10.萩尾先生
萩尾望都先生について語るのは、大層烏滸がましい事だと感じております。
恋愛、SF、ミステリー、ヒューマンドラマ、伝記……主人公の年齢も様々。初期作品から現在までに掛けて絵柄は時代に合わせて変化しているものの、しっかりとした骨格が感じられる人物描画にはいつも溜息が出ます。……大勢の読者に感動を与え影響を与えて来た、と言う事実はここで改めて触れるまでも無いでしょう。
と、言う訳でまたしても個人的な想い出だけ勝手に並べさせていただきたいと思います。それも涙を飲んで数点だけ……。
最初に萩尾先生の作品に出合ったのは学生時代。伝手で短期間バイトをすることになった漬物屋の二階、お昼休みの休憩所でした。学生は作者一人、後は社会人やパートの奥様ばかりで話題も特になく、本棚に置かれていた赤い表紙の古い漫画を手に取りました。
それが小学館プチコミック『萩尾望都作品集』です。その休憩所にある作品は全て読み切りましたが、漬物屋のバイトを辞めた後も引き続き古本屋で中古本、本屋で新刊を買い求めました。全てとは言いませんが特に古い作品については粗方目を通していると思います。
面白いのは、若い時に読む視点と年を取ってから読む視点が違う事。繰り返し読んでいくうちに以前も面白いと感じていたのですが、最近改めて再発見する事もたくさんありました。
ここ数年改めて良い!と感じた作品が『毛糸玉にじゃれないで』と言う短編です。
第一志望すれすれの受験生の少女が主人公。この勉強は何のため?なんて誰もが抱える悩みを持ちつつ勉強している。そんな時、ある事情で同い年の乱暴な男の子が彼女の家に身を寄せる事になって……と言うありふれた日本家庭と学校が舞台になった恋愛未満漫画。等身大の悩みと恋に繋がる感情を、受験勉強、タバコ、毛糸にじゃれる猫、などなどありふれた小道具を効果的に使って丁寧に描いています。
と行儀良く説明を試みましたが、何のことは無い。作者が一番引っ掛かったポイントはやはり『萌え』成分。
自分の生活を掻き乱す異分子、相容れない乱暴者だとばかり思っていた男の子に思いも寄らない一面に遭遇し、目の前にある風景が一変する―――その瞬間にキュンと来ました。若い時に読んでいた時は、ただ『面白いなー』としか思えなかったのに、改めて『なにコレ、スゴイ!』って感じてしまいました。
萩尾先生の作品にみられるこういう視点の転換は、恋愛物だけでなくSF作品やシリアスな作品でも随所随所に散りばめられていて、そのたび目から鱗が落ちるような感覚を覚えます。まるで舞台の暗幕が開くたびにセットが変わり、どんどん先生の作る世界に惹き込まれてしまうかのよう。
恋愛物に限定して上げるとすればまず『フラワーフェスティバル』でしょうか。ネタバレになるため具体的には上げませんが、他の先生の作品で作中の台詞が引用される事があって『おおっ』と思います。影響を受けているその様子をリアルタイムで観ているような気がして嬉しくなります。
こちらは萩尾先生の作品でたびたび題材とされるバレエ漫画ですが、主人公みどりの楽天的だったり我儘だったりする若さのお陰で、ともするとシリアスに流れがちな脇役の絡み合った恋愛関係も、ドロドロして見えないので何度読んでも後味良く楽しめます。そして読むごとに新たな発見をもたらしてくれます。思えば『毛糸玉~』の主人公むつきにもそう言う側面があるかもしれません。あれ?と、すると単に主人公のキャラクターが今の作者の好みだってだけなのでしょうか……。
しかし好みのキャラと言えば、何と言っても『11人いる!』のフロルです。萩尾先生のSFジャンル初期長編作品ですが、ドラマや映画、舞台化もされているのでご存知の方も多い筈。ミステリー要素を含んだストーリーについつい惹き込まれてしまいますが、直情型のフロルのキャラが深刻に暗く沈むかに思える展開をギリギリのラインで明るい所へ引き戻してくれます。
NHKのEテレで小池一夫先生を拝見した時『キャラクターをまずしっかり作る事が大事だ』と言う主張をされていたのを見て成程……と思ったものですが、まさにこの作品の魅力の中心にも、愛らしいフロルのキャラクターが居座っているなぁ、と感じました。勿論お話自体が面白いからこそ、なんですけどね。あと背景も具体的に細かく設定されているし、着想も独特で……って全部好いんですね、結局。
同じくEテレで放送していた『漫勉』萩尾先生の回で、先生のお母様が朝ドラの『ゲゲゲの女房』(2010年)を見て初めて漫画家という職業を認めてくれた……と言うのを聞いて、アングリ。
萩尾望都先生と言えば、既にかなり以前から漫画と言わず創作の世界で神様レベルであるのが公的な評価だと(勝手に)認識していたので、お母様が認めたのがごく最近と伺って―――心の中では古典漫画の登場人物みたいに盛大にズッコケてしまいました。
逆にこんな有名人を未だに認めていなかったお母様、スゴイな……とも思いましたが、改めて朝ドラの威力半端ない!とも思いました。老若男女の心を掴むにはやはり朝ドラなのか……。うっかり見ちゃうと抜け出せなくなってヤキモキさせられるので、なるべく見ないようにしています。でもいつも後半で捕まってしまうんですよね……なら、最初から見れば良いのにね。
四十年振りに『ポーの一族』の続編も刊行され、初の歴史漫画『王妃マルゴ』を連載中の萩尾望都先生は2012年に紫綬褒章も受賞されていますが、その前年には引退も考えられたとのコト。
色々ご事情もあるかと思いますが、一読者として今後も末永く活躍していただきたいと願うばかりです。
世迷いごとも含めた乱筆乱文ですが、お読みいただき誠に有難うございました。




