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パンドライドラ  作者: 如月うなむ
第二章:経験則の狂気
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第1-6話

「と」

「と?」


待って、そもそも「と」って何だよ。

僕が趣味という言葉を嫌いだとか、でも嗜好はあるだとか、代替変換するとかしないとか、それ以前に、そういえば「と」と一言発した時点で内容の選択肢が極貧じゃないか。

「と」が頭文字に付く趣味的なもの、一体この世にいくつあるというのだ。


例えばそう、トライアスロン。

黙れよインドア派の申し子、あまりにも縁がなさ過ぎて、あの金属製打楽器を三角形の英名と同じくすることのずぼら性について議論する方が心惹かれるわ。

トレジャーハント。

トレジャーにもハントにも興味ねえよ、インドア派って言ってんだろ、いやでもまあトレジャーにはちょっと興味ある、でも趣味じゃない。

賭博。

賭博好きな安定第一論者は間違いなく詐欺師だ、せめて健全な高校生でいさせて。

読書。

もはや「と」ですらなくなっちゃった、しりとりのローカルルールみたいに「濁点・半濁点変換あり」じゃねえんだよ。


いや、待てよ、考え方によっては無数に存在する。

名詞と名詞を足せば良いんだ。

例えば、何だろう。

トライアスロン観賞、おお、これは割と良さそうだけどそもそもトライアスロンってビーターで叩く三角状の体鳴楽器のことじゃなかったっけ。

トレジャーハンターハンター、色々とヤバい、和訳も音の響きもヤバい。

鳥観察、せめてバードウォッチングと言わせて。

特異点観測、神かよ。

時計職人、趣味じゃなくて職業だよ。

東京特許許可局、特許庁のことだよ?


いい加減にしろ、どうもありがとうございましたー。

僕の中のツッコミ担当が勝手に幕を引いてしまった。

ボケ倒しておいてアレだけど、その分のタイムラグを音沙とミイ先輩が無言で呈していて申し訳ない。

もうこれ以上待たせられない、何か言わないと。


「と……、ところで音沙、そろそろ帰る時間なんじゃないかな?」

「まだ大丈夫ではありますが、その方がよろしければそう致します」


表情こそ変わらないが、そこはかとなく言葉に毒気を感じる。

そりゃあそうだ。

まだ日暮れでもないし、少し前に僕の方から帰宅時間を訊いておきながら、これじゃあ音沙の話を横からぶった切ったようなものだ。

まだ趣味は「特になし」と言った方が、印象も良かっただろう。


散々「と」で溜めて待たせておいて、まさかの帰れ宣告。

僕に対する音沙の好感度が一歩下がって二歩下がった。

そのくらいだとまだ良いなあ。


「訊かないでやってあげようよ、パンドラちャン。カガりんの趣味はきっと他人様に言えないような、そりゃあもう空前絶後に最低なやつなんダヨ」

「フォローになっていません……!」

「フォロワーにはなってあげヨウ」

「なってねえって言ってんだろうが」

「SNSじゃないんだカラ」

「それ僕が言うべきツッコミの続きです」

「知ってるかな、ボケとツッコミというお笑いスタイルの用語は元々違うものナノ。”ツッコミ役・トボケ役”が”ツッコミ役とボケ役”に変わったんダヨ」

「その情報は今必要ですか!?」

「ある意味ぎなた読みだヨネ」

「ぎなた読み?」

「”弁慶がなぎなたを持って”という文言を、”弁慶がな、ぎなたを持って”と誤読したことが由来ダヨ」

「だから、その情報は今必要ですか!?」


訊いておいてなんだけど。

言葉を覚えたての子どもじゃないんだから、今その解説は要らないだろう。


ん、ぎなた読み?

そうか、その手があった。

さっき音沙に「榎臥さんは、何かご趣味をお持ちですか?」と訊かれたとき、僕は確か「”うーん、そうだなあ、と”」と口走った。

口走っていたんだった。


「句読点の位置が違うんだよ、音沙」

「えっと……?」

「ちょっと心のテンポがズレ始めていたんだ」

「詩人ですね、まるでメトロノームみたい」


閑話休題。

閑話じゃねえ、それ以上、というかその時点で危険話だよ。

そうじゃなくて。


「”うーん、そうだな、あと”、僕はこう言いたかったんだ」

「会話下手カヨ」

「ミイ先輩、話をかき混ぜないで下さい」

「じゃあ何カナ? あと、という趣味があるのカナ?」

「せめてアートくらいには補正解釈して欲しかったけど、そうじゃないです。後でこっそり教えるね、って言いたかったのですよ」


ミイ先輩は視線を音沙に移し、顎で僕を差しながら彼女を煽っている。

音沙はしばらく考えた素振りだったが、やがてミイ先輩の意図を汲んだように閃いて、僕に向き直った。


「間に合ってますね」

「どういうこと?」

「後でこっそり教えてもらわなくても結構です、ということです」

「空前絶後に最低な趣味はないよ?!」

「先程ミイ先輩から言われた時、そのことについては否定されませんでしたよね?」

「そりゃあそうだけど」

「下世話なご趣味を後でこっそり囁き、それを聴いた女の子の反応を堪能する官能なご趣味をお持ちなのかと」

「韻を踏むな韻を」

「では、そういうご趣味はないと?」

「当たり前だ、どんな嗜好だよ」

「マニアってますね」


マニアる、ってどういうことだよ。

何かに熱中しているひと達のことをマニアと言うから、何かに熱中している最中のひと達って意味か?

確か”マニア”の語源というか由来は古代ギリシャ語で”狂気”の意から来ているから、そういう意味では”マニアる=狂気中のひと”ってこと?

…………。

…………。

…………、そこかあっ!

ひどく緻密に、ひどく遠回りに、僕は奇人扱いを受けていた。

思い返せばこいつ、「間に合ってますね」と「マニアってますね」を掛ける為の伏線を脈々と敷いてやがる。


くそ、くそぉ、ミイ先輩が晴れやかな顔で親指立てていた。

ミイ先輩もミイ先輩だけど、そこまでミイ先輩の意図を汲める音沙もすげえなおい。

音沙はと言えば、ほっとした表情で胸を撫で下ろしている。

キャラをかなぐり捨ててまで出来ることじゃないだろ、このふたり実は仲良しかよ。


まあもっとも、そうなることが今後の課題であるわけなので、ぎすぎすしているよりは幾分も良い。

仲良しは、当然一朝一夕で成れる関係ではないが、互いの歩み寄り無くしてそもそも構築できるものでもない。

意外とこのふたりの呼吸は合いそうだし、無理難題かと思われた源部長の課題にも、何とか応えられそうだった。


ん、まさか源部長は、そこまで見越してミイ先輩をこの部室に置いたわけじゃないだろうな。

まさか……、まさかね、あっはっは。

…………。


これから夏到来だと言うのに、僕は今年一番の悪寒を感じざるを得なかった。

日に日に更新されていくよなあ、この分だと年末には氷河期到来か。


キャパシティオーバーになった僕は本日の部活動終了を提案し、おあとのよろしい空気を確認したふたりが賛同する形で、僕達は帰宅準備を進めたのだった。

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