悪夢は唐突に覚めて……
そこはまさに地獄絵図――地には様々な死因をもって物言わぬ骸が死屍累々と散らばっていた。たった一人の魔術師に群れを成す殺戮者は震えあがり地を這ってでも逃げ出そうとするが、それを優しい顔つきの男性は許さなかった。
「僕の大切な家族を傷つけたキミ達を僕は誰一人許すことなく断罪を下す」
魔術師はチラリと離れた場所で血を流し倒れ伏している愛する妻へ視線を向け、悲し気に口を真一文字に引き伸ばす。
守れなかった――自分の無力さに半ばやけくそに、憂さを晴らすようにオルファは次々と死を振りまいていく。不可視な何かに押しつぶされ臓物をまき散らし絶命する者、その罪の一切を浄化するべく紅蓮の炎によって焼き払われる者、全てを引きちぎってやりたいという憎しみを具現化したかのように鋭利なる風で細切れにされる者。その全てに彼は丁寧に断罪を下していく。
「ヨムカ……逃げなさい」
ルアは霞む意識の中で、身を丸くし震える我が子へと語り掛けるがヨムカは耳を両の手で塞ぎ切っているので、虫の声のようにか細い母の声は届かない。
「やめろ、やめろッ! 俺達は――」
見苦しくも命乞いをする仮面の男はオルフェの掌に描かれた魔法陣より放たれた雷にその身を射抜かれ、ジュウジュウと肉が炭化し焦げ臭さを残しまた一人の命が失われた。
「お前らが忌み子なんか産んだのがそもそもの原因だッ! 貴様等は罪人であり我らは正義の執行人であるゥ! 聖天君子様に万歳、万歳、バンザァァァァァイ!」
その表情に正常なんてものは無い。絶望の後押しを受け狂気領域に至った者は唾を涙を鼻水を醜くまき散らし、聖天君子と呼ばれる宗教国家の王の名を連呼する。
「僕らが罪人? 大いに結構だよ。僕は家族を愛せるなら、どのような罪をも背に負う覚悟がある」
狂気の信徒は急激な気温の変化に気付く事すらなく、身体の表面に霜を貼り付かせながら生命の活動を止める。
「さぁ、後はキミ達だけだよ」
胸毛の濃い蛮族のリーダーと仮面の男の二人だけとなる。
「上等じゃァ! 俺のファミリーをヴァルハラへ送った礼をたんまりしなくちゃなァ!」
「聖天君子様の名の下に神罰の執行を行う」
オルファの意識が雑兵に向いている間に逃げることが出来たかもしれない。だが、目の前の指揮官たちはオルファに臆することなく対峙していた。
仲間を虐殺され自分だけ背を向けて逃げるなんて男が廃ると死を半ば受け入れて立つ者。
己が崇め奉る存在の言葉を実行するためならば死すらも喜びに飛び込もうと立つ者。
「仲間の礼にお前の大切な家族をぶっ壊してやらぁ!」
蛮族のリーダーは身をひるがえして地に伏せるルアと近くで塞ぎこむヨムカへと足を向け駆ける。オルファは阻止すべく術式を展開するが、異常なる信仰の徒の放ったナイフが腹に深々と刺さり集中力が乱れ魔力が霧散してしまう。
「くぅっ……させるか!」
オルファは歯を食いしばりナイフを引き抜き、大柄な蛮族目掛け投擲するがその瞬間に視界がブレたお陰でナイフはあらぬ方向へ飛んで行った。
「辛いか? 罪人には毒をもって殺す。それが我が教団の教理である。このままだとお前はあと数分程度で死ぬな。ククク、せいぜいもだえ苦しむ姿をみせてくれよ」
身体から力が抜け地に倒れるが、射抜くような視線を仮面の男へと向ける。
「僕の……家族に手を……出すな」
「おい、コイツの家族を連れてこい」
仮面の男が指示を出すと、引きずるようにしてオルファの目の前にルアとヨムカを見せつけるように転がす。
「あなた、どうしてこんな事に……」
「はは、どうしてだぁ? そんなの簡単じゃねぇかよ、元凶はこの災いを運ぶガキのせいだろ? こんなガキが生まれなけりゃあんた等は今も平穏な日常を生きていたんじゃねぇか?」
「私達の子供の……ヨムカが生まれたから?」
「そうだ、聖天君子様はお前達を憐れんでおられた。お前達は悪魔の子に魅入られただけなのだとな」
無知な子供に刷り込むように男達はルアに同情するような声音で語り掛ける。
「ヨムカ、あなたの……せいよ」
「……お母さん?」
「やめて! 触らないで! ねぇ、どうして私とオルファの子供として生まれたの? ねぇ? どうして? 答えなさい悪魔ァ!」
「やめるんだ、ルア……くっ、ヨムカは悪くない。悪いのは――」
「うっせぇよ、つまんねぇ茶番はこりごりだ」
必死にルアの言葉を否定するオルファの背に剣を突き刺す。激痛に苦悶の声を押し殺し、それでも妻の誤った認識を正そうと手を差し伸ばし、その血と土に汚れた頬を優しく撫でる。
「ヨムカは……ヨムカは僕達の最高の娘だろ、違うか?」
「ヨムカは、悪魔の子よ! この子のせいで私達の生活がめちゃくちゃになったのよ!? ねぇ、目を覚まして、貴方はこの悪魔に魅入られてるのよッ!」
「違うよ、ルア。ヨムカは、ヨムカは僕らや世界にとって――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
反射的に身体を起こし、乱れた呼吸に肩を上下させる。
「はぁはぁ……夢?」
全身が汗で濡れているせいで衣服が肌に貼り付き、気持ち悪さに気分が消沈していく。
数回の深呼吸で気分を落ち着かせ、ここは何処だろうとキョロキョロと顔を向け見慣れた場所に安堵の息を吐きだす。
「久しぶりにあの夢を見たな……はぁ」
ヨムカはベッド脇の机の上に置いてある水を口に含み乾ききった口内を潤した。
こんばんは、上月です(*'▽')
本日2話目の投稿となります。ここからがヨムカの物語の開幕です。
次回の投稿は1月4日になります。
出来れば次も2話投稿できればなと思っておりますので、是非ともよろしくお願いします(*^^)v