笑顔が見たくて
ベリーズカフェに投稿したものとまったく同じです
ハンドルを握りながら、
夏樹はチラリと助手席に目をやった。
今日の律は随分とまた機嫌が悪いようで、
車に乗ってからというもの
一度も夏樹の方を向かないし話し掛けもしない。
『俺が何かしたか?』
と夏樹は内心思いつつも、
車を今日のデートの予定コースである臨海パークへと走らせる。
「おぃ、律。」
「・・・・・・」
「律・・・りーつー。」
「・・・・なによ・・
変に間延びして呼ばないでよね。」
夏樹の何度か呼ぶ声にやっと律は不機嫌そうに答える。
それに少し安堵しつつ、
夏樹は視線を前に向けたまま律に聞いた。
「律。俺、何かしたか?」
「別に・・・・
夏樹のせいじゃないから、気にしないでいいよ。」
そう言うとまた律はふぃっと顔を背ける。
そんな律の言葉を聞いて小さく夏樹はため息を吐き出すと、
不意にハンドルを切って車を横道へと入れて止めた。
「律。こっち向いてみな。」
「・・・やだ・・・」
「律・・・りーつー・・・
りっちゃん、いいからこっち向いてみろって。」
滅多に呼ばない愛称で律を呼ぶ夏樹の声はとても優しくて、
律の強情な心を少なからず解き解してしまう。
渋々ながら律が下を向いたまま夏樹の方に向き直ると、
夏樹はそんな律の顎を掴んで上を向かせた。
「どうした?」
「なんでも・・ない・・・」
「何でもないって顔じゃないぞ、お前。
何かあったか?気分が悪いなら今日は中止して帰るぞ?」
今にもその瞳から涙の粒が溢れそうな表情をしている律に、
夏樹はそう言った。
その夏樹の言葉に律はフルフルと首を振る。
それはそうだろう。
仕事が忙しい夏樹に休みは滅多になく、
今日のデートは約2ヶ月ぶりなのだから。
律にしてみればとても楽しみにしていた今日のデートなのだ。
しかしそれでも、
今の自分の感情を押さえ込んで
心から楽しむ事が出来ずにいる律なのであった。
「何があったか言ってみな。」
「やだ・・・・・・」
「あのなぁ・・・・
そんな顔のままで俺とデートする気か?」
「・・ごめん・・・・・・でも・・」
俯く律に夏樹はまたも小さくため息をつく。
「律。いくら俺でもな、
何があったのか解らん事には対処出来ないぞ?」
「うん・・・・わかってるよ
・・・わかってるけど・・・」
言いたくないと律は小さく呟く。
いつもながら強情な律に、夏樹はどうしたものかと頭を掻く。
「ホントに気にしなくていいから。
デート・・行こ?」
無言になった夏樹に律は首を傾げつつそう言うが、
夏樹の方は表情の晴れない律をそのままにして楽しむ事など出来そうもなかった。
「俺がお前をそのままにして、
楽しめるとでも思ってるわけ?」
「でもホントに気にしなくても・・」
「好きな女が泣きそうな顔で沈んでるのに、
気にしないわけがないだろうが!」
どこまでも強情を張る律に夏樹は咄嗟に声を張り上げてしまう。
その夏樹の声に律はビクッと身体を強張らせた。
「悪い・・・」
大声を出す気などなかった夏樹は咄嗟に謝るが、
律はそれにフルフルと小さく首を振る。
「ホントに大した事じゃないの。
だから気にしないでよぅ。
・・・・言ったら夏樹、
絶対呆れるんだもん・・・・」
「呆れないから言ってみろって・・・・
聞かなきゃ何も解んないだろうが・・」
そう言ってしばらくじっと待つ夏樹に、
律はまだ躊躇いつつ小さく首を傾げて少し上目遣いに聞く。
「聞いても呆れない?笑わない?約束する??」
「だから聞いてみないと約束できないって・・・・
まぁ、善処するけどな。」
その夏樹の言葉に律はしばらく考えた後、
なぜかモジモジしつつ小声で答える。
「えっとね・・・・
今日って久しぶりのデートでしょ?
だからね・・・」
「あぁ・・それで?」
言い難そうにする律に、夏樹は先を促す。
「うん・・それで・・・・・髪をね、
気合入れてカールさせようと思ったんだけど・・・・
失敗しちゃって・・・・・」
「だから?・・・」
「だからぁ・・・・・
それが理由・・・なの。」
ボソッっと恥ずかしそうに言った最後の言葉に、
夏樹は一瞬言葉を失い、そして
大笑いした。
「あはははははっ!!」
「わ・・笑わないって言ったじゃない!!
嘘つき!!!」
大笑いする夏樹に、律はそう言ったが夏樹の笑いはしばらく収まりそうにない。
「お・・俺は約束できないけど善処するって言ったんだ・・・
はははは・・・」
律の機嫌が悪かったわけでも、
気分が悪かったわけでもないと解って安堵したのと、
あまりに可愛らしい理由で落ち込んでいたことが解った夏樹は笑いが止まらなかった。
そして夏樹の笑いが収まる頃には、
これ以上ないくらいに頬を膨らませて拗ねてしまった律がいたのだった。
「拗ねない、拗ねない。
ほら、ニッコリ。」
「知らない・・・・」
笑顔でそう言う夏樹に、
律は拗ねきってプイッと横を向く。
そんな可愛らしい仕草がまた夏樹の笑いを誘うのだが、
ここは我慢した方がよいのだろうと堪える夏樹である。
「メシおごるから。」
「そんなの当たり前なの・・・」
「・・じゃあ、今日のデート代全部俺持ちなら?」
「・・それも当たり前・・」
かなり拗ねてしまっている様子の律に夏樹は苦笑を漏らした。
「じゃあどうしたら許してくれるよ?
せっかく2ヶ月ぶりにゆっくり律とデート出来るんだぞ?
俺としては膨れっ面もかわいいとは思うけど、
どうせなら笑顔の可愛い律とデートしたいんだけどなぁ。」
膨れてる律も可愛いと本気思いながらも、
夏樹は律の機嫌を取る。
「・・私って・・・かわいぃ?」
「かわいいよ。」
ポツリと聞く律に夏樹はニッコリと答える。
「・・美人?」
「美人・・とはちょっと違うと・・
いや、美人美人。
律は美人だよ。」
ここは機嫌を取らなくてはならないので、
夏樹は慌てて否定する言葉を飲み込む。
夏樹としては、
律は美人というよりもかわいいという方が強いのだ。
そんな夏樹の答えに気をよくした律はニッコリと笑い
「ふふ・・夏樹はかっこいいよ。」
少し小首を傾げてそう言うのだった。
「そりゃどうも、
お褒めに預かりまして・・・
それじゃあ、美男美女でデート行きますか、
お嬢さん?」
「よしっ、行こう~♪」
すっかり機嫌をよくした律は、
元気いっぱいに『出発進行ー!!』と言って夏樹にGOサインを出す。
そんな律の姿に安心した夏樹は、
車を大幅に遅れてしまったデートコースへと戻したのであった。