出世が改変させられるのは幼少期が多い
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転生というものは母体の中から始まるものではないらしい。自分の意識が覚醒したのは、口から羊水を吐き出した時だった。
「ごばぁっーーーー!」
「うぎゃぁああぁあ!」
耳にも羊水が入り込んでいる感じがする。キモチワルイ。閉塞感のある耳はそれでも音を拾い、脳に伝達する。まだ瞼が開いていないがわかったことがある。自分は双子のようだ。
いつの間にか眠りに落ちて、再び覚醒した時にはへその緒やら羊水はきれいに片づけられていた。瞼をこじ開けると、妙にまぶしくて何度も瞬きを繰り返す。
「あ、起きた」「どれどれ?」「おめでとうございます」「まぁかわいらしい」
一度に聞こえる沢山の声が煩わしい。動きにくい体も面倒くさい。腕をのろのろと動かすと何かに当たった。すると横から攻撃を受けた。
「あー」
「やー。…ぁあああぁああん」
きっと自分の双子だろう。顔が見えないが、男だろうか、女だろうか。突然泣き出した双子に自分も泣きたくなる。やめろ泣くな子どもは苦手なんだ。
「あああ泣かないで…愛しい我が子」
「こっちも泣きそうだ。…でも泣かないな。さすがお姉ちゃんだ」
「弟君は泣き虫だねぇ」
母親らしき人に抱き上げられたのが弟のようだ。覗き込んでいるのは父親だろうか。ちょ、ほっぺをムニムニしないで。唇のあたりをつつかれると反射的に吸い付いてしまう。
「…元気に育てよ」
どうやら自分はまだ名前がないらしい。性別は変わっていないようだ。将来訪れるであろう月経は、今世でも長いおつきあいになるらしい。
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バルバロス国のとある屋敷の一室にひそかに数人集まっていた。ソファに落ち着かなさげに座る男や、部屋をうろうろする男、ひたすらカーテンを開閉し続ける男もいるが、ワインを楽しむ男もいる。
一人以外、緊張で顔がこわばっている。けれど全員がその部屋の扉があくのを待っていた。しばらくするとバルバロス国の王が部屋に入ってきた。表情は読めない。一同は王の言葉を待った。
「双子だった」
その一言にハッと息をのむ音が漏れた。
「安産だったよ。妻も子供たちも健康的だ。……名前は、「梟」に預ける方を決めてからだ。皆の意見を教えてくれ」
「女は将来婚姻に」
「長男のジーク様に何かあったら……」
「弟君を鍛えておくべきか?」
ひそひそとつぶやかれる声に耳を澄ませながら、王は椅子に座っている梟の目本人に目を向ける。
「どちらがよいか」
「梟」はワインの香りを楽しみながら王を見つめ返す。グラスを傾け口に含んで思案した。
「どちらでも。わが家に迎えるならば男女関係なく立派に育て上げます」
王はその言葉を聞いて安堵の息を吐いた。跡取りは長男のジークだ。女は確かに外交に使えるが、最近隣国で生まれたのは女だったような気がする。初めての娘がいつか外交に使われるのを決断しなければならないことを考える。
「では娘をよろしく頼む」
親である前に、王だから国益を優先しなければならない。しかし口に出さなければ存在しない事実もある。王は親として、フェルがいつまでも家臣として国にいてくれることを取った。
「梟」は静かに首肯した。しかしそのすべてを見透かす瞳は、王の内情をすべて知っているようだった。
「どろどろの世界で嫁にいけない傷でも作ったら…」
無事に生まれたというのに、まだ不安が拭えないらしい男が呟く。
「落ち着けよ、ドニ。お前は最近娘が生まれたからそう心配しちまうのも分かるが…」
「そうなんだよ!うちの娘、妻に似てメチャクチャ可愛いんだよ!将来絶対美人になるね!」
それを聞いた王は、先ほどの凛とした表情を取っ払い、胸を張って主張した。
「いや、うちの娘のほうが絶対美人になるから」
「いや、もううちの娘です。しっかり育てていい婿を取りますからご安心を」
王がむくれた視線を梟の目に向けると、素知らぬ顔でまだ見ぬ娘の将来を語られた。先ほどの緊迫した空気は消え、穏やかな笑い声が響いた。
「まぁ幸せになってくれるならそれでよし。俺も飲む」
王はいいながら、頭に過ぎるは王妃のことだった。
「すまん、全部飲み切った」
梟の目はお代わりを頼むと王に遠慮なく言った。
遠慮はかけらもないが、思慮深い彼の瞳は、やっぱりすべてをわかっていると告げている。
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バルバロス国王家に初代から仕える家がある。それがハイレッティン家である。ハイレッティン家の初代はバルバロスの初代王の兄であった。兄は弟を支えるため隠密活動をしていた。通称「梟」と呼ばれている。王の密命で自他国を人知れず飛び回り、監視し罪を暴くのが仕事である。
代々王家はハイレッティン家にわが子を託し、一族の結束を固めていた。バルバロス家の系譜には刻まれぬ娘は、本人の知らぬところでハイレッティンの家系図に名を連ねることになる。
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王妃の寝室には、王妃と「梟」、そして双子がいた。
弟は1人用の揺り籠で熟睡している。もう1人は、王妃の腕の中に。娘の顔にはひっきりなしに、塩水がこぼれていたが、目を覚ます気配はなかった。
「すまない、アルテシア」
アルテシアはバルバロス家の王妃であり。つい数刻前に双子を産み落としたばかりであった。
十月十日、子宮で約6キロの命を愛しみ続け、腕で抱けること夢見ていた。しかし、その夢も数刻と儚く、花が散りゆくほどしかなかった。王家の伝統として、また責務として、王妃のすべてを削って産み落とした我が子は、すでに我が子ではない。
「……」
いつかこんな日が来ると分かっていたアルテシアは、それでも自分の子どもを奪っていく「梟」を憎く思うことを止められなかった。
「この子の名前は?」
たくさん考えた子どもの名前は、ついぞ与えることができなかった。
「……フェル……フェルリアだ」
娘がその音を、名前と認識するころ、その名を呼ぶのは王妃よりもこの男であることは間違いなかった。