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閑話 水無瀬愁也の有賀彩那への第一印象

 

 ああもうっ...ずいぶん前からこつこつ書いてたのにこんなにも遅れてしまった...。

 ごめんなさいっ!

 有賀への第一印象は『宮谷が好きな美人』だった。一見、普通に見えることは見えるのだが、誰かと並ぶことで、あいつの美しさは際立ったと思う。そこそこいい方だと思う他の女子と並んでいるのを見た時に、はじめて『美人』だという印象を抱いた。

 塾で何回も宮谷が話題にあげるため、クラスは違うが、何かと興味深く、俺は有賀がどういう人物なのかを観察しようと思ったのだ。

 観察していればするほど、有賀彩那という人物は美人である自分の容姿に関して全くの無自覚だというのが分かった。あの容姿に兼ね備えて、強気で常識人という性格があって陰ではそれなりに人気な方なのにも関わらず、自分がモテることを知らないのを見ると、そんなことを思う程の人数に告白はされたことがないということなのだろう。違うクラスである俺のクラスメートの間でも、入学してばかりだというのに話題にあがるぐらいの人物であったため、それはそれで意外な印象だった。

 だが、有賀に対して感じたのはこんなもので、結局『宮谷が好きな美人』から印象が変わることはなかった。


 そんなことを思うのも束の間であり、俺の有賀への印象は一学期の定期テストの結果発表を見たことで変わることとなる。

 自慢ではないが、俺は昔から勉強はよくできるタイプだ。分からないことがあれば、説明を一回聞くだけで全てを理解できる。既に自分のクラスの中では『秀才』として知られていて、ほかのクラスの奴らでも俺に勉強を教わりに来る奴らは多かった。

 そのため、一位から五十位の点数が書き記された紙が廊下に張り出された時、一位に自分の名前があったことに対してそこまで驚くことはなかった。

 だが、二位に記された名前を見て、僅かに目を見開いた。



「あ、彩那っ! あったよ!」



 隣から上がった嬉しそうな声に少し視線を向けると、隣のクラスの立原稔が目を輝かせながら俺の後ろに向いていた。その視線を追うと、有賀が三十位ぐらいの所を一生懸命見ていたが、立原の声にはじかれたように顔をあげると、すぐさまこちらに向かって来る。

 自分の名前が二位にあるのを見て目を見開いたけれど、飛び上がって喜ばないことから上位であることに対してとても驚いているようには見えない。ということは、自分の頭の良さに対してある程度自信はあったということだろうか。何よりも当の本人よりも立原が興奮していたからなのかもしれないが。



「すごい! 二位だよ二位! やっぱり彩那は頭がいいんだよ! 三十位なんかにいるわけがないと思ってたんだよね!」

「...そういう稔こそ五位なのはどういうこと? テスト期間中一回も勉強してる所を見た事がないんですけど」

「私は一回聞けばすべてのみこむ生まれつきの天才型だから」

「.........」



 笑顔を浮かばせたまま立原が言うと、有賀は溜息をついて成績表を見つめた。

 正直言って、有賀と俺の点数差に対して俺は驚いていた。たくさんの人に勉強を教え込みながらも自分の勉強が簡単に出来て、なおかつ便利な脳をしているため、一位になってもならなくても、一つ順位が下の人とは圧倒的な点数の差をつけられると思っていた。しかし、俺と有賀の点数差はたったの十点だ。三位である神楽は有賀と二十五点も差をつけられており、四位の遠田、五位の立原も同じ様な点数差であるにも関わらず、有賀だけは俺のすぐ後ろについてきていた。

 確かにこの時に興味を持ったのかもしれないが、俺の有賀への印象は『宮谷が好きな頭のいい美人』としか変わることはなかった。



「一位は水無瀬君かぁ」

「知ってるの?」

「知ってる、ってあんた...。すぐ後ろにいるんだけど」



 立原の言葉に有賀が驚いて振り向くと、俺は少し困った表情を浮かべながら彼女を見た。俺の姿に有賀は目を見開いてから、成績表を見て、再び俺を見た。



「あ、ごめんなさい! まだ全員の顔を覚えてなくて...」

「大丈夫だよ。俺も全員知らないし」



 ニッコリと微笑むと、有賀も小さく微笑み返した。

 ...この瞬間『宮谷が好きな頭のいい美人』ではなく『すごく美人』に印象が変わったということは俺の中にとどめておく。



「有賀さんでしょ? 百人以上いるのに二位なんてすごいね」

「そんなこと言ったら水無瀬君はその百人以上の中の一位だからもっとすごいよ?」

「ははっ、そんなことないよ。きっとたまたまだって」

「またまたー! ねぇ、よかったら勉強教えてよ! 学年一位から勉強を教えてもらえるほどいい勉強方法はないから」



 嬉しそうな顔で聞かれては、猫かぶってる以上断ることは出来ず、俺は面倒くさいと思いながらも首を縦にふった。



「うん。いつでもいいよ」

「ありがとうっ」



 これが、有賀彩那とのはじめての会話だった。




 違うクラスということもあって、有賀との交流は所謂『勉強会』以外で増えることはなかった。そういう『勉強会』でも会話することは殆どなく、学年一位と二位が共に勉強をすると嗅ぎ付けて来た奴らが加わったこともあって、俺と有賀、そして気晴らしについてきた立原は、そんな奴らに勉強を叩き込んで行くだけだった。

 有賀と共に勉強していて気づいた事は、教えられる全ての物事を簡単に呑み込むことができるということだ。他の奴らには何回も何回も同じことを繰り返して一つ一つ丁寧に教えて行かないといけないが、有賀の場合は問題の解き方を大体説明すると、納得した声をだして簡単に解いて行くことが出来るのだ。また、解き方さえ分かれば、応用問題を出されても、深く考え込まずにスラスラと解けるのだ。この時思ったのは、頭がいいというよりも、有賀は頭の回転が非常に早いのだろう。頭の回転が早いために大体の解き方が分かれば全ての段階を説明しなくても推測して解けて行けるのだ。だから応用問題も対して難易度が上がったと思う事もなく、簡単に解けるのだろう。

 俺にはないその頭の回転に、確かに少し尊敬の念を抱いた。




「なぁ、水無瀬と有賀って付き合ってんの?」



 初めてこれを聞かれた時は一年生の三学期に突入した時だった。そこまで交流があるわけでもない(というよりも共に勉強する以外に殆ど話したことがない)のに、そんなことを言われた時は心底驚いた。

 は? と思わず素で答えようとした所を、その質問をして来た田辺滉太が眉を寄せたまま更に質問を投げつけて来た。



「なんか噂で回ってんだよ、もうずいぶんと長い間秘密で付き合ってるってきいたけど?」

「えっ、その噂の根源はどこ?」



 答えに寄っては素で殴り込みにいくぞ。この噂が宮谷の耳に入ったらどうしてくれるんだよ。

 と思っていると、田辺が更に困惑した表情を浮かべた。



「さあ。気づいた時にはもうずいぶんと回ってた噂だったし…。有賀に聞くのは怖いからお前に聞くことになったんだけど」

「......」



 三学期にも入れば、大体の人物の性格は掴めて来る。俺は完璧に猫をかぶっているというのもあって、男女関係なく温和で優しく、運動神経も抜群で頭もいい完璧なイケメンとして全校生徒の中で認識されている。後半の三つは本当だとして、最初の二つは姉貴が聞いたら笑ってしまうような言い方だ。俺としてはそう認識されるために猫をかぶっているため、なんら問題はなかった。

 だが、有賀は違う。

 最初は頭のいい美人と全員に認識されていた有賀も、段々とその強気で真っ直ぐな性格を現すようになっていた。三学期に入ってから三人に告白されたと聞いたが、どれも『ごめんなさい。好きじゃない人とは付き合えません』という一言でどん底に突き落とされているらしい。曲がったことも嫌いであるらしく、一度裏庭でタバコを吸っている男子生徒を見つけては、タバコがもたらす悪影響を延々と説教したあと、聞く耳を持たない三人にバケツに入った水を盛大にぶちまけたらしい。そんな彼女に怒った三人に一瞬たりとも怯まず、逆に大声で怒鳴り返しながら、立原が止めに入るまでずっと怒っていたと聞いた。

 その話が耳に入った時は声をあげて笑いたくなった。第一印象はまったくもってそんなものではないため、どんな人物も露になって来る彼女の性格には驚いている様子だった。



「で? どうなんだよ」



 黙って考え込んでしまった俺に、田辺が先を促すように言った。

 はっとして田辺を見て、俺は首を横に振る。



「どこからそんな噂が発展したのかは知らないけど、完全にガセネタだから」

「あ、マジで?」

「マジで? ってどういうことだよ」

「いや、お前らって一緒に勉強するぐらいだからそんな仲に発展しててもおかしくないって思ってる奴らが多くてさ...」



 田辺の言葉に今度こそはぁ? と素で返してしまった。



「一緒に勉強って、俺と有賀さんの二人きりなんて絶対ないよ? 必ず五人ぐらいが勉強会のために集まって来るし」

「なんだ、そんなもんか」

「うん」



 つまんねぇの、と言いながら田辺が去って行き、俺は溜息をついた。噂が立っているのに対して驚いたのは本当だ。だが、そんな噂がたつのも無理はないかもしれないと、俺は考え返してみた。

 言わずもがな、俺は完璧超人美少年として成り立っている。有賀の方も性格はともかく、それ以外ならば完璧なステータスを誇っている。美人であり俺の次に頭が良く、運動神経もいいと聞く。そんな二人が揃って勉強をしていれば、人というものは噂をたてたくなるものらしい。

 再び溜息をついてふと教室の外を見ると、宮谷がこちらを見ていた。

 早速きたか、と思いながら腰をあげて、目でこちらを呼んでいる宮谷の側へ寄った。宮谷は階段の近くまで俺を寄せてから、周りを見回しながら口を開いた。



「噂で聞いたんだけど、お前と有賀が付き合ってるって本当?」



 案の定有賀のことを聞かれた俺は、呆れて首を横に振った。



「付き合ってないから。完璧にガセだよ。有賀さんからも聞いたんじゃないの?」

「いや、なんかそんな噂が回ってることすら知らなかったっぽいから聞いてないんだけど...」

「...え、聞いてない? 俺なんて聞いてくる人はお前で二人目なんだけど」

「ぅえ、マジ? ってことは無意識のうちに全員が有賀に聞く事は躊躇ってるってことか?」

「そうじゃない? さっき田辺に聞かれた時も有賀さんが怖いから聞けないとか言ってたし」

「そうか...じゃあ、付き合ってないんだな」

「付き合ってないよ」



 あからさまにほっとした表情を浮かべた宮谷に思わず笑ってしまう所だったが、寸での所で押し留まる。



「...そんならなんか、悪かったな、水無瀬」

「いや、別にいいよ」



 言うと宮谷は笑ってもう一度だけ悪い、と言い残して教室へ戻って行く。

 と、そこで入れ違いのように有賀が教室から出て来た。噂をしていた本人の登場に僅かに目を見開くと、こちらに気づいた有賀が笑みを浮かばせながら手を振った。

 周りの人達の視線を感じ取りながらも引きつった笑顔で手を振り返すと、あろうことか有賀がこちらに歩み寄って来た。

 ...本当に噂のこと知らないんだな。



「二学期ぶりー、水無瀬君。定期テストに向けて勉強してる?」

「二学期ぶり、有賀さん。毎日予習、復習してたらわざわざ勉強しなくてもいいような気がするから、正直あんまりしてないかな」

「あははっ。分かる分かる。あたしも全然勉強してないんだよねっ。もちろん予習、復習はかかさずやってるけど。おかげで稔にはガリ勉と命名されちゃったわ」



 少しむくれて言う有賀に笑いを零すと、有賀も少し笑った。



「そういう立原さんはどうなの?」

「あの子は天才型だから勉強なんてしなくても余裕でテストで高得点取れるのよ。頑張って勉強して上位キープしてるあたし達に取っちゃムカつく現実よね」

「ははっ、そうだね」



 と、そこまで話してからふと有賀の教室に目をやると、宮谷が友人と話ながらさり気なくこちらをチラチラと見ていた。

 ...付き合ってないと言ってる側から....これはちょっとヤバい。

 誤解されないように俺は素早く有賀から離れることにした。



「とにかく俺はそろそろ戻らないといけないから、有賀さんも戻ったほうがいいよ」

「え、あ、そうだねっ。引き止めてごめん、またね」



 笑いながら手を振って去って行く有賀に俺も小さく手を振り返す。

 そのまま有賀が教室に入ると、俺は溜息をついた。




 この日以降、どうして有賀の耳に噂が入らなかったのかはまったくの謎のままに終わった。



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