ヒロイン・ハザード
流行りのもの(?)を試してみました。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「た、助けてくれっ!」
悲痛な叫びが耳を突き、俺は心の中で黙祷を捧げた。
「ひぃっ!」
「大丈夫、図書室になんて来ないって」
あの悲鳴が聞こえたのだろう。足下でがたがたと震える親友、鈴原賢治を慰めた。
賢治は学校でも五指に入るイケメンである。体育会系で厳つい顔をしているため少々好みは分かれるが、よく見れば顔立ちは整っており、性格もからっとして陽気で友人も多い。後輩からは兄貴と呼ばれて慕われている。加えて、サッカー部のエースであり、学力テストでも10番内をキープする文武両道を地で行く男だ。
だが、賢治はカウンターの下に丸まって隠れながら、怯えた目で俺を見ていた。狼に狙われる子ウサギのように。
事実、彼は狙われているのだ。
『ヒロイン』に。
実はこの世界は乙女ゲームの世界であり、賢治はそのゲームに五人いる攻略対象の一人なのだ。
そして、『ヒロイン』は賢治を攻略するために今も彼を探し回っている。
何故そんな事を知っているかといえば、この世界の元となった乙女ゲームの作製に俺は関わっていたからだ。
ここまで言えば分かるだろう。
そう、俺には前世の記憶がある。いわゆる乙女ゲームの世界への異世界転生という奴である。
あ、ただのモブキャラだけどね。図書委員やってます。
俺が前世の記憶を思い出したのは、転校してきた女性の、すなわち『ヒロイン』の姿を見た時だった。
俺は前世では大学で同人ゲームを作るサークルに所属しており、そこで作製したのがこの世界の元となった乙女ゲーム『青春の夢』なのだ。
『青春の夢』はゲームとしては奇をてらったものではなく、転校生の少女が攻略対象、俺様生徒会長、腹黒副生徒会長、さわやかスポーツマン(親友)、人見知り美術部員、毒舌保健医の五人とキャッキャウフフするだけのものである。ちなみに逆ハーはない。
正直、乙女ゲームを作るのは抵抗があったのだが、サークルのメンバーの多数決で残った選択肢が、エロゲー、ホモゲー、乙女ゲーとなれば、乙女ゲームに投票したのは仕方のないことだろう。
今では猛烈に後悔している。
いや、他の選択肢を選んだからといって、今よりましになったかは分からないのだが。
俺達はこのゲームをフリーゲームとして公開し、最終的なダウンロード数は1000件には届いていた筈だ。
自分達の作ったゲームがダウンロードされることは嬉しかった。
だが、こうなると分かっていたら、過去の俺に絶対に言ってやりたい。
絶対に公開するな! と。
「そうだ、ここまだ調べてない!」
「・・・!」
そこまで回想した時、図書室の外から『ヒロイン』の声が聞こえてきた。
それと同時に足下に隠れていた賢治がビクビクと震えた。
そして、ついにガラガラガラッと図書室のドアが開かれた。
「ねぇねぇ、博人先輩か、賢治君か、雅人君か、祐二君か、アギト先生がここに来なかった!?」
「せめて一人に絞れよ」
「「「「「「「「そんな事良いから!」」」」」」」」
「ひぃぃぃぃぃ!」
十人近い声が唱和し、俺も思わず悲鳴を上げてしまった。
それほど恐ろしい光景だった。
彼女達はまるでデパートになだれ込むゾンビのように図書室になだれ込んできた。
そう、全く同じ顔をした数十人の『ヒロイン』が。
アクセサリーなどは多少の違いがあるが、顔も身長もプロポーションも声も全く同じだった。
全く同じ顔をした人間が地鳴りのような足音を響かせながら図書室の中を探索する。
はっきり言ってホラーである。
ゾンビの群でもここまで恐ろしくはない。
この調子では賢治が見つかるのも時間の問題だろう。俺は心の中で賢治の冥福を祈る。
あの日、『ヒロイン』は転校してきた。
その数、およそ1000人。
この世界には同じ顔をした人間が3人いるという。
だが、流石に1000人はいないだろう。
彼女達の姿を見た時、教室が、いや、学校中がパニックに陥った。
前世の記憶を取り戻した俺のパニックが全く目立たない程に。
ちなみに、俺の学年の生徒数は400人ぐらいだ。なんと、うちの学年の生徒の三分の二以上が同じ顔になったのである。
パニックに陥るなという方が無理だろう。彼女達自身、最初はパニックに陥っていた。
そして、彼女達は他の『ヒロイン』に先を越されないように、我先にと攻略対象の攻略に乗り出したのだ。
俺様だろうが、腹黒だろうが、毒舌だろうが、彼女達の圧倒的物量の前では無力だった。
こうして、この学校は『ヒロイン』の脅威に蹂躙される事となったのだ。
何故こんな事になったのか。
俺には想像でしか話せない。
俺達のゲームが1000件ダウンロードされたという事は、1000人の人間があの乙女ゲームをやり、それぞれがヒロインを操作して攻略した筈だ。
選択肢に制限はあるものの、プレイした人達にとってはそれぞれのヒロイン像があったに違いない。
おそらく、その結果1000人のヒロインが生まれてしまったのだろう。あるいは、彼女達の中には俺と同じ転生者も大勢混じっているのかもしれない。
容姿のエディットができれば違ったのだろうが、そんなものを作る余裕は無かった。その為、全く同じ顔のヒロインになってしまったのだ。
加えて言えば、名前の変更はできるようにしていたが、デフォルトのままでやっている人も多かったのだろう。ヒロインの中には名前が同じ人が大量にいた。
転校前の学校については設定されていなかったので、バラバラなようだが。
「あ、賢治君! なんでそんなところに居るの?」
「え? どこどこ?」
「抜け駆け禁止よ!」
「ひぃ!」
とうとう賢治が彼女達の一人に見つかった。
賢治を見つけた『ヒロイン』が誰もを一目で魅了する引き込むような笑顔を見せた。
この図書室にいる『ヒロイン』全員が、全く同じ笑顔で。
恐えぇぇぇぇ!
カウンターの裏に伸びていく『ヒロイン』達の腕が、まるで生存者を捕まえるゾンビの腕のように賢治をカウンターから引きずり出した。
「ひぃっ! 助けて、助けてくれぇぇぇぇぇ!」
賢治が助けを求めて必死に俺に腕を伸ばすが、俺は沈痛な面持ちで首を横に振ることしか出来なかった。
諦めろ。
「はくじょうものぉぉぉ!! うらぎりものぉぉぉ!!」
イベントの起きる場所に引きずられていく賢治の姿を見送り、俺はそっと手を合わせた。
「お、俺は!」「貴方達、待ちなさい!」「助けてくれ!」「い、いやぁぁ!」「貴様等、教師に向かって!」
こうして今日も、1000人の『ヒロイン』に攻略される5人の攻略対象の悲鳴がこだました。