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パンドライドラ  作者: 如月うなむ
第一章:パンドラの本懐
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第8話

源部長は次に、更紗先輩を指差した。

流れで言えば源部長は年齢の低い部員順に指名している様だけれど、果たして更紗先輩は自己紹介するのだろうか。


今思い返せば、僕がこの部に半ば拉致のような形で連れてこられたときにも、更紗先輩の紹介は源部長が行っていた。

いつだって更紗先輩は、寡黙を貫くのである。

しかし源部長の指示とあらば、彼女はいつ何時であっても、自らの身を裂くことすら躊躇いがないような人間である。

出会ってから一度も声を聞いたことがない更紗先輩の次の句に、僕は緊張の生唾を嚥下(えんげ)した。


「…………」


パイプ椅子からすっくと立ち上がった更紗先輩は、つかつかと部室の側面に歩み寄る。


"私の名前は更紗篠です。小さいですが、二年生です。喋りません。よろしく"


やっぱり喋らなかった。

更紗先輩は部室の壁に掛かる巨大なホワイトボードの端に、丸みの帯びた可愛らしい小さな文字を連ねた。

これで顔を赤らめながら恥ずかしがっていたら、もしかしたら僕の母性本能が爆発して理性は滅ぼされていたかもしれないが、そもそも僕は男だし更紗先輩は普段通りである。

無表情という名の泰然自若を引っ提げ、更紗先輩は再びパイプ椅子へと腰を据えた。


「次は私カナ」


代わって、ミイ先輩が椅子から立ち上がる。

更紗先輩とは対照的で、いわゆるモデル体型というやつだろう。

ミイ先輩の傍に更紗先輩がいると、キリンと子ネコが並んでいるくらいに錯覚する。


「稚若木ミイ、三年生ダヨ。私は機械だから君が思っていること、感じているもの、それらがもたらす感情は良くわからナイ。ねえ、君は今どんな気分ナノ? 後で嫌になるほど訊くからやっぱり今はいイヤ。よろしクネ」


一般人が聞けば狂気の沙汰とすら感じてしまうような自己紹介だが、音沙はミイ先輩にも丁寧に頭を下げていた。

順応力すごいな、僕だって未だこのミイ先輩の雰囲気には慣れないというのに。


「もうひとり、今日は来ていないけれど、副部長の任を背負っている女の子がいるんだ。適当に紹介しておくとその子の趣味はアイデンティティを構築すること、今は自分探しの旅に行っているみたいだね。いずれ会うさ」


どこまでも適当な紹介文だった。

内情を知る者として、その「適当」がどちらの意味を差すのかは理解に苦しむことがなかった。


「そして僕が自由研究部の部長、三年生の源最波だよ! 上から読んでも下から読んでもミナモトモナミ。(もっと)(なみ)って覚えてね、よろしくー!」


音沙は小さくお辞儀を打った。

そしてそのまま、「かねてから存じ上げております」と続ける。


「何でも、本校始まって以来の天才と評判を伺いました。まだ作成すらされていないある試験問題を、自作した回答用紙に記入してポストへ投函。試験日当日は欠席なさったのに、試験が満点だったという逸話も……」


何それ嘘臭い。

事実だったとしたら、天才より変態の方がよほど妥当だ。


っとと、源部長が笑いながら睨んでくるごめんなさいごめんなさい。


「難しいことじゃないよ。歴代の過去問から読み解ける出題傾向、出題者である担当教員の思考傾向、それらを合算しつつ科目自体から予測し得る出題パターンを系統立てて優先順位別に配列しただけさ」

「それでも、問題の順番まで一致させるなんて予知能力のような神聖なものを感じてしまいます」

「まあ、僕もあのときは赤点取らなきゃいいやってくらいの気持ちで作っただけだったのだけどもね」


無心、無心になろう、無。

読まれる、色々と読まれる。

これ以上、源部長を卑下するような思考は僕の命取りだ。

否、死した方がマシだと思えるような生き地獄を味わわされかねない。


とはいえ。

音沙が、特に源部長を警戒しているのか、はたまた他の何かなのか。

それはわからないけれど、音沙は表情の不安色をそのままに、会釈で済ませた他の面々の挨拶とはうってかわって饒舌なものだった。


まあ天才的とも変態的とも言える源部長の人格から嫌い認定を受け、その人にこれから助けを乞うのだから、警戒というか緊張というか、水面下で何らかの心理作用があるのだろう。

音沙の抱く源部長へのイメージがどういうものかはわからないから憶測の範囲を脱しないし、相手に特別警戒警報を発令させるほど、それだけ源部長の知名度が高いということもあるのだろうけれど。

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