第15話
「何もしないのだから、それじゃあ、今日の部としての活動はここまで!」
どこからが部としての活動であり、どこまでが部としての活動だったのか皆目見当もつかないけれども。
源部長はひとりで一本締めを行い、解散の号令を掛ける。
「それじゃあカガりん、パンドラちゃんを送ってあげてね!」
「はい?」
「大丈夫、さーちゃんも一緒だから!」
「いや、はい?」
「みーちゃんも付けた方が良い?」
「あんた、僕の疑問符の意味わかってんだろうが」
「カガりんこわーい、先輩には敬語を使わないとだ・め・だ・ぞっ?」
「大変失礼致しました。不徳の致す限りでございます。勅命とあらば切腹も辞さない所存でございます」
「なんかごめん……」
珍しく源部長が折れた。
気色悪いポージングにやり過ぎた自身への羞恥を抱いたのだろうか、それとも大仰な反応を示す僕の雑な無関心に猛省したのだろうか。
いずれにしても、久々に優越感。
音沙はといえば、解散号令が掛かってからケータイを開いて何か打ち込んでいた。
さすがに覗く趣味はないけれど、社交辞令として僕は「何かあった?」と音沙に訊ねてみる。
「いえ、私は部に所属しておりませんので。ただでさえ帰宅時間がいつもより遅れていますから、両親に心配を掛けてしまっています。これから学校を出る旨の報告を」
「両親から心配されるんだ、高校生とはいえ女の子は大変だな。僕なんて、晩飯くらい友達と食ってこい、って怒られるくらいなのに」
「私の両親の場合、心配の出所はそのことだけでないのかと」
そこまで聴いて、僕は大変申し訳ない気持ちになった。
それこそ源部長に放った牽制的な謝罪文ではなく、心底彼女に謝りたいくらいに。
少し考えればわかることだった。
音沙の両親はきっと、音沙が女の子だから帰宅メールを寄越させるほど、そのことを過剰に心配しているわけではない。
学内の人間の大多数が知っていれば、教員、延いては両親の耳にすら届くはずだ。
音沙乙女が学校でパンドラと呼ばれ、周囲から敬遠されているということ。
学内の人間からすれば音沙は恐怖の存在だが、彼女の親からすればそんなものはただの虐め以外の何物でもない。
何かされていないか、何かされるのではないか、何かされたのではないか。
音沙の両親が抱く愛娘の安否は、いつもより帰宅が数刻遅れることで、いつもより帰宅が数刻遅れるだけで、異常なまでに負の方向へ削がれていくのである。
僕はただただ、音沙に頭を下げることしかできなかった。
「さて、とはいえ僕とカガりんが夫婦漫才を興じている間に連絡も済んだろう? もう完全にお開きにしても良いかな?」
「はい、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
「夫婦漫才」について音沙に突っ込みを入れて欲しかったけれど、文字通り彼女には今とても頭が上がらないので、僕は源部長を睨め付けるだけに留めた。
結局こうだ、針先程度でも勝てたと浸った僕が間違いだった。
ぐうの音も出してこない僕を見遣る源部長は、そこはかとなく嬉しそうである。
本当に性格悪いな、このひと。
「それじゃあカガりん、美少女ふたりのエスコート兼ボディガードよろしく頼むね!」
「もちろん源部長も来て下さるんですよね?」
「僕はほら、そろそろ我らが副部長を探しに行かないと。今頃きっと富士の樹海を彷徨っているか、その辺の側溝にはまって身動き取れなくなっているだろうからさ」
「温度差!」
「うちの女子部員は粒揃いなのに、三年間一緒とはいえ、あれだけは美少女というより微妙女って感じなんだよなあ」
「いや、副部長も十分美人さんだと思いますけどね」
「僕の好みじゃないなあ」
源部長の場合、容姿の好みでなく、もっと別の話をしているのだろう。
彼の嗜好に沿う人材であるかどうか、それが僕の憶測し得る、源部長が下す人物判断基準の真なのではないかと思う。
そういう意味で言えば、副部長もかなりぶっ飛んだ御人なので、源部長の嗜好には須らく沿っている気もするのだけれども。
まだまだ奥深い裁定法があるのかもしれない。
「カガりん、私が一緒に行クヨ!」
「いえ、間に合ってます」
「なンデ?! もなみん必要なノニ!?」
「源部長は男ですし。ほら、美人さんが三人も並んでいたら、道行くひとが放っておかないでしょう? さすがに僕ひとりではそんな状況、とても捌ききれません」
「ムゥ……」
美人さん二人だけでも、間違いなく僕は容量オーバーなのだ。
ミイ先輩の場合、容姿面で負担大、性格面で負担特大という重戦車のような負担積載量を誇る。
ただでさえ片手にパンドラ女史、もう片手には無言子女、この時点で、例えその両者が美人さんでなかったとしても既に対応し得ることのできるキャパは僕にない。
嗜められる状況下に在るうちに、危険因子はひとつでも排除せねば。
「仕方がナイ。うん、オイルが漏れるけど私の眼球をひとつ持ってイッ……」
言うが早いか、ミイ先輩は源部長に手を引かれて部室の外へと連れ出された。
「僕とみーちゃんは、もう行くからね。あとは頼んだ!」
源部長はその言葉を最後に、荒っぽく戸を閉めて行ってしまった。
きっと色々と思うところがあったのだろう、その点は僕も共感に至った。
何とは言わないけれど。
わかるひとだけがわかれば良い。
しかし源部長の最後の言葉は僕というより更紗先輩に掛けたような視線運びだったけれど、あのひとに関しては深いことを気にしていると切りがないので、とりあえず僕は戸口から二人へと向き直った。
「えっ、と。僕達も行きましょうか」
首を立てに振る二人分の合意を確認した僕は、いそいそと下校準備を始めた。




