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パンドライドラ  作者: 如月うなむ
第一章:パンドラの本懐
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第3話

見るひとが見ればわかる絶妙なアングル。

某SNSでは僕の後ろ姿が写る画像が、文字通り流出していた。


靴を履き替えるべく、下駄箱へ手を伸ばしている場面だった。

しかしその画像と共に書かれている文章は、事実に全く則さない内容だった。


「勇者現る、パンドラの下駄箱に手紙を投函! 告白か!?」


無数に存在する国内の学舎内におけるありふれた朝の光景、興味引くわけでも衝撃を受けるわけでもない、どうしようもなくどうしようもない普通の写真。

強いて言えば学区内の人間だけが一部興味を示す程度、そんな完全に身内ネタのような写真のはずだが、全世界と繋がるSNS上で当画像は拡散数と返信数が恐ろしい数値になっている。


あり得ない、が、あり得ている光景がその端末には在った。


「カガりんの下駄箱とパンドラちゃんの下駄箱、位置が同じなの知ってた? クラスは違うから、列も違うけどね 」


さっき訊いてきたよな、僕と音沙のクラスが同じかどうかを。

下駄箱の位置情報まで知ってんじゃねえか、GPS衛星かあんたは。


しかし、音沙と榎臥。

考えたこともなかったけれど、確かに名字はア行終わりとカ行始め、クラスが違えば下駄箱列はズレていても収納位置が同じになることはあり得る話だった。

今朝は天気が良かったので全く気にも留めていなかったが、さらに注視すると音沙の靴が入る下駄箱列の端にある学級傘立て、それがご丁寧に僕のクラスの下駄箱列端に移動されて写真の隅に収まっている。

こういう状況証拠を立証するような情報は、例え些細であったとしても、そしてその他全内容が詐称であったとしても、当事者の意思より発信源の意図が真となるものだ。


「パンドラちゃんは校内の凶器たる存在、例え呼び出し場所へ行かなくても君が直接的に叩かれることはないだろう。なに、ちょっとSNS内で女の子を苛める最低野郎の称号を得て、後日から後ろ指差されるだけさ」

「で、でも、音沙が校舎裏に来ない可能性だって!」

「あるかもねぇ、でもそうじゃないかもしれない。それこそ行ってみなければわからないだろう?」

「そ、そりゃあ、まあ……」

「でも、そんなことは君次第ですぐにわかるよ。カガりんも聞いたんだろう? パンドラちゃんに告白の呼び出しをした男子は、彼女のもとへたどり着けないという噂話。君が不幸の応酬に遭って校舎裏までたどり着けなければ、パンドラちゃんは来ていたってことさ」

「身も蓋もない!」

「まあもっとも、君個人の意見で言えばそんなものは噂話の域を出ないのだから、それに関してはこれっぽっちも怖がっちゃいないと思うけどね」


今から校舎裏へ行けば自ら音沙と関わりを持つことになり、僕は事実上の渦中へ飛び込むこととなる。

校舎裏へ行かなかったとしたら、僕は呼び出した女の子を放置する最低野郎として、当面の評価が世間から確約される。


行っても惨事、行かなくても惨事。


「……わかった、わかりました、行きますよ」


僕は躊躇する間も惜しまず、源部長に吐き捨てた。


「そうかい、それは良かった!」

「僕が確実に行くことを選ぶよう、どうせその先数百手くらい用意してあるでしょうしね。源部長の一手目が決まった時点で、これ以上の足掻きは時間の無駄というものです」

「僕はカガリンのそういうところ、大好きだ!」


持論はこの際もういいとして、この決断は状況を順当に考えた結果、というより他にない。

行く場合より行かなかった場合の方が、実質的な損失が大きい。

それだけだ。


例え僕が現段階で世間体を(なげう)って音沙と会わないことを選択したとして、源部長はさらにその上位互換となる恐怖を提示してくるだろう。

ならば、行って音沙と会う選択肢を取れば、彼女に関わると不運になるという根も葉もない噂話に振り回されるだけで済む。


もちろん音沙に会ってなにをするのかはわからないし、もしかしたら彼女と会うまでのプロセスが源部長にとっての嗜好なのかもしれない。

しかし、源部長が偽装した手紙には「好きだ」とかそういう好意を示す単語は、ひとつも綴られていないことが見て取れた。

これはこの人なりの配慮というか暗示というか、少なくとも好きでもない人間への告白を強要するほど傍若無人な思考回路は兼ねていないということだ。


要するにこれ以上の追撃がない限りにおいて、音沙と会いさえすれば、SNS上で高騰している話題についても源部長が鎮火してくれるのだろう。


校舎裏へ行かない選択肢を僕が選べば、不幸現象という漠然とした噂話ではなく、現実の人間の評価に苛まれなくてはならなくなる。

僕はできる限り慎ましく生きていきたい。

華もいらない、権威もいらない。

妥当な線で細く長く、可もなく不可もなく、僕と人生の一時を共有した人達の記憶の端に(もや)っぽく残ればそれで良いのだ。


そんな僕の人生観を逆手に、源部長は初手で僕に投了宣言させた。

もちろん投了したのは僕だけど、死してなおオーバーキルされる必然性は皆無だ。


結論付けてしまえば、今朝なにも知らずいつも通り馬鹿みたいに登校した時点で、僕は既に放課後、音沙と会うことが約束されていたということだ。


「本当に恐ろしい人ですね、源部長」

「そんなことは初めて言われたよ」

「嘘をつけ、嘘を。でもここまでお膳立てしておいて、僕が行かない方を選択していたらどうするつもりだったんですか?」

「訊くなよ、わかっているだろうに。どうあってもパンドラちゃんのもとに行く方向へ、カガりんを誘導していたさ」

「次の手ですか、やっぱりね……」

「なんだい、知りたいのかい?」

「僕に対するこれ以上の恐喝があるのなら、伺ってみたいですね」


数間置いた源部長は、本日最高の、そして満面を通り越して全身で笑みを湛えた。


「ねぇ、カガりん。女の子の髪って、どういう香りがすると思う?」


源部長の手元から更紗先輩の細い髪が流れ落ちる。

そして逆の手元にあるドライヤーを、ゆらゆらと中空で回す。

視線を誘導された僕は、あろうことか天井にカメラが貼り付いているのを確認した。

確認してしまった。

振動するポケット、端末を取り出すとそこには。


「ところでさーちゃんは、普段どんなシャンプー使ってるの?」

「行ってきます!!」


小首を傾げて疑問符を浮かべる更紗先輩を背に、僕は部室を飛び出した。


源部長は普段から、こう、他人のことを見透かして話をする。

見透かしたように、ではなく、見透かして話をするのだ。

相手の性格や思考、言動や所作に至るまでの全て加味し、加算した上で乗算的に対話を持ち掛ける。

そして相手の染色体に刻まれた末端情報まで包括して演算でもしているような、予知にも近い正確さで相手自身の思考や次の行動を予測する。

予測し、それを完封するのだ。


井の中の蛙である僕にとって、地球の中心はあの人なんじゃないかと、僕はたまに錯覚してしまう。


「僕の顔にドライヤーの風が当たるような掛け方を、わざと……」


なんて写真だ。

ここまできたら、ただの脅迫だ。

むしろ賄賂……?


「…………」


これが僕の所属している、というか強制的に所属させられている部活。


自由研究部。

僕を含め五人のメンバーが所属している。

中でも三年生で部長の源最波(みなもともなみ)先輩と、源部長の従妹に当たる二年生の更紗篠(さらさささ)先輩は、僕の中で最恐コンビと言わざるを得ない。

柔和な顔をした源部長が主に主犯で、更紗先輩は他者と全くコミュニケーションを取らず何を考えているかよくわからないけれど、代わりに源部長の指示だけは絶対遵守する。


部室の扉正面でドライヤーを掛けていたこと、僕がそのタイミングで進入すること、手近なところに椅子を置いておいて僕が座るのを見越していたこと、全て源部長の意図の通りだろう。

更紗先輩はこれらの意図について理解していなかったみたいだけれど、つまりそれを肴にして源部長は二手目を打ち出すわけだ。


待てよ、だとすれば、更紗先輩は源部長の指示というだけで、わざと水を被ったのだろうか?

それはそれでやり過ぎな気もするけれど、ユルユルの体操服を着てドライヤー掛けする女子がいる光景なんて、女の子とまともに会話もできない高校男子なら誰だって眼福ものだ。

意図せず自分を虐げてしまったような気もするけれど、つまりは源部長の予測通り、そして予定通りに事が運んでいるようである。


僕は嘆息しながら、全く感慨のない不幸現象とやらをやや警戒しつつ、足早に校舎裏へと向かった。

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