅子である。
女子生徒は長い黒髪を後ろで束ね、凛とした姿勢で相貌の碧眼をこちらに配る。
「おかエリ」
「やあ、みーちゃん。ひとりかい?」
「ほめ子は今日は来ないらシイ、自分探しの旅に行ッタ」
「そうかい、まあ期末試験も終わったしね」
そういう問題なのかどうかは置いておいて、透明な白い肌と艶やかな黒髪に映える不釣り合いな碧い瞳を持った、彼女は稚若木ミイ。
源部長と同じ三年生にして、自由研究部員である。
何をどう遺伝すればこんな格好良い容姿になれるのかは不明だが、きっとどこかの国同士のハーフさんなのだろうと解釈している。
その事について以前訊ねてみたところ、「私はアンドロイド……、正確にはガイノイドという人型女性機体だカラ。容姿に関しては博士の嗜好、語末処理が上手くできないのできっと表記上の文末はカナ二文字にナル」とのご返答を賜った。
うん、きっとハーフであるが故に政府から素性隠蔽されるような異国王女的な立場なのだろう。
無駄に無駄な設定を貫いている辺りは本当に尊敬せざるを得ないので、それ以上の言及はしたことがない。
なのでミイ先輩への協力意識を以て行う人数計上の際に、「一人」とするか「一機」とするかは非常に悩ましいところではあるのだけれど、彼女もまた他の面々に負けず劣らずの個性的な部員だった。
「それが、パンドラ?」
僕達はミイ先輩に倣い、音沙を囲うようにして手近な椅子に腰を下ろした。
音沙当人は、不安しかないような面持ちでよっつの視線を一身に受けている。
「そうそう、僕の研究材料だよ。あと半年で高校も卒業だからさあ、何かこう思い出に残る活動をしたいなーと思ってね!」
そんな理由で、僕はあんな恐怖体験をさせられたのか。
今さらながら、段々腹が立ってきた。
「パンドラ捕まえて、食ウノ?」
「食わないよー、その発言は色々と誤解を招くからやめようねー!」
「パンドラ、怯えテル」
「まな板の上の鯉のような気分なのだろうね」
「それってどんな気分スル?」
「鯉に訊いてみてね」
「わかッタ!」
「今度にしてね」
「わかッタ……」
意気揚々と部室から飛び出そうとしたミイ先輩を、源部長は穏やかに制止した。
ミイ先輩は心なしか残念そうだった。
何しに行くつもりだったんだ、この人は。
「あっ、あの……」
その時、音沙は怯えながらも意を決したように、小さく声を漏らした。
「私を、助けて下さるのですか?」
それは入学式のときに壇上で聞いた、自信と希望に満ち溢れた音沙の声とは到底相似しない、音とも呼べないようなひどく弱々しい声色だった。
才色兼備の優秀生徒から一変して不幸を振り撒く女と呼ばれ、パンドラと名付けられ、人格が変わるくらい壮絶な一学期の転落劇を過ごしてきたのだろう。
他人事ながら、本当に可哀想だった。
「ちゃんと助けるよ、君のことは。ただそれは表面上の意味であって、僕にとっての本義で言えば君は研究材料だから、助けると言わないのかもしれないけれど」
「それでも構いません……」
「随分としおらしいねえ、うん、僕は君が大嫌いだな」
源部長の突然のその発言は、部室に静寂をもたらした。
それはそうだ、研究材料になることを厭わないほど救済を望んでいる少女に対して、個人的な好き嫌いで相手を推し測るなんて。
確かに「助けるけど研究材料になってね」と言われたら、普通は動揺したりするものだろうけれど、裏を返せば他に手段がないほど切羽詰まっているのだ。
音沙の反応が源部長の嗜好に反するとしても、その事に関して「君が嫌いだ」と口に出すことは暴論甚だしい。
「具体的にはどうスル? 食ウノ?」
そんな剣呑とした空気を物ともせず、ミイ先輩は小首を傾げた。
「食わないよ、まず始めに行うべきは"認識"さ!」
源部長は大きくひとつ手を叩き、先程の空気を入れ換えるように明るい口調で言い放った。
「まずひとつ目にしてもらう認識、それは互いのこと。互いに素性知らずってのは決まりが悪いだろう?」
「自己紹介……、ですか?」
「そうだよ、最後は君にもしてもらうからね。パンドラちゃん」
源部長はそうとだけ言い切ると、鋭角に僕を指差した。
その矛先に視線が集う。
「それじゃあカガりん、いってみよう!」
「えっ」
なにこれ恥ずかしい。
注目が集まることもそうだが、僕を知らない人はと言えば音沙だけだ。
見知っている人達の前で、改めて自分を紹介するだなんて罰ゲームとしか思えなかった。
「っと、夏臥倫です。高校一年生で、今のところ成績は中の上です。好きな言葉は安定第一、嫌いなことは面倒に思う事象全てです。よろしくお願いします」
「はいありがとう、次!」
須らく流されたような気がする。