蜘蛛の糸
「ただいま。」
家に帰る。
もちろん返事はない。
父と呼んでいる人は海外の仕事が多く、滅多に顔を見たことがない。母と呼んでいる人は、体裁で私を娘として扱う。話は特にしない。父と母は私が小学2年の時から里親として面倒をみてくれている、謂わば他人だ。
ガランとした部屋に居るとき、私は孤独と自由に揺さぶられる。特に厳しいしつけを受けたこともなく、だからと言って虐待を受けたわけでもない。不満がないのだ。
殺風景な部屋、ベッドにクローゼット、勉強机とも言えない机があるだけの部屋。まるで刑務所に毛が生えたような部屋だ。
おもむろに携帯が鳴る。
いつもあまり鳴らない携帯を、不思議そうに手に取って見る。
「今から出れない?」
唐突な誘いと、見覚えのない"香絵"のアカウント名。
「誰ですか?」
「ごめんなさい!社くんから聞いたの!これ、佐伯さん。佐伯叶さんのアカウントだよね!」
社一平。私の幼なじみと言うか、たまに話す存在。そして、無類の世話焼きである。
「違います。」
私はそこでやり取りを終わらせた。
高校3年の春、私はこのまま何事もなく高校生活を終わらせることで、今まで一人で居た自分を肯定したかった。
そう、彼女に出会う前までは。