第9話
「源先輩、天才の号を冠する貴方が私のような異端者にご興味を持たれる可能性を、勝手ながら推測し願っておりました。しかし本当に私を救って下さるのですか?」
不可解な言葉を並べる音沙。
どうやら彼女は源部長がただの天才ではなく、変態思考の持ち主というか変人至高の信者というか、彼が「異端者」に興味を持つことをそれとなく知っているようだった。
そりゃあまあ源部長は、なんてったって自由研究部という意味深な団体の長だから、傾いた思考の持ち主だろうということは遠巻きにも判りそうなものではある。
とはいえ音沙は、数ヵ月この部に軟禁拘束された僕とは違い、源部長の人格を体験しているわけでも、部の活動実態を体感しているわけでもない。
源部長が異常者だということは百歩譲って判りそうなものとして、そんな音沙はどうして源部長が異端者に興味を持つこと、それ自体を推測できたのだろうか。
僕ならば、残念ながら理解できる。
この部に集う面々とある程度の時間を共有すれば、この部が源部長率いる変人集団だということは。
そして部活紹介パンフレットに「個の興味を団で探求し社会に還元する、貢献型活動団体」という体の良い言葉を連ねる自由研究部が、自由に好きなことを掘り下げて嗜好を満たす偏屈な団体であるということも。
それらを加味すれば、学校七不思議とでも揶揄されそうなパンドラ音沙に、いずれ源部長が興味を持つことは自然と推測できるし納得できる。
しかし僕と音沙が持つ一連の記憶に同一性などない。
だというのに、音沙は源部長がパンドラに興味を持つことを推測していた。
そこだけに着目すれば、情報源はともかく、自らを「異端者」と名乗る音沙は「天才」と称賛する源部長の"異端性"を相当量把握していることになる。
僕の持論で言っても、異端者に進んで接触するのは、紛れもなく異端者の異端行為だから。
そうであるなら、僕はさっきの音沙の言葉が「私の望み通り私に興味を持ってくれてありがとう、でも同類とも言える異端児の貴方が本当に私を助けることなんてできるの?」と言っているようにさえ聴き取れた。
むしろそうでなければ音沙は、源部長の"異端性"を知りつつわざとパンドラという異端者に成り下がり、彼から助けてもらうというお姫様的構図を自作しているという意味不明な展開を狙っていたことになる。
もちろんそれは例えばの話であって、あり得ないほどあり得ない話だ。
校舎裏での一件然り、不幸現象には音沙自身かなり悩んでいることが見て取れた。
そもそも大衆からの迫害を自ら望む人間なんていないし、進んで「不幸を振り撒く少女」と呼ばれる道を歩んでいたとは考え難い。
万々が一、音沙が源部長に好意的なそれを抱いていて接触の機会を伺っていたと仮定しても、優秀生徒としてこの学校に入学してきた聡明な彼女ならもっとマシな手段は腐るほど思い付くだろう。
「僕は君の立場に興味があるのであって、君自身への興味は毛ほども持ち合わせていないんだよね。君のことは助けるけど、救ってやるつもりは毛頭ないよ」
助ける、と、救う。
ニュアンス的に源部長は、パンドラという立場は改善してやる、と言っているのだろうか。
それは音沙の望みでもあるのだから、結果は同じような気がする僕はまだ浅はかなのかもしれない。
とはいえ源部長が手段を選ばない人間であることを知っているだけに、言葉を含ませる物言いはちょっと、いやかなり怖い。
「君が僕の何を知っているのか知らないことにしておくけどさ。それにしたって、そうであるなら尚のこと、あまり僕の興を削ぐようなこと言うなよ。ますます嫌いになる」
「な、何か気分を害してしまったのなら、お詫び申し上げます……」
「本当に可愛いよね君、さてはモテモテだったろ」
「できることなら、私は……」
そこで音沙は言い淀み、頭を振って意図を訂正する。
「やはり私は、助けて頂く身としても、貴方に嫌われたくありません。何か意識を改善させて頂けるチャンスを下さい……」
「パンドラちゃん、それなら君にひとつ、さらなる残念なお知らせをしなきゃならない」
「はい」
「僕は無能が嫌いだ、大嫌い」
笑顔という彼の表情を変えないままに、源部長の語気が上がる。




