表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉のラグナ  作者: 壊れ始めたラジオ
ラグナ編
2/12

独裁的集団暴力の終わり〜楽しかったせつ那〜

「「「せーの」」」


 バシャッ


 バケツに入った水が、階下にいるクラスメイトに降り注いだ。

 それもただの水じゃない。床を拭いた雑巾を何度も洗った汚水だ。水浸しになった少女、鎖役朱音(さえきあかね)は犬のように体を激しく振り、こちらを見上げた。


「ごめーん、手が滑っちゃった!」

「許してね、(あか)ちゃん!」

「でも、濡れたオンナって結構魅力的じゃない?」

「「「アハハハハハ!」」」


 私達仲良しグループ三人は、その様子を嘲笑った。ちなみに、最後に発言したのが私、尾縞井楽那(おしまいらくな)

 このグループにとどまらず、私のクラスメイトの女子は、このように日々彼女をいじめていた。




 ◆




 私の学級は、あいつの独壇場だった。

 あいつとは、この四年三組の担任、笠原(かさはら)のことだ。あいつは病的なまでのロリコンで、クラスの女子に忌み嫌われていた彼女を、まるで自分専用の性奴隷のように扱っていた。全裸の写真を撮り、あらゆる性行為の様子をネットにアップして、脅してからまた犯す。私達はその手伝いをしながら、あいつによる被害が彼女だけにとどまるようにしていた。


「ほら尾縞井、もっとちゃんと鎖役の口押さえろよ!」

「はい!」


 私達は、ただただあいつの命令に従うしかなかった。少しでもそれに背けば、第二の鎖役朱音が誕生してしまうと悟っているから。男子に色目を使ったり、自分勝手な振る舞いをするからこうなるんだ、とみんな思うようにしていた。

 クラスの男子共は笠原の独裁に畏れおののき、全く使い物にならなかった。




 ◆




 ある日の放課後、その日ごみ捨て当番だった私は、ごみ袋の山から人の足がのぞいているのを見つけた。足を引っ張り出してみると案の定、全裸の鎖役朱音だった。また笠原に強姦され、捨てられたのだろうか。とりあえず私は、彼女の腹部を靴で思いきり踏んづけてみた。


「うっ!」


 彼女はうめき声をあげて目覚めた。


「あら、生きていたのね」

「び、びっくりした。楽那ちゃんかぁ」


 …楽那ちゃん?


 今度は蹴り飛ばしてみた。彼女は抵抗することなく、地面を転がった。


「はあはあ…もう、ひどいことするなぁ」


 そう言ってふらふらと立ち上がると、彼女は近くの植え込みの中から迷彩柄のデイバッグを取り出し、その中に入っていた服を着始めた。


「あなた、いつもそんなところに着替えを隠していたの?」

「ん? うん。そうだよ」

「笠原に告げ口していいかしら?」

「いいよ。そしたら、また違う場所に隠すから」

「…前から思っていたけど、あなた私達に嫌われているのは知ってるわよね?」

「うん。知ってるよ」

「その原因が、自分の行動にあることも?」

「わかってるよ」

「直そうとは?」

「そのつもりはないよ」

「なんで?」

「…大好きな人を守るために、かな?」

「…はぁ!?」

「…ちょっとかっこつけて言っちゃったかな、あはは」

「あなた、男子に猫かぶるハレンチ女のクセに、好きな男なんているの?」

「いや、男の子じゃなくて…あっ!」


 彼女は何か言おうと口を開くが、数人分の足音が聞こえてくると、半裸のままデイバッグを掴み、私の腕を引いて校舎の物陰に身を潜めた。


「ちょっと、一体何」

「ごめん、静かにして」


 彼女は私の目の前で人差し指を立て、私の両耳に手で蓋をした。しかし力が弱く、会話は丸聞こえだった。


「いやー鎖役マジうざいわー」

「ホント、なんであんなにケーワイなんだろ」

「あのまま笠原の人形になっちゃえばいいんだよ」

「…でも、大丈夫なのかな」

「何が?」

「その…妊娠…とか」

「あれー、メイちゃんそういうこと気にするんだー?」

「心配ないよ。鎖役もウチらも小四だし、万が一そんなことがあっても、全部笠原のせいにすればいいんだし」

(あか)ちゃんが赤ちゃんを産むって、なんだか面白いねー! …朱ちゃんもそうだけどさ、楽ちゃんはどうするつもりなんだろ。笠原」

「まあいつも上から目線みたいな喋り方だし、気にくわないっちゃ気にくわないけどさ、それよりも鎖役だよ。わざとなんじゃないかってくらい女子の反感かってるし。鎖役さえ痛い目にあって泣いてくれれば、尾縞井なんてイジメのリーダーの汚名を被るくらいで充分だわ」

「あ、それ私も思う! 楽ちゃんよりも先に朱ちゃんって感じだよねー!」

「………本当にいいのかな、これで…」

「どうしたのさ? 東海林(しょうじ)

「…ううん、なんでもない」


 ………。


「ふぅ。行ったみたいだね。ごめんね、急に耳塞いじゃって」

「…鎖役。あなたもしかして、私がイジメのターゲットにならないように自分から…」

「あー! 楽那ちゃん今日掃除当番だったでしょ? ほら、早く戻らないと!」

「…そう…ね…」


 鎖役朱音は強引に私の背中を押して、私をその場から遠ざけた。

 背後から渇いた音と一緒に嗚咽のような声が聞こえたが、私は両手で耳を塞ぎながら走り去ることにした。




 ◆




 またとある日、私は地元の駅前にあるデパート街へとお使いに来ていた。午後から家を出たせいで、既に日が傾き始めていた。だから私は近道をしようと、今日に限って裏路地を駆けていた。

 すると偶然にも、笠原が鎖役を連れて隣の路地を歩いているのが見えた。あとを追うと、行き着く先は小さな産婦人科だった。私は先回りして、診療室がある場所の壁に耳をつけて聞き耳をたてた。


「…ということで、また強姦魔に襲われたらしくて…」


 笠原の声だ。それに対して聞こえたのは、初老の女性の声。驚いているような雰囲気だ。


「またですか? あれほど親御さんと防犯について話し合うように言いましたよね?」

「そうなんですが…相手もどうやらプロのようでして…。そういうことで、またいつもの治療をお願いします」

「まったく…中絶処置、これで七回目ですよ? いい加減ちゃんとした対策を…」

「わかってます。ですが、彼女がどうしても親には言いたくないときかなくて…」

「…わかりました。もうここに来ることがないようにしてくださいね?」

「ありがとうございます。よかっなぁ朱音」

「はい…」


 しばらくして、二人が扉を開けて出てきた。笠原は申し訳なさそうに歪んだ表情をしていたが、閉めた途端、私達がよく見る悪魔のような顔になった。


「言っとくが、不妊薬やピルは飲ませないからな。お前には、毎回堕ろす感覚を覚えさせてやる」

「…! はい…」


 鎖役が再び連れられていくのをひととおり見送ったあと、私を猛烈な罪悪感と自己嫌悪感が襲った。


 帰った先の自宅の布団の中で、ようやく縛りつけられていた理性が解放された。


 許さない。

 笠原も、あいつを今まで野放しにしていた自分自身も…!




 ◆




 翌日のホームルーム。私は、自宅からこっそり持ってきた裁ちバサミを机の中で握った。

 覚悟を決めて立ち上がり、後ろ手でハサミを持って教壇に向かった。


「どうした、尾縞井。怖い顔して」

「…笠原。あんたを殺して、私も死ぬ!」


 今までごめんなさい、鎖役。今、助けるから。


 私は走り、一気に笠原との距離を詰めた。


「お、尾縞井、まさか!」

「笠原ァァァ!」

「楽那ちゃんダメ!」


 小学生の私では、成人男性の心臓の位置に刃が届く可能性は低い。せめて怪我だけでもさせようと思って、あいつの腹部を狙った。

 グサッという音と、肉を裂く感覚がした。覚悟を決めてもやっぱり怖くて、目を閉じたままハサミを引き抜き、それを自らの喉元に向けた。瞬間、握っていたハサミが手から離れた。


「…え?」


 驚いて目を開けた。開けなければよかった、とすぐに後悔した。


「さ、え…き?」

「ハァハァ…あぅ…。そ、うだよ…私…鎖役だよ…」

「キャアァァァ!」


 誰かが悲鳴をあげた。鎖役が胸から紅い液体を流している。笠原が鬼のような形相をしている。


「尾縞井…よくも、よくも鎖役をォォォ! せっかくここまで開発してきたのにィィィ!」


 笠原の腕が、私を壁に押しつけた。


「うっ!」

「許さねぇ。よくも俺の性欲処理道具を壊しやがったなぁ…。これで不妊症になったら面白くなくなるじゃねぇか。ブッ殺してやる…!」


 ビィーーーーーーーーーーーーーーーー!


「だれか、だれか来てくださいっ!」


 防犯ブザーの音の中、クラスメイト、東海林芽以(しょうじめい)の声が聞こえてきた。

 すぐに数人の教師達が駆けつけ、笠原は取り押さえられた。


 ものすごい混乱のなか、私は必死に人混みを掻き分け、血まみれの鎖役のもとに駆け寄る。


「鎖役、今までごめんなさい…。私、ずっとあなたのこと勘違いしてた…!」

「…だい…じょうぶだよ。わたし…きづいてほしくてやってたわけじゃないから…。わたしこそごめんね…」

「何が…?」

「わたしは…らくなちゃんのおーじさまになりたかったの…。なにがあってもらくなちゃんをまもって、しあわせにするってきめてた…。なのに、けっきょくまもりきれなくて…らくなちゃんをはんざいしゃにしちゃった…。あ…いままでつたえるのわすれてた…。わたし…ね…ずっとらくなちゃんのこと…すき…だったの…」

「そんなこと…。そんなこと、こないだからなんとなくわかってたわよ!」

「そっか…。ねぇ、へんじ…きかせて?」

「えぇ、デートでも結婚でも何でもしてやるわよ。だから…だから、私なんかのために死なないで…お願いだから…」

「…『私なんか』っていわないで…。らくなちゃんは…わた…の…たい…つな…おひめ…ま…か…」

「鎖役…? サエキ! 目ェ覚ましなさいよ!」


 私の手から、彼女の血が滴り落ちた。喧騒の中で、真っ赤な「朱の音」が虚しく響く。


「あ…あ…いや、いやぁ…」


 膝をついた私の足元で、彼女の血溜まりが、事の重大さを物語っていた。


 救急隊員が運んでいったのを最後に、私は、彼女と会っていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ