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内緒 〜Night in Shock〜

作者: 成洋

「おいおい、勘弁してくれよ」俺は性懲りもなくイライラしている。

木製の年季の入ったちゃぶ台の上には食べ終わった唐揚げ弁当が置いてある。

「本当に無いのかぁ?」自分に問いかけるようにいった。

俺はコンビニ袋を何度も覗いた。やっぱり無い。

確認しなかった俺も、もちろん悪いが、それはやっぱり店員の方が絶対に悪い。あんなに決まりきった動作を間違える奴の気が知れない。

俺はしょうがなくコンビニ袋からプリンのみを取り出した。

唐揚げの匂いが染み付いた割り箸でプリンをすくう。

唐揚げの味がほんのりするプリンなんてものは、美人の鼻毛くらい残念なものだ。

「スプーンくらい入れてくれや!」俺はプリンを一口食べてから大きな声で言った。

大きな声を出してイライラが少し収まった気がする。

俺はプリンを箸を使って綺麗に平らげると、リモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。

「ブゥン」というブラウン管の音がして、テレビはゆっくりと編集された見せ物を映し出す。

(平日の昼間はニュース番組くらいしかやってないだろ)

パチパチとチャンネルを入れ替える。

たまにテレビでザッピングという業界用語がでるが、まさにこの行為を指すらしい。

俺は初めて聞いたとき何を言ってるのか分からず、酷く不親切だと怒ったことがある。

「お?」俺はニュース番組が放送されているチャンネルでザッピングを止めた。

怪奇的な連続殺人の事がニュースで流れていた。

犯人はまだ捕まっていないらしく、動機は何なのか?などの推測にも足らない事を、くだらない専門家が喋っている。

昼間にはよくこんな番組がある。きっと噂好きの主婦層を狙っているんだろう。俺みたいなフリーターは論外のはずだ。

専門家のしゃべりが一段落するとアナウンサーがまとめに入った。

「ねぇ。本当にひどい事件です……。何の目的でこんな酷い事をするのでしょうか。謎は深まるばかりです」アナウンサーは自分の身内が殺されたかのような顔で語る。

「ククク」俺は思わず笑ってしまった。「お前らがその犯罪者を生んでいるだよ。ったく」

これ程、有名になれれば犯人はいつ死んでもいいはずだ。

きっと犯人は部屋に閉じこもってるような奴で、僕はスターになる!と思っていたのだろう。

そんな奴にとって、殺人とは一世一代のショーなのだ。

そして、それはマスコミによって華々しく完成されることになる。

「さて、次のニュース。あの有名歌手がおめでたのようです」アナウンサーがにっこりと次のニュースを読み上げた。

この切り替わりにはいつも恐れ入る。

職業病のようなものだと言うが、それは職業のせいにして逃げているに過ぎない。本当は自分が人の生死に感心が無いことを知っているはずだ。

まぁ、そういう俺も似たようなものだ。人が死のうが生きようが勝手だ。

俺はリモコンを再び手に取り、テレビのチャンネルを切り替える。

次に回したチャンネルでは、ハリウッドスターの来日インタビュー映像が流れていた。インタビュアーは若い女子アナウンサーだ。

女子アナが浅草にしか売ってないような、安っぽい刀を渡すとハリウッドスターは陽気になった。

「サムラーイ」などと言いながらプラスチックの刀を振り回す。

ラとイの間は伸ばしては駄目だと、なぜ突っ込まないんだろうか?

アナウンサーであればきっちりとした発音を外人には教えなければいけない。

大体、外人の剣の使い方は腰が入っていない。片手でブンブン振り回す印象だ。スターウォーズなんて吐き気がする。あんなものはダンスだ。

思い始めるとイライラは止まらない。

まず、英語が腹立たしい。何で日本語と逆に文法を作っていくんだ。それに名前までひっくり返さなきゃいけなくなる。

タロウ・ヤマダといった具合だ。

ふざけるなってもんだ。

何でお前らの為に名前までひっくり返さなきゃいかんのだ。

俺は一生鎖国でよかった。

外人なんて糞喰らえだよ。まったく。

俺はリモコンの電源ボタンをテレビに向かって押した。

「ブゥン」という音を立てて、テレビはただの大きな箱になる。

一瞬の静寂の後、セミの鳴き声が聞こた。

窓の外は闇を嫌がるように太陽が照らしつけている。

そして、俺はまた細かいことにいちゃもんをつけ始める。

「セミはすぐ死ぬって言うけど……」

ぶつぶつと、止めど無く、俺は文句をたれた。


外を見るとすっかり夜だ。

俺はいつの間にかテレビの電源を入れ、何かに目をつけてはぶつぶつ文句をたれた。

しかし、文句を言っている俺はというと、決して上等な人間ではない。

性懲りも無く、いつもテレビばかり見ている。俺の今の生活をどこを切り取ろうと、まったくと言っていい程変化が無い。

自分でもこのままではいけないと思っているが、次の職につくタイミングが見つからない。

それは、くだらないテレビを見続ける事に似ていた。

きっと貯金がなくなり、テレビが消えた時がそのタイミングなのだろうと、ぼんやりとだが考えている。

テレビでは連続殺人のニュースがまた取り上げられている。

「おいおい、イラクではどれだけ殺人が起きてるか知ってるのかい?」俺はテレビのアナウンサーに問いかけた。「それに日本だって、戦後は人殺しが大勢いたんだぜ?」

だが、アナウンサーはいつもの調子で悲しむふりをするばかりだ。まったく聞いちゃいない。

パチッとチャンネルを切り替える。

バラエティ番組が放送されている。「三分で作るおいしい豚丼」というコーナーで、中学生くらいのアイドルが自分の料理を自慢するというスタンスらしい。

まったく、真夜中にこんな番組をやって誰が得をするのだろうか?

「今日はおいしーい豚丼が三分できる。簡単料理を紹介しますよー」アイドルが作られた笑顔を振りまいた。

普通に考えれば豚丼は三分ではできない。豚を育てるのには相当な苦労がいるし、米だって作るのは大変だ。

「一年でできるの間違えだろうよ」俺はテレビに話しかける。

大体こいつらは物事の本質と言うものが見えちゃいないのだ。

「スーパーで並んでいる牛肉は、あの牧場にいる牛の肉片という事をまったく分かっちゃいない」俺はテレビのアイドルを睨んだ。「どっかで牛肉が自然に生まれると思ってやがる」

俺の高圧的な態度にもかかわらず、アイドルは相変わらずの笑顔を振りまいている。

アイドルは包丁で豚肉を切り刻みながら、自分の可愛さを自慢するように調理した。



ぶつぶつ言いながら俺はチャンネルを変えた。

「大変です!これは……」アナウンサーが髪を乱して叫んでいる。

(何だ?)

俺はその演技とも思えない態度に、思わずテレビのボリュームを上げた。

「みみみ、みなさん。ここ、これは大変です。どうしよう」アナウンサーはさっき以上に慌てている様だ。

「おいっ、どーすんだよ。これっ!」「とりあえず逃げようぜ」明らかにスタッフの声がテレビから流れてくる。番組のカメラマンかADの声だろうか。

「逃げるぞ!」アナウンサーが急に立ち上がり画面から消えた。

(何だこれは?)

俺は見慣れないその光景に完全にフリーズしていた。

初めはドッキリかとも思ったが、視聴者を本気で騙すドッキリは今のテレビはやらないだろうと考え直す。

「あ、何だ……。あれ」アナウンサーの声だけが微かにテレビから漏れる。

その直後だった。

「ザーッ」灰色の砂嵐がテレビのブラウン管を包んだ。

「おいおい、冗談じゃねぇぞ」俺はチャンネルを次々切り替える。

だが、そこには偽善の塊の様な番組は、もうなかった。

しばらく、俺はボーッとテレビの砂嵐を見ていた。

ただ、砂嵐という真実のみが醜く露出され、俺の絶望感と焦燥感をそそった。

「おいおい!」俺はテレビに向かって叫んでいた。

自分自身の言葉で俺はようやく目が覚めた。

(とと、とりあえず、外に!)

俺は木造のボロいドアを抜け、サンダルで前の道に、勢い良く飛び出す。

だが、その勢いはキャッチャーミットに落ち着いたボールの様に急激に収まった。

もう、それ以上足を前に進めることはできそうにない。

そこで見たのはまさに地獄だ。俺は路肩にボーッと立ちすくむ。

道の真ん中では人が人を押しのけ、我先にと、どこかを目指して走っていた。

目の前で繰り広げられる醜い争いは、現実と夢の混じりあった存在の様に、ぼんやりとしていて現実味がない。

いやいや、よく見てみると違う様だ。彼らは目標があって走っているのではなかった。何かから逃げているのだ。

俺は人が進む反対側の空を見上げた。

「な……。何だこりゃぁ……。」

今は真夜中なのだし、空は当然真っ黒である。

しかし、その方向は異質の黒だった。

これが無と言う色なのだろうか?

とても言い表せない不気味な色だ。

それは空と地上関係なく、空間を包み込んでいる。

「おいおい」俺はその場にへたり込んだ。

「あれ何なんだよ……。」俺は力なく呟いた。

目を血走らせて走る人は、もはや人としての知性などはまるで感じられない。

自分が圧倒的なセーフティゾーンにいたにも関わらず、突然異常なる恐怖にさらされると、人はこうもたやすく狂ってしまうのだ。

無はどんどん空間を飲み込み、こちらへ近づいてくる。

遠くにあったはずのそれは、もはや自分のすぐ側まで迫っていた。

俺は色々と思い出していた。

小さい頃の記憶。

初恋。

喧嘩。

仕事。

しかし、そんな過ぎ去った時の記憶はただ色褪せていて、酷く抽象的で正確に思い出すことは困難だ。

走馬灯のように流れた思い出から目を覚ますと、無は手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。

近くで見ると何とも恐ろしい。

声もでず、息もできなかった。

無が俺の体をゆっくり包んでいく。

その時は俺は確かに体で感じた。

俺は絞り出すように声を出す。

「これが真実か!これが……」

……。

……。



男か女か。それは無関係である。

今は何歳か。それも無関係だ。

いつからか人は自分をデジタル化し、仮想空間で生きるようになった。

その時点で仕事という概念は消えた。食べる必要がない。住む必要がない。お金をかけるものがないのだ。

また、人との折衝も自然となくなった。人と交わる理由がない。

それからは、人類は皆、娯楽を楽しみに生きた。

仮想空間では何でもありである。

仮想セックスマシーンなどなど。

もうなんでも思い通りなのだ。

まったく最高の世界だ。人は究極の所まで進化したといってよい。

いままでの全ての仕事はこの環境を求める旅だったのだ。

「ピー、フォーマット終了しました。完全消去です」デジタル音声がどことなく聞こえた。

私はそのゲームに視線を移す。

確かに完全消去されていた。

「今度の宇宙は抜群におもしろかった」私は思う。

この私(名前はとうにわすれてしまった)はずっとあるゲームを生きがいにしている。

そのゲームの名前は「仮想宇宙ゲーム」。

中に居る彼らの真実は私が握っているのだ。私こそが神であった。

「ピー、宇宙をリスタートします」デジタル音声が聞こえる。

また、壮大な宇宙が始まる。

何百兆年かかるのだろう?

次はどんな世界になるだろう?

そう考えるとワクワクした。

だが、それと同時に恐ろしい考えが浮かぶ。



「私の真実は、本当に真実だろうか?」



しかし、私はこう思い直す。



「それは知性共通の内緒であろう」




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