運命の歯車はゆっくりと動き出す
急かすように激しく叩き続けられるノックに不安を覚えつつ、ヨムカにはじっとしているよう言い置きそっと扉に近づく。
「どちら様ですか?」
「僕だ開けてくれッ!」
その声だけで扉の向こう側に居る人物が誰なのか分かり、扉を開ければ目の前には頭から血を流し衣服の所々が裂かれた夫が肩で息をしながら転がるように家に入り扉を閉める。
「あなた、その傷は一体どうしたのよ!?」
「は、話しは後だ! 今は……早くここから逃げるんだ。ルアはヨムカを連れて来てくれ」
現状を把握しきれていない妻に一刻も猶予がないと無理やり言い聞かせると、自分の書斎から一冊の書物を腰のホルスターに収め、応急手当を済ませ衣服を着替える。
「あなた、それ……」
「うん、これは僕を今まで守ってくれた魔導書だ。今回はこれで僕がキミ達を守るよ。さあ、行こう。もう時間が無いんだ」
「お父さん、お母さん。どこかにお出掛け?」
ヨムカが部屋から顔をひょっこり覗かせる。
「ああ、これから皆でピクニックに行くんだよ。だから、お母さんと僕から離れないでね」
「わかった! 私お父さんとお母さんから離れない」
出来れば本当にピクニックだったらどれだけ良かっただろうかと、溜息を吐きたい気持ちを抑え込み家族でお出掛けをするという口から出た嘘を信じて喜ぶヨムカの頭を優しく撫でる。
「あなた、用意が出来たわ」
「わかった、二人は僕に着いて来て」
家の扉を少しだけ開け、周囲の安全を確認し生い茂る草木をかき分けながら道なき道を進んでいく。
「そろそろ何があったか話してほしいのだけれど」
長い時間歩き続けたお陰で今この場所が何処なのかは分からないが、目視で安全確認だけ済ませ休憩しようと木の根っこに座り、少し前に起きた事を話し始める。
「山賊だよ。それも大規模な……ね。奴らは急に村に押し入って来て、食料や金になりそうなものを手当たり次第力づくで奪っていったんだ。モノだけじゃない抵抗した人の命までも……」
ヨムカには何を話しているのか分からなかったが、話しをする父とそれを聞いている母の顔色が沈んでいくのを感じ取り、何故か今は黙っていた方がいいなと直感しそれに従う。
「僕はこう見えても宮廷魔術師だったからね。それなりには戦えていたんだけど。敵の数が多すぎて……僕だけじゃ対処しきれなくなって、不意にキミ達の事があたまに浮かんだらいてもたってもいられなくなって……みんなを見捨てて」
次第に言葉が震え小さくなる旦那の姿をルアは「大丈夫、大丈夫よ」と普段より小さく見えるその身をそっと抱きしめる。
「お父さん、これ見て」
ヨムカもなんとかして父に喜んでもらおうとせいいっぱい考えた結果が、先程母にも見せた翡翠色の小さな石だった。
「ヨムカ、これはどうしたんだい?」
「お部屋に落ちてたの」
魔術師という生業をしている彼にはこの石がどういった代物なのか分かっているのか、ヨムカに断りを入れ手に取りまじまじと見つめる。
「いいかい、ヨムカ。この石はとても珍しいんだ。だから、大切にしておいた方が良いよ」
そう言って、娘に気を使わせてしまった事に多少の気恥ずかしさはあるものの、これ以上は心配させまいといつものように優しい笑顔を向け、その小さな手に石を返す。
「よし、そろそろ休憩は終わりにして先を急ごうか」
父が元気よく立ち上がったと同時に風を切る鋭い音が全員の耳に聞こえた。
こんばんは、上月です(*'▽')ノ
取り敢えずヨムカの過去は後一話二話くらいになると思います。
次の投稿は1月3日を予定しておりますので、どうかよろしくお願いします!