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親の悩みを抱えてるのはあたしだけじゃないってことだね。




「......そ、それは悪かったわね。....ごめん」



 目の前のお茶を手に取って飲んでるあたしは現在斉木家。多分水無瀬も帰って来るから抵抗があったんだけど、事情を話さずに帰るのもなんだか気がひけたから、美智子さんに誘われるがままにここにきてしまった。

 さっきまで起こっていた事を全て美智子さんに話し終わると、しょんぼりとしてしまったあたしに美智子さんがとても困ったように謝ってきた。

 小さく首を左右に振る。



「いや、あの状態で美智子さんに何も言わないで、って分かってもらう方が無理だから、そんなに謝らないで。あたしも美智子さんには救われたし」



 っていうか、美智子さんって鋭そうなのにどうして肝心な時に分かってくれないんだ....っ! いいけど! 救ってもらったから文句なんて言わないけどさ!

 溜息をついてお茶をすすると、美智子さんが一瞬だけ視線を彷徨わせてから口を開いた。



「あの宮谷君、悪い子には見えなかったけどねぇ...。嫌いなの?」

「...そんなんじゃないんだけど...、宮谷君とは中学からの付き合いだし。でも....そんなふうに彼のことを考えたことはないし、これから先もそんなことは起きないと思うから...。それに、仮にあの時に告白されていたとして、あたしが断ってしまったら二人の間がギクシャクするのは目に見えてるもん。付き合いが長いだけに、そんなことになるのは....やだ」

「.........」



 ふぅ、と美智子さんが息を吐いた。



「仕方がないわね。私だって好きでもない相手と付き合えなんて言わないから、まっ、この件についてはお開きってところね」

「...ありがとう」

「んで、彩那ちゃんと愁也が付き合ってるっていう噂はどこが発端?」

「......分からない」



 いきなり話が戻ったからびっくりした。

 正直に答えると、そう、と美智子さんが呟いた。



「...んー。この際だから正直に言うけど、あたしも愁也と彩那ちゃんが付き合ってると思ってたのよね、はじめて二人が対面したのを見た時に」

「.........」



 あれ? 気のせいかな? なんだかすごいことを言われた気がするんだけど。

 あたしの表情に美智子さんが顔の前で手を振った。



「いやいや! 今だってそう思ってるわけじゃないけどさっ! 愁也が猫かぶりなのを知ってるのってあたし達の家族と夏菜達の家族しかいないからさ。そりゃ、今まで他人にバレたことがないってわけじゃないんだけど、そういう場合はなんとか脅してもみ消すからさ」

「.........」



 ...もみ消す? 一体どんな恐ろしいことをしてもみ消すんだろう...。



「それに、バレる場合って大体相手が愁也のギャップに怖がるのが多いんだよねぇ。でも、彩那ちゃんだけは違ったし、愁也もなんつーか、自然体? だったから」

「....素を出してるんだから自然体なのは当然のことじゃないの?」

「そうなんだけどさー。愁也自体気づいてないんじゃないのかな。彩那ちゃんと一緒にいた時にさ、家族と一緒にいるみたいな感じだったから、ちょっとびっくりしたんだよね」

「..........」



 脳裏に久我先輩と水無瀬の言葉が横切った。


 『貴方の周りでは彼は落ち着いた様子を見せるもの』


 『お前は無駄に俺に媚びないし、一緒にいて楽だから』


 『素を出せるたった一人の人物に無視されるのがこんない辛いとは、思わなかったんだよ』


 ........。なんなのよ、みんなして。稔まであたし達はお互いのことを分かってるみたいなこと言ってたし。

 あたしは水無瀬と付き合う気なんて一切ないっつーの。


 と、ここまで考えてあたしは眉を寄せた。



「...美智子さん」

「何?」

「その水無瀬は、どこにいるの? 部活終わったんだから家に帰ってると思ったんだけど」

「あぁ...」



 と言ってから美智子さんが顔を伏せた。

 ....聞いてはいけないことだったのかな?


 何回か口を開こうとしてから、再び閉めることを繰り返してから、美智子さんは息を吐いて視線をあげた。



「...彩那ちゃんだったら、言っても平気かな」

「え?」

「...あのね、あたし達は四年前に母親に捨てられたのよ」

「!!」



 いきなり重いことを言われて、あたしは驚いて目を大きく見開いた。

 捨てられたって......。だ、だから美智子さんの家に遊びに来る時に親がいなかったのか....。

 あれ、でも、お父さんは...?



「...お、お父さんは?」



 美智子さんが息を吐いた。



「お父さんは愁也が生まれる前に死んじゃったの」

「........」

「だからあの子は父親の顔は知らない。その分母親に対しての愛情は絶大だったのよ。特にあの人は再婚をしなかったからね。あの人もとても愁也のことを可愛がっていたわ。それこそあたし以上にね」

「....なら、どうして...」



 美智子さんが視線を伏せた。



「嫌になったのよ。子育てに。女手一つで育ち盛りの男の子を育てるのは、あの人に取ったら荷が重すぎたのよ」



 ギリッと美智子さんが歯ぎしりをした。



「馬鹿げてやがる。子供を育てることのどこに重い荷があるっていうんだよ」



 吐き捨てた美智子さんに、彼女がどれだけお母さんを憎んでいるのかが伝わって来た。父親のことは『お父さん』と呼ぶのに、母親のことを『あの人』と呼ぶことからも、それが充分に伺える。



「美智子さん....」

「....とにかく、あたしが二十を過ぎたのをいいことに、中学に上がってばかりの愁也を置いてあの人は出て行ったのよ。それから四年間ずっと音信不通」

「.........」

「それが、ついこの間になって帰って来たのよ」

「え!? か、えっ、帰って来た!?」



 美智子さんが頷いた。



「そりゃもうびっくりしたわよ。この四年間どこをほっつき歩いてたのか知らないけど、謝り倒しながらまた一緒に暮らしたいとか言って来たのよ」

「.......それで....」



 ふんっ、と美智子さんが腕を組んで椅子に寄りかかった。お茶をすすってから力を込めて湯のみをテーブルにダンッ、と置いた。



「断ったに決まってるわっ。何考えてんのか知らないけど勝手に出て行ったくせにフラフラ帰って来るなんて許さない!」

「っ!」



 驚いてあたしが目を見開くと、『?』と美智子さんがあたしを見上げた。



「どうかした?」

「...いや、美智子さん、その事水無瀬には話したの?」

「話したに決まってるじゃない! あの人が帰ってから愁也に連絡して事情話したら、まっ、あたしと全く同じ感じでキレてたわね」

「....じゃあ....」



 確信した。あたしがはじめてあの猫かぶり野郎が猫かぶってない所を見た時、あいつは携帯の中に『絶対に家に入れるなよ』と叫んでいた。それも美智子さんと全く同じような怒気を込めて。

 ってことは.....あの電話の相手は美智子さん、話の中心となっていたのが、二人のお母さんってことか!


 ん? ところで、



「えっと....それと水無瀬はどうやって繋がってるの?」

「え? ああ、それが、今日の放課後も来たのよ。ったく、信じらんない。もう三回目よ? 何回断れば気がすむんだっつーの。今回は愁也とも対面してね、大喧嘩を繰り広げてあいつが部屋に閉じこもって拗ねてるわけ」

「えっ? あ、じゃあ水無瀬ここにいるの?」

「いるわよ? 何? 会いたいの?」

「違うっ!!」



 必死に否定するとゲラゲラと美智子さんが笑い声をあげた。....そんなに美人なの相変わらず品の欠片もない笑い方をしますね、貴方。

 それにしても、水無瀬いるのか。全く物音がしないからいないのかと思ってたんだけど....。そっか、水無瀬にそんな裏があったとは知らなかったなぁ....。それなら電話に向かって叫んでても納得するっていうか....。うん。


 と、一人でうんうん頷いていると。



「ところで、彩那ちゃんはそろそろ帰らなくて平気?」

「え?」



 美智子さんの言葉に顔をあげると、時計を指差しながらこっちを見返している。そんなあたしが時計を見ると、七時を回っていた。



「え、ちょ、もうこんな時間!? ヤバい!! 帰らなきゃ! ごめんね、美智子さんっ」

「いえいえ、あたしは全然平気よー」



 慌ててお茶を飲み干して玄関まで行くと、あっ、と美智子さんが声をあげた。



「...うーん。一人で彩那ちゃんを帰すわけにはいかないわね...」

「えっ、いや、まさかまた水無瀬に送らせるとか止めてよね、ほんと」



 あれはもう会話が持たないっていうか、何を話せばいいか分かんないっていうか。ぶっちゃけ水無瀬と二人きりで帰るのが嫌なだけっていうか。

 美智子さんが少しだけ不満そうな表情をした。



「もう。彩那ちゃんって愁也のどこがそんなに嫌なのよ。あいつ、確かに性格悪いけど、根は優しいのに」

「それは、...まぁ、何となく分かってるつもりだけど、あたしに対しては悪魔になるから無理」



 美智子さんが笑い声をあげた。



「分かったわ。仕方ないからあたしが送ってあげる」

「え、でも悪いよ!」

「平気平気、一人で帰すわけにはいかなから。ほら早く早くっ」



 美智子さんが靴を履いてからあたしの背中を押すと、二人で家から出て行く。


 ....それにしても、二人の家族がそんなに大変な関係だったとは思わなかったなー。見た所生活に不自由は全然ないように見えたから、てっきり両親共々いい仕事についていい給料でやっていってるのかと思ってた。

 それが姉弟二人だけの生活だったとは、予想外だ。美智子さんが水無瀬よりも十歳は年上だったからいいものの、そんなに歳が離れてなかったら、子供二人を置いて出て行っちゃってたのかな、お母さんは。....そう考えると、両親の仲が悪くとも一緒に住んでるあたしは平和な方なんだろうか?


 黙々と考え込んで思考を巡らせているうちにいつの間にか家の前に来ていた。美智子さんはこの間殆ど何も話してなかったけど、...お母さんのこと考えてるのかな。



「...送ってくれてありがとう、美智子さん。元気出してね?」

「あははっ、ありがとう」



 二人で微笑み合って、あたしがドアのハンドルに手をかけた瞬間、



「彩那ちゃん」



 呼ばれて振り向くと、美智子さんは弱々しく笑みを浮かべていた。



「一つだけ聞きたいことがあるんだけど」

「あ、はい...」

「愁也がどうして猫かぶってるのか、知ってる?」



 ......。そりゃ、先生からの待遇はよくなるし、モテるし、誰も敵に回らないし...みたいなこと言ってなかったっけ? 確か。いかにも下衆っぽい言い方だったけど。


 思ったことをそのまま口にすると、美智子さんが大笑いした。



「あはははっ! 言いそうだねっ、確かに! いかにも愁也っぽい真相の隠し方だよ」

「.........」



 真相の、隠し方?

 美智子さんが微笑んだ。



「愁也が猫をかぶりはじめたのは、あいつが中学に上がる頃。つまり、うちの母親が出て行った直後からなのよ」

「.........」

「あいつが猫をかぶってるのは、人生がやりやすいからなんかじゃない」

「えっ!? 違うの!?」



 すっごく嫌味ったらしくあんなこと言ってたのに!

 

 苦笑を浮かべて美智子さんが首を左右に振る。



「あいつが猫をかぶってるのは、母親がそういうあいつを求めているからだと思ってたからなのよ」

「っ!!」



 息が詰まった。



「...あの人が出て行ったのは、自分が悪い子だったから。自分がいけないことをしたから。お母さんの求めていた息子じゃなかったから。愁也はそう思い込んでしまって、だから、猫をかぶっていい子を演じれば、あの人が帰って来てくれると思っていたのよ」

「.......そんな...」

「...子供は何を言ったって分からないって思ってる大人は多いけど、そういう人達は自分が子供だった時のことを思い出していないのよ。自分に向けられたものが好意なのか悪意なのか、人が自分を責めているのか責めていないのか。それぐらい、簡単に分かるのよ、子供だって」

「........」



 美智子さんが寂しそうに瞳を伏せた。



「今でも猫かぶってるのは、それが癖になってしまった、っていうのもあるし、...心のどこかでは、あの人が帰って来てくれるんじゃないかって思ってたんでしょうね。それが本当に帰って来ちゃったもんだから、いろいろと思うことがあるのよ、きっと。あの子はもう子供じゃない。自分が変わった所であの人が帰って来ることはないのは分かってる。だけど、変えることができないでいるのよね、やっぱり。四年も猫かぶってたんだから、責めやしないけどさ」



 あたしが顔を伏せると、美智子さんがふふっと笑った。



「あんまり気にしないで? ただ、彩那ちゃんはあいつの素を知ってるから、言っておきたかっただけ。...あたしも、多分愁也も、彩那ちゃんのことはとても信用してるから」

「...美智子さん...」

「ふふっ、じゃあね」



 言ってから、今度こそ手を振って美智子さんは歩き出した。あたしもその後ろ姿に手を振り返してから、家の中に入って行った。


 声は聞こえてこない。つまり喧嘩はしてないってことかな。いや、喧嘩はしてなくても嫌な雰囲気になってるだろうなぁ....。あたしがいなかったことに気づいていたのかは分からないけど、台所を覗くと、テーブルにはあたしのための夕食が置いてあった。キッチンにはお母さんが、テレビの前には新聞を広げてお父さんが座っている。

 ....ってか、あんな大喧嘩するくらいにお互いに腹が立ってるんだったら同じ部屋にいなければいいのに...。



「遅くなってごめん」



 声をかけながら台所に入ると、お母さんとお父さんが二人ともこっちを見た。



「彩那! どこいってたのかと思っちゃったじゃないの。携帯もここに起きっ放しだし!」

「ごめんごめん。帰り道に友達とバッタリ会っちゃって、そのまま雑談してたらこんな時間に...」



 ...まあ、嘘ではない。



「そう。まあ、無事ならよかったわ。とにかくご飯食べちゃいなさい。私もお父さんも食べちゃったから」

「はーい」



 言いながら席について、ふと思った。


 水無瀬と美智子さんには、こうやって心配をしてくれる親とか、ご飯を作っておいといてくれる親とかは、いない。それは、普段両親をうざがっている人からしたら、楽に聞こえるかもしれないけど。


 とても、とても寂しいことだな。


 あたしには、毎日喧嘩をしてもあたしを心配して、一緒に住んでくれる親がいる。

 もしも、水無瀬と美智子さんの親みたいに、急に出て行ってしまったら、...とてもじゃないけど耐えられない。



 口にご飯を運びながら、あたしは一人黙々と考え込んでいた。













 



 約束通り投稿できていてよかった...。....それにしてもやっぱり文才が落ちてる気がする...。


 あ、そういえば! 昨日はアクセスが過去最高の数を叩き出してて驚きました! いやもうほんと! パソの前で『なん...だと...!?」ってなりました!

 もう皆さん愛してます!! こんなに読んでくれているとは思ってなかったorz


 これからもよろしくお願いします!


 ここまで読んでくれてありがとうございますorz



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