この世の終わり〜異世界からの侵略者〜
今回から現在のお話です。
礼宮カルノドワーツ大学。
礼宮漸次郎とフレッグラ・カルノドワーツ、この二人の教育研究家によって設立されたこの大学では、教育心理学をはじめとして、あらゆる分野のプロフェッショナルが日夜研究を推し進めている。昨今では専ら、新たなエネルギー源の発見と人工知能の開発に力を入れている。
そんな場所で、事故は起こった。
◆
ここは、大学内で人工知能開発の最先端をゆく、とある研究室。曽根村善児教授が室長を務めていることから、学生からは「曽根村ルーム」と呼ばれている。そこでは今日も、医療ロボット用の人工知能の開発が進められていた。
「曽根村教授、これより『サイコリラックスE_049』を起動させます」
「うむ」
ひとりの学生が、コンピューターで開発段階のプログラムを起動させた。エンターキーが押された途端、機器が小さく揺れ始め、そして。
爆発した。
◆
同じ頃、「曽根村ルーム」の隣の部屋でも実験が行われていた。既存の鉱石に特殊な電磁波を流し、エネルギー源となる新たな鉱石を生み出す実験である。
「リーダー。電源、入れます」
「よし、いっちょやってみよう!」
学生のひとりが、自分の腰ほどの高さがある大きなレバーを引いた。
鉱石にカラフルな電流が迸り、そして。
爆発した。
◆
「な、なに…一体、何が起きたの!?」
リーダーと呼ばれていた女子大生、暁鈴は本心のままを口にした。
「わ、わかりません…わたしも、なにがなんだか…え?」
「な、何…アレ…」
ふたりの視線の先にあった「アレ」なるもの。
それは四肢を持っていた。しかし、明らかに人間ではない。複雑に隆起した筋肉のような塊と、全身に広がるまだら模様が、そう物語っていた。
「ここが、人間の住まう世界…か」
「あ、あなたは何者? どうやら日本語が話せるみたいだけど…」
「我に頭を下げぬ勇気を讃えて、教えてやろう。我は、ヌエキャラスター。今日をもって、この世界を統治する者だ」
「ぬえ…きゃらすたー?」
「知らずとも無理はない。我等キャラスターは、こことは異なる世界から来たのだからな」
「つまり…異世界からの侵略者ってこと?」
「そのとおりだ、褒めてやろう。いでよ、我が忠実なる下部達!」
ヌエキャラスターと名乗った怪人が、両手に持っていた円柱状の水晶のような物体を放った。それらは周囲に散乱していたフラスコやコンピューターと融合し、新たな怪人へと変貌した。
「シッシッシッシ。ついにやってきたぜ、人間界に!」
「ドンドン領地を広げるんだッコーッ!」
「楽しみなんだゾウ」
「ゾウ、ひとつ聞きたい。我等は何故、人間の世界に来られたのだ」
「おそらく、人間界で同時に行なわれていた二つの実験が、電脳空間内でたまたまこの世界に繋がるゲートを形成したからだと思うんだゾウ」
「そのゲートはいつ閉じる」
「基本的にはもう閉じないんだゾウ。どうやら、閉じる機能が壊れたみたいだゾウ」
「シッシッシッシ。なら、俺達にとっちゃ好都合だな。暴れ放題だぜ!」
「よし。ならばニワトリ。ゲノマイザーに改造できそうな人間を一人連れてこい」
「ニンゲンをワイらの兵器に作りかえるッンコか。わかったぜ親ビン。ッコー!」
「シシはこの辺りを適当に暴れ回ってこい。ゾウは、ゲノマイザー作りの準備だ」
「オウ! まずはお前らからだぜー!」
「すぐに始めるゾウ」
その後まもなく、爆発で壁が崩れたことで繋がった二つの研究室は、壁を赤黒く模様替えした。
◆
「シッシッシッシ。快感だぜー!」
ヌエキャラスターが召還した先兵、シシキャラスターは次々と構内にいた人間を虐殺していった。
「シッシッシッシ。逃げんじゃねぇよジジイ!」
唯一現場から逃げ延びていた曽根村善児は、ただひたすらに、その凶刃をフラつきながら必死の思いで避けるので精一杯であった。
そのせいで、逃げ惑う学生のひとりにぶつかってしまった。
「す、すまん…」
「いたた…いえ、大丈夫です…」
「シッシッシッシ。ちょうどいい。お前も一緒に斬ってやるぜ!」
「あれは…?」
「わしらのせいじゃ…。わしらの実験のせいで、あんな悪魔を呼び寄せてしまったんじゃ…」
「…」
「もう、人類は終わりじゃ…。正義の味方なんて…勇敢なヒーローなんて、この世にはいないんじゃよ…」
「ヒーロー…。……!」
女学生はそう呟き、足元に転がっていた物を拾い上げた。
「これは…?」
それに気づいたシシキャラスターが、ふと言った。
「お、まだ覚醒してねぇキャラスタルじゃねぇか。おい人間、そいつをよこせ」
「化け物によこせって言われて渡す人間はいないよ」
「シッシッシッシ。いい度胸だな。その無駄な強がりを評して教えてやるよ。俺達キャラスターはな、別の世界に飛ぶと『キャラスタル』っていう水晶の状態になるんだよ。そしてその世界の物体と融合することで、より強化された状態で覚醒することができるんだぜ」
「じゃあ、人と融合したら、どうなるの?」
「はぁ? 試したことねぇから知らね」
そう聞いた途端、女学生は頬に汗をつたわせながら、わずかに口角を上げた。
「…だったら、試してみようよ」
「あん?」
「人体実験は、嫌いじゃないでしょ?」
シシキャラスターが首を傾げる。
それが、彼に大きな隙をつくった。
女学生は持っていた物…キャラスタルを握り潰し、割れたキャラスタルの破片を自らの腕に突き刺した。
「うっ!」
「なんじゃと!?」
「…!?」
彼女の腕の傷口からは紅い川が流れ、腕全体に禍々しい脈流が浮かび上がった。
「変…身」
まばゆい光が、彼女を包み込んだ。
◆
「シッシッシッシ。バカめ。そんなことしたら、キャラスタルに人格を奪われるに決まって…ぐおっ!?」
俺の言葉は、左肩に走る激痛によって切られた。
あの女を覆っていた光が収まり、ようやく奴の姿をはっきりと捉えることができた。
そこにいたのは…キャラスターだった。
嘘だろ。
確かに、たった今までは無力な人間の女が自殺行為をしていたはずだ。
…まさか、そんなことがありえるのか?
頭の悪い俺でもわかった。あの女は、キャラスタルに体を乗っ取られることなく、むしろその力を、己の精神力でねじ伏せやがったんだ。無力な人間風情に、そんな芸当が可能なのか?
いや、俺は今、現にその姿を視認している。
今まで感じたことのない感情が、俺を支配した。
「く、くたばれ化け物ォォォ!」
それはおそらく…「恐怖」ってヤツだろう。
俺が走っている間にも、奴は手に持った弓を引いている。
「同じ言葉…そっくりそのまま…この矢にのせて返すよ!」
奴の頭頂部にある光の輪が輝いた。ロックオンされたのか?
奴の放った矢が、俺の腹部に命中した。
俺は、そのまま後ろ向きに吹き飛ばされた。
「な、何が…何が、お前をそこまで突き動かすんだ…?」
俺は壁にもたれながら、思わず聞いてしまった。
「…未練、かな」
…なんだよ、それ。
…くそ。とりあえず…。
「この場は一旦退くか…。おい、世界の終末を止めるには、俺達のボスを倒さねぇとダメだぜ? …勝手についてくるなよ?」
…なんで、俺はこんなことを言ったんだろうか…?
…シッシッシッシ。
用語解説
・礼宮 (あやのみや)カルノドワーツ大学:国内でも有名な国立大学。創立者が教育研究家だったこともあり、数々の有能な教育者を輩出してきた。
・曽根村善児 (そねむらぜんじ):人工知能開発の権威。そろそろ還暦。白いあごひげがチャームポイント。
・サイコリラックスE_049:曽根村善児が開発を進めてきた、最新の医療ロボット用人工知能。事故により、不完全な異次元ゲート形成プログラムの役割を果たしてしまうことになる。ただし出力が不安定だったため、異次元ゲートが開きっぱなしになってしまう。
・暁鈴 (あかつきりん):礼宮 (あやのみや)カルノドワーツ大学の学生。信頼のおける後輩とともに新鉱石を作り出す実験を行っていたが、不慮の事故により、作りかけの新鉱石が不完全な異次元ゲートの形成材の役割を果たしてしまう。ヌエキャラスターとのコンタクトに成功するが、シシキャラスターによって後輩とともに虐殺される。
・キャラスター:異世界からやってきた種族。関連は不明だが、人間世界の動植物や物体の名を冠する。
・ヌエキャラスター:鵺の特徴を持つキャラスター。侵略軍のボス。
・シシキャラスター:獅子の特徴を持つキャラスター。ヌエキャラスターの手下。脳筋。
・ニワトリキャラスター:鶏の特徴を持つキャラスター。鶏なのに、なぜか元気に飛び回ることができる。雑用ばかり任せられる。
・ゾウキャラスター:象の特徴を持つキャラスター。ヌエキャラスター専属の科学者を務めている。少しマイペース。
・キャラスタル:キャラスターが別世界に行く際に変化する水晶状の物体。異次元ゲートが開きっぱなしになったことで、時間と場所に関係なくランダムで人間世界に出現するようになる。人体との融合実験が未実施であるため、それによる副作用等は不明。
・エンジェルキャラスタル:謎の女学生が自らの肉体と融合させたキャラスタル。『天使』の能力を持つ。本来のエンジェルキャラスターも弓矢を武器として戦う。単純に謎の女学生の精神力に屈服させられたのか、それとも望んで力を貸しているのか…。