銀色ツリーのそばで
ある年の十二月。
すっかり日の短くなった午後四時の街に明かりが灯りはじめた。窓から漏れる温かな光やカラフルなイルミネーションは暗くなった通りを彩り、光でいっぱいにしていく。今日は二十五日。クリスマスイブの日だ。
ラメのような雪がちらちらと舞う中、行き交う人の数はますます増えていく。指を絡めて手をつなぐカップル、リボンで丁寧にラッピングされた箱を大事そうに抱えた男性、ケーキの箱を手に楽しそうに話す親子────みんな思い思いのクリスマスを過ごしていた。
そんな賑やかな街の中を一人の中学生くらいの少年が走っている。彼の手には小さな包み。大好きなあの子のために、三十分もかけて選んだピンク色の髪飾りだ。
――――あの子、いるかな? 早く行かなくちゃ。
少年はますます足を速めて、待ち合わせ場所である駅前の広場のクリスマスツリーを目指して歩き続ける。走ると人にぶつかるし、何より滑って転んでしまうからそこはあくまで慎重に。
今日こそ、今日こそ、あの子に好きって言うんだ。
そんな決意を胸の奥に秘めて。
駅の近くまで来ると、少年はその賑わいに目を見張った。そこはさらに多くの人々が行き来しているのだ。
イルミネーションも彼が通ってきた道とは比べ物にならないくらいに多くて豪華だ。トナカイもいる、サンタもいる。空にきらめく星たちも勝てないほどの輝きを放つ無数の幻想的な光の造形がそこにあった。
少年は歩く足を止めて、ポカーンとしたままそれを見つめていた。隣のカップルも携帯で写真を撮ったりしている。
どうやってあんなのを作ったんだろう、僕の家にも欲しいなあ。とここまで考えたところで、彼は女の子のことを思い出す。元々遅れていたのに、こんな所で見とれてる場合ではないのだ。あわててイルミネーションに背を向けて走り出した。
カップルの一人が少年を見て不思議そうな顔をしていた気もするけれど、彼はもう気にも留めなかった。もう滑って転んでも人にぶつかりそうになっても気にしない。途中に駅前の広場の中心にある巨大なクリスマスツリーの前に来たが、彼は目にもくれなかった。あの子が言っていたのはここのことではない。もっと小さくて、銀色をしていて―――――――
少年はツリーを探して広場中を走りつづけた。
そうして息を切らしながら走ってようやくたどりついた場所。広場の中心にあるツリーほど豪華なものじゃない。どうしてこんな所にあるのかもわからない。広場のはずれにぽつんと置かれた小さな小さなクリスマスツリー。
全体が雪をかぶったような銀色をしていて、ずっと前に遊んだときにあの子が「かわいい!」って言ってとても気に入っていたものだ。
でも、そばには案の上誰もいない。当たり前のことだった。
忘れはしない。昨年のクリスマスのこと。
昨年も彼らは同じ場所で約束をした。一緒にイルミネーションを見ようと話をしていた。あの子に髪飾りをあげようとした。思いも伝えたかった。でも彼女は来なかった。いや、来ることができなかった。
あの子はここに来るまでの間、事故で亡くなっていたのだから。
だからあの子が来ないことはわかっていた。でも、どこかで待っている自分がいる。本当はまだ信じることができないのかもしれない。今日はあの子に別れを告げに来たのに。忘れに来たのに。
だが、待っていても来ないものは来ない。
彼があきらめかけたとき、ふいに誰かの気配を感じた。懐かしいような、安心するようなこの感じ。ゆっくりと振り返った。
長めの髪にお気に入りの薄いのピンクのダッフルコート。
なんにも変わらないいつも通りのあの子だ。
彼女はただ微笑えんでいた。
「やっぱり、来てくれたんだね」
それから彼らは広場を歩き回りながら他愛もないことを話した。学校の事とか、友達の事とか、ゲームの事とか。まるで時が巻き戻ったかのように。
女の子は少年の話を心から楽しそうに聞いていたけれど、少年の心はずっと上の空だった。ずっとこんな風に話していたいけれど、思いを伝えて、そしてプレゼントを渡さなければならない。でも、そうしたらこの楽しい時間は永遠に失われてしまう気がする。だからずっとこんな話をしていたいけれど、でも、ちゃんと思いを伝えて、そしてプレゼントを…………
少年の中でぐるぐるぐるぐる、ずっと同じ言葉が回っていた。
「……どうしたの?」
いつの間にか女の子が顔を覗きこんでいた。おそらく、顔に出てしまっていたのだろう。少年はしばらく考え込んでいたが、やがて深く息を吸い込むと意を決したように言った。
「きみに……伝えたいことがあるんだ。とっても大事なこと」
流れている時間が全て止まったように感じた。一方女の子は何かを待ちかまえているようにじっとこちらを見つめている。後戻りはできない。ずっとずっと引きずっていた思いに別れを告げるときが来たんだ。
彼は小さな包みをそっと差し出す。
「きみの事がずっと……好きだったんだ。今日、きみに会えてよかった。思いを伝えられてよかった……」
白くて冷たい頬に温かい雫が流れ落ちた。少年じゃない、女の子の涙だ。幽霊でも泣く時は泣くのだ。
「私も、好きだったよ」
女の子は静かな光を放っていた。ラメのような粉雪も、満天の星空も、幻想的なイルミネーションもその光の前にはかすんでしまうほどにきれいで、温かい光だった。
その光輝く半透明の小さな手で包みを受け取り、中の髪飾りをそっと髪につける。
思った通りだ。すごく彼女に似合っている。
それから、彼女は何かを伝えようと口を動かしていたけれと、その声はもう少年には届かない。笑ってはいるけれど、どこか悲しげな瞳で少年を見つめたかと思うと、そのままスーッと消えていった。
少年は泣きながらも笑っていた。女の子とは違う、満面の笑みで。こうしていれば、彼女も安心できると思ったから。そしてもう一つ、ちゃんと終わらせることができたから。
もう大丈夫。あともう少し時間が経てばちゃんと前を向くことができるだろう。僕も、そして彼女も。
最後まで見てくださり、ありがとうございますm(_ _)m
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