あなたを倒してください!
初投稿です。
皆のもの、お初お目にかかる。我は体力、知力、魔力のすべてを兼ね備える歴代最強の魔王である。そんな我が今何をしているのかというと
「勇者さまー、そろそろパーリーのお時間です」
……勇者やってます。
事の起こりは一週間前、我が私室で側近にも秘したる儀式を行っていた時のことだ。
「ふむ。結果は上々といったところか」
我は姿見にこの身体を映す。逆立った紫色の髪と色黒の肌。体躯は人間の男の平均値を使った。身にまとう服は黒の上下。ちょっとした自慢である瞳は血のような深紅だ。
次に目を向けたのは椅子に座る巨体。今の我の服よりも深い黒色のローブを身にまとい、座っていながら2メートルを越す背丈、全身は紫色の剛毛に包まれ側頭部からは闇を固めたような角が生えている。今は閉じられている瞳はこの身と同じ深紅。我の本当の肉体だ。
「分離体の行使できる力は計算上本来の10分の1程度……これは体が馴染んでからだな」
そもそも、何故斯様なことをしているかといえば、人間どもが勇者を召喚すると聞いたからである。何故勇者が召喚されるのに自分の力を制限しているか? もちろん勇者との戦いを存分に楽しむためである。過去魔王を名乗った者たちはすべからく時の勇者に討たれているが、我は最強の魔王。本来の姿で出迎えてしまえば高笑いだけで勇者を挽き肉に変えてしまいかねない。ちなみに戴冠式で高笑いをして側近を全員挽き肉に変えたのは余談である。
ともかく我が勇者と楽しく戦うためには相応のハンデが必要なのだ。
「なにせ、我を倒せるものなど我しかいないのだからな」
くっくっく、とのどの奥で笑いをかみ殺していると唐突に足元が光輝く。
「なぬ!? これは……転送魔法!?」
目をやれば我を中心とした魔法陣が床に輝き、我をどこかへ転送しようとする。とっさに中和するための魔力を行使しようとするが、まだこの身体になじんでいない魔力を行使できずにそのまま転送され
「チェストォォォォーーー!!」
「っ!?」
転送の光が収まりきらぬうちに何者かが突撃してくる。本来の肉体であれば相手をたたきつぶして床に染みにすることも、魔力で触れたものを塵に変える障壁を張ることも容易であったが、今は左手を盾にするのが精いっぱいだった。盾にした左手に何かを押しつけられる感覚とともに伝わる熱。すぐにそれを振り払う。
「きゃ!」
短い悲鳴とともに我に突撃してきたらしい女が尻もちをつく。長い金髪に碧眼、装飾が少なく動きやすさを重視したつくりをしているが、女の神官用の礼服を着ている。我は襲撃の理由を問いただそうと足を一歩踏み出したところで、ここが我の部屋ではないこと、さらには人間どもに囲まれていることに気がついた。
とっさに罠を警戒する。この身体にまだなじんでいない我は十全の力をふるうことができない。そのタイミングを狙って転送魔法で自軍が完全包囲した場所に転送し、滅ぼす。これは流石に覚悟を決めるしかない。
……いや、我が分離体を生み出したことは側近にさえ漏らしていない。それにタイミングも良すぎる。我が私室に何者かが潜んでいたということもない。儀式を始める前に確認したし、神が干渉できないようにする結界も張ってあるので神託で知った可能性もない。ならば何故?
「いたた……勇者様、目の前でか弱い女性が倒れているんだから手ぐらい貸してくれてもいいじゃないですか」
我は女がこちらを向いて話しかけてきたので、勇者に背後を取られているのかと戦慄しながら大きく飛び退く。しかし、そこには誰もいなかった。
「わ、すごいジャンプ力ですね勇者様」
女が再びこちらに話しかけてきたので、すぐに振り向くがやはり誰もいない。
「? さっきから何をやっているんですか勇者様?」
「……女、もしやさっきから言っている勇者というのは」
「はい、あなたのことですよ勇者様」
「……俺がっ!?」
っは! いかん、思わず素で返事をしてしまった! ちゃんと魔王口調でしゃべらねば!
「我が勇者とはどういうことだ、女」
「どういうことも何も、勇者様としてあなたを召喚しました。お願いします、魔王を倒してください!」
「……調子に乗るな!」
我は今の状態で行使できる最大の魔力を持って女を消そうとする。今の状態でも目の前の女一人を消す程度造作もないはずだった。が
「魔力が収束しない!?」
「はい。勝手ながら『聖印』を施させていただきました」
「『聖印』だと? 何だそれは」
「はい、『人族に対する攻撃行動を禁止する』という、契約魔術になります」
「……待て。何故そんなものが必要なのだ?」
勇者召喚でなぜいきなりそんなものをかける必要がある。召喚されるのは人間……とは限らんのか。今ここに我がいるのだし。
「実は、以前に異世界から召喚した勇者様が『突然拉致って魔王倒せとか何様のつもりだオラァ!』と言って暴れて城が半壊したため、このようなことになっております」
恨むぞ勇者。何故その時に全滅させてくれなかった。
我は最初に熱を感じた部位を見て、そこに文様が刻まれているのを確認する。契約魔術は条件が厳しいが、相手に強制力を持つ非常に高度な魔術である。すぐさまその魔術を解析し解除法を探す。結果はすぐに出た。行使者が死ぬか高密度魔力をぶつけて魔術構成を破壊するかだ。行使者は目の前の女。人族は殺せないので却下。魔力をぶつけるに関しては、相当強固に組んであるらしく我の本来の魔力の5分の1ほどが必要だ。しかし我が今行使できる魔力は最大で10分の1。それ以上を行使するとこの身体が崩壊してしまう。本来の肉体から離れすぎているためこの身体が崩壊してしまえば消滅するか知性を失った死霊になるかしかない。
是非もなし。魔王城に向かうことには違いないのだし、一時的に言うことをきくふりをして本来の肉体の近くまで行くしかないか。
「致し方あるまい。我が魔王城まで赴くとしよう」
「ありがとうございます勇者様。私も巫女として同行するほか、伝説の武器をお渡しいたします」
ほう、勇者に渡す伝説の武器か。想定外もいいところだが、娯楽としては面白そうだ。
などと思っている間に、ムキムキマッチョマンが霊布でおおわれた何かをもって俺の目の前までやってきた。おい、せめて普通の騎士がもってこい。伝説の武器よりマッチョマンが気になってしまうではないか。それともマッチョマンでないと持てないくらい重いものなのか?
「勇者様、こちらは初代勇者が時の国王より直々に下賜され、初代魔王を討ったと云われる―――」
巫女が霊布をとり視界に入ってきたのは―――奇妙な悲哀の念のこもった木の棒だった。
「『伝説のひのき棒』です」
「ひのき棒っ!?」
初期装備でがんばり過ぎだろ初代勇者っ!?
「この『伝説のひのき棒』には、魔王に苦しめられた人々の悲哀が宿って云われています」
多分だが、宿っているのは王様にもらったものを粗末に扱えないと苦しんで戦い抜いた初代勇者と、そんなものに撲殺された初代魔王の悲哀だと思う。
「さあ、受け取ってください」
「え、受け取らなきゃだめなの?」
いらないんだが。
「はい、歴代勇者様は全員このひのき棒を使って魔王を討ったと云われています」
それは絶対嘘だ。二人分の悲哀しか感じられないもの。まあ道具袋の底にでも放り込んでおけばいいか。多分初代以外も同じように考えたに違いない。む、また素に戻りかけてるな。
「然らば疾く魔王城へ赴くとしよう」
「その前にお披露目パーリーがありますよ。準備や告知もあるので出発は一週間後になります」
「ぬう、そんなことする必要はあるまい」
「国民に安心感を与えるためですからぜひ協力してください」
「我は一刻も早く―――」
「ですから―――」
結局押し切られ一週間も王城に拘束されることになった。まあその間にこの体にもなじんだことだしよしとしよう。
現在はお披露目パーリー、そのまま旅に出るということで王都の中央通をゆっくりと進んでいるところだ。
「そういえば、何故我が勇者に選ばれたのだ?」
ふと疑問に思ったことを横にいる巫女に訊く。あの召喚はどんな理由で魔王たる我を勇者に選んだのやら。
「えっと、確か魔王を倒せると発言した一番強い人だったと思います」
「え? それだけ? もうちょっとなんかないの? 神の祝福を受けたとか、光の力が強いとか」
「多分。初代勇者からそれだけの条件のはずです」
マジか。俺が一番強いのは当然として、魔王を倒せるなんて発言をした覚えは―――
『なにせ、我を倒せるものなど我しかいないのだからな』
してたな。それも召喚の直前に。
「これが黒歴史というものか」
我はただ己の迂闊な発言に後悔し、遠い目をするしかなかった。そして、今まで召喚された勇者も全員中二病だったんだなと思いをはせたのだった。
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