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パンドライドラ  作者: 如月うなむ
第一章:パンドラの本懐
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第19話

「音沙、お前もしかして今みたいな交通事故を見慣れていたりするの?」

「そんなわけないじゃないですか、むしろ初めてですよ!」


聡明と言われている音沙が声に角を立てて感情を顕にするほど、先程のような出来事に抵抗力を持たないということは伝わってきた。

しかし、僕の釈然としない気持ちは増すばかりだった。


だってそうだろう。

音沙がパンドラと呼ばれる所以、それは音沙がいる場所に不幸現象を振り撒いてしまうことに起因する。


目の前で起きた事故に僕の意識の重心が在ったのに対し、「事故もそうですが」と前置きしたように、音沙は事故の衝撃よりひとつの命が助かったことに重きを置いていた。

その文字列だけ見れば、現物主義な少年に対し彼女は何と心優しいのだろう、そんな風に誰しもが思うだろう。

しかし僕からしてみれば、なぜ目の前で起こった車両事故という非日常に、まず過敏な反応を示さないのだろうと小首を傾げてしまう。


僕が薄情か否かという問題はその次に提起されることであって、目の前で起きた非日常にはどうしても反応してしまうのが人間の本質だ。

反応の方向性がどうであれ、だからこそ事故のような場合は逃げるひともいれば、野次馬みたいに集まってくるひともいる。


ではなぜ、音沙の思考の重心が事故という状況より、その事故に巻き込まれたわけでもない人間の生死に在るのか。

僕の知り得る知識を総動員してその疑問に対する答えを導くなら、音沙がパンドラだから、という結論にしか至らないのだ。

不幸現象を振り撒く少女は、車両事故という非日常を、異常と感じなかったのだとしか思えなかった。

だからこそ人間が行うべき反応のワンクッションを一足飛びにして、その次の思考へ先行できたのだ。

先程のような事故を見慣れているからこその、先進的思考なのだと。


しかしどうだろう、音沙は先程のような事故を見慣れているどころか、現場に立ったのも初めてだったと言う。

確かにひとの命を尊ぶことは重要だが、だとすれば、それにしても数分前に起きた惨事に対して自己消化が速すぎやしないか?


音沙の思考は今、パンドラという性質によって事故を起こしてしまったことに落胆しているでもなく、不幸を日常的に目撃しているからこその先進思考というわけでもなく、ただただひとひとりの命が救われたことに重きが在る。

その心理の足運びが、僕には全く理解できなかった。


「言い方が選べなくて悪い。音沙自身は、さっきの事故もパンドラの性質が要因していると思うか?」

「えっと……」

「そもそもの話になるけど、お前あんまり事故が起きたことに対して驚いていなかったろ?」

「いえ、心臓が飛び出るくらい驚きました。先述しましたが、私も実際の車両事故というものを目の当たりにするのは初めてで。あれほどのことがあったのですから、驚かない方が変でしょう?」

「なんだ、そんなに驚いていたのか。てっきり僕は、不幸を呼び寄せるパンドラの性質があるから、事故という一種の不幸現象に場馴れしているのかと」


少し棘のある言い回しだが、僕は音沙に鎌をかけた。

音沙の心根がわからない以上、僕の違和感も失せることがない。

とりとめて何を会話する必要性があるわけでもないので、このまま自動解散しても良いのだけれど、純粋に僕自身の気持ちが悪かった。


内心恐々としながらも、僕は平常を装う。

粛々とした雰囲気で、しかしどことなく眉根を(ひそ)めながら音沙が開口した。


「榎臥さんがどのくらいパンドラの不幸現象について把握しているのか知りませんが、私の行く先々で先程のような交通事故が巻き起こっていたなら、既に私は学校内だけではなく世界から嫌われていて然るべきです」

「お前が嫌われているとまでは言っていないけどさ。じゃあパンドラの性質とさっきの事故は無関係なんだ?」

「それは考え方が鋭角過ぎます。ただ、今までの経験上、不幸現象は学校内だけでしか起こりませんでした。今の事故を発端として、その性質がついに校外にまで影響を及ぼすようになったということなのか、もしくは本当に偶然私達がその場に居合わせただけだったのか……」

「ひとの思考をとやかく言うのは本来的にお門違いだけど、それにしたって事故への反応がおざなりじゃなかったか?」

「それを言うなら、今の状況に至るまで、私は全て榎臥さんの何か予定の通りに事が進んでいるのだとばかり思っていました」

「えっ」

「奇行を取って歩行者の意識を占拠、その後すぐ突然発生した大きな車両事故、にも関わらず死者はなし。正直、あんなことが起こるだなんて夢にも思いませんでした。でもその上で、本来失われて然るべき命が救われたのだから、そちらに私の意識があって当然でしょう?」

「待て待て、僕が、何だって?」

「ですから、榎臥さんは事故という不幸現象を、まるで起こることがわかっていたかのようにして人命を救われたじゃないですか。にわかには信じ難いですけれど、榎臥さんは何か先見の明をお持ちなのですよね? そうでなければ部室を出てから今に至るまでの行動を、私は説明ができません」


そんな馬鹿な、源部長じゃあるまいし。

じゃあ音沙は、僕が車両事故の起こる現場まで音沙を誘導して、人命を救うという超能力張りの奇跡を見せていたと解釈しているのか。

だとすれば確かに音沙の意識が既にそちらに在ることも納得できるが、どうしてそうなった。

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