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不安な感じがして仕方がない

 理科で実験をする時は理科室へ行き、そこで班に別れる。大体は出席番号に寄って班が決まるんだけど、それだと必ず早く終わる班と遅く終わる班、真面目にやる班とかふざけてやる班がいつも同じで偏ってしまうため、今日は気分を変えて違う班決めにしようということになった。んで、その変わった班でこれから先実験をやることになる。

 実験は単純で、バネにおもりをぶらさげて、重さによってどれだけバネが伸びるかを記録するということだ。


 実験班の決め方は単純にクジ引きになった。引いたクジに書いてある番号に寄って四人で構成された班になる。出席番号の最後から順にくじを引いて行く。あたしは『有賀』だから自然と最後の方になる。因みにあたしの出席番号は二番だ。

 次々と全員がクジを引いて行き、あたしの番が回って来ると、一番の愛野さんと一緒にクジを引きに行く。二枚しか残っていないから上にあったクジを引いてから折り畳まれていた紙切れを開いた。



「...六班...」



 綺麗な字で大きく『6』と書かれた紙切れを再び折り畳んで席に戻ると、先生が全員を静かにさせてから教卓に立った。



「はいはい。静かに静かに。スタンドもバネも重りも各自で取って来てください。んじゃあ班になってくださいねー」



 先生が言い終わってから『さんぱーんこっちー!』『一班ここに集まれよ!』などと言葉が飛び交い、あたしは溜息をついて席から腰を上げた。正直ただの班決めでここまで盛り上がる意味がよく分からない。

 六班を探しながら視線を彷徨わせていると、左手の指を全部広げて、右手の指を一本だけ上げて『ろっぱーん』と呼んでいる人が見えてあたしは近寄った。あれは美里ちゃんだ。頭はそんなにいいわけじゃないけど仲のいい友達と一緒の班なのはいつだって心強いことだ。


 人の間をすり抜けて美里ちゃんに近づいて行くと、美里ちゃんの顔がパァと明るくなった。



「やった! 彩那と同じ班!」

「やったねー」



 いえーい、とハイタッチをして、ほかの二人がくる間にスタンドを取りに行こうとして歩き出した瞬間、



「ああ! 水無瀬君も六班!?」


 

 その美里ちゃんの言葉に足が止まった。

 それからゆっくりと首を振り向かせると、美里ちゃんに向かって水無瀬が顔に微笑を浮かべながら近寄って行く。


 

「うん。え、狭川さがわさんも六班だよね?」

「うん、そうだよー。いやぁ、彩那と水無瀬君と同じ班とかヤバい。超恵まれてる!」



 その発言に水無瀬の目が少し見開いて、未だに二人の方に首を振り向かせているあたしに顔を向けた

 ....くっ、いつ見ても端正な顔立ちしやがって....!



「....へぇ、有賀さんも一緒?」



 ニィ、と口角を上げながらあたしに向かって水無瀬が微笑んだ。いや、周りからは微笑みに見えたかもしれないけどあたしに取ったら悪魔の微笑にしか見えなかった。

 もう...なんでよりに寄って水無瀬と同じ班なのよー...。これから先ずっと一緒ってことじゃないのー。

 ...仕組んだんじゃねぇだろうなこいつ。あたしが六班にくるのを見て、違う六班の人の紙と交換してきたとか。くっ、あたしに嫌がらせをするためにはあり得る。超あり得る。



「有賀さんと同じ班だと心強いね」



 極上の眩しい笑顔を見せて来たこいつ。

 負けるものか!



「うん、そうだね。水無瀬君が一緒だったら苦労しないよね」

「大げさだよ、そんなの」

「何言ってんのよ。水無瀬君学年成績が一位じゃない」

「そんな有賀さんだって二位でしょ?」

「いやいや、水無瀬君とは比べ物にもなんないよー」

「十点しか違うくせに何言ってんだよ」



 周りの人には笑顔を振りまいてトップツーが会話をしているようにしか見えないだろうけど、実際は目でこんな感じの言い争いをしている:



『へぇ、有賀、お前と一緒かよ』

『何か文句でもあるわけ?』

『いやいやまさか。お前と一緒だったら実験も楽に行くよ』

『全部あたしに任せるってこと?』

『まあそういうことだよな』

『ふ・ざ・け・ん・な』

『いいだろ? 言う事きかねぇとどういうことになる分かってるだろうよ』



 ....いや、こうかどうかは分からないけど多分こんなもんだよね。最後の台詞はとても水無瀬っぽい。とっても。



「おっ、水無瀬も有賀も同じ班かよ! ラッキー♪」

「ああ、宮谷君も同じ班?」

「おうよ」


 

 あたしと水無瀬が見つめ合ったまま四人目の班員の宮谷君が寄って来た。宮谷君もいればあたし達の班に問題はない。態度は悪そうに見えるけどとても真面目だからね。

 ってか一番の問題はこいつだよこいつ。この目の前にいる猫かぶり野郎だよ。



「じゃあ俺と有賀さんは実験道具集めて来るから、狭川さんと宮谷はここで待ってて良いよ」

「ああ、サンキュー水無瀬、有賀」

「ありがとー♪」



 なんであたしがあんたと行くわけ。一人で取りに行けばいいだろーが。


 はぁ、と溜息をついてスタンドを取りに行くと、重りやバネも同じ所にあるから後ろから水無瀬が追って来る。顔には満面の笑みがあるに違いない。ああムカつく。



「同じ班になるとはさすがに予想外だったな」

「....仕組んだんじゃないでしょうね」

「なんで俺がお前と同じ班になりたいと思うんだよ。自意識過剰」

「............................」



 落ち着け。落ち着くんだ彩那。だめだ。こんなことで怒ってはいけない。こいつはこういう奴なのだ。表では笑顔を振りまきながら優しげな少年を演じてるけど本当は小声で嫌味を繰り返す嫌な男なのだ。こんなことで振り回されてはならない。落ち着くんだ彩那。


 ふぅ、と落ち着くために息を吐くと、何も反応しなかったあたしを水無瀬がつまらなそうに見た。



「はい。スタンドもって」

「俺が?」

「あんたが。あたしはバネと重り持つから」

「........」



 有無を言わさずにスタンドを押し付けてあたしはバネと重りを持ってさっさと班に戻って行く。後ろから水無瀬が溜息をつくのが聞こえたけど、同時に道具を取りに誰かが来たので何も言わずにあたしの後を追ってきた。








 さすがというかやはりというか実験が最初に終わったのは私達で、結果も私達の班が一番正確だった。ムカつくけれど水無瀬があたしよりも頭がいいのは猫をかぶっててもかぶってなくても同じなので仕方がない。

 でも悔しい。

 なんであんなに嫌な奴なのに全てにおいて超人なのよ! ああムカつく!



「彩那ってば!」



 ぺしっ、と軽く叩かれながら名前を呼ばれて我に返った。目の前を見ると稔が腰に手を当てて、肩眉をあげながらあたしを見下ろしている。

 ....あれ? いつのまに学校終わってたんだろう。前にいる稔が呆れた様子で我に返ったあたしを眺めてから溜息をついて、あたしの鞄を机のホックから外して教室から出て行く。



「あ、ちょ、稔! 待ってよ!」



 いろいろなことに対して強引すぎるよこの子。ったく。





「あれ?」



 慌てて教室から飛び出して稔を追いかけると、階段の手前で稔が立ち止まっていた。追いついて自分の鞄を稔の手から取ってから、稔の見ているものに視線を向けた。



「...げっ...」



 水無瀬が立ってた。っていってもあたし達を見てるわけでもなんでもなく耳に携帯を当ててるだけなんだけど。....あんたって奴はどうしてそんなに携帯で話す必要があるのよ。ってか猫かぶってんだからせめて人気のないところで電話しなよ。


 あたし達の足音が聞こえたのか、水無瀬ははっとして振り向いた。そこにあたしと稔の姿を見つけると、小さく微笑んでから階段を降りて行く。



「...だから絶対に家に入れないで。俺が帰るまで頼むよ」



 あたしはともかく稔が側にいるから口調はいつものように穏やかだったけど、そこには確かに怒気が込められていて、あたしははじめて水無瀬の叫ぶ姿を見た放課後を思い出した。あの時も確か『絶対に家に入れんなよ』とか叫んでた気がする。

 ....誰だろう? 水無瀬のことだから女関係か? 酷いフラれかたをされた女の子が押し寄せて来たとか。あり得るあり得る。あいつ絶対ああいうタイプだもん。


 うんうん、と一人で納得していると、隣にいる稔が首を傾げながら水無瀬が降りて行った階段を見つめた。



「なんだろう。なんか怒ってるみたいだったわね」

「そうねー」

「水無瀬君にしては珍しい」

「まあ、水無瀬君も人間なんだから苦労があるんじゃないの?」



 感謝しろよ水無瀬。今この瞬間に稔にあんたが猫かぶってること言えてもよかったんだから。


 .....あれ? そういえば今思ったんだけど。あたしが水無瀬が猫かぶりだって発見した日、あいつは確かに素のまま電話の中に叫んでいた。ということは電話の相手も水無瀬の本性を知ってるわけで....猫かぶってるってことも知ってるってことかな? 中学から猫かぶってるって言ってたから、家族ももしかして知ってるのかもしれない。


 んー。気になる。


 それにもし家族じゃなかったとしたら、あいつが本性をバラしてるのって誰になるんだろう? 彼女とかできても本性見せなさそうだし。


 いやー。気になる。



「そういえば彩那、水無瀬君と同じ理科の班になったんでしょ?」

「え? ああ、そういえばそうだね」

「ラッキーすぎるでしょ。私も水無瀬君と同じ班がよかったー! なんで学年トップツーが同じ班なのよ! そんなのずるい!」



 朝から何人もの人に言われている言葉にあたしは溜息を吐いた。自慢してるつもりではない。だけど確かに周りから見れば学年トップツーが同じ理科の実験班なんだから、班員が羨ましいのは当然といえば当然かもしれない。

 それでも稔だって頭は悪くはないわけで。



「....あのさぁ、そんなこと言うけど稔だって余裕で実験やってたじゃん。学年五位なんだから文句言うなよ。充分頭良いんだから」

「そりゃあね? 順位だけ聞いたら『うわお! 何、ちょ、稔超頭いいじゃーん!』とか思われるかもしれないけど!」

「...........」

「あんたと私の総合得点の差、知ってんの? 知らないでしょ?」



 .....そういえば見た事なかったな....。神楽さんは自分からあたしに言って来たから知ってたけど、基本的には水無瀬とどのくらい点差がついてるかを確認するから、あたしよりも順位が下の人の得点はあまり気にした事がない。

 言っておくが断じて自慢してるわけじゃないし、あたしよりも順位が下の人をバカにしてるわけでもなんでもない。ただ、二位の成績としてはやっぱり一位にはなりたいわけで、どうしても水無瀬の得点が気になってしまうのだ。



「....そういえばあんまり見た事がないかも」



 正直に答えると稔が『でしょ?』とでも言いたげにあたしを見た。



「神楽さんとあんたの得点の差が二十点以上。神楽さんと遠田の得点が基本的に十点から二十点差。んで、私と遠田の得点が基本的に二十点から三十点差。さて、私とあんたの得点の差はなんでしょう?」

「ざっと五十点から八十点?」

「はやっ! そうだよそういうこと! つまりあんたと水無瀬君の得点の差はめっちゃくちゃ僅差なの。私が遠田にいつまでたっても追いつけないように、神楽さんも彩那の足下には及ばない。分かるー? そんないつでも僅差な二人が同じ班なんて羨ましいに決まってるじゃん」

「........」



 確かに点数についてはあまり考えた事がなかったけど、稔の言う通りだと思った。テストの合計得点は千点。水無瀬は必ず九百点台をたたき出して来て、あたしはいつも九百点台弱。一方の神楽さんは殆ど八百点台で、時々九百点台にも入って来るけれど、そういう時は基本的にあたしも点数が高くて、水無瀬の点数も高い時だ。

 .....んー。そう考えるとあたしと水無瀬が同じ班って、すごいことなのかも。決して自慢してるわけじゃないけど。そういうふうに聞こえるかもしれないけど。



「まったく。彩那ってそういう所に関してまったく自覚がないから嫌な感じだよねー」

「...ちょっと」

「嘘。うそうそ。そういうところが彩那のいい所。んじゃあねぇー」

「はいはい。じゃあね」



 手を振りながら稔が駅に入って行って、あたしは溜息をついた。稔は水無瀬の本性が知らないから羨ましいとか言えるんだよなー。あたしは水無瀬の本性を知ってて、あいつがどれだけ腹黒くて酷い奴なのかは知ってるから、いまいち喜びが大きくない。

 再び溜息をついて、青に変わった信号を渡ろうとした瞬間、



「おい」



 ....................。



「またあんたかよ!?」



 叫びながら振り向くと、腕を組んで壁によりかかりながら水無瀬が目を見開いた。



「んだよ。文句あんのか?」

「ありまくりだよ! どうしてそういうタイミングで呼びかけてくんのよ、あんたは!」

「お前が一人じゃないと話しかけられないから仕方がねぇだろ」

「ってかどうして呼びかけてくんのよ! ほっとけばいいじゃない」

「聞きたいことがあったから呼びかけたんだよ」

「.....もう...。何? さっさと済ませてよね」



 もうあたし優しい。こんな嫌な奴のいうことを素直に聞いてるあたり、ただのお人好しに見えるかもしれないけど断じて違うよ。

 違うよ?



「....お前さ、」



 ......。え、そこで言葉を切るの? めっちゃ何か聞きたげなのになんでそこで言葉を止めんのよ。



「....ちょっと、何よ。気になるじゃない」

「..........やっぱいい。知ってたら恐ろしい」

「はぁ!? 知ってたらって何よ? ちょ、え、ちょっと水無瀬!」



 自分から引き止めておいてやっぱいいって何よあんた! しかも歩き出したし! 何事もなかったかのように歩き出したし! 挨拶もなしかよお前はよ!!

 顔を引きつらせながら水無瀬の後ろ姿を追うと、あたしが何を知ってたら恐ろしいのか考えてしまった。

 



 知ってたら恐ろしいって、何が?





 

 これを上げたらもう一つの方の小説に取りかかるので、次話は遅れてしまうかもしれません。

 ご了承ください。


 ここまで読んでくれてありがとうございます。

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