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パンドライドラ  作者: 如月うなむ
第一章:パンドラの本懐
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第1話

梅雨明けの蒸し暑さが喉を絞める、某月の放課後。

高校生初の一学期期末考査も終わり、狭い目で見れば僕の中での世間というやつは、夏休み目前曰く学生御用達の高揚感で大いに湧いていた。


夏休みというひとつの学校行事に対してなぜここまで盛り上がれるのかとか、自由度が高いから良いのかとか、お菓子に500円制限がないから嬉しいのかとか、ぼっち思考を最大限に活用した現実逃避と洒落込んでみる。

僕の場合は別に休暇期間が本当に休暇なだけで、休めるほど暇なのか暇だから休めるのかはこの際どうでもいいとして、ただこの夏休みに予定らしい予定がひとつも見当たらないというだけの些細な話だ。

高校という新たな舞台にも友達はいる、と思う。

中学という地元の舞台にも友人はいる、と思う。

学校に来れば優しい先輩方もいる、これはダウト。

気乗りしないままに、今日も僕は部室棟最高立地を誇る最上階角部屋へと足を運んだ。


部室に入るなり、騒音と共に生暖かい風が僕の頬を殴りつけてくる。

それは梅雨明けの夏風を揶揄しているわけでも、籠り籠った部室の空気が扇風機に押し出された風景を比喩しているわけでもない。

水泳部でもなければ、そもそも運動部でもない当部室内では、男子生徒が女子生徒にドライヤーを掛けてあげている、という至極ファンタジー的な光景が広がっている。

その不適切な光景よりも、女の子の髪を撫でられてなんだかちょっと羨ましいとか感じている僕はよほど変態なのかもしれないけれど、その思考はシャンプーの柔らかな匂いをあくまでも意図せず不本意ながら嗅いでしまうところで及第点を僕に与えた。


行動理由がどうであれ、その行動原理は仕方がないことだ、この二人は従兄妹(いとこ)同士という世間体がある。

それが例え、ドライヤーを掛けている男子生徒、(みなもと)部長は、彼にとっての無表情とでも言うが如く常に笑みを崩さない不可解な信念の持ち主であったとしても。

はたまた、ドライヤーを掛けられている女子生徒、更紗(さらさ)先輩は、丸眼鏡に長髪で小動物のような体躯に全くの無感情を常備している不思議な人格者であったとしても。

それは現状において、否、現状におかなくても、僕が女子生徒へドライヤーしてあげることに志願すれば、きっと返答がビンタであることと同様に至極自然な光景なのだ。

きっと。

たぶん。


「なにかあったんですか?」


鼻腔に心地好さを感じていることが悟られないよう、平静を装って手近な椅子へと腰を降ろす。

ドライヤー温風進行方向、正面キープ。

更紗先輩は身体より一回り大きな体操ジャージを着ている、源先輩のものだろうか。

グッジョブと言わざるを得ない。


「トイレで手を洗おうとしたら、栓が外れて噴水を被ったらしいよぉ」


源部長は普段通り軽妙な口調で、更紗先輩の代弁をする。

これまた普段通りの光景というか、更紗先輩が喋るところを僕は今まで一度も見たことがない。


「へえ、そりゃ災難でしたね」

「不運も不運だよねぇ、まあそれ以上の目に遭わなくて良かったと考えた方が良いかな」

「それ以上の不運って、例えば?」

「さあ……、その水道から強酸の水溶液が噴き出してきて髪が溶け落ち、全身真っ赤に爛れ上がるとか?」

「こっわ、それは怖過ぎます、というかあり得ないでしょうそれは」

「現状の不運より不運でなくて良かったと結論付けたのだから、そこに至る過程の妄言なんて怖過ぎてあり得なさ過ぎるくらいがちょうど良いのさ」

「そりゃまあ、そうかもですけど……」


その思考へたどり着く源部長の妄想力に恐怖していることも、もういっそ墓まで持っていこう。

温風が止まり、湿り気の取れた更紗先輩の細い髪が風に揺れた。

部屋に溜まったシャンプーの匂いも、開け放たれた窓から外気と混ざって少しずつ薄まるだろう。

今だ、今しかない、今のうちだ。


「ところでさ」

「へぃあ!?」

「素っ頓狂かよ、大丈夫かい?」

「はい、僕は今日も全くもって平常運転です!」

「それは何より。じゃあ、本題に入ってしまっても平気かい?」

「は、はい!」

「君はどう思う?」


源部長の真面目な、しかし崩れない笑みから垣間見える威圧感のある眼差し。

質問の意図が怖い、まさか更紗先輩の髪の匂いを嗅いでたことが……!


「音沙乙女について」


バレてなかった、良かった、もう詰んだと思った。


「って、音沙乙女? 僕と同じ高校一年生のですか?」

「そうそう、クラス同じなんだっけ?」

「いえ。でも違うクラスの人間である僕が知っているくらい、音沙は有名人です」

「容姿端麗、学力優秀、非の打ち所がないほどの美少女ちゃんだよね。ただひとつを除いて」

「そうですね、ただひとつを除いて」


しかし彼女は、そのただひとつが大いに致命的な女子だった。

音沙乙女、彼女は入学式初日から際立っていた。

式典という場で堂々と特待生挨拶を述べ、しかし女性らしい柔らかな仕草と穏やかな表情を全身に湛え、それを見ていた男児なら例え教員でも惚れること請け合いだろう。

それから数日は華のある話が絶えなかった音沙だが、ひと月ほど経ったある日を境に、彼女の話題は逆のベクトルへと走り始める。

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