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記憶シリーズ

Shin ―勇者が魔王になるまで―

作者: 安藤真司

a-勇者視点

b-魔王視点

c-くーちゃん視点


3つの視点から勇者が魔王になるまでを描いております。

とりあえず皆が不幸になる物語です。

よろしくお願いします。

a―勇者


これは僕が魔王になる物語だ。


僕が勇者として魔王を倒す物語ではない、し、

僕が主人公宜しく成長していく物語でもない。

そもそも僕はこの物語の主人公ではない。ただの脇役だ。

もちろんこの物語に多少は関与したつもりだし、

僕目線でなければ完成しない物語もあるだろう。

だがそれは、僕が第三者であるからこそ物語の客観的な視点が存在しただけで、

たまたまパズルの最後の1ピースを埋めたのが僕が魔王になることであったに過ぎない。

だからあまり僕を偶像視しないで欲しいし、自分の中の勇者像と僕とを比べて落胆しないで欲しい。

それでも、あくまで話そうと思うのは誰かに届いてほしいと願うから、

いや、今でも願っているからだ。

ひとまずは訳ありであるとでも思ってくれれば幸いである。


じゃあ、始めよう。



c―くーちゃん


目が覚めると、そこは何もない部屋でした。

そこにはただ白い壁があって、白い床があって、白い天井があって、私には届かないくらいの高さに窓代わりの穴が空いていました。

しかし不思議なことに、言葉はこうして扱えるのに、

自分のことを何も覚えていません。

この白い部屋のことも、ここがどこなのかも、今がいつなのかも、

自分の名前も、年齢も、家族の顔も、なにも。

自分のことを何も覚えてはいませんでしたが、

私はずいぶんと落ち着いていました。

辺りを見回します。

「ああ、お水もご飯もないなぁ」

お水がないと三日も生きられないはず。

これは困った。

というか、無理だ。

ここで死ぬしかないや。

なら、もうどうでもいいよね。

何にも考えなくても、何もしなくても、誰も何も言わないよね。

ふぅ、とため息をついて床に横たわる。


どれくらいの時が経ったのかは全くわからない。

でも、もう意識も茫然としてきた頃に、彼はやってきた。

「手を伸ばして」

高い位置にある窓から差しのべられたのは、右手に込められた、希望でした。

私は、すぐに彼に気づいて、近くまで行ったけれど、

その差し出された手を自分から握るのが怖くて、最後まで自分から手を伸ばせずにいました。

でも彼は、

「迷わないで、信じて」

そう言って、私の手をつかみ、窓の外へ、この部屋の外へ、連れ出すのでした。

私には、彼の姿は、希望そのものに見えたのでした。



a―勇者


その昔、それがどのくらい昔なのかはよく知らないけど、かつてこの世界は魔王率いる魔族によって支配されそうになったことがあるらしい。

その時この世界を救ったのは一人の勇者で、魔王を倒したのち、彼は魔界と今の世界を分裂させた。

おかげで魔界との繋がりは断たれ、平和な日々が戻ってきていた。

しかし、最近になり、その魔族が新たな魔王を迎え、

その王によって魔界と現世とを再び繋げられてしまい、大量の魔族がこの世に攻め込んできている。

こうして今、魔族との戦争まっただ中というわけだ。

いや、それも正確に言うならば、あと少しでその戦争も終わりだ。

なぜならば、今僕たちは、魔王のいる塔におり、そして、たった今から、魔王との最終決戦に臨もうという状況であるからだ。


いや、ならばお前が勇者になるところから順番に話を始めるべきだろという声も聞こえてくるのだが、

それはあまり気にしない。

気にならない。

だってまぁ、

特に盛り上がりもないし、

別に僕のパワーアップシーンがあるわけでもないし、

力で勝る相手に知略を巡らして打ち負かすわけでもないし。

一体この冒頭だけでいくつの“ない”を使ったのかもう覚えてないが、僕は基本的にこんな感じである。

もちろん勇者になるにあたってはそれなりに修羅場を潜り抜けてきたし、

いくつか失敗もしてきたが、

魔王を倒して皆の幸せを取り戻そうという気はない。

全くというわけでもないとは思うがあまりない。

正直に話すと、僕自身には魔王を倒すだけの明確な理由はないのだ。

だから、あくまで僕らの行動は国民皆の意志であり、思惑であり、願いであり。

僕はただその願いを実行するだけの力があったにすぎないというわけだ。

そこのあたり勘違いをなくしたいと思う。

だから、表向きには魔王討伐を謳っているが、もし魔王に話が通じれば、わざわざ倒す必要もないと考えている。

そのことは、魔王の塔に一緒に乗り込んできている、ほかの皆の総意でもある。


ここで、改めて自己紹介をしよう。僕はシン・プレム。勇者をやっている。

この世界で最も大きな王国「ジオランド」にて、まぁ、色々あって、魔族からこの世界を倒すために勇者に選ばれた。

勇者として世界を回り、小さな国から大きな国まで、多くの国を助けてきた。

そんな僕の力は、“光魔法”。

この魔法は、簡潔に言えば、僕の斬撃が、光速で飛ぶ魔法だ。

無敵じゃないかという声も聞こえてくるのだけれど、

これは僕の攻撃自体が光速なわけではないので、僕の腕を注意深く見ていれば避けるのはそう難しいことではない。

僕の腕の動く範囲の直線上から逃れるだけでいいからね。

実は光魔法というとこの魔法一つではないんだけれど、向き不向きという話で、僕には他の魔法はあまりうまく扱えない。

生死をかけた戦いにおいては、僕はこの光速の光魔法しか使わないだろう。

ちなみに、勇者の使う魔法は総称で光魔法と呼ぶらしく、

別に僕が何をつかおうがそれは世間一般に光魔法と呼ばれてしまうそうだ(つまり僕と同じ魔法を使う人も世界にはいるらしい)。

だから昔からよくある、光魔法は闇属性を持つ魔王には特に有効だ、というようなことはない、らしい。

別にほかの魔法とさしてダメージは変わらない。もっといえば石ころを本気で投げてもダメージは変わらないだろう。

それは言い過ぎかも。うん、言い過ぎだね。ごめんなさい。


はい、じゃあ次は僕と共に世界を旅してきた仲間たちを紹介しよう。

まずは、斧使い、ガイ。あだ名はガイぽん。

王国最強の戦士。つーか僕より強くね疑惑。

そのくらい強い彼には僕も信頼をよせている。

彼は、魔法を一切使わない。

その身一つ(いや斧使いだから斧は使うんだけどさ)、己が力一つで、しかし魔族を寄せ付けないほどの力を発揮する。

斧はやはり王国最高の鍛冶屋「ジキ」という男が作成したもので、魔法を切断することも受け止めることも可能。

とにかく万能な戦士だ。性格も僕以上に勇者していると思う。困っちゃうね。


次に、魔導士、アイム。こいつは、なんていうか、実は、あんまり、僕もよく、知らないんだよね、本当に。

すごいのだけど、いまいち何者なんだかわからない、いつの間にか僕らと共に行動してました的な。

いや、出発から一緒にいたけどさ。

うん。

なんかいっつも顔の上半分隠してて、目を見たことすらないし。

こいつに関してはもうこれ以上話すこともないや。

悪い奴じゃないことだけは確か。


最後に、紅一点、クウヤ。彼女は回復専門の魔導士だ。

実は彼女は王様が、パーティには女が一人いなきゃいけないのだ!といったので僕らの仲間に加わった、という稀有な経歴の持ち主である。

そうは言っても実力は折り紙つきで、一度、瀕死状態にまでおいやられた僕を全快になるまで一気に回復したこともある。

しかも、回復専門といってもそれは魔法に関してだけで、彼女の左腰にささるレイピアは飾りではなく、彼女自身の身体能力もかなりのものだ。

なお僕の個人的意見というわけではなく、

すごく可愛いのだが、

旅をするにあたって、本人から「私、以前からずっとお慕いしている人がいるので悪しからず」とあったので、

それからは誰もそういった目で見ることはなくなった。


以上で紹介を終わる。

僕らは四人で世界を巡り、魔族と戦い、そして、魔王の城まで辿り着いた。


これで、ようやく本編にうつる。



c―くーちゃん


「実は俺も記憶がないんだよね」

今の私は、どういう状況なのかを尋ねたら、困った顔で彼は答えました。

「そっか。残念」

私たちは当てもないまま、とにかく階段を上るのでした。

ここはどうやら塔のような造りらしく、その最下層に私と彼はいたそうです。

彼も同じような部屋に閉じ込められていたそうですが、

自力で脱出したんだと言いました。

彼は別の部屋で水と食料を見つけていて、それを私にくれました。

ほとんど死にそうになっていた私は胃が食料を受け付けなくて、初めは何度も吐いてしまったのだけど、

その度に彼が口周りを拭って、背中をさすってくれました。

それをしばらく続け、なんとか私の体調が回復してからは、こうして出口に繋がる部屋がないかを探しながら、階段を上るのでした。


……。

「どうかした?」

ところで、

さっきから、

ずっと、

手を繋ぎっぱなしです。

それは、

なんというか、

すごく、

恥ずかしいです。

さっきから、

ずっと、

手汗がはんぱないのです。

もう一度言いますが、

これは、

すごく、

恥ずかしいです。

「……」

「あぁ、呼び方?そうだなぁ、確かにお互い記憶なくしているわけだし、何か名前考えないとか」

そうじゃないぃ!

いや確かにそれも不便だなぁとは思っていたから、

考えるのはいいのですが、

それよりもです、

手を、

離しましょう、

恥ずかしいです!

そもそも私が手汗すごいの気づいてるでしょうに、なんで嫌な顔もせずにいるのでしょう。

考えたらまた恥ずかしくなってきました。

「そんなに凝らなくてもいいよな、例えば、たろーとか、ゆーじ、とか」

そういう感じなら、あなたはしーちゃんって感じがします。

「そういう感じなら、あなたはしーちゃんって感じがします」

言ってみた。

どうだ。

「ちゃんはやめて欲しいんだが、キャラじゃねーし」

それはゆずれないですね。

結構キャラにもあってると思うし。

すごくしっくり来るですよ?

しーちゃんって響き。

「あぁもうわかったわかったそれでいいよそんな目で見るなよ…じゃあ俺はしーちゃんってことで、そしたら、あんたは…」

ふむ、私の名前とな。

せっかくだから、しーちゃんと似た感じにしたいなぁ。

わかりやすいし。そう考えると、なんだろ。

「…アントワネットとか?」

「なんでだよ!?」

ん、なんか突っ込まれましたよ。

なんか変なこと言ったかしら。

しーちゃんに合わせて自分の名前の候補挙げただけなのに。

おかしなこととか起こりそうにない場面だけど。

「あんたはくーちゃんな。それなら俺とつり合いがとれるし、呼びやすいし」

「それならせめてエリザベスと」

「絶対くーちゃん!」

くっ。

そこまで言われたら仕方がない。

もう少し可愛い名前がよかったのだけれど。私はくーちゃんといこうじゃないか。

しーちゃんとくーちゃん。

なんだが仲のいい兄妹みたいな呼び方だね。何はともあれ、名前が決まったので、まずは一言。

「これからよろしくね、しーちゃん」

「……」

……。

「どうかした?」

「いやっ、よろしくな」

「うんっ」

こうして、私くーちゃんと、彼しーちゃんの物語は動き始めるのでした。

目指すはこの塔の外。

出口を探しに、何があるのかを探しに、私たちは上を目指すのでした。

この後自分達がどうなるかなんて、何も知らないまま。


そう、なんにも。



b―魔王


嫌なことというのは昔から重なるものだ。

起きて欲しくない、

と思えば思うほどにそのすべては重なり合って自分にのしかかる。

全く嫌なこの世の摂理だ。

だが、今の俺は、何が起ころうと、何が重なり合おうと、何がこの俺を蝕もうと、これからやろうとしていることを曲げるつもりはない。

絶対に。確固たる決意が、ある。

だから今、丁度俺の、

俺自身の計画が完遂しようという時に王国軍の侵攻を受けているのは、

王国軍が魔族軍の精鋭を打ち破りながらもうすぐそこまで来ているのは、

まったく俺には不都合だったが、

俺はここを動く気はない。

この場で迎え撃つつもりだ。

これも正確にいうなら、時間稼ぎできさえすれば俺の勝ちだ。

そう、時間稼ぎ。

この戦いは、王国は最終決戦などと意気込んでいるのかもしれないが、俺には時間稼ぎできるか否かの戦いでしかない。

だが、もちろんただの時間稼ぎではない。

俺は本気で、全魔力をもって奴らの行く手を阻んでいる。

現段階でも、大分時間のロスに成功している。

今回に限っては、俺は軍隊共と死闘を繰り広げるつもりはない。

俺は願いを叶えるために時間が必要だから、時間を稼ぐ、ただそれだけで十分なので、最初から本気でつぶそうなどとは思っていない。

もちろん、本気で殺すための罠は張ってはあるが。

俺は、この願いを叶えるためだけに魔王になったのだから。

人を殺したいとは思わない。世界を征服したいとは思わない。

ただ一つ、その願いのためだけに、俺は、自分を捨てる。


思えば随分と遠くまで来たものだ。

魔王になる前の自分は、こんなに、

何か一つに全力を尽くすタイプではなかったように思う。

いや、あまり昔のことは正確には覚えていないな。

少なくとも、もっと若々しく間違いを恐れずに突っ走っていたとは思う。

それが、たった一度の、取り返しのつかない間違いのせいでここまで来てしまうのだから、人生とはかくもわからないものだ。

だが、俺はそんな自分をそこまで嫌いじゃない。

その強い想いがあったから、どんなに大きな過ちを犯したとしても、こうして正してこれたのだから。 

魔王になってから、もう五年になるか。

つまり、あの日からはもう十年になる。

丁度、

十年。

そう、あの日、

きっとあなたを助けてみせる、

などと心に誓ってから、十年。

長かったようにも、短かったようにも感じるが、やはり長かった印象が強いか。

まずは願いを叶えるための手段を考えなくてはいけなかった。

それが決まった後は、どのようにして、大勢の助けを借りるかを考えた。

そうして魔王になることが一番の近道だと決まってからは、魔族からの信頼、信望を得るために様々な手段を用いた。

時には残虐なこともした。

しかし信頼だけでは魔王にはなれない。

絶対的な力がなければ、

有無を言わさぬほどの力がなければ、

魔王にはなれない。

強くなるためには、

誰かを殺す嫌悪感を拭い去るためには、

結局誰かを殺さねばならなかった。

それはすぐに慣れたはずだ。

心を鬼にした。

心を闇にした。

全部、仕方がないと自分を正当化した。

魔王になれなければ、何も世界を変えられない、自分の望みは叶わないと。


こうしてみると、やはり俺は良い魔王ではないかもしれないな。

良い魔王というのもよくわからないが、もっと何かを殺すのに抵抗を一切感じないような奴の方が、魔王には向いていると思う。

俺は、魔王になるために、いろんな魔族と交流を持つことになったが、意外と筋が通っている連中ばかりである。

ただ、人間界と価値観が違うだけで、死や命の扱い方が違うだけで、それ以外はなにも変わらない。

人間界への侵略も、独占欲の顕れだ。

或いは、人間が家畜を保護しているような、形の変わった慈愛だ。

それらは、人間にはわからないだろう。当然だ。

自分たちを家畜にしようとする者たちのことなど理解できるはずもない。

俺は、魔王になるにあたって随分と魔族を好きになったらしい。

無論、自分も魔族なわけだが。

だから、だからこそ、もっと正しい奴が魔王にはなるべきなのだ。

皆を正しく導けるような奴が。

俺は、ただ国民を騙しているだけだ。

確かに俺には人望を集める才能があった。

逆らう者たちも圧倒するだけの力があった。

何も策を講じなければすぐに傾き始める政治をまとめる判断力もあった。

それだけなら魔王向きだと思う。

だが、俺は、嘘つきなんだ。今まで魔界の為にしてきたことは全て本気だ。

今回人間界に乗り込んだのも確かな決意と国民の願いと共に侵略を開始した。

だが、俺は自分自身の願いを、望みを、策略を、

ただ一人を除いて誰にも伝えていない。

もちろん協力は必要だ。

だから今、離れにある高台に魔法陣を張ってもらっているのだが、それについては中身は伝えず、

ただこちらの用意したものを描けとだけ伝えてある。

俺の計画は、この、魔族の人間界侵攻の中に、生じる、ごく僅かな隙間に、油断に、全てを注ぎ込むものだ。

それは魔族皆の計画を破綻させてしまうだろう。

いや、破綻させる。間違いなく。

そして、人間側にも多大なダメージを与えるだろう。

さらに双方の関係が悪化するだろう。

俺は人間と魔族、両方から追われる身になってしまうだろう。

多くの魔族が死ぬし、多くの人間が死ぬ。

きっとその中には、

俺が曲がりなりにも友と呼んできた者たちも含まれるだろう。

俺は今有るすべてを失う。


だが、その代わりに、ひとつを手に入れる。

その一つこそが、俺の願い。

俺の、たった一度きりのわがまま。

過去の俺の過ちの清算。

ただそれだけのために俺は、全てを捨てる。

全てを捨てる覚悟がある。

全てを捨てる意志がある。

全てを捨てる力がある。

世界のすべてを敵に回しても、叶えたいと願ってきた想いだから。

やる、と決めたから。

それも後、少しだから。

あと少し、それが完成できるまでのほんの僅かな時間が欲しいだけだから。

誰にも邪魔させない。

必ず、成功させる。

そう、あとちょっとなんだ。

もう式自体は完成しているんだ。

時間を稼ぐだけ、だけなんだ。


だから。


だから。


「邪魔しないでくれ…!」


俺の眼が捉えたのは、もうそこまで来ていた王国軍の後ろ姿だった。



a―勇者


目の前には大きな扉。

この先に何が待ち受けているのかは、既に分かっている。

決まっている。

だって、もう魔王軍でここに残っているのは…。

名も無き魔王と、魔神イフリート。

この先にいるのは、魔神だ。

神の名を有するくせに王に仕えることで有名ではあるが、その力は脅威そのもので、事実、戦闘力のみなら魔王を凌ぐ。

僕では勝てない強さというわけだ。


「さて、恐らくこの先には魔神がいるわけだが、作戦を確認しとくぞ」

と、斧使いのガイぽん。作戦なんてあったけか。

「この扉を開けた瞬間に、俺とアイムで攻撃をしかける。

そんで足止めに成功したらその隙に勇者様とクウヤはここを抜けて魔王の所に。

失敗したら全員で、なるべく隙を見つけて誰か一人でも魔王の所へ行けるよう陽動作戦を実行。何か質問は?」

特にないけど、それは作戦なんだろうか。

まぁ、あんまり作戦については僕は気にもしていない。

どうせここにいる誰も魔神には勝てないわけで、それを考えると、足止めが精一杯という状況。

作戦も何も地力の差が顕然と、ある。

それに対し、魔導士アイムから質問が。

「だが、もしクウヤが抜けれる状況になったらどうするね?彼女一人魔王の元へ向かわせても仕方があるまい?」

魔法自体は回復専門だからな。

いくら神速のレイピアがあっても意味がないだろう。

「それでも、私は行きますよ。私だって、王国軍の精鋭の一人なんですから」

と、クウヤ。いや、だが、それはダメだろう。

「…仕方がない。もう時間もない。その場その場に合わせるしかないか…勇者様はどうお考えで?」

…うーん。

「いや、もう四の五の言ってる場合じゃないと思う。

僕は、こんなこと言いたくない、

けれど、自分が死ぬことで世界が助かるなら笑って死んでやるくらいの気持ちで戦いに臨まないと、

ただただ無駄死にする。僕は、皆には死んでほしくない、

でも、それくらいの覚悟はなければいけない。なら、もう行くしかないだろ?」

死んでほしいだなんて、微塵も思っていないけれど、

僕は、それでも、言わなければ、ならない。

だって、僕にはわかる。

この戦いで、

僕らの一人も欠けることなく勝利することなんてありえないということが。

そもそも、魔神を殺して、魔王を殺して、その後人間は何がしたいんだろう。

どうしようというのだろう。

僕は、これに関しては前々から疑問だった。

皆、色々と僕らにお願いするけど、それは、なんなのさ、って。

考えてたら。


「この大馬鹿野郎―っ!」


なぜかいきなりガイぽんに殴られた。

吹っ飛ばされた。

「皆で、世界を救うんだろ?この馬鹿プレム。そもそもお前さっきから落ち着かなすぎだろもっと集中しろ」

おおう。

ガイぽんは怒ると僕を名前で呼ぶぜい。

かなり怒っている証拠だぜい。

怖いったらありゃしないぜい。

んで、僕が集中していないって?

そうかな。そう、見えるかな。

「落ち着き、ない、かなぁ?」

ガイぽんはフンっと息を吐いて、アイムとクウヤの方に目配せをした。

こくりと頷いたアイムが僕に答える。

「落ち着きがあるようには見えないね。ただ、集中力が乱れているようにも私には見えないがねぇ。

別のことに気を取られている、というよりは綿密に準備をしてきたことが今まさに行われようとしていて、

今か今かと待ちわびている印象だよ。」

「随分具体的な状態だな…?あんまり自覚はないんだけどなぁ。やっぱ魔王を倒すチャンスだからかな」

ちょんとクウヤが怒った風な顔で、僕の袖をつまむ。

「勇者様?私たちは、誰も死んだりしませんよ?

だって、もし私一人が魔王と戦う羽目になっても、勇者様はたぶん助けに来てくれるんでしょう?」

そんな、確信のある言葉。

どこからそんな自信が出てくるんだろう。

僕の、一体どこがそこまで信じられるんだろう。

僕はいつだって壊す側の人間なのに。

いや、悪魔なのに。もちろん…

「…最善は、尽くすだろうね」

「それで十分ですよ」

ふふっと笑うクウヤ。

それを見てニヤニヤしているアイム。

見ようともしないガイぽん。

いや、ニヤニヤしているのはどういうことなんだよ。

さて、談笑はここまでだ。

そろそろ行かなきゃ。

その代わり、

「絶対死ぬなよ、皆」

もう今更、皆は返事をしなかった。


それでいい。



a―勇者


「開けるぞ」

ガイぽんが扉を、バンという音とともに開け、部屋全体に攻撃を、しかけようと、斧を振りかぶった、瞬間。


僕らは業火に襲われた。


「なっ!?」

業火と呼ぶのも言葉が足りないような、圧倒的な炎。

火の数が増えたところで意味は特に変わらないような気がするが。

それは、炎の魔神、イフリートの、本気のときのみ使われる力。

さすがの僕らもいきなり本気で来るとは思っていなかった、

わけではなかったが、

しかし可能性は低いと考えていた分対応が遅れた。

そしてその遅れた対応は、魔神が僕らが魔王の元へ抜けるのを邪魔するには十分な時間を稼ぐこととなった。

やっぱ、そううまくはいかせてくれないか。

すると横から声が。

「勇者様、これでなんとか魔王の所へっ」

そういって、クウヤがバリアーを張りながら僕を前へ進ませようとする。

それに気づいた魔神がこちらへ向かってくる。既に攻撃の態勢だ。

「私のことは気になさらず!行ってください!」

そんなもん。

「断る!」


魔神の攻撃がクウヤのバリアーに届く―どうせこの攻撃はバリアーごとき貫通するだろう―その直前、

ぎりぎりのところまで待って、

待って、

見定める。

時を。

一瞬を。

自分の周りがスローモーションに流れる感覚。

その中で、それ魔力を解き放つ瞬間を探る。

魔神が力を解放するため?を身に溜めながら拳をクウヤに向ける。

まだ、

まだ、

あと、

ほんの、

少し。

……。

……。

ここだ。

喰らえ。

僕はついに魔神に剣を向け、僕の扱える唯一の魔法を唱える。


「光魔法…!」


そして剣を横に一閃、宙を斬る。

ただ、それだけの行為で、僕の剣から、眩い光の奔流が見てとれる。

理論上無限大のエネルギーを乗せて、業火を打ち消しながら、

今にも攻撃をしようという魔神の腕を切り裂きながら、ぶつかる物全てを破壊しながら、ただそれは、直進する。

この刹那を終えて、僕の感覚も元のスピードに戻る。

「―っはぁっ!はぁ、はぁ…。

おいクウヤ、確かにさっきは命を懸けろと言ったが、

何もこんな下らんことの為に命張れとは言ってないぞ馬鹿」

辺り一面、大破壊の影響で煙が発っている。

まぁまず魔神はこんなでやられないが、今のうちにお説教を済ませよう。

「いいか、どうにもこうにもいかなくて、

それでも自分の命一つと世界を天秤にかけなくちゃならないような、

そんな事態になったら初めて自分を世界とで悩め、いいな?」

クウヤはどっと尻餅をついた態勢のまま、こくんと頷く。

「…申し訳ありません。では、この恩はさっそくこの戦いのうちで返してご覧にいれましょう!」

と、さすがにそこは切り替えの早いクウヤ。腰に差すレイピアを手早くはたいた後、左手を上に掲げ、視界回復魔法を唱える。

「晴れろ―サンズ―」

彼女がその呪文を発した瞬間、煙が今までなかったかのように晴れる。

そして、部屋の、僕らとは少し離れた位置で、同じように攻撃魔法で業火を凌いでいたガイぽんとアイムが見え、

そしてやはり無傷のまま(切断したはずの腕さえ無傷だ)、

さらに言うなら、誰一人自分の後ろ―魔王の間に繋がる入口側―には通さず、

魔神、イフリートが介在していた。


目の焼けるような紅色の炎を纏い、

逆立った金髪、

耳にはピアス、

それに不釣り合いな漆黒のスーツ、

そしてやはり場にそぐわない緋色のネクタイ。

いつも通りの、人間の姿を借りた魔神の姿だ。

まだまだ本気じゃありませんってか。

ちなみにこいつ、本気になると、体が炎そのもので出来た獅子になっちゃって、物理攻撃とか関係なくなる。

とりあえず、落ち着く時間くらいは作っておくか。

「よう、王様に仕える神様さん。今日も下剋上は続いてるのかい?」

「フ…我は彼の王の気質に惚れ込んだまでのこと。何も逆転はしておるまい。

それに、貴様との下らん茶番にもそろそろ幕引きをお願いしたくてね…」

言ってくれるね、下らん茶番とは。

いや、下らない茶番なんだけどさ。

これにはガイぽんが口を挟む。

「そりゃ奇遇だな、俺らもお前と遊ぶのには飽きたんだ。

しばらく休んだらどうだ?

もうそのまま此方には戻らんでいいぜ?」

「それには及ばぬ、わ!」

言って魔神は再び手を振りかざし、こちらに攻撃をしかけようとする。

だが、その攻撃が来ることは、

僕には自分のことのようにわかりきっていることだった。

つまり予想通りってわけだ。

僕は再び剣を構え、一振り魔神に向けて、一振りガイぽん達の道標となるように、正確に切り込む。

「光魔法っ!」

声に合わせて光る力が再び迸る。

魔神はこれを止めるために力を浪費しなければならない。

振りかざしていた腕を僕の攻撃に合わせる。そしてその時間で、僕はガイぽんとアイムとクウヤを魔王の間へと叩き出す。

「抜けたぞ、皆、行けっ!」

クウヤが少し怒った表情で言葉を返してきた。

「勇者様、さっきの言葉、自分だって同じですからね!」

「わかってるよ。死なねえさ」

アイムがまた、答える。

「暫し待っていて下さい。最高の舞台を整えておきますから」

「できれば皆だけで魔王は倒してこっちを手伝って欲しいけど、頑張るよ」

そして最後に、ガイぽんから。

「いい加減、ガイぽんってやめろよな」

「善処しよう」

これだけ言って、皆を先に行かせる。

魔神が次なる炎を僕らに向けて放ってきたが、これも光魔法で打ち消す。



……。

ようやく、皆はこのフロアから抜け出し、最上階へと登らせることができた、というわけで。

「俺の勝ちだよ、イフリート」

溢れ出る炎を、陽炎が揺らめき消えていくように手の中に収めると、魔神イフリートが笑って応える。

「ふむ、下らん茶番はもうさっさと終わりにしたい言うてろうが」

違いない。

もう、終わりなんだ、これも。

勇者として、魔王を倒すためにここまで来て、

こんな結末を迎えることを、皆になんて言えばいいだろう。

いや、或いは皆気づいてて、もうすぐそこで待ち構えているかもしれない。

そうだったら、どんなに嬉しいだろう。

憎しみでもって俺を恨んでくれたら、どんなに楽だろう。

きっと皆を、苦しませることになるだろう。

でも。

「やる、って決めたもんな」

誰が悲しもうと誰が恨もうと誰を傷つけようと誰が死のうと誰が追ってこようと誰が信じていようと誰が夢だと笑おうと。

俺は、やる。


「行くよ、最後の仕上げだ、イフリート」

「はい、魔王様」

後ろに魔神を引き連れて。

ただ、上を目指す。

俺の、願いを叶えに。

そこに待つ、彼女のために。

さぁ。

フィナーレだ。



b―“魔王” シン・プレム


昔、あるところに、記憶を失くした男がいた。

その男は目覚めると、見知らぬ塔の中にいて、その塔を散策していると、ある一人の女の子に出逢った。

その女の子と共に、男は外を目指した。

男は正直、初め不安だらけだった。

自分のことも、ほかのことも、何も覚えていない。

食料こそ見つけられたが、ここから出たところで、行く当てもなく、どこに向かえばいいのかもわからない。

しかし、その女の子と出会ってから、男はある目的を手にすることができた。

自身の不安を、拭うことができた。

女の子はとても明るく、可愛く、優しかった。

男は塔の外を目指すうち、その女の子のことが好きになった。

しかし、その優しい時間は長くは続かなかった。

二人仲良く談笑しながら、階段を上っていると、

いきなり、黒い影のような、闇のような何かが襲いかかってきた。

そもそもそこにあるのかどうかもわからない、こちらにむかってきているのかもわからない。

しかし空間にぽっかり穴が空いたように真っ黒な、

そんな存在を前に、男たちは逃げることしかできなかった。

走って、走って、逃げて、逃げて、上へ、上へ。

やがて最上部まで辿り着いてしまった男と女の子をやはり、ズンと黒い何かが追いかけてくる。

二人は笑って、笑い合って、

その塔から、底の見えない地面に向かって飛び降りた。

お互いを信じあって。

お互いを、強く抱きしめながら。

そこで一度、男の意識は闇に呑まれる。


どれだけ気を失っていたのかわからないが、

ふと目を覚ました男が見たのは、隣に倒れる、彼女の死体だった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

何故自分があの高さから落ちて無事なのかなど、興味がなかった。

思考がなかった。

ただ胸を満たすのは、彼女だけがいなくなってしまった喪失感だけ。

絶望に打ちひしがれたのち、男は決意する。

「くーちゃんを取り戻す。どんな手段を使ってでも」

男は、魔王になった。

力で全てをねじ伏せ、黙らせ、言うことを聞かせた。

そしてその中途で、

魔族のなかに別格の扱いを受ける四の魔神が存在することを知った。

全員と会い、話をした結果、炎の魔神イフリートが、男に同調してくれた。

男は彼にのみ自身の願い、計画のすべてを話した。

曰く、

「俺はこれから王国軍に潜入し、勇者として名を挙げる。

そうして、ジオランドの民に触れながら、

この爆弾をなるべく多くの人間に取り付ける。

魔王軍のほとんどには既に取り付けてあるから、

時がくればエネルギーは十分にたまるはず。

その間、実質的な魔王軍の指揮はイフリート、君に任せ、

俺は勇者として魔王軍の精鋭たちを殺す。

頃合いを見て王国軍最強共をこの魔王の城に、魔王を倒す名目でおびき出し、

本当に必要な魔法陣を別の場所で描く。

これで、邪魔を入らせず、俺の願いは達せられる。つまり―」


「多くの者に取り付けた爆弾を魔法陣の展開と同時に爆発させ、

そこで生じた生から死へのエネルギー変化を魔法陣に集約させ、

そのエネルギーベクトルの逆転による魔法で彼女を復活させる」


その計画通り、

男は魔王から勇者となり、

勇者として名を挙げ、

魔王軍との戦いに大きく貢献し、

国民の信頼を勝ち得、

そして、エネルギーに十分な量を確保できると、

最終決戦と称して魔王の城に仲間―王国軍最強―を連れ出し、

遠く離れた場所で魔法陣の完成も、成し遂げた。

今、もう後はその爆弾の起動を残すのみとなっている。


…これが、俺の、全て。

本性だ。

何もかもを殺して壊して、たった一人、大好きなくーちゃんを生き返らせる、共に生きる。

これだけの願い。

そのためなら、かつての仲間すら、俺は容赦しない。


後ろにイフリートを連れて、魔王の城の最上階、魔王の間に着いた。

そこには、先ほど逃がした王国最強の戦士、ガイと、

王国最強の魔導士、アイムと、

王国最強の回復魔導士、クウヤが困惑した風に立っていた。

俺の姿を確認すると、ガイが口を開いた。

「勇者様っ!これ、どういうことだ!?魔王がいないぞ!?」

それを聞き、自分の胸が痛くなるのを知りつつも、返す言葉は決意のままに。

「うん、ごめんねガイぽん。だって俺が魔王なんだもん。光魔法」

幸いにも、自分の言葉は思った以上に非情なまま響いてくれた。

攻撃にも、手加減はなかったようだ。

いきなりの攻撃に三人は対処できるはずもなく、光速の力に流されていった。

部屋の端にぶっ飛び、壁に大きな亀裂が走る音も、今は気にしない。

「さぁ。開け。天よ」

右の掌を空に掲げると、部屋の天井がすぅっと消え去り、

大きな魔法陣が展開した。

これはもちろん離れに作らせたものとリンクしている。


「もう、全て終わりにしよう」

「もう、全て始まりにしよう」

「もう、贖罪は止めにしよう」


「黒魔法、展開」

その一言に反応して、魔法陣が光りだす。

そして、世界のどこもかしこもで、爆弾が破裂しだす、

その阿鼻叫喚も、今は聞こえない。


「くーちゃん。来て。もう、離さないからさ。きっと、ずっと一緒にいよう」


やがて黒い光が魔法陣へと集まり、そして、辺り一帯が、眩い光で包まれる。

まるで、大爆発の爆心にいるように体を打ち付けられるような感覚も、

今は痛くない。

ただ、次の瞬間を信じているから―。



c―くーちゃん


私たちが、それに出遭ったのは、塔を上り始めてわずか二日後でした。

それ、としか私の貧相な語彙力では表すことはできないけれど

(しーちゃんなら、

暗闇のような絶望のようなとにかく、

この世の黒という黒に関する全てを一定の空間内に押し込めたら出来上がってしまった何か、

とでも表現するのかな)、

私たちの前には、正確には後ろには、それが現れたのでした。

何かはわからなかったけれど、

触れてはいけない何かであることくらいには私もしーちゃんも理解できたから、

全速力でそれから逃げようとしました。

でも、結局それは私たちから離れることなくだんだんと近づいてきて、

そして。

私が力尽きるのはほんのすぐのことでした。

「はぁっ、はぁっ、しぃっ、ちゃん、はぁ、先っ、行ってっ!」

でもしーちゃんは全く私から離れようとせず、

「何言ってんだよ!?くーちゃんだけ置き去りになんかできるわけないだろ!?」

もう、ホントに、分からず屋なんだから、こんな時くらい、私の言うこと、聞いてよ!

このままじゃ、しーちゃんが、死んじゃうってば!

そんなの、絶対いや!

「いいから行って!!」

疲れ果ててるのに、

私の言葉は、しーちゃんに初めて聞かせる怒声は、

掠れきった声で、しかし今まで以上に、塔に響き渡っていました。

「私、全然記憶がなくって、この塔のなかにいて、すごく怖かったの。

でも、あなたが来てくれて、あなたが助けてくれて、

助けてくれたのがあなたで、

しーちゃんで、本当に良かった、って思ってるよ?」

「おい、くーちゃん、何言ってん…」

しーちゃんが、私のその脈絡のない独白に対してイラつきを込めて返そうとした台詞を、途中で切った。

ううん、私が、切らせた。

しーちゃんのそんな話、聞いていたくなかったから。

しーちゃんに私の気持ち、伝わってなかったから。

しーちゃんの私への気持ち、伝わってなかったから。

知りたくて。

今しかないと思って。

確かめた。

私の唇を、しーちゃんのそれに、重ねた。

目を閉じて、必死で祈る。


私の想い、届いてますか?

しーちゃん。

たった二日。

たった四十八時間。

たった二千八百八十分。

たった十七万二千八百秒。

これだけしか一緒にいないけど。

これだけしかあなたを見ていないけど。

あなただけしか覚えてなくて。

あなただけしか知らない世界。

でも。

私があなたを選ぶには充分。

私があなたに選ばれたいと願うには充分。

この気持ち、あなたは感じていますか―。


しばらくそう念じた後、唇をそっとしーちゃんから離しました。

まだしーちゃんの唇の感触も消えないうちに、

まだしーちゃんのぬくもりを感じれるうちに、私は誓う。

しーちゃんの吐息がかかってくすぐったいし、

たぶん私の吐息がかかってしーちゃんは恥ずかしがっていると思う。

暗闇のようなそれがもうすぐそこまで迫っているのも構わず、

私たちは向かい合いました。


「私は、しーちゃんのことが好きだよ。」


これが私の精一杯。

これ以上、何も言うことはない。

何も伝えられない。

伝える術を持っていない。

それでもしーちゃんにはちゃんと、届きました。

「…くーちゃん。ありがとう。その、すごく、嬉しい。」

彼は、それだけ言って、手を差し伸べてきました。

私はその手を受け取り、

そして、これが最後の一言になることを知りながら、

笑顔でしーちゃんに語りかけました。

「行こっか。」

「うん。」

そうして、二人で、手を繋ぎながら、塔の外へ、下の見えない塔の外へ、

気づいたら私たちのすぐ横にに出来ていた窓のような大きな穴から、

飛び降りました。

飛び降りてすぐに、しーちゃんが私のことを、ぎゅっと抱きしめてくれたので、

何も怖くはありませんでした。


ここで、私の意識は途切れました。



c―くーちゃん


…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

…。


「くーちゃん。来て。もう、離さないからさ。きっと、ずっと一緒にいよう。」


…呼んでる。

しーちゃんが。

行かなきゃ。

私が、行かなきゃ。

私?

そう、私。

私は。

くーちゃん。

私は。

そう、あなただよ。


クウヤ。



c―くーちゃん


しーちゃんの声が私に届いた瞬間に、私は全てを理解する。

しーちゃんが行ってきた全部。

私が行ってきた全部。

私としーちゃんのすれ違い。

全部。

そして、重かった瞼を、上げる。

そこには、満面の笑みを浮かべるしーちゃんと、

それを見守るしーちゃんの相棒イフリートさん、

それにかろうじて立ち上がろうとするガイぽんに、

私のことを睨む、クウヤに、アイム。

一つ、一つ、整理しなきゃね。


まずは、一番愛おしい彼へ、お叱り。

「しーちゃん」

私が声をかけると、しーちゃんはぼろぼろと泣き崩れて、

もう、今の今まで魔王だったこともきっと忘れて、私だけを見てくれている。

かわいいなぁ、ほんとに。

「くー、ちゃん。俺、俺、ずっと、ずっと会いたかった!」

「うん、全部、しーちゃんの声は全部、伝わってたよ?

私なんかの為に、長いことありがとう。

でも、やっちゃいけないことだよねこれは。

私、しーちゃんに、道を外してほしくはなかったよ?

しーちゃんのせいで、たくさんの人が傷ついている。

今、何千もの人が死んじゃったよ。しーちゃんが、殺したの。

ねぇ、こんなこと言いたくないけど、

しーちゃんは、それが私に許されるとでも思ってるのかな?

私、そんなしーちゃんになんて、会いたくなかった」

しーちゃんが一瞬、悲しい表情を見せたけど、思ったより彼の気持ちは強いみたいで、すぐに私の言葉に返事をくれた。

「それでも、俺は、くーちゃんとの未来を選んだ!許されなくても構わない、ただ、この瞬間の為に生きてきた、だから!」

罪くらい、受け止めてやる、か。

かっこつけてくれちゃってさ。

まぁ、そんなしーちゃんが好きなんだけれども。


じゃあしーちゃんへの叱責はこれでおしまいにして、お次はー、うん、一番説明が必要そうなガイぽんからいこう。

瀕死だけど。

「ガイぽん。大丈夫?」

しーちゃんの本気の一撃を喰らった(それもさっき伝わってきた)割には元気そうな雰囲気で返答がある。

「なわけあるか…つーか、お前誰だよ!?

いや、つーかプレム、お前、一体何なんだよ!?

僕が魔王って、なんだ、ふざけてんのか!?

魔神、イフリートもそこにいるし、

クウヤとアイムもなんか無傷でそこにいるし、

お前ら全員王国の敵か!?」

「ごめんちょっと落ち着いて。」

もー、そんな質問されても困っちゃうよ。

一つ一つ整理をさせて欲しい、いやこっちは整理できててガイぽんだけがわからないんだから正論か、いやはや失礼をば。

「では私からざーっくり皆々様の表の顔裏の顔ご紹介致します。」

なるべくおどけながら。

世界が今、どんな状況にあるのかを、自分の口で話すのは怖いから。

しーちゃんの、これまでの頑張りも私の言葉で台無しにしちゃうわけだし。

「まずね、シン・プレムくんなんだけど、元々魔王だったんです。

でも、実質的な魔王の役割はこの魔神に託して、

素性を隠したまま勇者になりました。

理由は私こと、くーちゃんを生き返らせるため。

私とシンくん、私はしーちゃんて呼んでるけど、

私は以前おかしな塔の中でお互い記憶喪失な状態で出会ったことがあって、

でも色々あって私が死んじゃったから蘇らせようってわけ。

そのために勇者になって、

実は同族である魔族を倒しながらここまで来て、

それで、旅をしながら一般人にすら渡してきた、

魔力爆弾を発動させて五万人を殺す代わりに一人を、

私を、復活させたんだ。」

そう言う私の声が震える。

ようやく、ガイぽんにも事の大きさが伝わってきたみたい。

肩がわなわなと震えている。

私だってあんまりしゃべりたくなかったんだから、少しはそのあたりも考慮してほしいけど、それは口には出さない。


「でも、正確には生き返ったわけじゃないの」

「えっ!?」

今度はしーちゃんの表情が揺れる。

これも、あまり言いたくはない。

場合によっては復活した私の存在意義もなくなっちゃうかもだし。

しーちゃんの頑張りが、なかったことに、されちゃうし。

「くーちゃん…ほ、本当に?で、でも、今、現に、くーちゃんは、俺が、生き返らして…」

「うん。違くはないんだけど。

私は確かにあの時のくーちゃん。

でもそれはイコールこの私じゃあなくって、

しーちゃんは、自分のなかにいるイメージの私を、

言ってみれば無から有を生み出すように、

オリジナルではなくて、あくまで記憶の再現としての私を誕生させた。

変なことじゃないでしょ?」

いや、変だけど。

そしたら私はあの時のくーちゃんじゃないわけで。

私が私の人格を持っている理由までは私にはわからないし、

自分が自分である証明なんて誰にもできないんだから、

しーちゃんが理想のくーちゃんを生み出したことと過去の私を生き返らしたことも結局事象自体はおんなじなんだ。

もちろんそれは、

当人が死んでいれば、の話だけれど。


ゆっくりと、しっかりと言葉を選びながら今の自分の状態を説明する。


「今の私にはね、あの時、

しーちゃんと飛び降りた後生き延びたしーちゃんの記憶と、

あの時、しーちゃんと飛び降りた後、生き延びた私の記憶が混ざってるの。」


今度こそ本当に、しーちゃんの表情が固まった。

そんな馬鹿なっていう驚きと、

何を言ってるのかわからないっていう戸惑いと、

そして、

なら本物のくーちゃん―私じゃなくて、本当に本物の、

生き延びてるはずのオリジナルのくーちゃん―は、

一体どこにいて何をしているんだ今すぐ会いたい、

っていう衝動が浮かんでいる。

所詮たったいま生まれたばかりのちっぽけな存在だけど、

しーちゃんがくーちゃんをどれだけ求めてきたかも理解してるけど、

彼が求めてるのは、私じゃなくって、あなたなんだね、

と思うと胸が急に痛み出した。

このまましーちゃんを騙して、一緒に暮らしたい、

今すぐしーちゃんをさらって世界から逃げ出したい、

その気持ちを必死でこらえる。

だって、今の私には、本当の私が次に何をするのかがわかっているから。

そんなの絶対ダメだ、って思うけれど、

本当の私が、10年間頑張ってきた想いは、

しーちゃんがくーちゃんを求めたように大事にしてあげたい。

ほかでもない私の想いだし。

だからその分、嘘をついたままじゃなくて、

せめて本当のことをしーちゃんに伝えてから、

私は私という人間の最期を見届けよう。


改めて、しーちゃんの目を見つめる。

一度深呼吸してから、一息で全て話してしまう。

「今の私にはしーちゃんの記憶とここにいるクウヤの記憶が混ざってるの。」

途端、しーちゃんの視線は私から、クウヤの所へ、

くーちゃんの所に注がれる。

当のクウヤは苦々しげに私としーちゃんを交互に見つめる。

ほら、ここからはあなたの話す番だよ。

「ほら、ここからはあなたの話す番だよ。くーちゃん?」

言ってやった。

どうだ。

後は、彼女に任せていいだろう。

それで、全部、終わる。

しーちゃんが贖罪の物語を終えたのと同様に、私は偽者の物語を終わらせよう。

さぁ。


ここまでお膳立てして、ようやく、クウヤことくーちゃんは口を開いた。

躊躇いの色が何度も見え隠れしながら、それでも、

しーちゃんの目をちゃんと見て、やっぱり、

とても嬉しそうに話し始めた。

「ごめんね、しーちゃん」




そして。


その日。


勇者軍が魔王城に攻め込んだ、王国と魔族の最終決戦が起こったその日。


謎の魔法により魔族、人、老若男女種族問わず合わせて5万の尊い命が無に還り。


魔王は無事倒され。


しかし勇者、レイピア使いの魔導士が戦死。


王国に戻ってきたのは斧使いのガイと魔導士のアイム、それに魔王の城に捕われていたという少女のみ。


誰一人、平和が戻ってきたとは思えないままに。


戦争は終結した。



dー斧使い


そんなわけで。

エピローグを担当することになったガイ(ガイぽんって言うな)だ。

…。

…。

いや。

なんでだよ。

なんで俺だよ。

そこはクウヤにやらせとけよ。

あー、なんだ、クウヤじゃないんだっけか。

くーちゃんっつったけか?

クウヤだからくーちゃんなのか。

いや、順番的には逆だったか。

さておき。

俺がエピローグを語らざるを得ないらしい。

少し考えてみれば確かに俺以外に語れる奴がいないような気もしなくもなくない。

あの日。

魔王が死に、勇者様が死に、クウヤが死んだ、あの日。

あの日、あの戦場にいた中で、何も隠していなかったのは俺だけだったらしいし。

決まったものは仕方がないのでここから先はお互い文句は無しでいこうか。


結局、勇者様が過去のクウヤを、あぁ面倒だからやっぱり奴に倣ってくーちゃんと呼ぼう、

くーちゃんを復活させ、そのくーちゃんからクウヤとくーちゃんが同一人物だと説明された後。

大体何が起きたのかといえば。

クウヤ謝る、

勇者様謝る、

クウヤ&勇者様自殺、

魔神帰る、

残された俺アイムくーちゃん帰る、

という、なんとも拍子抜けする幕引きだったことをここに記しておく。

そうとしか書けないほどに、

あっけなく、

二人は、

理解しあって、

想いあって、

笑いながら、

死んでいった。

いやなんだそれもっと詳しく伝えてくれ、という声も聞こえてくるが、

俺だってその時は混乱の極致にいたのだから勘弁していただきたい。

今もこうして整理できているのはくーちゃんを質問攻めにしてようやくといった所なのだ。

して、そのくーちゃんが言うには


「だから、顔なんて覚えてるわけないでしょう?

私がしーちゃんといたのはたった2日だけなんだから。

そんな短い期間の記憶なんてお互いすぐ薄れていくって。

記憶自体は鮮明に残っていても、

好きだって想いは強く抱いても、

忘れるものは忘れる。

人なんてそんなものでしょ。

そりゃ10年越しに、お互い気づいて、感動の再会になっていたらな、とは思うけど、

そもそもしーちゃんが私を死んだと思ってたように、

私もしーちゃんが死んだと思ってたんだ。

って、いうか、私たちが閉じ込められていたあの塔、相当な高さだったし、

落ちた後、隣でぐったりしてるしーちゃんを見たし、

息してるか確認もしたし脈もとったしその場で何時間も泣き崩れて声かけ続けてたのに無反応だったし。

死んだと思ってたよ。

あの時は自殺しようと思ってたけど、

やっぱり、少しでもしーちゃんの欠片を集めたくて、

あとは、私と同じに記憶を失くしていた彼だけど、

記憶を失くす以前の彼の残骸がどこかにないかと探そうと決めて世界中飛び回ったり、

結局謎の塔はなんなんだろうと王国の深部に潜り込むために勇者軍に入ったり、

それでも何も手がかりもなくて、いつしか魔族と王国の戦争が始まって、

あぁ、これも私への罰なのかな、

しーちゃんを一人であっちの世界に行かせてしまった罰なんだ、

って思ってこの戦争で、魔王か魔神の前に倒れて、しっかり生きた証を掲げた上で死のうと決めてたの。

まぁだから、勇者様が探し求めていたしーちゃんだなんて、知らなかったのよ。

それで、そしたら、僕が魔王だ、とか言うでしょ。

もちろん光魔法を私とガイぽんと、…アイムの3人でくらってボロボロだったけど、

頭の中ではそれ聞いた瞬間に私が思っていたものとは全く違う形で世界が終わっちゃうけど、

それはもう仕方のないことなんだ、って。

きっと、この世界では、ずっと幸せになれるような事は、起きないように設定されてる、みたいな、

そんな風にまで思って、私としーちゃんが幸せになれなかったように、

この世界だって幸せになれないんだ、って。

でも、

さらに、

とどめに、

「くーちゃん。来て。もう、離さないからさ。きっと、ずっと一緒にいよう。」

とか言い放つもんだから、

さすがにそこで「あ、この人しーちゃんだったのか」と。

軽いように聞こえるかもしれないけれど、

本当にうれしくて。

ずっと探してきて、ようやく見つけたのが本人だったんだから。

嬉しかったけど、悲しかった。

しーちゃんは私を見ていたけれど、見ていなかった。

矛盾じゃなくって、私のこと、くーちゃんを見てたけど、クウヤは見てなかった。

あくまで彼が囚われていたのは過去のかわいいくーちゃんで、

10年経ってしまった今の私はただの一魔導士にすぎなかった。

しかも、その時点で彼がただ私を生き返らせようとするどころか、

そのまま王国も捨てて殺した人たちのことも知らんぷりして、

私と二人でどこかに逃げようとしてることまでわかっちゃって、

私にクウヤとしての記憶も継がれることもなんとなく感覚でわかっちゃって、

私にしーちゃんの今までの記憶が継がれることもわかっちゃって、

そんな、暗い10年間を過ごしてきたクウヤとシン・プレムの記憶を持った私とじゃ、

どうせしーちゃんが徐々に感じる違和感に押しつぶされてしまうなんてことまで見えてしまって、

そうしたらやっぱり世界は私たちを拒んでいるんだ、って思って。

もう二人を見ていたくなかった。

このまま、いつかは滅びてしまうだろう、

それでも今この瞬間はくーちゃんを復活させた幸せに溺れるしーちゃんを見ながら死んでいこう、って決めた。

でもさ、自分の記憶が私にリンクされる感覚があったなら、

それもそもそも私は私じゃなくっても私であると願われて生まれた私なのだから、

リンクすること自体は当たり前なような気もするけれど、

とにかくその感覚があったなら、ちょっと考えればわかったと思うけどね。


私が、

幼いくーちゃんが、

10年後の自分が、

10年後のくーちゃんが、

しーちゃんとすれ違ったまま死のうとしているなんて知ったら止めるに決まってるのにね。

本音を言えば、二人共に死んでほしくなかったけど、

いっそ二人で逃げて生き延びてほしかったけど、

しーちゃんがしたことは、

さすがに、

私には耐えきれなかった。

だから、クウヤは一緒に生きれないなら、一緒に死のう、って思うのが当然だったし、

しーちゃんも、もう一人では生きていくことなんて出来なくなっていたから、

つい数分前に生み出した私のことなんて、気にもかけずに、死んじゃった。

あはは、いや、さすがにそれは嘘だけどね。

私に対しても、クウヤに対しても、罪悪感しかなかったみたいだけど、

私に謝られても、余計に、

「クウヤなんかより私を選んで」って言いたくなっちゃうから、

あのまま悩みながらも私に声をかけずにいてくれたのは嬉しいかな。

ていうか、結局私も逃げただけなんだよね。

だって、私の為に、5万人が、死んだんだよ。

わかんないよ。

わかんなくなっちゃうよ。

そんな罪、誰にも受け止められないよ。

償うことなんて、できっこない。

本人がどう思おうが、ね。

果たして、私はその罪をかぶることも出来なかった。

クウヤにはできたのに。

それは私が、幼い私が、生まれたばかりの私が、

二人の暗い運命を、

自分とは違うんだ、って思いたかっただけ、なんだろうね。

私には、本物のしーちゃんがちゃんといて、

まだ私のことを待っててくれていて、

人を殺してまで会おうとはせず、

ただただ誠実に私を探し求めてくれるんじゃないかって、まだ、どこか期待してる私がいる。

そんなずるい私は、二人の意思を尊重するなんて馬鹿なことを考えながら、

二人が二人のまま死んでく様を眺めてた。

私には、しーちゃんの想いもくーちゃんの想いも両方流れてきていたから、

二人で死んでいくことの意味は理解できたけど。


それでも。

それでも、ね。

悲しかった。

寂しかった。

辛かった。

悔しかった。

苦しかった。

切なかった。

羨ましかった。

侘しかった。

胸が痛かった。

なんで。

なんで。

なんで!

私を!

選んでくれないの!

しーちゃん!

たった二日!

たった四十八時間!

たった二千八百八十分!

たった十七万二千八百秒!

これだけしか一緒にいないけど!

これだけしかあなたを見ていないけど!

あなただけしか覚えてなくて!

あなただけしか知らない世界!

でも!

でも!

でも!!!

私があなたを選ぶには充分。

私があなたに選ばれたいと願うには充分。

この気持ち、あなたは感じていますか―。


そう、誓ったのに。

そう、誓ってくれたのに。

あの時は届いたのに。

あの時は届けてくれたのに。

私はあなたの大好きなくーちゃんなのに。

私はあなたのことが大好きなままなのに。

私はあなたの理想のままなのに。

私はあなたを選んだままなのに。

私はあなたに選んでほしいのに。


あなたは本物のくーちゃんが、よかったんだよね。

10年経っても、私のことを見続けてくれてるんだ、って嬉しかった。

でも、そんなことできるわけないもんね。

10年経った今なら、10年経ったくーちゃんがいいに決まってるよね。

それならどうして私なんかを生み出したのかな。

5万もの命を無駄にしてさ。

そんなことしたら自分の居場所がなくなることくらい誰にでもわかるじゃん。

逃げ切れるわけないじゃん。

なのになんで。

本物がいなければ、私を選んでくれたのかな。

くーちゃんが本当に死んでいたら、この偽物の私を愛してくれたのかな。

それとも、こんなこと考える私じゃやっぱり好きになってくれなかったかな。

私は、しーちゃんに幸せになって欲しくて。

くーちゃんにも幸せになって欲しくて。

だから今の自分の気持ちなんて二の次にしたけどさ。

こんなの、耐えれるわけないじゃんか。

好きな人が自分を見つけてくれたのに。

好きな人が自分と一緒に死んじゃった。

こんな終わり方、本気で望むわけ、ないよ。

あの時、一緒に死ねばよかったんだ。

私も、思い出と一緒に、死ねば。

でも出来なかった。

記憶はあっても過ごした日々の感覚のないこんな私には、そんな怖いことできなかった。

やっぱり二人ほど強くなんかないんだ。

こんな弱い私がしーちゃんの隣にいようなんて、間違ってたんだ。

全部、もう、手遅れなんだよね。

ただ。

ただね。

最後に。

一言。

結局、聞かせてもらえなかった言葉があって。


好きだよ、って。


言って欲しかった。

それに。

私からも。

もう一度。

好きだよ、って言いたかった。

それだけで。

全部さ。

わかりあえたのかもしれないでしょ?」


ということらしい。

全くもって理解に苦しむが、

もう涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃに歪めてまで話してくれた女の子の内面に、

かつて共に背中を預けあった誇り高いレイピア使いの回復魔導士の姿を容易に重ねることができた。

出来る限り真摯に応えなければならない、

などと誠実な考えがふと頭をよぎったが、

すぐに柄じゃねえな、と思い直し、普段通りに返事をした。

「俺にはそこまで想う相手がいたことがないからな。

その辺の、幸せになって欲しいし、理屈の上では罰を受けるべきでも、

それでも自分と共にいて欲しいって気持ちはわからんな」

くーちゃんの表情を見て、ふっと和らいだのがわかった。

なんだ、やっぱり、理解できなくて正解なのかよ。

これ以上ないほどに顔をしかめているのに、

俺に対しては余裕の態度を続ける彼女に、

せめてもの抵抗として最後に一つ質問をぶつけた。

「なぁ」

ん?と首を傾げるくーちゃん。

その先を続ける。

「10年も前のことが記憶の中に埋もれないわけがない、とか、

そんな状態で顔見たってわかるわけがない、

って言ってたよな。

それでさ。

10年前の本物のくーちゃんと今しーちゃんが復活させた記憶の中の理想のくーちゃん、

つまり今のお前の顔と10年前の本物の顔はそもそもおんなじなのか?」

この、底意地の悪い質問に刹那、くーちゃんは動きを止めたが、

すぐにくっくと笑い始め、

俺に向けて、

俺の知るクウヤ時代を合わせても今までで最高の笑顔で、

たった一言。

こう言った。


「塔の中になかったから、私、鏡を見たことがないんです。」


なるほど。

それじゃ永遠の謎だ。



dー斧使い


さて、くーちゃんについては少し話せたので、後はアイムについても話しておこう。

アイム。

謎の魔導士。

こいつな。

一体何者なんだとは思っていたんだが。

ふたを開けてみれば、

王様でした。

…何を言ってんだこいつと思うだろうが俺もちょっとまだ混乱中なんだ。

あぁ。

とりあえず突っ込みくらいはいれてやろう。

王様なのかよ!

何前線出てんだあんた!

「しがない魔導士ですわ」じゃねえよ!

どうりで顔をローブで隠してるわけだよ!

今までずっと俺らと一緒にいたの!?

国はどうした国は!

…このくらいにしておいてやろう。

とにもかくにも実は王様だったらしいアイムは、

王国に戻ると同時に衛兵達に囲まれ、

俺らにその正体をあっさり明かして、

衛兵達に目もくれず、

未だ唖然とする俺に向けて、

「面白かった。あとは任せたよガイぽん。」

と言い放ち、

そのまま俺らの目の前で消えた。

文字通り、ふっと。

アイムが国王だったことはその後衛兵やら、

王家の人との会談で確からしいが、

結局消えたあとのことはよくわからない。

単純に雑務を俺に押し付けたんじゃないかとさえ思うが。


そんなわけで。

かの戦争が終わってからの復興には、

勇者たちによる懸命な呼びかけが必要だったはずなのだが、

王国軍最強と言われた勇者4人のうち3人が姿を消してしまったので、

俺は一人で世界を回り(皮肉なことにジオランド同様に混乱に陥った魔界にまで赴いた)、

世界の調和と安定を図った。

あぁ嘘だ、一人で、なんて言ったら怒られるな。

勇者軍としては一人で、

実務としては隣にくーちゃんを添えて、という形ではあったからな。

先にも言ったが、くーちゃんの扱いは"魔王にとらわれていた少女"ということになっている。

それを我らが勇者が救い出した、

とかなんとか言って、上手いこと王国に住まわしてる。

本来であればもしかすると、

この戦争の発端であるこの少女を罰する必要があるのかもしれんが、

そこは勇者様の命でイーブン、

とでもしてやらないと浮かばれないだろう。

二人で世界を回ってみて、

やはり感じたことは、

人も魔人も変わりないということか。

どっちも尊いもので、儚いものだった。

勇者がこれらを殺すのに、

どれだけの想いを断ち切ってきたのか、

はわからないしわかりたくもない。

ちなみに隣のくーちゃんは、懸命に生きる人たちを見て、

「ひょっとしてこうして魔法陣展開のための起爆装置をつけて回ったらしーちゃん復活も夢じゃないかな…?」

と不穏極まりない言葉を発していた。

勘弁してほしい。

そういえば道中、炎の魔神にも出くわしたな。

以下は俺とイフリートの会話の一部始終。


「ようファイヤーマン」

「なんだその呼称は」

「それよりお前も復興にちっとは協力しろよ」

「ふむ、沸騰させるのは得意なんじゃがの」

「」

「おい何か反応せい」

「」

「おい斧使い喋れ」

「」

「おい」

「いや。ああ。うん。悪い。」

「貴様な…」

「…やっぱ帰るわ」

「おいっ!?何か頼みごとがあって来たんじゃないのか!?」

「やっぱいいわーじゃ達者でなー」


ちょっと魔神ともなるとギャグセンスが俺らとは違いすぎたな。

これが価値観の違いってやつか。

仕方がない。

誰にでもなぜか会話を続けるのが難しい相手っているもんさ。


世界はまだまだぐちゃぐちゃだけれど、

結果的には魔族と人間の隔たりを失くす方向に向かってきている。

あいつのしでかしたことが今後の世界でどう動くのか、それはわからない。

それに、まだ色々と結論を出すには早すぎる気もするしな。

「まだ何個か調べなきゃいけないこともあるしな…。」

そう呟いて、思いを馳せる。

世界を巡りながら捜索しているが、

今のところしーちゃんとくーちゃんが囚われていたという塔は見つかっていない。

また、二人の言う、『なんだかよくわからないもの』についても一切不明。

ついでに二人ともお互いを死んだと認識していたが(くーちゃんに至っては脈とかまで確認していたのに、だ)、

そんなことが本当に起きるのか。

まぁ後は、

「なーんで勇者様の奴、俺らにはその爆弾とやらを付けなかったのかね。」

という、出来れば良い返事をもらいたい疑問にも、そのうち答えを出していきたい。


さて。

これで物語は幕を閉じる。

実は王様だったアイムに、

実はくーちゃんだったクウヤ、

実はしーちゃんで魔王だった勇者ことシン・プレム、

とんだ偽物だらけのパーティがいたもんだ。

偽物だらけの皆の中で、俺一人だけが何も疑わずに、

何も抱えずに、

のうのうと生きてきたんだから、

最後くらいこうして、エピローグを担当してやるのも筋なのかもしれない。

それがせめて生き残った俺の役割なんだろうと思う。

なぁ。

シン、いやしーちゃん。

クウヤ、いやくーちゃん。

お前ら、すれ違いだけを繰り返してきたらしいけど、

最後まで結局幸せらしい幸せは掴めなかったように思うけど、

それでもここまで生きてこれてよかった、って言えるか?

俺にはまだ、

お前らほど何かを守りたい、

って思ったことはないから。 ほんの少しだけ、よ、羨ましくも思ったんだぜ。

少しでもお前らに近づくためにも、

お前らの遺した少女を、

この身一つで守ってみっから、

だから、

いつか、

そんな俺の頑張りに免じてさ、

このかわいそうなくーちゃんをお前らと一緒に過ごさせてやってくれよ。

お前らの準備が整うまでは、

待ってやるからよ。

じゃあな。



頭に、会話がよぎる。

死ぬ直前の、しーちゃんと、くーちゃん。

お互いに見つめあって、

触れ合うように手を伸ばして、

そして。


「やっぱり、探し求める私たちだったんだね」

「どういうこと?」

「しーちゃんと、くーちゃん。ちゃんを取って、しーくー。しーく。シーク。seek!だよ!」

「俺、でも、自分の名前、seeじゃなくってshiから取ってShinだったんだけどな」

「あー、ひどい。私、ずっと、探してたのに」

「俺だって、遠回りしたけど、求めてたよ。くーちゃんのこと」

「なら、いいよ、許したげる」

「ありがとう。……くーちゃん」

「……うん」

「いこっか」

「うん」

「大好き」

「私も大好き」


こうして。

探し求める二人の物語は終わった。



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