第11話
「っち」
そして後悔した。
僕は源部長と関わりを持って初めて、笑顔の消えた彼の表情を目の当たりにする。
汚物でも見下ろすような嫌悪丸出しの表情、源部長は音沙を舌打ちで唾棄した。
「じゃあ何でここに来たの? 助けて欲しいんじゃないの? 確かに君を校舎裏へ呼び出したのはカガりんじゃなくて僕だ、君のことを助けてやるとも言った、でも助けられることに強制は一切していない。君がこの部室に入室した時点で僕の自由研究が開始される予定だったから、校舎裏で助け手を取らなければ僕の研究もそれまでのつもりだった」
「ご……」
「助けて欲しいのに、自らパンドラ名乗っちゃうわけ? 愚かにもほどがあるよね。まだ「不幸現象に悩んでいます、助けて下さい」って言った方が全景に於いて僕は君を立派だと思うだろう。おめでとう、君への認識は大嫌いから超嫌いに格上げだ」
「ごめ……、なさ……」
ついに音沙は嗚咽混じりに、涙を浮かべながら謝罪した。
源部長は今、「全景に於いて」と言った。
僕が知り得ないような、ひょっとしたら本来なら音沙しか知り得ないような、少なくとも、そして間違いなく音沙の不幸現象の発端について源部長は何か知っているのだろう。
それらの因果関係が、源部長のこれらの憤慨に繋がっているのかもしれない。
しかしバックグラウンドがどうであれ、人間がここまで否定されている現場を見ると、知らない他人だったとしても少しいたたまれなくなる。
どうにかしてあげたい気持ちはあるけれど、僕は場が進展することをただ無言で待った。
「……と、まあ、さ。まだ君にその気があるのなら大丈夫。僕は君が超嫌いだけど、等価交換という意味でちゃんと君のことは助けてあげるからね」
源部長の表情は、いつの間にか常備されている笑顔へと戻っていた。
等価交換、助けられることと研究材料になること、だろうか。
音沙はひと筋の救いを抱いたように目を見開き、「お願い致します」と小さく漏らしながら深々と頭を垂れた。
しかしどうなのだろう、予知にも近い予測をする源部長のことだ。
音沙がこの部室に来るのを拒まないであろうこと、源部長の逆鱗に触れる今に至るまでの音沙の発言全て、もしかしたら音沙がこのように泣き出すことすら、そういう一挙手一投足を理解しつつ誘導的に行動しているような気がしてならない。
成績が中の上程度である僕が何をどこまで考えても、きっとその理由は理解不能なのだろうけれど。
「もう一度だけ訊くよ。パンドラちゃん、君のことは僕が助けてあげよう」
「はい、お願い致します」
過程はどうあれ、音沙が自身の現状の改善を望んでいることは、これではっきりした。
嫌われ、罵倒され、否定され、そんな相手からの助け手を取ることは、彼女自身が不幸を振り撒くことに対して本当に混迷していることの現れだ。
そうでなければ、音沙が源部長から事の承諾を強要されているか、ただの酔狂な人種ということになる。
その両者とも、今までのやり取りを見る限り、どちらも肯定されることがなかった。
音沙は確かに、そして間違いなく、助けられることを本当に望んでいる。




